坂東玉三郎×喜多村緑郎×河合雪之丞
が幕末の遊郭を描く 『ふるあめりか
に袖はぬらさじ』6月歌舞伎座取材会
レポート

2022年6月2日(木)より歌舞伎座で、坂東玉三郎主演の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』​が上演される。演出は、玉三郎と新派文芸部の齋藤雅文。初演は1972年の文学座。有吉佐和子が自身の小説を、女優・杉村春子のために戯曲化した作品だ。かつて横浜にあった遊郭を舞台に、芸者のお園と、その時代を生きた人々が描かれる。共演には、中村鴈治郎、中村福之助、そして喜多村緑郎、河合雪之丞ほか劇団新派の俳優たちも名を連ねる。
この度、玉三郎、緑郎、雪之丞が出席し、取材会を行った。その模様をレポートする。
■第三部は『ふるあめりかに袖はぬらさじ』
当初、6月は片岡仁左衛門と玉三郎による『与話情浮名横櫛』の上演が予定されていた。
玉三郎「松嶋屋(仁左衛門)さんが体調をお崩しになられ、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』​という狂言に差し替えとなりました。そして歌舞伎と新派、合同となります。このお芝居は、2007年に十八代目勘九郎さんたちと歌舞伎座でやらせていただいて以来です」
坂東玉三郎
演目の差し替えは、松竹からの提案を受け、相談の上で決めたという。
玉三郎「このところ続いている演目とは雰囲気を変え、『日本橋』や『ふるあめりかに袖はぬらさじ』はどうかと、ご相談を受けました。『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は珍しい出し物ですし、お客様も明るく楽しい気持ちでご覧いただけるお芝居です。話し合い、合意の上でこちらになりました」
■緑郎と雪之丞、新派俳優としてふたたび歌舞伎座に
演目の変更に伴い、当初より出演予定だった新派女方の雪之丞だけでなく、緑郎をはじめとした新派の俳優陣が公演を支える。
緑郎「8年ぶりに、歌舞伎座の舞台に立たせていただきます。突然のことでしたが、心の底から嬉しい限りです。緊張もあり、いまは魂も全身も震えております」
緑郎は、2016年に新派に移籍。それ以前は、市川段治郎(2011年~月乃助)の名前で澤瀉屋の一員として歌舞伎に出演。『桜姫東文章』(2004年7月歌舞伎座)で、玉三郎の桜姫の相手役、清玄・権助を勤めるなど注目された。
緑郎「建て替え後の歌舞伎座は、新開場の手打ち式と『修禅寺物語』(2014年7月)で立たせていただいたのみでした。昔の楽屋の様子は今でも頭に残っていますが、新しい歌舞伎座は楽屋の入口も忘れてしまって。不思議な気持ちです」
玉三郎は「舞台に出てしまえば同じですよ。舞台袖や楽屋は使いよくなりました。大丈夫です!」と言葉をかけ、緑郎を笑顔にした。
喜多村緑郎
雪之丞は、2017年に劇団新派に移籍。それ以前は、市川春猿を名乗り、澤瀉屋の女方として歌舞伎に出演。玉三郎監修の『夜叉ケ池』(2006・2008年歌舞伎座)で主演を勤めるなど活躍した。昨年8月には京都南座、今年2月には博多座で、玉三郎の歌舞伎公演にも出演しているが、歌舞伎座は、弥次喜多シリーズ第一弾となった『東海道中膝栗毛』(2016年8月)以来となる。
雪之丞「ふたたび歌舞伎座の舞台に立たせていただけますこと、大変嬉しく思います。当初は『与話情浮名横櫛』で呼んでいただいておりましたが、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』という私の大好きなお芝居です。喜多村も申しましたとおり、緊張に震える思いです。大切なお役ですので、しっかりと稽古を重ねて勤めたいです」
河合雪之丞
■歌舞伎を「旧派」とし、新たな流れで生まれた「新派」
近年では、基本的に歌舞伎座に出るのは歌舞伎俳優だけ、という印象もある。しかし新派の俳優が出演することについて、玉三郎は「特別感はありません」と笑う。そして、玉三郎は新派の成り立ちに触れながら、思いを語った。新派の歴史は明治時代に遡る。
玉三郎「もともとあった歌舞伎を『旧派』と呼び、それに対して、歌舞伎的な様式をもちながら、近代劇をやろうと生まれた演劇を、『新派』と呼ぶようになったようですね。花柳章太郎先生がなさっていた泉鏡花先生の作品(新派のレパートリーとなっている)は、私自身もやらせていただきましたが、いずれ歌舞伎の流れを汲む作品となるのではないでしょうか」
坂東玉三郎
玉三郎「三島由紀夫先生は、歌舞伎を書く一方で、文学座に『鹿鳴館』をお書きになり、それは新派の「八重子十種」となりました。川口松太郎先生や北條秀司先生も、歌舞伎も近代劇も書かれ、有吉先生も、歌舞伎舞踊をお書きになりながら、近代劇、現代劇を書かれました。名優の方々も、やはり日本の様式美を意識しながらお芝居を作られたのだと思います。それくらいに、歌舞伎と新派は境目のないものだと思っています。過去に、歌舞伎にも新派にも大勢の俳優がいた時代は、それぞれでやっていましたが、いずれは同じ流れになるだろうと考えていました。15年前も、私はその意識で、歌舞伎座で『ふるあめりかに袖はぬらさじ』をやらせて頂きました」
『ふるあめりかに袖はぬらさじ』芸者お園=坂東玉三郎  撮影:岡本隆史
そして玉三郎は、緑郎と雪之丞に目を向ける。
玉三郎「おふたりは、歌舞伎の世界から新派にいらっしゃいました。私自身、昔からの知り合いですから、今回の公演では、なお融合できるのではないでしょうか」
■幕末の横浜の遊郭で
緑郎と雪之丞は、2007年の歌舞伎座での公演にも出演した。
雪之丞「毎日、舞台に出ていることが本当に嬉しかったです。同時に、常に“客席から観たい!”と思う大好きなお芝居です。若旦那(玉三郎)のお園さんは、出てきた瞬間に"まさにこういう方なのだろう"と納得させられるお園。本当に素敵なんです。その素敵さというのは……観ていただければ、お分かりになると思います。ご覧になった方が、必ず喜んでいただけるお園です!」
河合雪之丞
物語は、主に岩亀楼という遊郭のお座敷でにぎやかに展開する。玉三郎は、本作について「笑いながらも、後で“しん……”と考える戯曲」だと話す。
玉三郎「初めて観たのは、杉村春子さんがお園を演じられた、国立劇場小劇場だったと思います。有吉先生の洞察力、世の中を俯瞰する目を感じますが、芝居の中で、それをあえて言うことはしません。笑いの中で転がっていきながら、日本のありようの真髄を突いてきます。でも初演当時は、笑いやお客様受けを狙った演劇と捉えられたようですね」
外国人客も訪れ、にぎわう横浜。だからこそ、雪之丞が勤める遊女・亀遊は思いわずらい、緑郎が勤める思誠塾・岡田たちの会話からは、穏やかではない世の中の動きがうかがわれる。
玉三郎「有吉先生は、男のありよう、女のありようを深く捉え、日本もアメリカも、勤皇も佐幕も、あらゆる人間模様を描きながら、どちらを否定も肯定もしません。ただ、人間ってここに生きていて、それだけで雨に濡れちゃうのね……と。幕末のお話として書かれましたが、今の時代にもまったく同じことが言えるのではないでしょうか」
■玉三郎、緑郎と雪之丞
国立劇場の研修を経て、歌舞伎俳優となり、現在は新派俳優となった緑郎と雪之丞。玉三郎は、「どうぞ気楽にやってくださいね」とエールを贈る。ふたりは玉三郎と出会った頃の印象、そして現在の印象を問われると、「美しかった」「その美しさが今も変わらない」と口を揃える。
緑郎「(研修を)卒業して間もない頃に、『金閣寺』で玉三郎さんが雪姫をおやりになり、僕は上から桜を散らさせていただきました。上からその様子を拝見していたのですが、キレイでキレイで」
喜多村緑郎
玉三郎「あなた上にいたの!? 知りませんでした(笑)」
緑郎「あまりに美しくて見惚れて、口が開きっぱなしに……危なかったです(笑)。それからだいぶ経ち、師匠(三代目市川猿之助)がお倒れになった時は、それまで澤瀉屋が毎年行っていた7月の歌舞伎座興行を、玉三郎さんがやってくださいました。その時、僕を『相手役だよ』と。桜を散らしていた自分が、相手役だなんてと、信じられない思いでした」
雪之丞は、幼い頃より歌舞伎が好きで、役者を志すより前から「坂東玉三郎ファンでした」と言う。研修卒業後、最初の舞台が『仮名手本忠臣蔵』だった。
雪之丞「玉三郎さんと團十郎さんの『三段目』に花四天で、『四段目』には所化で出ておりました。でも『四段目』で足を切ってしまい、由良之助の仁左衛門さんが、舞台上の血を懐紙で拭いてくださるくらい出血もあり、翌日から休演することになりました。若旦那にそのご報告にうかがったのが最初でした。『大事にしておくれ』と言ってくださったのを覚えています。その後、若旦那の美しさに台詞が飛んでしまったこともありましたが……その点は、今も変わりませんね(一同笑)」
春猿が花四天……? という会場の空気に、「私、トンボをきれる女方だったんです」と補足して、笑いを誘う一幕も。玉三郎は、まだ10代だったころの2人を懐かしみ、本公演への思いを語る。
玉三郎「私の感覚としては、歌舞伎と新派、あまり垣根はありません。これが良いきっかけとなり、いつでも一緒に芝居ができるようになれば、と私は思います。役者の数が減ってきている現状を考えても、そうであってほしいです。今回は、おふたり以外の新派の方々も来てくださいます。楽屋をどうするのか……それが心配ですね(笑)。楽しみにしています」
坂東玉三郎
『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、6月2日(木)~27日(月)まで、歌舞伎座『六月大歌舞伎』第三部にて上演。
取材・文=塚田史香

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