『TRANSIT』のデビュー作らしい
多彩さに垣間見る
女性シンガーソングライター、
泰葉の輝きと意欲

多彩な楽曲で構成されたデビュー作

さて、そんな“天才”女性シンガーソングライター、泰葉が「フライディ・チャイナタウン」に続いて発表した1stアルバムが『TRANSIT』である。まずジャケットに驚く。黄色地の上部に小さくタイトルが白抜かれ、中央に大きくグリーンで“YASHUHA”とある。ポップではある。そして、1980年代っぽい。齢20歳の女性シンガーソングライターのデビュー作で、本人の顔を分からないというのは異例な気がしないでもないけれど、これはルックスではなくて楽曲で勝負という意気込みの表れだったと見てよかろう。裏ジャケには本人が写っているけれど、これにしても顔のアップではなく、いかにもポップス系シンガーといった出で立ちで前身が写っている(ファッションもまたいかにも1980年代っぽくて微笑ましい)。

さて、その『TRANSIT』の内容は…というと──結論から言えば、個人的には「フライディ・チャイナタウン」を上回るような衝撃はないと感じたものの、聴きどころはなくはない。いや、そういう言い方をすると、アルバムを低く見ているように思われるかもしれないが、そうではなく、少なくともあの時点で「フライディ~」を超えるのは難しかったとは思われるので、それも止むなしではあったと好意的に捉えている。アルバム全体のバランスは微妙と言わざるを得ないけれど、ジャケット同様の意欲を感じる楽曲も少なくない。そういうことだ。まず、M1「恋1/2」。イントロではエレピがリードする弾むようなリズムの中、軽快にフルートが鳴らされていく。歌が始まると背後のベースはスラップとなって、楽曲全体がスキップしているようだ。ヴォーカルは初々しい中にもしっかりとした表現力を確認できて、アルバムのオープニングから何か新しいものが始まっていく予感がする。続くM2「モーニング・デート」はシングル「フライディ~」のB面(≒C/W)であったナンバーだが、これが一転、R&R。そうは言っても3ピースで3コードのようなスタイルではないけれど、ピアノは跳ねているし、ギターの音色はなかなかワイルドだ。ソウルミュージックへのリスペクトを感じるフレーズも聴ける。M1、M2共に井上鑑氏の編曲。アルバム冒頭2曲は案外振り幅が広い。

M3「ありきたりな筋書き」とM4「Bye-Bye-Lover」のアレンジは、矢野立美氏と泰葉本人。ミドルバラードと言えるM3は、歌の主旋律はフォーキーな感じだが、伴奏のピアノはややゴスペルチック。2番から入るギターはブルージーな印象もあるし、ブラックミュージックを目指したことは理解できる。M4は、オールドタイプのR&Rとファンクを合体(融合ではなく合体)させたような、何かおもしろい曲。最もおもしろいのは間奏で聴かせるスキャットとギターとのユニゾンだろう。レンジも広くて音符も細かく、ヴォーカルにしてもギターにしてもお互いに合わせるのは大変だったであろうが、スリリングなテイクを録ることに成功している。泰葉のシンガーとしてのタレントに最注目できる箇所であろう。若草恵氏編曲のM5「空中ブランコ」はボサノヴァ。アウトロではサックスも鳴って、アーバンに仕上げている。間奏のピアノソロもシャレオツだ。サウンドが落ち着いているだけに、ここではより彼女のヴォーカルの特徴を掴めるような気がする。シルキーで混じり気のない歌声なので、個人的には、変に楽曲を選ばない器用なボーカリストであるように感じたところだ。

A面だけでも、先に述べた意欲を感じられるバラエティーさであることが分かってもらえると思うが、B面でもそれは続いていく。M6「LOVE MAGIC」はラテンのリズムでスムースジャズ風サウンドをまとった歌謡曲…という説明でいいだろうか。メロもサウンドもM7「フライディ・チャイナタウン」に寄せている気がしないでもないけれど、これはこれでなかなかおもしろい。音が硬いのが気になるが、その辺は目をつぶろう。M7のことは先に書いたので割愛。マイナー調のM8「ミッドナイト・トレイン」はスローに始まって途中からハードロック的バンドサウンドに展開していく。ギターがとにかく暴れていて、それに呼応するかのように連打されるピアノもかなりワイルドだ。宇崎竜童が手掛けた山口百恵ナンバーと比べていいかどうか分からないけれど、山口百恵の引退が『TRANSIT』の前年だから、もしかするとその路線継承の想いがあったのかも──いやいや、自分で言っておいて何だが、さすがにそれは穿った見方であろう。M9「アリスのレストラン」はビッグバンドジャズ風。間奏ではソウルっぽいブラスとスキャットの掛け合いを見せるが、ここはゲストのしばたはつみの声のようだ。M4が本人でM9では何故ゲスト参加になったのかよく分からないけれど、聴く分に違和感はない。M10「Remember Summertime」はストリングスが配されたバラードナンバー。アルバムの締めとしてはありふれた感じではあることを個人的には少し残念に思うが(悪い曲ではないと思うが)、やはりエレキギターがそれなりに自己主張していたり、ストリングスが重めでサイケっぽい箇所があったりと、それなりに聴きどころはある。

アルバム全体のバラエティーさは、その後の彼女の方向性を模索していた帰結と見ることもできるだろうか。また、彼女のポテンシャルを発揮したら必然的にバラエティーに富んだという見方もできると思う。いずれにしてもデビューアルバムとしては完全に及第点以上。40数年を経て“人外”“異国人”を大合唱させたとしても不思議でも何でもないのである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『TRANSIT』1981年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.恋1/2
    • 2.モーニング・デート
    • 3.ありきたりな筋書き
    • 4.Bye-Bye-Lover
    • 5.空中ブランコ
    • 6.LOVE MAGIC
    • 7.フライディ・チャイナタウン
    • 8.ミッドナイト・トレイン
    • 9.アリスのレストラン
    • 10.Remember Summertime
『TRANSIT』('81)/泰葉

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着