中村壱太郎が『車引』でトキ色の桜丸
に 歌舞伎座『六月大歌舞伎』インタ
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2022年6月2日(木)、歌舞伎座『六月大歌舞伎』が開幕した。その第一部『車引』で、中村壱太郎が桜丸を勤める。「歌舞伎の三大名作」に数えられる義太夫狂言『菅原伝授手習鑑』全五段のうちの、三段目にあたるのが『車引』だ。共演は、三つ子の兄の松王丸に尾上松緑、梅王丸に坂東巳之助、そして藤原時平に市川猿之助。スチール撮影にのぞんだ壱太郎に話を聞いた。
■上方で生まれた、トキ色の桜丸
『車引』は、敵対する立場に分かれてしまった三つ子が、はからずも顔を揃える場面が描かれる。
「初役は、2009年8月の永楽館でした。当時19歳で、祖父の坂田藤十郎にみてもらいながら、手も足も出なかったことを覚えています。桜丸を勤めるのは今回で2度目ですが、新たに一から作り上げる気持ちで勤めます」
3人はお揃いの格子柄のどてらで登場する。両肌を脱ぐと、松王丸が白地の襦袢に、梅王丸と桜丸は鮮やかな赤地の襦袢になる……というのが一般的なやり方だ。しかし、今月は少し変わる。
「今回僕は、桜丸を、赤地ではなくトキ色の襦袢でやらせていただきます。桜丸が和事のキャラクターであることを際立たせる、上方のやり方です。一風変わったことをして見えるかもしれませんが、もともと『車引』は、3人とも赤地の襦袢だったそうです。“松王丸は白”が当たり前ではなかった時代、役の工夫から白い襦袢の松王丸が生まれて定着した。その後、上方でさらに工夫され、桜丸をトキ色で勤める型が生まれました」
『車引』桜丸役=中村壱太郎 /(c)松竹
スチール撮影の日、壱太郎は鏡の前に、藤十郎の桜丸の写真を立てて化粧をしていた。
「赤い襦袢の桜丸は、目元に、むきみのような隈取を入れます。でもトキ色でやるときは、みなさん、隈をとりません。『菅原伝授手習鑑』の中で、桜丸は『車引』の場以外では、普通の二枚目として登場するからです。演劇的にも、桜丸は怒りよりも悲しみの気持ちが強いはず。隈がない方が自然という考え方もできるんですよね。その意味で、『時平をやっつけてやる』と意気込む梅王丸は、すじ隈をとるのも理にかなっています。祖父の時代、関西の方々は、話の道理や役の気持ちを大事に様々な工夫をされたようです」
壱太郎は、主流の『車引』の魅力も強調する。
「『車引』は、全五段の中で、一番様式美を大事にしている作品です。見得や様式美など、歌舞伎の面白さが詰まっていて、この一幕だけを上演することも多いですよね。短い上演時間で一気に惹きつけて楽しんでいただくためにも、3人並んだ時の美しさや迫力を求めることはあったと思います。そのための手法として、全員が隈をとるのもひとつの工夫ですよね」
今回、桜丸をトキ色でやることになったのは、松王丸役を勤める松緑のおかげだと壱太郎は明かす。
「役が決まり、まず松緑のおにいさんにご挨拶しました。その時に、桜丸は上方のやり方でやるの? とおにいさんから聞いてくださったんです。初役の桜丸は赤い襦袢でした。トキ色は初めてです。僕の思いだけでできることではありません。先輩であるおにいさんが、後輩の僕を気にかけてくださった。そのおかげで、僕が目指す上方の桜丸で、勝負させていただけることになりました」
梅王丸役の巳之助とは、2020年3月に中止となった明治座の歌舞伎公演で、『車引』に出演する予定だった。
「巳之助のおにいさんも、上方のやり方でいいよ、と言ってくださいました。おにいさんとは近年共演の機会が少なく、今年3月の南座で久しぶりにご一緒しました。温かく迎え入れてくれる先輩だとあらためて感じました。6月の共演も楽しみです」
『車引』桜丸役=中村壱太郎 /(c)松竹
撮影後は、モニターをみながらOKテイクを選んだ。そのジャッジは「いいね! ちがうね! 悪くないけれど“うち”じゃないね」とテンポよく進んだ。
「選ぶ時は、正解不正解ではなく、まず頭に描く役へのイメージと合うかどうか。そして役の心境が出ているか。もし祖父や片岡秀太郎のおじさまならどれを選ぶかを想像しながら選びます」
■上方の匂いがする役者を目指して
東京で生まれ育った壱太郎だが、初お目見得は京都・南座。初舞台は大阪・中座。女方として祖父や秀太郎から、多くの教えを受けてきた。
「ふだんの会話は関東のイントネーションですが、芝居に入れば自然と上方の言葉で、役に馴染める役者になりたいです」
高校にあがる頃、祖父が上方歌舞伎の大名跡、坂田藤十郎を襲名した。壱太郎は、上方歌舞伎を意識するようになった。
「祖父だけでなく、古参のお弟子さんの中村寿治郎さんからも、言葉の訛りを細かく教わるようになりました。上方への思いが強くなり、『関東出身の自分は祖父のようにはなれない』と行き詰まりを感じる時期もありました。それでもイメージを持って、慣れていくしかありません。上方の俳優さんと共演させていただく経験も重ね、最近では、上方のお役を、ようやくひとつの形としてお見せできるようになってきたかなと感じます」
ひとつの節目となったのは、松本幸四郎が襲名披露興行で上演した『廓文章 吉田屋』。名古屋・御園座のこけら落とし公演でもあった。
「幸四郎のおにいさんが、大きな舞台で、相手役の遊女夕霧に僕を選んでくださいました。その理由を、"上方の匂いがするから"だと、インタビューでお話しくださっていたんです。上方の匂いがする役者、舞台にいると芝居が上方っぽくなると思っていただける役者を、僕は目指しています。まさにその言葉を先輩からいただき、とても嬉しかったし、自信に繋がりました」
そんな中、上方歌舞伎を牽引してきた藤十郎が2020年11月に、秀太郎が2021年5月に他界した。
「かけがえのない存在を失いました。そして、ここで自分が祖父と秀太郎のおじさまを目指さずにどうする、とも思いました。同世代に、上方歌舞伎の人はほとんどいません。この家に生まれた宿命もありますが、プレッシャーは感じません。それよりは、得ようと思って得られるものではない、自分の武器だと受け止めて、上方歌舞伎の役者としての研鑽を積んでいきたいです」
秀太郎から、最後にしっかりと教わった役が、桜丸だった。
■原動力は好奇心
撮影の現場では、壱太郎から周囲に声をかけ、意見に耳を傾ける場面が多くみられた。チーム作りに対するマインドは、『車引』で時平役を勤める猿之助の影響もあるという。
「僕が本格的に芝居を始めた2010年、猿之助のおにいさん(当時亀治郎)と、2月の博多座、3月の南座、4月のこんぴら歌舞伎と、続けてご一緒させていただきました。その時の勢いと才智はすごかった。憧れを通り越して、“この人はスーパーマンなんだな”と思いましたし、10年以上たった今もそう思っています。そのおにいさんが、まさにチームを意識される方でした。常に全体を見て、全然気をつかわなさそうでいて気をつかっていらっしゃる(笑)。猿之助のおにいさんをはじめ、一座を率いる先輩方の背中をみて、気の配り方や立ち居ふるまいを学んできました」
寿治郎さんによると、トキ色の襦袢の時は浅黄色の草履を使うことが多いのだそう。
さらにコロナ禍に取り組んだ、『ART歌舞伎』、『紙芝居歌舞伎』(NHK Eテレ)、『META歌舞伎』などの現場で、チーム作りへの思いを新たにした。
「色々な立場の方と関わりました。そして、直接会って相手を知る大事さに、あらためて気づきました。歌舞伎は一蓮托生。床山さん、衣裳さん、鬘屋さん、スタッフの方々など、色々な専門家がいてそれぞれの持ち場があります。時には無理を言ってしまったり、相手の領域に踏み込んでしまうこともあるかもしれない。でもお互いにリスペクトを持ち、意見を出し合える関係があれば、そこからいい物が創り出される。コロナ前なら、"とりあえず飲みにいこう!" って自然とその関係ができていた気がします(笑)。それができない今だから、なおさら意識的に、直接会って、その空気を敏感に捉えていきたいです」
深笠の使用感も確認。
取材中に、壱太郎がチラッと開いてみせた手帳は、文字でびっしり埋まっていた。あらゆる方面にアンテナを伸ばそうとする、頭の中を垣間見たようだった。
「原動力は好奇心です。すべてが歌舞伎に繋がると信じています。誰が何をしているかだけでなく、その人がどんな思いでやっているのかも含めて興味があります。もちろん、自分と相手の領域を分けるのは大事なことです。でも役割を判断するにしても、1個のことしか知らないのと2個把握しているのとでは、見え方が変わりますよね。好奇心で動きすぎて、どうしよう! 時間がない! って焦ることはしょっちゅうですが、自分から関わるからこそ生まれる、作品への思い入れもあります」
『車引』桜丸役=中村壱太郎 /(c)松竹
よい関わりをもち、よいモノを作るために、相手をよく知る。
「6月に出演する『車引』は、まさに役割分担で魅せる作品です。“まず、私。ハイ、次はあなた”と、それぞれの持ち場を、美しくカッコよくお見せしていく作品です。松王丸や梅王丸の見せ場で、桜丸が余計な関わり方をしてしまっては成り立ちません。よい関わり方のためには、他のお役も台詞も知っておく必要がありますし、松緑のおにいさんならどうされるだろう? 巳之助のお兄さんはここが見せ場だから……と分かっておかないと。まるで無理やり『車引』に重ねたように聞こえるかもしれませんが(笑)、繋がる話だと思います」
歌舞伎座『六月大歌舞伎』は、6月2日より27日までの公演。
『六月大歌舞伎』第一部特別ビジュアルは、『車引』と『猪八戒』のコラボデザイン!
取材・文・撮影(一部松竹提供)=塚田史香

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