今の時代に潜む阿修羅を掘り起こした
い 『阿修羅のごとく』演出・木野花
インタビュー

1979年、1980年に放送された向田邦子の名作ドラマ『阿修羅のごとく』。2003年に映画化、2004年・2013年に舞台化もされた人気作が、演出・木野花、脚色・倉持裕のタッグで上演される。今回は登場人物とシーンを大幅にカットし、出演者は小泉今日子、小林聡美、安藤玉恵、夏帆、岩井秀人、山崎一の6名のみ。色褪せない名作の演出を手掛ける木野花に、本作に対する意気込みや作品が持つ魅力を伺った。
令和の今、この作品に挑む意味
――木野さん自身もリアルタイムで見ていた作品ということで、まずは演出への意気込みを教えてください。
最初にプロデューサーから声をかけていただいたときは、いやいやと思いました。やっぱりプレッシャーが大きくて。なんでかと言うと、すごいドラマを見てしまったという強烈な印象が何十年経っても消えないから。感動もありましたけど、「ドラマでここまで表現するんだ」という衝撃がありました。向田さんの脚本に本気で向き合って戦おうとした役者陣もすごい。佐分利信さんがあの役で出ていたというだけで感動もので、緒形拳さんもそう。一人ひとりすごい迫力でした。あのキャスティングを超えられないと思っていたから、最初は「舞台化はないよ」と。
でもその後で、なんでダメなんだろう、なぜドラマがあんなに良かったんだろうと考え、改めて読んでみました。やっぱり名作だなと。本そのもの、そして向田さんのセリフの力が持つ鋭さや深さ、それから役者陣もインパクトがあって、当時のドラマとしてベストなキャスティングだったと思います。
描かれているのは明らかに昭和のお茶の間だけど、だからといって今回それを現代に書き換えるのはもったいない。昭和のままに今に甦らせる方法を考えました。時代を抜きにした時、この作品の大きなポイントは向田さんが“阿修羅”をお茶の間に持ち込んだことだと思うんです。それまでは『寺内貫太郎一家』のように、怒鳴ったとしても阿修羅の一歩手前でとどまって、笑いにしてた。「そこは踏み込んじゃいけない領域じゃない? どうするの?」という瀬戸際を見事に成立させた。阿修羅という言葉のもつ力強さと普遍性を感じました。阿修羅はどの時代、誰の中にも棲み着いている。今の時代の阿修羅を掘り起こしたらどうなるか、やってみる意味があるんじゃないかと思ったんです。今回はお茶の間じゃなく劇場で観ていただくので、舞台転換・構成をドラマから演劇に開いていこうと。そこで倉持さんに演劇的に脚色をしていただき、見事に書き上げてくださったので、私も腹を括りました。
ここまではうまく進んでいる自信がある
宣伝絵画:大宮エリー
――今回、キャストが6名のみというのもポイントかと思います。
キャスティングにあたっては、「自分に正直な人たち」ということを念頭に選びました。信頼できる人たちと一緒に戦いたいなと。
今回は四方をお客様に囲まれるので、逃げ場がない中でドラマが展開する。役者は大変だと思います。台本を読んでも、これはどうやるの? どうしたら成立するの? というくらい。見せ方は色々考えないといけませんが、ある意味で阿修羅と向き合う覚悟が持てるかと思います。
――令和の時代にこの作品を上演するうえで、脚本の倉持さんとはどんなお話をされましたか。
舞台にする中でどのシーンとセリフを入れたいかを、まずプロデューサーと話して、それを倉持さんに伝え、あとの流れは自由に考えてもらいました。時代性の部分は、令和といえば何かって言ったらまずコロナだなと。この芝居をやる上でも規制に次ぐ規制、束縛に次ぐ束縛の中で今までにない舞台をやろうとしている。今後も当面は窮屈だけど、それを面白がって取り組もうという覚悟をしています。
これまで演じられた『阿修羅のごとく』は、格調高いものが多かったと思うんです。今回、格調はないと思います。ただ、向田さんの胸を借りて本気で阿修羅と向き合うつもりです。今、世界中に阿修羅が蠢いているし、誰の胸にも住み着いている。その阿修羅と格闘技のように取っ組み合うのを面白がってくださる役者さんたちが揃いました。脚本もキャスティングも、ここまではうまくいっている自信がある。あとは稽古をやるだけです。
――キャストの皆さんとはもうお話になりましたか?
ビジュアル撮影の時に聡美さんと小泉さんには会いましたが、「やらなきゃって気持ちになった」とおっしゃっていました。玉恵さんは前から一緒にやりたいと言ってくれていてすごく喜んでくれましたし、夏帆ちゃんも前にKERAさんのお芝居でご一緒して。岩井さんと山崎さんは初めてですが、全面的に信頼というか期待しています。
――それぞれ二役を演じる男性陣への期待とは。
岩井さんは私立探偵と、四女と付き合っているボクサー。キャラクターは真逆ですが、どちらも社会からはみ出した人。岩井さんってちょっと奇人で、普通の役者がしない答えの出しかた、役作りをするので面白い。どんなはみ出し方をしてくれるか楽しみです。
山崎さんはどんな役でも信頼できるし安心して見ていられる。最初はすごく真面目な役が多かったけど、今は幅が広がった感じがします。山崎さんの二役はどちらも浮気する夫。現実では浮気をしなそうな山崎さんが演じたらどうなんだろうという期待があります。
向田さんのドラマは、ストーリーがすごく面白いですし、人間の描き方も深くて多面的。向田さんが書いたセリフを役者がどんなふうに言葉にしていくのか、掘り下げていきたいと思います。向田さんの脚本で色々な冒険ができるのが贅沢ですし、冒険に耐えうるセリフだからありきたりにしたくない。普通に上演しても完成度の高い作品ではあるけど、それはもう他の皆さんがやってくださっているので、令和で舞台化するにあたって違う角度から取り組んでみたいなと。ちょっと油断したらよくあるいい話で終わるかもしれない。それが嫌なので、このメンバーでどんな阿修羅が出てくるか、行けるとこまで行ってみたいですね。
>(NEXT)昭和の女たちを令和に 演出の構想は?
説明しすぎず、いかにお客さんに想像させるか
――ドラマでは人物の顔や小道具のアップが象徴的に使われているのが印象的でした。細かいことは稽古を始めてからとのことでしたが、演出の構想はありますか?
視線を集めるという点では、照明などの演出もありますけれど、役者が自分でアップにさせるという技もありますよね。主役がメインでセリフを言ってても、他の役者がアップに見えることもあります。お客さんが気になる役者をアップで見てしまう(笑)。だから舞台は油断できないというか、脇役も主役も関係ない。誰を見るかはお客さんの自由だから、見て欲しいところがアップになるように、こっちも対策を練らないと。小道具とかも、ドラマでは非常に効果的に使っていましたよね。お母さんが倒れる時に買い物カゴから野菜がこぼれ落ちるところ。憎いなぁ、こんなのどうやって表現すればいいんだと思いつつ、これから考えていこうと思っています。
――口ではこう言っているけど実際は違うというシーンも多いです。センターステージ形式で、席によっては表情が見えなかったりもしますよね。そのバランスの取り方はどう考えていますか。
映像も演劇もそうだけど、いかにお客さんに想像させるかだと思ってます。全部言葉で説明できるものじゃなく、説明しすぎてもつまらない。話しているキャストの背中を見ているお客さんが、対峙する相手の表情を見て何かを想像する。何を見るかはそこに座ったお客さんの運命であり、選択の自由だと思う。全てのお客さんが見えたり見えなかったりを体験しながら、それを楽しめる。それで舞台にしていきたいです。
女性の生き方をしっかり見せていきたい
――改めて読み、セリフの力を感じたというお話がありました。また、盛り込みたいシーンを倉持さんに伝えたとのことですが、特に好きなセリフやシーンはどこでしょうか。
私が見て一番驚いたのは、お母さんがお父さんのコートから出てきた浮気相手の子供のミニカーを、ふすまが破れる強さで投げつけるシーン。こんな表現の仕方があったのかとゾクッとしました。優しくて穏やかに日常を過ごしているお母さんが一瞬女になった、阿修羅が顔を出した瞬間でした。
あとは浮気相手のアパートを、お母さんが買い物カゴを下げて見に行くシーン。買い物の途中で、ふと見てみたいと魔がさしてしまった。そしてそこで娘に会ってしまう。「言ったら負けよ」と言っていたお母さんが、一番見られたくない子供に見られてしまう。娘と目があった瞬間どれだけ驚いたか。倒れてそのまま息を引き取ったというのがすごい衝撃で。言葉にならないシーンを表現する向田さんの迫力に圧倒されました。
――個性的なキャラクターが揃う中でお母さんについての言及が多いですが、お気に入りの登場人物はお母さんでしょうか。
いえ、全然(笑)。ただ、お母さんの描き方がすごくて。四姉妹は、よくここまでダブることなく描き分けたと思います。全員魅力があって嫌な女ですよ。長所と短所をちゃんと入れ込んでいて、こうはなりたくない部分を抱えながら、こうせざるを得ないのが分かる。四人ともそういう矛盾や割り切れなさを持っていますよね。私はどうだろう。長女の部分と三女的なところがあるかな。次女のような、世間の常識を弁えた優等生な部分はないですね(笑)。
――昭和と現在では、女性を取り巻く状況は良くも悪くも変わっています。現在の女優が演じる上での差はどんな部分に出ると思いますか。
改めて読んで一番気になったのはハラスメント的な内容です。たとえば、不倫する男と女が描かれるけど、昭和っぽいんです。夫の浮気の仕方とか父親の佇まいとか。お母さんが昭和の女の最たるものですが、浮気した夫を責めるようなことを「言ったら負けよ」って娘にさとすんです。その言葉が象徴的だと思いました。今はハラスメントとしてどんどん表に出せるようになった。向田さんがあえて“阿修羅のごとく”と言葉にしたのが、昭和における最先端だったと思うんです。飲み込んで阿修羅を押し殺しても、決して大人しく引き下がってはいない。「阿修羅のごとく」という言葉はある意味、昭和における新たな女性像・家族のあり方だったんじゃないかと思いました。
――すごく注目度が高い作品です。木野さんとしては、皆さんの期待はどこに向いていると思いますか?
やっぱり向田邦子さんの作品をこの6人でやるという意外性じゃないですか。ドラマで最初に見たキャスティングがベストだと話をしましたが、ドラマの女優達は昭和の大人の女たち。惜しげもなく女を出して不倫する加藤治子さん、浮気された奥さんを演じる八千草薫さん。いしだあゆみさんという色っぽい女優がモテない女を演じたのも挑戦だったし、風吹ジュンさんもそうだけど、皆さん女として成熟した女優さんでした。今回ももちろん大人の女性だけど、女らしさというより、もっと自分らしく生きている女優さんたちだと思う。しなやかでマイペースに我が道を歩いている。そういう四人の女性が舞台にのった時、今現在の「阿修羅のごとく」が自然と舞台に出現するんじゃないかと期待しているんです。
――最後に、楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
話題になっているというのはすごく嬉しいですし、こちらとしても「そうでしょう」と胸を張れるくらい、満を持してのキャスティングがいました。あとは皆さんの期待を力に変えて、全力で阿修羅と向き合う覚悟です。ご期待ください。
取材・文=吉田沙奈 撮影=荒川潤

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