People In The Box、15周年アニバー
サリーイヤーの幕開けとなったO-EAS
Tワンマンの公式レポート到着

People In The Boxが5月6日(金)にSpotify O-EASTにて『15th anniversary - People In The BoxのS字曲線』を開催した。本記事では、同公演のオフィシャルレポートをお届けする。

「自然と僕らは我を通すようなバンドになってしまったけど――」。ライブ終盤、波多野裕文は少し嘲るような口調で自分たちのことをそう言っていたものの、個人的にはピープルインザボックスをワガママなバンドだと思ったことは一度もない(とは言うものの最初は面倒なバンドだと思っていたが)。むしろ3人が鳴らしてきた音や波多野が紡いできた言葉は、いつだって時代や世相と向き合ってきたし、自分以外の誰かへ常に寄り添っているものだと思っている。ゆえに彼らを「独りよがりだなぁ」などと嘆くこともないまま現在に至っているのだが、そんな彼らのアニバーサリーイヤー幕開けのライブは、ワガママどころか利他的ですらあるバンドとのダイアローグのような時間だった。
15周年と銘打っているのにほぼ素舞台に近いステージ。しかも最近のライブでは波多野がギター以外に鍵盤を操ることが多かったけれど、今日はその相棒の姿も見当たらない。オンタイムで暗転したと同時に慣れ親しんだ出囃子がかかると、ステージに姿を現した3人がおもむろに演奏の準備に入る。始まったのは「旧市街」。ここまでの一連の流れがまるで毎日のルーティーンワークみたいに淀みがない。確かに今日は特別な公演なのかもしれないけど、僕らはいつも通りにやるだけだよ、とステージから申し渡されたような気分だ。続いて「火曜日 / 空室」そして「笛吹き男」が披露される。どちらもライブで聴くのは久しぶりなのに、懐かしさは感じられない。彼らの音楽に時間性は関与しない、ということなのか。
とはいえ彼らと出会った頃の楽曲の中には、郷愁にも似た瑞々しさというか青さみたいなものを感じる瞬間もある。例えば「六月の空を照らす」は15年前にリリースされたファーストアルバムの曲で、当時はなんて小難しくて理屈っぽくて老成したバンドだと思ったものだ。音楽の守備範囲は広大かつ奥深いのに、それを自己顕示欲の手段に用いようともせず、3人がただ黙々と演奏に専念していたメジャーデビュー前夜のライブ。その佇まいが無愛想であったことも災いして「逸材だが取っつきにくい」というのが第一印象だった。でもこうして今「六月の空を照らす」をはじめ当時の曲を続けざまに聴くと、彼らの青春の匂いのようなものがほのかに漂ってくる。あの頃はそう思わなかったけど、彼らはとても青くさいバンドなのだ。ライブ中盤に披露された「汽笛」。山口大吾がシャンシャンシャンとマーチングみたいに鳴らすシンバルが、バンドで音を奏でる歓喜を訴えているみたいで、妙に楽しそうだ。実際に彼らもここまでバンドを続けてきたことや3人で音を鳴らすことの尊さみたいなものを噛み締めているのかもしれない。
『15th anniversary - People In The BoxのS字曲線』
『15th anniversary - People In The BoxのS字曲線』
『15th anniversary - People In The BoxのS字曲線』
そんなわけで「汽笛」の演奏後に始まったMCタイムは15年をしみじみと振り返るものかと思いきや、まったくそんなことにはならないのも彼ららしい。いつも通りテンポの悪い3人の会話がふらふらとダッチロールを始め、最終的にはなぜかラー油をかけて食らう「壬生そば」という食べ物の話題に不時着する。そこで微妙な空気を察した山口が「曲をやりますか」と2人を促し、何事もなかったかのように「ブリキの夜明け」が始まった。15年やってても演奏している時以外の3人は、ずっとぎこちないままだ。
そういえば今から10数年前、初めて彼らをツアー先まで追っかけた時もそうだった。呆れるほどバカバカしい楽屋での3人の会話を外からそっと盗み聞きしたのを覚えている。誰かの悪口で盛り上がっていたような気がするけど、その時の3人は心底楽しそうで、でも彼ら以外の誰かが楽屋に入ってくると、その会話はぎこちない話題へとシフトしていったのだった。
きっと当時の彼らにとっての世界とは、3人とそれ以外の2つに分かれていたのだろう。そのぶん彼らは結託し、世の中に溢れるいろんな物事を仮想敵として捉え真っ向から対立するための装置として、バンドを機能させていた。それゆえ音楽業界で彼らが何のために歌を書き、音を鳴らしているのか心の底から理解できる大人は少なかっただろうし、僕自身メディアの立場で彼らと向き合うのは難しいと感じることもあった。彼らには技をかけたり受けたりするプロレスみたいなルールは通用しないのだ。それでも彼らをワガママだとか偏屈だと思ったことはない。そんな彼らの音楽には、彼らが意図せずとも誰かの傷ついた心に寄り添う優しさや、掬い上げてくれる母性のようなものがあったからだ。彼らもまた自分たちの音楽にそんな性質があるのを自覚してからは、自分たちの箱庭から飛び出し、外の世界との交信を始めていった。彼らもまた誰かの優しさや母性を外の世界へ求めていたのだろう。
『15th anniversary - People In The BoxのS字曲線』
ライブが後半へ差し掛かるブロックで披露された「いきている」が素晴しかった。本来は波多野の鍵盤がリードする静謐な曲だが、今日はその役を福井健太のベースを軸にギターとドラムのアンサンブルが担っていて、そこにはロックバンド特有のうねりとカタルシスがあった。さらに続けて披露された新曲「タイトル未定」は、ゆったりとしたリズムと大柄なメロディが誰かの心に優しく寄り添いながらも、感情を焚きつけるような力強さも感じさせた。そして「あ、これは感謝の歌なんだな」と波多野の歌を聴きながら思った。15年前、彼は今もなおピープルインザボックスをやっているとは想像もしていなかっただろう。これまでバンドを取り巻く環境にはいろんな変化があった。マネージメントやレーベルの移籍をはじめ、彼に至っては生活環境すら大きく変わった。さらに世の中は凄まじい勢いで、しかも良からぬ方向へと変わり続けている。それでもこのバンドは今も変わらず存在しているという事実。つまり、ピープルインザボックスは「変わらずそこにあるもの」として、太い根を生やした大樹のようなバンドになったのだ。そのことを彼ら自身、新曲を演奏しながら実感しているかのように、その演奏は大らかさにあふれていた。
『15th anniversary - People In The BoxのS字曲線』
ライブは「JFK空港」によってドラマチックに締めくくられた。現世を占う予言書のようでありながらも、生きることを肯定する賛美歌のようでもあるこの曲を聴きながら、やっぱり彼らはワガママなバンドじゃないな、と思った。いつだって彼らは誰かと繋がろうとしているし、どこまでも人間らしさを追求しているバンドなのだ。ここから始まる15周年アニバーサリーは、そんな彼らがみんなに感謝を告げる1年になるだろう。すでに発表されているフェスへの出演や、ACID ANDROIDとの対バンイベント以外にも、彼らは今までとは違った形で感謝の気持ちを伝えようとするに違いない。それこそ祝詞を唱えるように、繰り返し、何度でも、彼らの気が済むまで。

文=樋口 靖幸(音楽と人) 撮影=後藤 壮太郎

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