音楽座ミュージカル『ラブ・レター』
主演の岡崎かのんに聞く~「『ただ生
きているだけ』のメッセージでほんの
少しでも皆さんの背中を押すことがで
きれば」

浅田次郎の小説が初めてミュージカル化された『メトロに乗って』を観たとき、音楽座ミュージカルとの相性の良さを感じた。その緻密な筆致から広がる世界が、繊細で厚みのある音楽と役者たちの丁寧な演技で紡がれていく。人気小説家としての階段をものすごい勢いで駆け上る中であり、よく上演許可が出たものだと思ったのを覚えている。しかもそれまで極道物を多く手がけていた浅田が、初めて新たな世界に踏み込んだ小説だった。そして第二弾として創作されたのが2013年の『ラブ・レター』。東日本大震災の後に“死者が生者を励ます物語”として生み出された。10年ぶりの再演となる2022年6月~9月の同公演では、混沌とした現代のエッセンスも新たに取り込んだ。歌舞伎町で汚れ仕事を請け負う高野吾郎のもとに一通の「死亡通知書」が届く。そこに書かれていたのは「高野白蘭(パイラン)」の名前、それはかつて小金欲しさに偽装結婚をした中国人のものだった……。設定からは想像しにくい感動の展開。白蘭役を演じる、音楽座ミュージカルの岡崎かのんに話を聞いた。

『ラブ・レター』 (c)︎ヒューマンデザイン 撮影:二階堂健
――岡崎さんが音楽座ミュージカルに入ったきっかけから教えてください。
私は音楽座ミュージカルを知らなかったんですけど、16歳当時、高校2年生でしたが、とにかく仕事として舞台に立てる場所を探していたんです。たまたま音楽座ミュージカルの募集要項に16歳からと書かれているのを見つけて、履歴書を送って、オーディションを受けて合格したというのが入団のきっかけです。最初は稽古場の大きさだとか、稽古場に舞台装置があることに感動して、ただただ圧倒されたのを覚えています。そして音楽座ミュージカルの創作方法を体感していくうちにどっぷり浸かり込んで、今があるという感じです。
――音楽座ミュージカルのつくり方はそれこそ、ゼロから全員で考えるという独特な方法ですよね。
外部の舞台に立ったこともあったのですが、それらとはまったく違いますね。まず自分の意見を求められることが初めてだったので、発言するのもいっぱいいっぱいで、何を求められているかわからないこともありました。それまで大人に意見を伝える経験がなかったし、私の意見が取り入れられて影響し合っていくということもほとんどなかったから、とても難しかったですね。

『ラブ・レター』 (c)︎ヒューマンデザイン 撮影:二階堂健

――『ラブ・レター』はどんなふうに稽古が始まったんですか。
再演ですけど、稽古は、作品の根本になるテーマを話し合って、ひとつひとつのシーンも新たにつくり直していく感じだったので、ほぼ新作状態です。原作を読んだり、初演の映像も見ましたが、やっぱりメッセージが今の時代に伝えたいものなので、作品もどんどん変わってきています。
――原作の印象から聞かせてください。
すごくリアルだと思ったんです。1990年代、自分が生まれる前ですけど、本当にこういう事実があったんだろうと思いながら読んでいたら、一人ひとりの人物に感情移入していました。私が演じる白蘭だけではなく、吾郎や吾郎の仲間のサトシの心の動きに引き込まれたんです。白蘭は手紙でしか出てこない存在。会ったことがない吾郎に、自分の想いを書き綴っているのですが、すごいなと驚いたのと同時に、その瞬間を本当に生きていたんだなという感覚が非常にありました。自分と重ね合わせると、結婚したとはいえ会ったことがない知らない人に気持ちを届けるのは簡単ではないと思うんです。そういう意味で、白蘭の真っ直ぐさに惹かれて。最終的には亡くなってしまうんですけど、すごく力強さを感じました。

『ラブ・レター』 (c)︎ヒューマンデザイン 撮影:二階堂健

――白蘭役について少し紹介していただけますか。
白蘭は吾郎さんと結婚して、日本の戸籍をもらって、千葉県の千倉でホステス嬢として働くんです。吾郎さんと会いたい気持ちがあるのに会えず、やがて病気になってしまう。病院に行きたくても身の上がバレて強制送還されてしまうことを恐れて本当にギリギリになるまで行かない。吾郎さんの存在があったからこそ彼女は仕事に向き合えたので、吾郎さんへの想い、感謝の気持ち、病気になった苦しさなどすべてを手紙に書くんです。舞台では吾郎が手紙を読むシーンでしか登場しません。それこそ舞台装置の高みの方にふっと現れるばかりで、直接、関わることはないんです。
『ラブ・レター』 (c)︎ヒューマンデザイン 撮影:二階堂健
――吾郎役はどなたが演じるんですか。
安中淳也さんです。
――安中さん、優しい役が多いから、どんなヤクザになるんだろう、想像がつきませんね。
やくざになりきれない男なんですよ、吾郎は(笑)。ダンスのシーンやナンバーの中で二人が触れ合ったり、向き合うことはないけれど、空間の中で交わっていくシーンはあります。そういうシーンは、白蘭が吾郎の想像ではなく、白蘭自身として登場できる瞬間かなと私は思っていて、そういったときに距離があっても想いを感じたりすることがたくさんあります。
――音楽はいかがですか? 音楽座ミュージカルといえばダイナミックでキラっとしたアレンジが特徴です。でも特に前半は歌詞を読んでいるだけでは、そうした音楽をイメージしづらいなって思ったんです。
そういう楽曲もあります! でもエネルギッシュな曲が多いかな。私はプロローグが大好きです。劇中に登場するパッセンジャーという存在がいるんですね。生きている世界と死後の世界を関係なく、すべてを包み込んでいく。そのパッセンジャーが楽曲に合わせて、自分たちがどういう原因で死んだとか、お互いの死を肯定したり、笑い飛ばすんです。一人ひとりがエネルギー高く歌うナンバーで、確かに音楽座ミュージカルにあまりないナンバーかもしれません。私自身はその曲が始まった瞬間に何が起こるんだろうと高揚感があるんです。やくざの親分の佐竹が歌う「SHI★NO★GI」もザ・ミュージカル・ナンバーみたいな曲です。佐竹さんが自分のステージのように歌う、パワフルで、オケもガンガンの曲です。おっしゃるように歌詞だけ見ると想像できないんですけど、曲が期待を裏切るような雰囲気で盛り上げてくれる感じかな。
岡崎かのん
――ところで本公演で主演されるのは初めてですよね?
はい、初めてです。
――稽古に入るのに気持ちの違いとかありましたか?
稽古は毎回、自分の1000パーセントを発揮するくらいのつもりで挑もうと思っています。最初にキャスティングされても、本番に出演できるかは稽古次第なので。これまで実際にキャスティングから外されてしまった経験もあるんです。今回はもう白蘭を演じようとか、頑張るぞというよりも覚悟を持って臨まないとダメだという感覚が自分の中にあって、とにかく後ろを向かないつもりで、前だけを向き続けようと思いながら稽古に臨みました。何かダメ出しされたとしても、いちいちくじける時間はないというか。もう入団して4年目になるので、焦りもあったんですよ。割とチャンスはいただいてる中で、それを活かせていない悔しさもありましたし、もうやばい、ラストチャンスだと思っていたんです。私はいつになったら覚悟が決まるんだろうって自分に飽き飽きしてしまって。音楽座ミュージカルの主役は、もちろん実力も必要ですけど、何より覚悟がないとできないものだから。
――そんな想いのこもった作品です。お客さまにどんなメッセージを届けたいですか?
『ラブ・レター』は本当に今、世の中で起きていることを含めて皆さん一人ひとりの状況に重ね合わせて見ていただけるんじゃないかなって思っています。コロナ禍になったりして考える時間が増えた人も多いでしょう。これからの未来とか、現実的にお金がない、本当に食べるものがないとかいったことかもしれません。ネガティブになる瞬間は誰にでもあると思うんです。でもこの作品を観て本当に「今を生きてる」、先のことはわからないけど、この瞬間を本当に思いっきり生きてみようよというメッセージを感じていただきたいなって思います。「今、生きてる。ただ、それだけ」。それが皆さんの希望になったらいいなと思います。私自身がその言葉を感じられたときに、すごく希望を感じ、背中を押してもらっているんです。だからその言葉をお客様にも伝えたいですし、1ミリでも背中ポンと押されたような希望を感じていただけたら、私たちも最高に幸せです。
『ラブ・レター』 (c)︎ヒューマンデザイン 撮影:二階堂健
取材・文:いまいこういち

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