SHISHAMOが10周年イヤーの幕開けを前
に日比谷野音でみせた充実の姿

SHISHAMO NO YAON!!!2022 EAST 2022.6.11 日比谷野外大音楽堂
いつ雨が降ってもおかしくないような曇り空が広がっていた。だが、野外でライブを観る環境としては悪くはない。湿度は高そうだが、暑すぎず、肌寒くもない。東京は梅雨入りしていたが、ステージのまわりの木々からは、かすかに初夏の匂いがしてきそうだった。『SHISHAMO NO YAON!!! 2022 EAST』、2022年6月11日の日比谷野外大音楽堂。
会場内に入ってまず気がついたのは、バックドロップが新しくなっていたことだった。『SHISHAMO NO YAON!!!』は2015年からほぼ毎年、日比谷野外大音楽堂と大阪城音楽堂で開催されているSHISHAMOのワンマンイベントで、今年が7回目になる(2016年は日比谷野音のみ、2020年は開催なし)。1回目から6回目までは宮崎による手描きのバックドロップが使用されていたが、今回、リニューアルされたのだ。歴史のある手描きのバックドロップの味わいも捨てがたいが、同じく宮崎がデザインしたという、黒地に白い文字のタイトルが浮かび上がる新しいバックドロップも新鮮だ。このバックドロップもこれから先、SHISHAMOとともに野音の歴史を刻んでいくのだろう。
宮崎朝子(Gt/Vo)、松岡彩(Ba)、吉川美冴貴(Dr)の3人が向かい合って、息を整えての始まり。1曲目は「きっとあの漫画のせい」だった。バンドの奏でる音が客席はもちろん、あたりの木々や空にも流れこんでいくようだ。エネルギッシュであることとしなやかであることを両立したバンドのアンサンブルが気持ちいい。宮崎の歌とギターのせつなさも際立っていた。松岡のベースで始まった「妄想サマー」では歯切りのいい軽快なリズムと、メリハリの効いた吉川のドラムに体が揺れる。観客もハンドクラップで参加。松岡のコーラスが宮崎のボーカルにアクセントを加えている。SHISHAMOの楽曲の魅力を熟知しているメンバー3人が、その魅力を見事に引き出す演奏を展開しているという印象を受けた。SHISHAMOには野音が似合っている。そんな印象を受けたのは、彼女たちが野音で演奏することに対して喜びを感じていることが伝わってきたからだろう。
「もったんじゃないですか、雨。さすがに今回は無理かと思いましたけど、でもどっかで晴れると思っていました。いや、晴れてはいませんけど」(宮崎)
「雨が降ってないからね」(松岡)
「実質晴れみたいなものですね」(吉川)
「みなさんの日頃の行いですかね」(宮崎)
夕方から雨という天気予報が出ていたのだが、なんとか持ちそうだ。
「最近あまりやっていない曲もできるのが『SHISHAMO NO YAON!!!』のいいところです」という宮崎のMCに続いて、「生きるガール」。ダイナミックな演奏に観客のハンドクラップが加わっていく。宮崎のギターの弾き語りで始まった「ごめんね、恋心」は緩急自在の演奏によって、失恋した主人公の揺れる心模様が浮き彫りになっていく。3人のコーラスワークも効果的だ。久々の曲を聴くと、バンドの表現力がさらに豊かになっていることがよくわかる。「恋に落ちる音が聞こえたら」では客席のハンドクラップも参加しての演奏。スケールの大きなグルーヴが爽快だ。
ファンキーなリズムとダークなテイストを備えた「君の大事にしているもの」では宮崎のブルージーなギターソロも印象的だった。後半にいくほどの白熱する演奏は聴きごたえ十分。このブロックではさらに「真夜中、リビング、電気を消して。」「忘れてやるもんか」と『SHISHAMO 6』収録曲が続く展開。この日の屈指の演奏のひとつがレゲエのテイストを備えた「忘れてやるもんか」だった。宮崎がギターのカッティングをサンプリング、ループさせてスタートし、リズムが自在に変化していく。陰影と憂いを帯びた世界観が基調となっているのだが、中盤以降、一気に怒りのエネルギーが噴出する展開がスリリングだ。一瞬でロックなSHISHAMOが全開となり、聴いているだけで、血がたぎってしまった。怒りという感情をこんなにも潔く清々しく表現できるところにもSHISHAMOの素晴らしさがある。
初披露となる新曲も演奏された。恋の葛藤が描かれたと思われるせつない曲だ。特徴的なのは主人公の心象風景をギター、ベース、ドラムのアンサンブルによってみずみずしく描いていること。歌も演奏もニュアンスが豊かだ。続いては、この日の空模様のもとで演奏されるのにぴったりな「通り雨」。雨粒のように白く細かい光を発する照明の演出のもとでのせつない歌と情感あふれる演奏が染みてきた。「天使みたい」はゆったりとしたスローなテンポで、ふわふわとした世界観を絶妙に表現していた。宮崎の歌声に寄り添うような松岡のコーラスも魅力的。吉川のドラムも繊細で優美。耳元でささやくような歌と演奏の“近さ”がいい。
後半は「メトロ」、「ねえ、」、「狙うは君のど真ん中」とメリハリの効いたタイトなリズムを備えた曲が続く展開。声は出せないものの、客席が盛り上がっていることは、ハンドクラップや揺れ具合からも伝わってくる。疾走感と爽快感がほとばしるバンドサウンドを全身で味わえるのは、生のライブの醍醐味だ。SHISHAMOのワンマンライブの恒例となっている“吉川美冴貴の本当にあった○○な話”ではトイレのネタが披露された。安定のオチに客席から拍手。
吉川のMCで場が和んだ後は「夏の曲を」という宮崎のMCに続いて「夏の恋人」へ。宮崎のアコースティックギターで始まり、松岡のベースと吉川のドラムが加わっていく。夏前の季節だが、この曲が演奏されると、過去の夏の光景が甦ってくる。せつない記憶を呼び起こす力を持った名曲だ。歌の世界観を丹念に描写していく歌心を備えた演奏に聴き惚れた。「熱帯夜」は野外がぴったりの曲。密やかなアンサンブル、ゆるやかなグルーヴと、暮れゆく野音の空気が柔らかく混ざり合っていくかのようだ。
宮崎のギターの弾き語りで始まった「夢で逢う」は「忘れてやるもんか」と並ぶ、この日の屈指の名演奏。抑制の効いた前半から、悲しみがにじみ、やがてほとばしる後半へと進んでいく展開に胸を突かれた。間奏ではひずんだベースがうなりをあげ、つややかなギターと確かに刻まれるドラムが加わっていく。3人が心をひとつにして、穏やかさと激しさの根底にある感情や衝動を描ききっているところが素晴らしい。恋の喪失感を描いたと解釈できる曲だが、夢の中に、二度と会えない家族や友人や猫や犬が出てきた経験を持つすべての人に響く普遍性も備えている。胸の奥底に潜んでいる深い悲しみを浮上させ、そして浄化させる名曲だ。
MCではSHISHAMOが2022年11月からCDデビュー10周年に突入すること、ワクワクなことがたくさん待っていること、そして2023年1月4日に日本武道館でライブを開催することが告知された。「10周年の裏テーマは“恋するSHISHAMO”です。今までも恋愛の曲を書いてきましたが、これからも書いていくぞという気持ちを込めました」との宮崎からのMCもあった。
「明日も」ではステージ後方のミラーボールの光が輝く中での演奏。観客もハンドクラップで参加。かすかに雨が降り出していたが、会場内には熱気があふれているため、まったく気にならない。3人が向き合ってのフィニッシュから間髪入れず、「明日はない」へとたたみかけていく展開。観客がこぶしを上げて応えている。さらに「恋する」へ。吉川のドラムに合わせて、ハンドクラップが起こった。バンドと観客が一緒に疾走していくかのような熱気が充満している。「10周年イヤーも一緒に走っていけたらうれしいです」と宮崎。会場内も一体となっての熱く楽しいエンディングだ。
アンコールが始まる前に、宮崎から「結婚しました」という発表があり、客席から驚きの声とともに、祝福の大きな拍手が起こった。「ライブに来たみんなに一番に話したいなと思って」とのこと。さらに「私は私のままです。これからも楽しんで曲を作っていきたいと思っています。今後ともSHISHAMOをよろしくお願いします」との宮崎の言葉に温かな拍手が起こっていた。この客席の反応に吉川が感極まって泣いていた。「みんなが“おめでとう”という感じだったのがなんか」といって、声を詰まらせている。バンドと観客、そしてメンバー同士のうるわしい関係が見えてくるようだった。
宮崎の発表の余韻が残る中で演奏されたアンコールの1曲目は「中毒」。メリハリの効いたシャープなバンドサウンドと3人のコーラスが魅力的なナンバーだ。“中毒”は広がりのあるテーマと言えるだろう。この日の演奏には、音楽・ライブ・リスナーに対するバンドの素直な気持ちが込められているのではないかと感じた。アンコールの最後の曲が演奏される前には、メンバーからライブの感想と10周年に向けての思いについてのコメントがあった。
「野音で1年ぶりにできてうれしいです。11月から10周年。私がSHISHAMOに加入してからは8年ですが、その前の2年はファンとして聴いていたので、私もSHISHAMOと出会って10年です。長いようで短いような年月でした。みなさんと一緒に10周年イヤーをお祝いできたらと思っています」(松岡)
「野音という場所が好きですし、今年もみんなとひとつになれたなと感じました。10年続けてこれたのは、みなさんのおかげです。これからもよろしくお願いします」(吉川)
「野音が好きだなと思いました。自分へのご褒美のようなライブをみんなと共有できたのもうれしいです。私の個人的な話も穏やかに聞いてくれて、ありがたいなと思っています。10周年イヤーをみんなと一緒に走っていけるのが楽しみです」(宮崎)
アンコールのラストでは、この日2曲目となる新曲「ハッピーエンド」が披露された。ミディアムテンポのナンバーだ。一音一音をしっかりと刻んでいくような力強い演奏からは感情だけでなく、意志までもが伝わってくるようだった。トレモロ奏法を交えたエモーショナルなギターも印象的だ。恋の終わりが描かれている歌だと思われるのだが、しっかり終わらせることこそが未来への第一歩だと考えると、ポジティブなナンバーでもありそうだ。10周年イヤーの前に発表されるのにふさわしい曲なのではないだろうか。終演後、手をつないで挨拶する3人に、雨ではなくて、温かな拍手が降り注いでいた。ポツリポツリと雨が降ってはいたが、なんとかセーフだ。
『SHISHAMO NO YAON!!!』は通常のツアーと違って、SHISHAMOがやりたい曲、久しぶりにやりたい曲を演奏する構成になっている。つまり、SHISHAMOの音楽の魅力が理屈抜きでダイレクトに伝わってくるステージということになるだろう。“SHISHAMOの音楽のお楽しみ会”と言いたくなるようなライブだった。デビューしてから9年の間で、バンドが着実に前進しつづけていることも見えてきた。3人の絆の深さも変わらないように見える。10周年に向けて、彼女たちは素晴らしいスタートを切ったところだろう。

取材・文=長谷川誠

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