新国立劇場バレエ団『不思議の国のア
リス』が4年ぶり開幕、鬼才振付家ウ
ィールドンによる愛すべき名作再び!
~ゲネプロレポート

新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』(全3幕)が2022年6月3日(金)新国立劇場オペラパレスにて開幕した(12日(日)まで上演)。2018/2019シーズンオープニングを飾り好評を博した舞台の再演だ。2011年に英国ロイヤルバレエで初演されたこの作品を振付したのは、現在最も注目される振付家のひとりクリストファー・ウィールドン。"アジアでは唯一 新国立劇場バレエ団だけが上演を許可された、エンターテインメント性と芸術性の融合した大人気作"と堂々銘打つプロダクションである。ここでは、6月2日(木)に行われたゲネプロ(最終通し稽古)の様子をお伝えする。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)

■不思議の国へ再びようこそ
新国立劇場に不思議の国が帰ってきた! 2018年11月にオーストラリア・バレエとの共同制作によりバレエ団初演後、2020年6月に予定されていた上演は新型コロナウイルスの影響を受けて中止になったので、まさに待望の再演だ。ルイス・キャロルの児童文学を基に、少女アリスが夢の中で体験する恋と冒険の物語を目くるめく展開とカラフルな色彩感をもって描く傑作。多くの打楽器を用い豊かな音色を奏でるジョビー・タルボットの音楽、ヴィクトリア朝時代の英国文化を踏まえて魅惑的な世界を造形したボブ・クロウリーによる美術・衣裳、美術や映像と緻密に溶け合うナターシャ・カッツの照明など諸要素の完成度も極めて高い。
舞台はアリスの自宅でのガーデン・パーティーから始まる。アリスが庭師ジャックにジャム・タルトを贈るが、母親はジャックがタルトを盗んだと思い彼を解雇する。ショックを受けたアリスを慰めるのがアリス一家の友人で数学教師のルイス・キャロルだ。彼はアリスを写真撮影に誘うが、その際白ウサギに変身する。白ウサギを追うアリスが行きついたのは不思議の国で、そこでは母親と瓜二つのハートの女王が君臨し、ハートのジャックが女王のジャム・タルトを盗んだ疑いで追われている。それを見たアリスは――。アリスの周りの登場人物が現実と不思議の国とで絶妙にリンクする仕掛けになっているのが興味深い。
アリスの米沢唯は2018年に続く登板だが、自然体。難度の高いステップも多く、ほぼ出ずっぱりだが、アリスを演じるのではなく、アリスそのものを生きている印象。なので、観る者も自然と米沢アリスに感情移入できる。庭師を首になったジャックを不憫に思う優しさに始まり、白ウサギを追って不思議の国へと向かう道中での数々のマジックに驚く純情さ、ハートの女王を前にしても物おじせずジャックをかばう勇敢さに至るまで、くるくると表情を変えていく。米沢は芸術選奨文部科学大臣賞など数々の賞を受賞し、日本を代表するバレリーナとして不動の地位を築いたが、一つひとつの役に対して献身的に取り組み、さらに輝きを増している。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)

■見どころ満載! 愛おしい登場人物たち
庭師ジャック/ハートのジャックの渡邊峻郁は前回に続き米沢とコンビを組む。第2幕でアリスとジャックが再会を祝して踊るパ・ド・ドゥは見どころの1つだが、リフトも難なくこなし、耳に残る音楽と一体化する。洗練された味わいの中に演者の感情が湧いてくる振付の妙を楽しみたい。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)
ルイス・キャロル/白ウサギの木下嘉人は飄々と踊り演じて巧み。アリスの母/ハートの女王は益田裕子。第3幕で披露する"タルト・アダージョ"は古典バレエ『眠れる森の美女』でオーロラ姫が4人の王子と踊るいわゆるローズ・アダージョのパロディで、ここでは臣下と踊るのだが女王様ぶりを発揮して抱腹絶倒なのでご注目を。手品師/マッドハッターは初役の中島駿野。不思議の国のお茶会でタップダンスに挑む場面では、響く足音も音楽となるので腕の見せどころだ。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)
ほかにも見どころ満載。アリスが迷い込む田舎の一軒家で公爵夫人と料理女がソーセージを製造している物騒な台所の場面はスパイスが効いていてホラーな笑いを誘う。チェシャ猫は顔や胴体、尻尾を黒子が動かす独特な演出によって表現され、イモ虫のうねりのある動きもやはりおもしろい。第3幕では3人の庭師の踊りややり取り、トランプ兵の踊りも見もの。アリスやジャック、ハートの女王だけでなく、不思議の国の住人たち一人ひとりの存在が何とも愛おしい。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)

■「トンネルにも出口が見え始めてきた」「新たなチャレンジを」(吉田都)
ゲネプロでは開演に先立ち、新国立劇場舞踊芸術監督の吉田都が挨拶した。今回は指揮者のネイサン・ブロックならびに振付指導者たちが来日し、有意義なリハーサルができたと報告。振付指導者たちに対し「本当に細かく教えてくださいました。ダンサーたちがみるみる変わっていくのを目の当たりにしてうれしかったですし、本当に感謝しています」と述べた。
また吉田はコロナ禍において「2年間、バレエ団も新国立劇場も暗いトンネルに入り込んでしまったような時期でしたが、ちょっとずつ進めていけているのは本当に皆さんのご支援のおかげです」と謝辞。そして「ようやく、このトンネルにも出口が見え始めてきたかなというところですので、バレエ団にとっての新たなチャレンジを考えております」と意欲を示した。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)
今回はマッドハッター役にゲストダンサーとして、世界初演時のオリジナルキャストのスティーヴン・マックレー(英国ロイヤルバレエ)、新国立劇場で2018年に初演した際にも出演したジャレッド・マドゥン(オーストラリア・バレエ)が客演するのも話題(各3ステージずつ出演。他の回は中島駿野、福田圭吾が各2ステージずつ出演)。さらにアリス役として米沢、小野絢子のほか池田理沙子が初めて挑み、同じく庭師ジャック/ハートのジャックを初役で務める井澤駿と組む。それ以外にも初役が多く、フレッシュな舞台に期待したい。
最後にウィールドンをめぐる話題に触れよう。新国立劇場で『不思議の国のアリス』が開幕するのと同日、英国ロイヤルバレエ団において3本目となる全幕バレエ『Like Water for Chocolate』(原題)が世界初演を迎える。これはメキシコ人作家ラウラ・エスキヴェルの小説で映画化もされた「赤い薔薇ソースの伝説」に想を得たもの。さらに現在ブロードウェイで上演中のマイケル・ジャクソンに取材したミュージカル『MJ』にも携わり、第75回トニー賞においてウィールドンの演出賞、振付賞を含む10部門にノミネートされている(授賞式は6月13日・日本時間)。バレエ、ショービジネス両方で大成功を収めるウィールドンであるが、その彼の資質が存分に発揮された『不思議の国のアリス』を今まさに体験できる日本の観客も幸せなのである。
Alice’s Adventures in Wonderland(c) by Christopher Wheeldon (撮影:長谷川清徳)
取材・文=高橋森彦

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