「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.24 トリビア・ネタで綴る『サウ
ンド・オブ・ミュージック』

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

VOL.24 トリビア・ネタで綴る『サウンド・オブ・ミュージック』
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 VOL.23で特集した、『ジプシー』が初演されたのは1959年。この年のブロードウェイは大充実の一年だった。ボブ・フォッシーが、振付のみならず初めて演出を手掛けた『レッドヘッド』や、後に『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1964年)を放つ、シェルダン・ハーニック(作詞)&ジェリー・ボック(作曲)の出世作『フィオレロ!』など、秀作が続々オープンしたのだ。中でも最大のヒットを記録したのが、あの『サウンド・オブ・ミュージック』(続演1,443回)。今回は、今なお再演を繰り返すこの舞台、そして映画版の魅力を分析しよう。

■大衆に愛された定番的名作
 『サウンド~』は、本連載でも紹介してきたリチャード・ロジャーズ(作曲)とオスカー・ハマースタイン2世(作詞)にとって最後の作品となった。本作が続演中の1960年8月23日に、ハマースタインが胃がんのため逝去したのだ。舞台は、ナチスの魔手が迫る1938年のオーストリア。退役軍人トラップ大佐の家に、修道院から家庭教師で派遣されたマリアが、7人の子供たちと歌で心を通わせる実話をベースにした感動的なストーリーは、もはや説明の必要もないだろう。

初演のプロモーション用に撮影された、メリー・マーティンと子供たち

 1959年初演のマリア役は、「ブロードウェイの女王」ことメリー・マーティン(『南太平洋』)。トラップ大佐は、フォーク・シンガー&俳優として活躍したシオドア・ビケールが演じた。映画版の『マイ・フェア・レディ』(1964年)で、舞踏会でヒロインのイライザの素性を暴くべく彼女に付きまとう、ヒギンズ教授の怪しげな弟子に扮していたのがビケールだ。
シオドア・ビケールのソロLP。素朴な歌声で人気だった。
 この初演で、興味深いのは批評だ。楽曲の評価は高かったものの、作品自体は「甘ったるい」、「表層的」と否定的な意見が散見された。それでも4年近くのロングランを記録したのは、観客の支持あってこそだった。そして何と言っても、このミュージカルの知名度を更に引き上げたのが、ジュリー・アンドリュース主演の映画版(1965年)。リバイバル上映やTV放映、頻繁にリリースされるDVDやブルーレイで親しんだ方も多いはずだ。

■邸内で行進する〈ドレミの歌〉
 日本では、この映画を観た後に舞台版をご覧になった方が多いだろう。私もその一人で、後年舞台を観た時(1988年の全米ツアー版来日公演)、ミュージカル・ナンバーの順序や歌われるシチュエーションが、映画とは大きく違っているのに驚かされた。例えば、CMでもおなじみの〈私のお気に入り〉だ。映画では、マリアが雷に怯える子供たちと歌う楽曲だったが、舞台では修道院長とのデュエット。マリアにいつも口ずさんでいる曲を歌うよう促し、最後に唱和する設定だった(舞台で雷の夜に歌うのは、〈ひとりぼっちの羊飼い〉)。
初演のプレイビル表紙は、〈ドレミの歌〉のシーン
 また映画では、ザルツブルクの屋外ロケをふんだんに盛り込んで展開する〈ドレミの歌〉は、舞台では序盤でトラップ邸に到着したマリアが、子供たちと居間を行進しながら歌い、たちまち打ち解けるナンバーだった。ただし映画版の影響は大きく、プロダクションによっては、後述する映画用に書かれた新曲を挿入し、〈私のお気に入り〉や〈ドレミの歌〉も映画の設定に準じるなど、これまでに様々なバージョンが存在する。

ロンドン初演(1961年)のオリジナル・キャスト・アルバム。ブロードウェイよりはるかに長い、続演回数2,385回の大ロングランを記録した(輸入盤CD)。
■〈自信をもって〉秘話
 映画を成功に導いた最大の功労者が、ロバート・ワイズ(監督&プロデューサー)、アーネスト・リーマン(脚本)、ソール・チャップリン(アソシエイト・プロデューサー)。彼らは、傑作「ウエスト・サイド物語」(1961年)を世に送り出したチームでもあった。まず3人は、前述の甘さを排除しつつ舞台の脚本を改変し、新曲をリチャード・ロジャーズに依頼する事で同意。ハマースタインは既に亡くなっていたため、彼が作詞も兼ねた。
リチャード・ロジャーズ(左)とオスカー・ハマースタイン2世
 そのナンバーが、マリアが修道院からトラップ邸へと向かう道程で、家庭教師になる不安と期待を歌う〈自信をもって〉と、マリアとトラップ大佐のデュエット〈何かよいこと〉だ。後者はすんなり佳曲が仕上がったが、問題は〈自信~〉だった。完成した曲が、短い上にどこか暗い。ロジャーズに書き直しを依頼したが、それでも、曲の前半で弱音を吐くマリアが、自分を奮い立たせポジティブな心境に変化するあたりが不十分。結局チャップリンが、ロジャーズの許可を得た上で、大幅に加筆と改定を行った。彼はプロデューサーに転じる以前、ソングライター、編曲家&音楽監督で鳴らした才人だったのだ(代表作は「巴里のアメリカ人」)。結果は、アンドリュースの伸びやかな好唱も相俟って、躍動感溢れる見事なナンバーとなった。

■〈すべての山に登れ〉にテレる
 『サウンド~』の第二の主題歌とも言うべき曲が、〈すべての山に登れ〉だ。大佐への愛情を隠し切れなくなり、修道院に戻ったマリア。修道院長が「困難から逃れずに立ち向かいなさい」と彼女を諭し、「すべての山に登り、あらゆる小川を渡り、虹を追い求めなさい。あなたの夢を見出すまで」と励ます、賛美歌のように荘厳なナンバーで、舞台では一幕と二幕の最後に歌われる。ところが日本では、映画版でこの曲が流れるのはラストのコーラスのみ。修道院長が歌う場面は、その後のリバイバル上映でも丸々カットされていた。
再発売を繰り返すサントラは、一家に一枚の大名盤。修道院長の〈すべての山に登れ〉も収録(国内盤CD)。
 これはワイズ監督が来日時に、「曲がスローでダレる」との理由でカットを命じたというのが定説だった。彼は後年、「撮影に入る前に舞台を観劇し、朗々とオペラティックに歌われる〈すべての山~〉に、気恥ずかしさを覚えた」と告白している。日本ではその後、1978年にフジテレビが地上波で放映したバージョンに、何とこのナンバーが割愛されずに入っており、驚くと同時に興味深かった。照明を落として修道院長のシルエットを多用した撮影で、正面切って歌い上げるわざとらしさを避けた演出になっていたのだ。教訓色の濃い歌詞を含め、ワイズは余程テレ臭かったのだろう。現在発売中のDVDやブルーレイには、もちろんこの曲は収められている。
製作50周年記念版ブルーレイ(3枚組)は、6種の日本語吹替え版を収録(販売元=ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)
 舞台版の日本初演は1965年1月。マリア役は、宝塚歌劇団出身の淀かほるだった。映画の公開は同年6月。面白いのは、当時は歌の部分の字幕に、舞台の訳を使っていた事。マリアが巻頭で歌う、〈サウンド・オブ・ミュージック〉の「♪The hills are alive with the sound of music, With song they have sung, For a thousand years(高原は音楽の調べに溢れて生きている。何千年も歌い継がれた歌と共に)」の字幕が、「♪山の歌 今日も運ぶ あこがれと ときめきよ」。随分大胆な意訳だなと思っていたら、後日舞台版の訳だと判明した。訳詞を浸透させる狙いがあったのだろうか。訳は若谷和子(初演を演出した菊田一夫の弟子)。ちなみにセリフ部分は、字幕翻訳の大御所、高瀬鎮夫が手掛けた。〈すべての山~〉も復元した、2003年のニュー・プリントでの再上映から、セリフと歌共に戸田奈津子の新訳に代っている。
本邦初演(1965年)の際に発売されたシングル盤レコード

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