『成増』はとんねるずの
歌手としての才能を
一気に開花させた
デビュー作なっわけだぁ!

多彩な楽曲群に見る芸達者ぶり

M5「Dog Night」も興味深い。全体にソウルフルでファンキー。ラスサビでちょっと和田アキ子物まねを取り入れているところからすると、少なからずR&Bやソウルへの意識があったことは想像できる。Herbie Hancockの「Rockit」辺りの影響も色濃いし、これもまたヒップホップ寄りのスタンスが感じられる。のちの久保田利伸辺りにも通じるサウンドだが、久保田のデビューは1986年6月だから、それより1年半も早かったことになる。そこは強調されてもいいところではなかろうか。タカさん、ノリさんが2声でオクターブユニゾンっぽい重ね方をしているところも傾聴に値するとは思う。

M6「一気!(New Version)」は今改めて聴いてみても如何にも芸人のコミックソングといった容姿で、何でとんねるずに応援団を演じさせたのかも疑問だし、正直言って音楽的には注目すべきところは少ない気はする。ただ、このシングル曲がヒットしたことで、本作『成増』のリリース、さらにはその後の歌い手としての隆盛へと繋がっていったのだから、とんねるずの分水嶺であったことは間違いないし、やはり1stアルバムに収録されてしかるべきものではあっただろう(このテイクはシングルとは歌詞が少し変わってはいるが…)。

M7「振り向けば自転車屋」はノリさん、M8「母子家庭のバラード」はタカさん、それぞれのソロ曲だ。M7は間違いなく松山千春のパロディーで、最近で言えばマキタスポーツの芸風に近いクオリティーの高さ。メロディーもさることながら、松山千春の「長い夜」よろしくサビで必要以上にサビを伸ばすところや、こぶしの強弱がそれっぽい。声がかすれていてこのテイク自体はそれほどいいものとは思えないけれど、やはりノリさんの巧さが目立つナンバーではある。

M8はサウンドがちょっとゴスペルチック。本格的…とは言い難いけれど、それなりにちゃんとした作りになっているように思う。台詞部分はギャグ要素が強いが(というか完全にギャグだが)、歌にはタカさんが生真面目に取り組んでいる姿勢が感じられて清々しい。タイプは異なるが、のちの「情けねえ」「一番偉い人へ」に通じるメンタリティーを感じるところではなかろうか。アルバムのフィナーレ、M9「銀河の交番」は当時の男性アイドルグループのアッパーなナンバーといった雰囲気。歓声などを被せてある他、MCっぽい台詞も重ねて ライヴコンサート風に仕立てている。とんねるずはのちにコンサートツアーを開催し、1989年には東京ドーム公演を実現するに至るのだが、M9のテイクはそれを予見、予言していたようでおもしろくもある。

こうしてザっと振り返ってみても、バラエティー豊かなアルバム作品であったことが分かるし、それと同時にとんねるずのふたりの歌手としての芸達者ぶりが十二分にうかがえる『成増』である。ややダンスチューンが多めな感はあるものの、前述の通り、ヒップホップやファンク、R&Bを先取りしていた点は評価されていいのではないかと思う。収録曲の歌詞は全て秋元 康、作編曲はM9を除いて見岳 章が手掛けている(M9は元オフコースの松尾一彦の作曲)。「雨の西麻布」などを手掛けたコンビであると同時に、美空ひばり「川の流れのように」を世に送り出した作詞家、作曲家の組み合わせである。今となれば『成増』の楽曲の多彩さ、品質の確かさも当然のことであったという見方もできるが、見岳が作家としての活動を本格化したのは1984年頃からのようだし、秋元にしても[1982年の稲垣潤一「ドラマティック・レイン」、1983年の長渕剛「GOOD-BYE青春」で作詞家としての知名度を獲得した]ということだから、ともにまだ駆け出しだったと言っても差し支えなかろう。作家陣もまだ途上の人たちであった。とんねるずにしても当時の主戦場は深夜番組であり、まだまだ若手と呼ばれる存在であったわけで、そんな人たちのコラボレーションが相乗効果を生んで、とんねるずの勢いを加速させたに違いない。楽曲のクオリティ以上に本作からは、そうした上昇志向の熱のようなものも十二分に感じられるところではある。([]はWikipediaからの引用)

TEXT:帆苅智之

アルバム『成増』1985年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.とんねるずのテーマ
    • 2.ブリキのダンス
    • 3.Chadawa
    • 4.バハマ・サンセット(New Version)
    • 5.Dog Night
    • 6.一気!(New Version)
    • 7.振り向けば自転車屋
    • 8.母子家庭のバラード
    • 9.銀河の交番
『成増』('85)/とんねるず

OKMusic編集部

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