伊礼彼方と昆夏美、日本初演30周年の
ミュージカル『ミス・サイゴン』にか
ける思い「とにかく最後まで一丸とな
って届ける」

2022年、日本初演から30周年を迎えるミュージカル『ミス・サイゴン』。本作は、『レ・ミゼラブル』のクリエイティブ・チームが手がけるミュージカルの第2弾として製作され、日本では1992年から1年半の帝劇ロングラン以来、通算上演回数1,463回を重ねる大ヒット作だ。そんな記念となる2022年7月24日(日)に帝国劇場にて開催されるプレビュー公演を皮切りに開幕し、9月9日(金)から11月13日(日)まで梅田芸術劇場メインホール、愛知県芸術劇場 大ホール、まつもと市民芸術館、札幌文化芸術劇場 hitaru、富山のオーバード・ホール、博多座、アクトシティ浜松 大ホール、ウェスタ川越 大ホールをめぐる全国ツアーを実施する。過日、初のエンジニア役に挑む伊礼彼方と、3度目のキム役を演じる昆夏美が来阪し、作品への思いなどを語った。
伊礼彼方(右)と昆夏美 撮影=福家信哉
物語の舞台は、ベトナム戦争末期のサイゴン。フランス系ベトナム人のエンジニアの経営するキャバレーで知り合ったベトナム人の少女キムと、米兵クリス。二人の愛と別離、運命的な再会。そして、キムの子タムへの究極の愛を描いている。規格外のスケールを誇る舞台装置も有名だ。
時代の波に翻弄される男女、そして親子の姿を、心揺さぶる歌で表現する『ミス・サイゴン』。記念すべき30周年公演では、エンジニアを市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久のクアトロキャスト、キムを高畑充希、昆夏美、屋比久知奈、クリスを小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウンのトリプルキャストで上演する。
今回のカンパニーでの『ミス・サイゴン』は当初、2020年に上演する予定だった。だが、コロナ禍の影響を受け、稽古途中で公演中止に。それから2年の時を経て、奇しくも日本初演から30年の2022年に上演がかなった。当時、誰もが悔し涙を飲んだ上演中止という現実。だが、かえって2年という時間がもたらしたものはあったのだろうか?
この問いに伊礼は次のように話した。「もちろん2020年に上演していても形になっていたと思いますが、僕もその間にいろんな作品を経て、トライの仕方とか、引き出しも増えているので、2020年よりさらに深められるだろうなと思っています」。
伊礼彼方
その引き出しのひとつに伊礼は「ファンサービス」と話す。「実は僕はファンサービスをするのがそんなに得意ではないんです。意外でしょ(笑)? それが、この2年ほどでファンサービスをとても喜んでいただいた経験があって、イケイケのアメリカン・ドリームを表現できるだろうと思っています(笑)」。
昆は「パワーの出し方もいろいろあると感じた」という。「今まで前に進むエネルギーに溢れた役が多くて、パワーを全面に出してやっていました。過去にキムを演じた時も、そのパワーがキムの生きる力というか、そういうバイタリティが共通していた部分があり、それは良かった点だと思います。これはある演出の方にも言われたのですが、ここ2年でパワーの質がいろいろ変化してきたと感じるので、エネルギーの出し方を考えられたらと思います」。
伊礼が演じるエンジニアは生きるためなら何でもやる、非常にエネルギッシュな人物だ。初役となるエンジニアを伊礼はどう見ているのだろう。
伊礼彼方
「成り上がりたいと渇望する姿に惹かれますね。今までは2枚目の役が多かったのですが、ずっと汚れ役をやりたいと思っていました。そういう役を演じられる年齢になったことと、実力が伴ってきたのか、帝劇でエンジニアを演じられることになりました。僕にとってはとても大きなことです。それこそアメリカン・ドリームじゃないですが、自分で掴んだチャンスなので、それをどこまで自分のものにできるのかが、これから試されることだと思います。自分も這い上がるひとつの役になると思います」。
オーディションで「伊礼は今の状態だとオオカミだ。僕が求めているエンジニアはハイエナだ」と言われたと続ける。「その時に、自分の引き出しが足りてないなと思ったんですよね。この2年間でハイエナのエンジニアという準備はできたので、そこを皆さんにお伝えできたらと思います」。
また、次のように心を寄せる。
「僕が思い描いているエンジニアは、ものすごく居場所を探している人。エンジニアはフランスとベトナムのミックスルーツで、僕もハーフです。僕自身が日本に来た時は、見た目も違う、言語も違う、文化も違う。しかもその違いが1人だと、自分だけが世界から取り残されている気分になって、孤独を感じるんですよね。その孤独を埋めるために悪目立ちしようとして、それが時には非行に走ることもあって、僕も少し悪ガキだった時期がありました。でも、今思えば、そうしないとストレスを発散できなかった。エンジニアにも同じような部分を感じます。彼の行動を見ていると、そうしないと自分を保てないんじゃないかと捉えていて。彼を見ると哀れだと思うのと同時に、すごく悲しい男だなとも感じます。そこを持ったうえで隠して演じたいと思います。彼が危うい行動をとるのも、戦争に翻弄され、時代に逆らえなかったから。そういう人格を作れたらと思います」
昆夏美
キム役は3度目の昆。最初にオーディションを受けた時、まだ20代前半だった。当時は、子どもを産み育てた経験がない中で、必死にキムを演じていたと振り返る。
「子供をいつくしみながらも自分の全てを賭して、「この子のために自分の人生を捧げる」という感覚は、理解はできるけど、お母さんになっていないとどうしても共感は難しかったです。まだ若く青かったので「絶対にキムを成功させなきゃ」と、パワーを出して前に行く気持ちで演じていて。その時は何か良い作用をしていたなと思うのですが、今回、私自身の環境は変わっていませんが、年齢を重ねてきた分、少しずつ理解できる要素が増えたというか。今回は母の部分を出せたらと思います」
キムという女性についてはこう続ける。
昆夏美
「キムは『ミス・サイゴン』の登場人物ですが、彼女のような女性はたくさんいたと思います。キムは17歳でエンジニアに拾われるわけですが、その前は許嫁もいて、友達もいたし、家族とも仲が良かっただろうけど、閉ざされた世界で生きていた女の子だろうと思っていて。彼女は両親が焼け死んだところも見ています。そうして身寄りがなくなった折に、エンジニアに出会い、見たことのない社会に出ていく。人生を変える人に出会うなんて、キムは全く思っていなかったでしょうし、エンジニアとの出会いがキムの人生を大きく動かしました。その中でクリスと出会い、タムが生まれる。当時こういう人がいらしたんだろうなと感じながら演じています」
お互いの役は、どう見ているのだろうか。
昆は「色気のあるエンジニア」と話す。「稽古で、伊礼さんが演じられるエンジニアを正面から見ていた時、「Welcome to Dreamland!」と言って両手を広げた伊礼さんが本当にカッコ良くて。ギラギラして、放つ色気がすごくあって、それがまた新しいエンジニアだと思いました。作品を観た最初の頃、エンジニアは華やかなイメージが強かったのですが、演じる方が増えると、各々の方のエンジニアが出てくるのだろうなと思います」。
伊礼彼方
一方の伊礼は、ピュアな少女のたたずまいが印象的と話す。「僕は10年ほど前に昆さんと『ハムレット』でご一緒して。僕はレアティーズという兄で、彼女はオフィーリアの役でしたが、何もしなくてもまわりに花が咲いたんですよ。ポンポンポンと。立っているだけでお花畑が広がるような。本当に素敵で。そして時を経て今もピュアを演じられる。エンジニアがキムを紹介する場面では、本当に無垢な少女の表情をされるんですよ。あの表情はなかなかできないなと思う」。
伊礼の言葉に謙遜しながらも「20代前半でキムをやっておいて良かったと」と話す。「たとえば、エンジニアに紹介されて、みんなが見ている中で椅子の上に立って自己紹介をしなきゃいけない時の気持ちとか、今の私が初めてやるよりも、若い頃の私が初めてやった方が感覚としてしっくりくる部分があると思っていて。その感覚を1回味わっているのは良かったなと思います」。
また、伊礼はひそかに注目しているポイントがあると意味深な笑みを浮かべる。
「楽しみなのは、今回の昆さん演じるキムがどうタムを抱くのかということ。僕は、観劇する時に俳優さんが子供を抱くシーンや、相手を抱くシーンの抱き方に注目しています。そこに愛情だったり、家族の繋がりが見えるんですよ。抱き方で役者がどこまで役を掘り下げているのか見えるような。それは楽しみです」
昆夏美
「……こわっ(笑)」と思わずもらす昆。だが、同じキムを演じた知念里奈の姿に母性を強く感じたことがあったと話す。「知念さんがタムを吸い込むように抱くんです。すごくナチュラルにタムを抱いているのを見て、私、これはできないと思ったことがあります」。
「もちろん役者なので研究もするし練習もしますが、ナチュラルに、感覚的にできているのか、意識してやっているのか、それが僕には確実に伝わるので……」と追い打ちをかける伊礼に、またまた「こわっ!」というリアクションで周囲を和ませた昆だが、「頑張ります!!」と気合を入れた。
30周年に合わせて上演できるのは、多くの人々のおかげだと話す伊礼。そして、コロナ禍で公演中止を経験しているからこそ、健康でいられることに感謝すると続ける。「前作の舞台が終わったばかりなのですが、誰も欠けることなく、中止になることなく、完走できました。今ではもう、それを奇跡と呼ぶんですよね。30周年の『ミス・サイゴン』も、とにかく最後まで上演できるように、各地方にもみんなで行けるように、一丸となってこの作品を届けたい。ただただ、そういう思いです」。
昆も「いつ、どんな状況になるかわからないので、楽しみに待ってくださっている方々にお届けするという思いのみです。そういったひとつの思いがあると、カンパニーもより一致団結します。絶対に中止にしたくない、すべてのお客様に届けたい一心で、30周年の『ミス・サイゴン』をお見せしたいです」と語った。
伊礼彼方(右)と昆夏美
取材・文=Iwamoto.K 撮影=福家信哉

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