スティーヴ・ハケット来日記念! 初
心者おすすめ『幻惑のスーパー・ライ
ヴ』を分析/金属恵比須・高木大地の
<青少年のためのプログレ入門> 第
31回 

金属恵比須・高木大地の<青少年のためのプログレ入門>

第31回 スティーヴ・ハケット来日記念! 初心者おすすめ『幻惑のスーパー・ライヴ』を分析

 元ジェネシスのギタリスト、スティーヴ・ハケットが満を持して9度目の来日を果たす。しかもジェネシスの名アルバム『月影の騎士(Selling England By The Pound)』と名ライヴ盤『セカンズ・アウト(眩惑のスーパー・ライヴ)』の完全再現をするという。社会情勢のため、来日が延期されていたが、やっと眩惑のステージを日本でも見ることができるのは嬉しい。
 スティーヴ・ハケットは、ジェネシスの歴代メンバーの中でプログレ時代の同バンドの音楽を正統的に継ぐ、由緒正しいプログレ・ミュージシャンとして名高い。遡ること47年前の1975年。ピーター・ガブリエルが脱退して間もない時に、初のソロ・アルバム『ヴォヤージ・オブ・ジ・アカライト』を発表。ジェネシスのリズム隊メンバーであるフィル・コリンズとマイク・ラザフォードを起用し、名アルバム『月影の騎士』(1973年)の世界観をそのまま引き継ぐ名盤となった。1977年にはジェネシスを脱退しさまざまな音楽性に挑戦していくが、1996年に『ジェネシス・リヴィジテッド(新約創世記)』というジェネシス・セルフ・カバーを発表したことで、プログレ期ジェネシスの継承者となる。2012年には『ジェネシス・リヴィジテッドII』を発表。プログレ・ファンを喜ばせ続けてくれているのだ。
Steve HackettVoyage of the Acolyte」「Genesis Revisited」
 今回演奏される『月影の騎士』はプログレ期の名盤で、『フォックストロット』(1972年)と人気を二分する。スティーヴ・ハケットが継承するプログレ期ジェネシスの結晶である。「ファース・オブ・フィフス」の華麗なピアノ・ソロとシンセ・ソロ、そして泣きのギター・ソロは構成のプログレ・バンドに多大なる影響を与え、“プログレっぽくするならこの曲の真似すればとりあえずOK”という教科書的な楽曲だ。「シネマ・ショウ」も同様で延々と続くシンセ・ソロは誰もがコピーをしたくなる名メロディ。また、ジョン・レノンが当時お気に入りだった「アイ・ノウ・ホワット・アイ・ライク」といったポップな曲も間に挟んでいるのも特徴だ。
Genesis「Selling England By The Pound」
 さて、ジェネシスといえば、前々回の連載でダミアン浜田陛下(以下:陛下)とプログレに関する対談でも話題になった(第28回「ダミアン浜田陛下のプログレ入門!〜D.H.C.ライヴを語る〜」)。陛下も筆者もプログレ・ファンだが、ジェネシスの良さを理解するには相当な時間を要したエピソードを語り合った。陛下は『静寂の嵐』でやっと目覚め、筆者は『セカンズ・アウト』でジェネシス・トラウマを克服した。奇しくも、ともに1977年発表のアルバムである。これは偶然なのか、必然なのか。
 ということで、今回は『セカンズ・アウト』に焦点を当ててみたい。
Genesis「Seconds Out」
 まず、なぜ他のプログレ・バンドと違い、陛下も筆者もなかなか良さに気づかなかったのだろうか。陛下は最初に『怪奇骨董音楽箱』(1971年)を聴いて難色を示したという。筆者は『インヴィジブル・タッチ』(1986年)を聴いてトラウマとなり、『フォックストロット』(1972年)で克服しようとするも失敗した。
 その理由は、1969年から現在までの50年近い歴史の中で幾度も繰り広げられた音楽的変化、そしてメンバー・チェンジではないかと考える。
 1960年代、ポップ・ソングを作るバンドとして結成されたが、70年にはプログレッシヴ・ロックの影響を受け、インストゥルメンタルに力点を置いたアレンジがされるようになる。何よりもヴォーカルを重視したスタイルで、ポップな歌メロディと大仰なバッキング演奏が織り混ざる音楽性は他のプログレ・バンドとは一線を隠す。が、残念ながらこの頃のジェネシスはイエスやピンク・フロイドのような大ヒットを放つこともなく、本国イギリスよりもむしろイタリアやベルギーなどのヨーロッパ本土においてカルト的な支持を得ていた。それゆえか、レコーディングされた音も他のバンドに比べていささか貧弱な印象を与える。
 1975年に中心人物であるヴォーカルのピーター・ガブリエル(ピーガブ)が脱退。奇抜な衣装や被り物を用いたシアトリカルなステージングを封印することとなった。ここまでがいわゆる「ピーガブ期」で、純然たるプログレッシヴ・ロックの時代として歴史には刻まれている。
 1976年、ドラマーのフィル・コリンズがヴォーカルを兼任することによりバンド活動を再開。ピーガブとフィルの声質が瓜二つだったことも相まって、一聴程度ならまったく違和感のない、従来のジェネシスとなんら変わりない印象を与えた。自我統一性は保たれることとなる。が、カルト的なステージングを封印したことにより“アク”が抜け、それだけでも親しみやすくなった。このときに発表された『トリック・オブ・ザ・テイル』は故ダイアナ元妃が最もお気に入りのロック・アルバムとして取り上げているように、より多くのリスナーに訴えかける良アルバムである。続けて1977年には『静寂の嵐』を発表。大規模なツアーを行ない、それを収めたのが『セカンズ・アウト』だ。
 その後、スティーヴ・ハケットが脱退。1978年から徐々にポップ路線へと舵を切り、1986年には『インヴィジブル・タッチ』を発表、全世界で大ヒットを記録した。
 1977年というのはプログレからポップへの転換期である。と同時に、コテコテのプログレだった「ピーガブ期」と爽快なポップ時代である1978年以降の「フィル期」の過渡期であった。陛下は「ピーガブ期」の“アク”にやられ、筆者は大ヒット「フィル期」の清涼感にやられたのだが、それらが中和された1977年の適度なプログレこそが、二人を虜にさせたのだと思う。
 ということで1977年までのジェネシスを“味覚”に例えてみよう。
 インストゥルメンタルに重きを置くことを便宜上「プログレ」とし、歌をメインと置くものを「ポップ」とした。また、ピーガブ期の「プログレ」を「超コッテリ」と例え、フィル期の「ポップ」を「超あっさり」と例えた。
 『怪奇骨董音楽箱』を聴いて離れてしまった陛下は「超コッテリ」に胃もたれを起こした。逆に筆者は『インヴィジブル・タッチ』の「超あっさり」に失望してしまい、『フォックストロット』を聴いたら逆に「超コッテリ」すぎて、これまた胃もたれを起こしてしまった具合である。これをもとに『セカンズ・アウト』を分析してみようと思う。なお、時間は四捨五入で表記している。
 まずは、時代別の曲の構成割合を見ていきたい。全12曲中、7曲がピーガブ期となり、5曲がフィル期。時間で見ると7対3の割合となる。ピーガブ期が5年(5枚のスタジオ・アルバム)、フィル期が2年(2枚のスタジオ・アルバム)の活動期間の差を考えれば当然の結果だ。と同時に前時代を否定することなくしっかり受け継いでいるということでもある。ピーガブとフィルの声質が瓜二つというのも影響しているのかもしれない。
 次に、「プログレ」と「ポップ」の割合を見ていこう。曲数ではプログレが42%でポップが58%だが、プログレでは「サパーズ・レディ」のように20分を超える大曲が含まれるため、時間で見ると逆転し、プログレが60%でポップが40%となる。プログレ・ファンも納得のボリュームとなっている。特に、2枚目に集中しており、プログレだけをチョイスしたい場合はそれだけを聴き続ければいいのだ。なんと優しい配置だろう。
 さらに細かく見てみる。「プログレ」の内訳を“味覚”別で見てみるとピーガブ期の「超コッテリ」が47%で最も多い。対して「ポップ」は時代別に見ると大体同じ長さで、フィル期のその後の道の予兆が見られる。
 最後に、曲順の構成を見ていきたい。
 1枚目前半(A面)は、「超あっさり→あっさり→コッテリ→超あっさり」とあっさりめの“メニュー”から始まる。あっさりから段々とコッテリにしていくニクい演出だ。
 1枚目後半(B面)は、「超コッテリ→あっさり→あっさり→あっさり」とピーガブ期の代表曲をあっさりめに“調理”。前半を超あっさりで終わらせるから最初に超コッテリを持ってきても胃もたれしないよう工夫されている。
 2枚目(C面・D面)は全体的にコッテリ“メニュー”。「超コッテリ→超コッテリ→超あっさり→コッテリ」と、真ん中に超あっさりを挟むあたりも配慮がみられる。1枚目後半であっさり3連発にしていたのも、コッテリな2枚目へ向かうお膳立てのようだ。
 なお、筆者が強くおすすめするのは「シネマ・ショウ」だ。元イエス、元キング・クリムゾンのドラマーであるビル・ブルーフォードがサポートで加入していた1976年の演奏だが、後半のフィルとの血気盛んなツイン・ドラム・バトルがとにかく凄まじい。お互い10代からの旧知の仲で、超絶なテクニックな持ち主。コンビネーションも素晴らしいが、バカテク乱打の応酬も必聴だ。
 様々な“味”を散らかすという万全の配慮で決して胃もたれを起こさせない実に計算された構成。そして、ジェネシスの歴史の分岐点であることが一目でわかる選曲。これこそが『セカンズ・アウト』の魅力であり、プログレの入門編としては最適なアルバムなのである。陛下も筆者も最初に1977年の作品に触れていたらジェネシス歴はもっと長くなっていたかもしれない。ジェネシス・トラウマを持つ方々にも強く勧めたい。
 そのうち段々と、超コッテリなものしか受け付けない胃になってくるはずだ。
文=高木大地(金属恵比須)

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