市川猿之助と市川笑也が『當世流小栗
判官』で天を翔る~歌舞伎座『七月大
歌舞伎』取材会レポート

2022年7月4日(月)に歌舞伎座で『三代猿之助四十八撰の内 當世流小栗判官(とうりゅうおぐりはんがん。以下、小栗判官)』が開幕する。市川猿之助と、市川笑也が取材会で意気込みを語った。
■11年ぶりの『小栗判官』、1000回目の宙乗り
『小栗判官』が上演されるのは、2011年以来となる。
猿之助「三代猿之助四十八撰の中でも人気狂言のようですね。もう10年やっていませんし、歌舞伎座で宙乗りもできるようになりましたから、そろそろ出そうかなと。スーパー歌舞伎『オグリ』やスーパー歌舞伎II『新版オグリ』とはまったく別物です。スーパー歌舞伎は、ある意味で照手姫を主人公にした愛の物語です。スーパー歌舞伎の『オグリ』をご覧の方はびっくりされるでしょうね」
笑也「この公演の初日、私にとって1000回目の宙乗りをします。最初の宙乗りが1987年。その時も『小栗判官』でした。ただ照手姫ではなく、お槙(今回はお駒という役名)。首をはねられて、首だけにスポットが当たりながら舞台上を飛ぶ宙乗りでした。はじめの1回と同じ作品で、初日に1000回目を迎えられる。感無量です」
白い天馬は本物の馬が合成されている
11時開演の第1部で上演される。宙乗りや早替りなどの面白さと、御家騒動や恋のさや当てのドラマなど見どころのつまった作品を、1日3部制にあわせて約2時間半におさめることとなる。
猿之助「もともと4時間以上かけていたお芝居です。どうしたって同じものにはなりません。レストランのディナーコースをランチコースにするようなもので。大切なのは、決められた時間の中で完結させることだと思います」
その際に意識するのは「物語がわかること」と「約束事をおさえること」。
猿之助「今回の約束事としては、馬の碁盤乗り、浪七のくだり。橋蔵とのコミカルなやりとり。小栗と照手の道行と天馬の宙乗り。その上で物語が分かるようにしたい。すると想定外に拵えの時間がなくなって早替りのような状況(笑)。(早替りをアシストする)周りは大変ですが、なるべくいいとこ取りでお見せできれば」
照手姫が小栗判官をのせた車を引く『道行』では、竹本葵太夫が出語りをする。
■宙乗り、早替り、物語のバランス
市川猿翁(当時三代目猿之助)が、本作を復活狂言として初演したのは昭和58年7月。猿之助が亀治郎の名前で初舞台に立った興行でもあった。猿之助は、当時7歳。
猿之助「よく覚えています。昼の部では『戻駕色相肩』『弁天娘女男白浪』『黒塚』がかかっていて、夜の部が『小栗判官』でした。子どもでしたから『小栗判官』を見て、早替りや宙乗り、橋蔵とのやりとりなど面白く見た記憶があります」
本作が支持を集める理由は何だろうか。
猿之助「バランスは良いですよね。同じ三代猿之助四十八撰でも『獨道中五十三驛』は早替りの連続。『小栗判官』は物語、早替り、宙乗りもあって、今回はできませんが大立廻りもある」
笑也「師匠(猿翁)は『小栗判官』をやったことで、その後スーパー歌舞伎のコンセプトになる3S(ストーリー、スペクタクル、スピード)につながる気づきがあったのかもしれません」
■猿之助の小栗判官&浪七、笑也の照手姫
猿之助が演じるのは、小栗判官と浪七の2役。
猿之助「小栗判官は二枚目の立役。作品として必要な存在ではあるけれど風情で見せる役。『義経千本桜』の義経のような立ち位置ですね。もうひと役の浪七のほうが、やっていても芝居的に面白いです」
笑也は、1993年以降はヒロインの照手姫を勤めている。
笑也「お姫様ですから、いればいいんです(笑)。お姫様からだんだん落ちぶれて、堅気になり、成長していく。今回は時間的な制約の中でも、照手姫の成長の過程をうまく出せれば。はじめて四代目(猿之助)とやらせていただいたのは新橋演舞場のとき(2011年)。涙が出ましたよね、(猿翁と)そっくりだったので」
猿之助は「あのとき何かもらっていたよね?」と話題をふった。
笑也「1983年の初演では馬の脚の役だったこともあり、師匠から(猿翁)から“シンデレラ賞、奇跡の52歳”をいただきました。今ではもう奇跡の63歳です(笑)」
照手姫は、父親が殺されたり許嫁の小栗となかなか出会えなかったりと、苦労の多い役だ。
数々の姫役を勤めてきた笑也だが、この役へのこだわりは「特にない」という。
笑也「でも、古い名題さんによく褒めていただきます。『笑也ちゃんはお姫様が似合うわね。いいわね』って。嬉しくて理由をうかがったところ、『余計なことをしないからよ』っておっしゃるんです。裏をかえせば、僕は動けないってことなんです(笑)」
冗談をまじえ謙遜する笑也だが、猿之助は言う。
猿之助「お姫様って、先輩方から必ず『動いてはダメ』と教わります。でも、動いてはいけないのと、動かないのは違う。その違いが若い頃はわかりませんでした。色々な役を経験して、お姫様ってそういうことか、と見えてくるものがある。照手姫は、自分からガッと動かなくてはならないシーンもあります。そこでも、やりすぎるとやっぱり『動いちゃだめ、お姫様なんだから』と言われる。非常に難しいものだから『三姫』なんてものもあるのでしょうね。僕は絶対やりたくない(笑)」
これに笑也が「みたらし団子ですね」と続いた。
笑也「お姫様役って、みたらし団子のタレみたいなものかもしれません(笑)。醤油よりなのか砂糖よりなのか。これではちょっと甘すぎる、これだと辛い。『これがみたらしだ!』っていう微妙なところが本当に難しい。私もいまだに分からないんです」
■受け継がれる小栗判官
本作には、次世代の俳優も出演する。尾上菊五郎を祖父にもつ、寺嶋眞秀(まほろ)は、遊行上人(中村歌六)の弟子役で出演。
猿之助「彼とは血の繋がりも何もありません。純粋に才能にほれ込んで、ぜひ出ていただきたいと思いました。芸勘が鋭く音感もリズムもいい。とても明るい。眞秀くんくらいの年ごろは、とにかく舞台って楽しいんだなという経験をしてもらいたいです。子どもたちは歌舞伎界にとって大切な宝ですから」
2011年に小栗判官と浪七を初役で勤めたとき、猿之助は3役早替りでお駒も勤めていた。それ以前の1993年、1997年にも勤めたお駒役を、今回は尾上右近に託す。
猿之助「お駒は右近くんに、ぴったりの役だと思います」
お駒は小栗判官に一目惚れし、熱烈に思いを寄せて照手姫と三角関係になる。
猿之助「小栗判官とお駒を早替りで演じると、当然ながら2人が舞台に並ぶことがなくなります。でも、あれほど嫉妬するくらいに小栗判官を好きになる役なので、やはり2人が並ぶところをお見せしたい。その意味でも、早替りにするより右近くんに。彼がやってくれると思います」
過去の上演において、お駒とその母・お槙のやりとりは、スペクタクルとは異なるベクトルで見どころとなっていた。しかし、お駒役への未練はない様子の猿之助。
猿之助「初演以来1993年まで、亡くなった紀伊国屋(九世澤村宗十郎)がお槇をやられていましたね。僕は紀伊国屋のお槇で、お駒をやらせていただいた。本当に……僕から申し上げるのもあれですが、本当に素晴らしい役者さんでした」
今回は、右近のお駒と笑三郎のお槙という配役だ。また、宗十郎には初演以来もうひとつ持ち役があった。お槙と打って変わってファニーなキャラクター、矢橋の橋蔵だ。勤めるのは坂東巳之助。巳之助への期待を問われた猿之助は、「期待というより、やってね」と答えた。
猿之助「若手に役を任したときは、“この役に対して、これぐらいの成果を出してくれた”と見ますが、彼はもう若手の域をこえています。“この芝居でこの成果が欲しい。だから呼ぶ”。重要な芝居に欠かせない存在になりつつありますね。橋蔵は、紀伊国屋の大当たりの役でした。それをみっくん(巳之助)が、どう料理するかが見どころです。ふざけるのではなく、芝居に溶けつつ個性で笑わせる。藤山寛美さんが作るような笑いでしょうか。笑かしにいくのではなく、お客が笑っちゃう芝居が求められます」
■人馬一体のふたり宙乗り
特別ビジュアルは、白い天馬にのって空を翔る小栗判官と照手姫。11年前に制作されたポスターの写真を、新たなデザインに落とし込んだもので、デザインは東學(あずまがく)、撮影は渞忠之(みなもとただゆき)。
猿之助「11年前の、この写真がとても良かったので、デザイナーの學さんにリニューアルしてもらいました。渞さんが世田谷の馬事公苑で実際に馬を棹立ちにさせて、その瞬間を撮り、僕と笑也さんがのっているかのように合成して作ってくれた写真でした」
歌舞伎座『當世流小栗判官』特別ビジュアル
馬にふたり乗りした状態で宙乗りをする。
猿之助「人馬一体の宙乗りは、なかなかありません。動きは制約されています。仁木弾正ならば宙を漕ぐようにとか、『骨寄せ』の岩藤は宙を歩くようになどありますがこれはただ乗ってただ飛ぶだけ(笑)」
笑也「馬の脚は電動です。過去に片方の足しか動かなかったことがありました。これだけ回数を重ねた中でも、めったに見られないこと。もしそんな日に当たったらラッキーですよ!」
笑也は「ようやく1000回。そのほとんどが便乗の宙乗り。師匠は5000回でしたもんね」と驚くなどしていたが、女方では並ぶもののない回数だ。ちなみに笑也史上、一番高く上がった宙乗りは、代々木体育館で開催された『氷艶hyoen2017 -破沙羅-』。
「松本幸四郎さんとフィギュアスケートの方々とやった公演です。稽古で上にあがってみたらすごい高さ。(演出でもあった)幸四郎さんが、わっ、高い、怖い! って。じゃあなんでやるの!? しょうがないでしょ! って高所恐怖症同士、高いところで話したのを覚えています」
なお、猿之助は今回の初日が1307回目。
猿之助「年を重ねるほどに怖くなります。それでも、あとは信頼です。スタッフさんあっての宙乗り。中でも人馬一体の宙乗りは、馬自体に相当な重量があります。それを支えられる設備がなければできませんし、少しでも緊張感が緩んだら事故は起こりえます。何千回やろうと、初心の気持ちで挑みます。まさに劇場とスタッフと我々が一体となって初めて可能になるもの。それをこれだけの回数できたのも、皆さんのおかげです」
■それが型になっちゃった
本作で、馬が活躍するのは宙乗りのところだけではない。猿之助が「決まり事」に挙げた「碁盤乗り」では、馬はふすまをぶち破り、大暴れし、小さな碁盤にのって後ろ足で棹立ちになる。これを小栗判官が見事に手なづけてみせる人気の場面だ。昭和58年の初演で、この暴れ馬の後ろ足を担当していたのが笑也だった。前足は市川猿十郎。
笑也「馬をやるのも初めてで、どうしたらいいのか分からないまま『適当にやればいいの!』と背中を押されてはじめました。鉄砲立ちという型、最後にふすまを横に立て、その上を馬が飛び越える演出なのですが、稽古場でできても、馬の中に入るとできないことがわかりました。後ろ足の僕は自分の足元しか見えないんですね。猿十郎さんがいつ飛ぶか分からず、飛んだ瞬間、ふすまが足元にくる。無理だと思いました。でも初日があいて5日目、馬が前足をあげてゆっくりと垣根を越えていく夢を見たんです。これはいける、と思いました。その朝、楽屋に入るなり猿十郎さんに『今日飛びましょう』って言ったんです」
笑也「鉄砲立ちをしたら、猿十郎さんを前に放ります。着地していただいたら、そのまま僕は輿に乗りますので、前に2歩ぐらい歩いてください。私が着地したら後ろをもう1回蹴り上げて……と。口立てだけで稽古はなし。いきなりだったので皆に心配されながら」
アイデアと勇気で成功させた。
猿之助「それが型になっちゃったんだよね(笑)」
以来、今も本作で取り入れられている。
■8月に向けて、まず7月を乗り切りたい
この日、猿之助は『車引』と『猪八戒』に出演。出番を終えてからの取材会だった。『猪八戒』は約1時間出ずっぱりで、見ている側は絶え間なく楽しく、演じる側は消耗のはげしい舞踊劇。取材会の猿之助は、やや省エネモードにもみえた。しかし、おつかれですかとの問いには、元気に「うん!」と即答。
猿之助「『猪八戒』もだし、今、映像の仕事もしているし。コロナ禍になって以来、意外とずっと出ているんです、僕と幸四郎さん。力不足かもしれませんが、毎回新作に近いものをやってきました。命を削って、歌舞伎座を支えてきたという自負はあります。8月には歌舞伎座も入場者数を戻していくそうですから、そこへ向け、まず7月を乗り切りたい。でも、疲れたら休むので大丈夫です。感染症対策のおかげで、微熱が出たと言えばすぐに堂々と休ませてもらえますから(笑)」
猿翁が復活させ、猿之助が継承し、若手俳優が重要な役どころを引き受け、笑也がつなぐ『當世流小栗判官』は、歌舞伎座『七月大歌舞伎』にて上演。7月4日から29日まで。
取材・文・撮影=塚田史香

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