那覇文化芸術劇場 なはーと こけら落
としシリーズを飾った緑間玲貴の新作
バレエ『御佩劍-MIHAKASHI-』~沖縄
本土復帰50年を迎え「分断」か「調和
」かを問う

2021年10月31日(日)に那覇文化芸術劇場 なはーとが開場した。その「こけら落としシリーズ」として、バレエ・アーティスト 緑間玲貴 沖縄公演「トコイリヤ RYOKI to AI vol.8」が、2022年2月20日(日)に同劇場大劇場にて催された。沖縄本土復帰50周年、那覇市政100周年の記念で、文化庁の令和2年度 文化芸術振興費補助金 子供文化芸術活動支援事業(劇場・音楽堂等の子供鑑賞体験支援事業)として実施した。沖縄の新聞やテレビ、ラジオなどに大きく取り上げられ話題を集め、全席完売となった。新作バレエ『御佩劍-MIHAKASHI-』ほかを上演した同公演の模様を振り返りつつ、近年意欲的に活動を続ける緑間の創造に迫りたい。

■「踊りは祈り」沖縄から生まれた「動」と「静」の美学
初めに緑間について駆け足ながらご紹介しよう。沖縄出身の緑間は、3歳でバレエを始め、上京後の18歳からプロフェッショナルとして活動する。2005年、那覇に緑間バレエスタジオを設立。2012年以降「踊りは祈り」を主題に創作し、2015年より自主公演プロジェクト「トコイリヤ」を展開している。公演は現在までのところ東京と沖縄で行われ、文化庁芸術祭(舞踊・関東参加公演の部)に3度選出。コロナ禍初期の2020年7月には、沖縄からバレエ作品の新規映像制作+劇場からのライブ配信による「トコイリヤARt MOViEng」および劇場公演を実現した。2016年には第50回沖縄タイムス芸術選賞奨励賞を受賞している。
那覇文化芸術劇場 なはーと 外観
緑間の創作の軸は、「バレエ・アーティスト」と称することからも分かるようにバレエである。公私のパートナーで大阪出身の前田奈美甫も、ワガノワ記念ロシア・バレエ・アカデミーで3年間学び、名教師イリーナ・シトニコワに師事した。緑間はアカデミックなバレエを大事にしつつ、琉球舞踊や巫女舞の踊り手とともに舞台を創ってきた。西洋発祥のバレエの「動」のみならず、東洋の舞踊の「静」に秘められた動かない存在感に惹かれて創作を深めている。
洋の東西を超えたさまざまな舞踊は、形式こそ違えども相通じる――。緑間はそう確信する。それが「踊りは祈り」という、あらゆる舞踊の底流にある原初的で普遍的な価値観を主題とし、「眞・善・美・愛」を探る原動力であろう。そして、いついかなる時も古典への敬意を忘れることなく新たな創造を追求する創作態度こそ、緑間の真骨頂なのである。
那覇文化芸術劇場 なはーと 大劇場 舞台上より
■「トコイリヤ」の原点ここにあり! 沖縄の新劇場であらためて披露
今回は3部構成で4作品を上演。緑間と「トコイリヤ」の世界の軌跡と今が詰まった一夕だった。
第1部初めの『Lumières de l’ Est ~ルミエール・ドゥ・レスト 東方からの光~』は、「宇宙創成の光の誕生と森羅万象を舞台に描く」。2015年5月に東京の座・高円寺2で行われた「トコイリヤ RYOKI to AI vol.1」からおなじみである。
『Lumières de l’Est ~ルミエール・ドゥ・レスト 東方からの光~』緑間玲貴 前田奈美甫 撮影:仲程長治
幕開けの「Aurore(オロール)」では、J.S.バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」とともに緑間が「光」となって現れる。「百十踏揚(ももとふみあがり)」では琉装の前田が琉球王朝の伝説的な王女と化す。「祈る者」では名もなき「祈りびと」が登場し、今回は琉球舞踊の安次嶺正美が務めた。「Solo con te(ソロ・コン・テ)」では、緑間と安次嶺が場を共にする。東西の異なる舞踊分野の両者は陰と陽であるが自然に共存する。そして「Nella Fantasia(私の空想の中で)」「Dans La nuit(夜の音楽)」では、百十踏揚が「光」に導かれ人になる。
「トコイリヤ」という公演名は、緑間のやりたいことからためらいの「た」を抜き逆読みしたと称することもあるが(それも本当のようだが)、緑間は「常世(とこよ)と現世(うつしよ)、見えるものと見えないものが共存している世界を舞踊化したい」と述べる(2017年の筆者によるインタビュー)。常世すなわち見えない世界へと入っていくという意味から「常入夜(トコイリヤ)」と付けたという。『Lumières de l’ Est ~ルミエール・ドゥ・レスト東方からの光~』は、緑間の創作の原点であり、シンプルだが練られた構成の中に独自の美学が光る。
『Lumières de l’Est ~ルミエール・ドゥ・レスト 東方からの光~』緑間玲貴 安次嶺正美 撮影:仲程長治
続く『清明』は上杉真由の振付。上杉は幼少からバレエを学び、大阪芸術大学舞台芸術学科舞踊コース卒業。ダンスカンパニーniconomiel(ニコノミエル)を主宰し、大阪文化祭奨励賞を受賞している。前田のバレエの同門であり、「トコイリヤ」にも度々出演してきた。『清明』は2017年10月に東京・渋谷区文化総合センター大和田4Fさくらホールで行われた「トコイリヤ RYOKI to AI vol.4」にて初演された。沖縄の伝統的な祭祀行事「清明祭」に想を得ているようだ。ルドヴィコ・エイナウディの郷愁を帯びた音楽にのせて、麦わら帽子をかぶった上杉を中心に渡久地真理子、石井真彩子、村林楽穂、金城凪香が、亡き人への追憶を舞う。目に見えない誰かを大切に思い感じる――。そんな切なくも美しい時空を立ち上げた。
『清明』上杉真由 渡久地真理子 石井真彩子 村林楽穂 金城凪香 撮影:仲程長治
■温故知新、古典バレエへの深い敬意と探求心がもたらす豊かな香り
第2部は『パ・ド・カトル』(音楽:チェーザレ・プーニ)。19世紀前半のロマンティック・バレエ最盛期に活躍したジュール・ペローが生んだ作品である。先に触れたように、緑間は自身の創造の核にあるバレエを大事にし、先人をリスペクトする。この作品では、マリー・タリオーニ、ファニー・チェリート、カルロッタ・グリジ、ルシル・グラ―ンという当時の名バレリーナが妍を競った。緑間は演出・改訂振付にあたりペローとA.E.シャロンの石版画へオマージュを捧げ、ロマン主義時代に生きた芸術家の「雰囲気への探求」を基盤としている。
『ラ・シルフィード』の表題役で一世を風靡したタリオーニを踊るのは上杉で、ゆったりと風のように舞いながらプリマの貫録を示した。『オンディーヌ』などで人気を集めたチェリートはやや小柄で踊り上手だったと伝えられるが、前田が優美に舞う。『ジゼル』を初演したグリジを渡久地がたおやかに、だがしっかりと輪郭もある踊りで魅せる。ブルノンヴィル版『ラ・シルフィード』などを得意としたグラ―ンに扮した村林も伸びやか。
『パ・ド・カトル』上杉真由 前田奈美甫 渡久地真理子 村林楽穂 撮影:仲程長治
興味深いのは、踊りの質感である。軽やかさ、天上的志向は大事にされているが、ガチガチに様式美を追求するよりも、大らかな味わいを残しているようで印象的。繊細な腕の使い方はもとより静止の際の指の端々まで神経が行き届いているが、ただ綺麗なだけでなく、得もいわれぬ情感がある。アカデミックなバレエの実践者で博識でもある緑間のこと、いにしえの時代のバレエを独自に研究・考察し、泰西絵画の陰影深い世界の香りをすくい上げているように思われた。
実は『パ・ド・カトル』の前に寸劇がある。女優の犬養憲子が扮する往年のプリマ・バレリーナ ノリコが、かつての栄光を語り、「トコイリヤ」の来歴も語るのだ。名(迷?)バレリーナらしくパリ・オペラ座での公演や名だたるスターたちとの思い出をあれこれと語りだす。その辺りのエピソードはバレエ好きには爆笑(苦笑?)もので、そうでなくとも一呼吸おいてロマンティック・バレエの世界に親しめる。緑間は求道者的芸術家であるが、自身の「やりたいこと」を表現するに際し独りよがりにはならず、「観客に届ける」という目線を併せ持つ。
『パ・ド・カトル』犬養憲子 撮影:仲程長治
■普遍の主題が現代に響く~バレエ『御佩劍』がいま上演される意義とは
第3部が新作バレエ『御佩劍』である。これは2021年10月、東京・新国立劇場小劇場において初演された、緑間の舞踊生活35周年記念制作だ。「ヤマトタケルの剣」をテーマとし、日本最古の歴史書といわれる「古事記」に想を得ている。全10章エピローグ、プロローグ付きの大作で、東京での好評を得て沖縄に凱旋と相成った。再演に際し、基本的な物語・構成に大きく変わりはないが、劇場サイズが拡大したため、その変化に応えて見ごたえのある舞台に仕上がった。

新作バレエ『御佩劍』緑間玲貴 前田奈美甫 撮影:仲程長治
新作バレエ『御佩劍』緑間玲貴 関直美 撮影:仲程長治

大筋はこうだ。日の神がヤマトの国に神剣の天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と弟橘比賣(おとたちばなひめ)を生み、同じ頃、小碓(おうす)という皇子が誕生。皇子は父から西の強者の成敗のために遣わされる。父は息子の強大な力を恐れたのだ。皇子は西の国を制圧しても東の国を治めるように命じられる。気の晴れない皇子は、伊勢の斎宮の倭比賣(やまとひめ)を訪れ、天叢雲剣を授けられる。そして倭建(やまとたける)を名乗る。彼は東の国への道中、弟橘比賣と結ばれる。二人で東へ向かうが、荒ぶる海を前に弟橘比賣は入水して犠牲となり、荒天を鎮める。海を越えた倭建だが支えを喪う。やがて東の国を治めて帰路に就くが、途中で山の神が立ちはだかり、天叢雲剣とも放されてしまい果てる。そして――。
新作バレエ『御佩劍』前田奈美甫 撮影:仲程長治
新作バレエ『御佩劍』渡久地真理子 撮影:仲程長治
暗闇から清水の湧き出る音が聴こえ、やがて大海原となるプロローグ。それに次いで、自然主である柳元美香が日の神として現れ、渡久地扮する天叢雲剣と前田演じる弟橘比賣を生み出す。いっぽうで、小碓=倭建の緑間は、父との葛藤や人を殺めることへの自責の念を抱える。それらを俊敏な足さばきや繊細な身振りでソロには魂がこもっている。
新作バレエ『御佩劍』上杉真由 撮影:仲程長治
新作バレエ『御佩劍』柳元美香 撮影:仲程長治
倭建と倭比賣が対峙する場面は鮮烈だ。倭比賣を務めたのは宝生流シテ方能楽師の関直美。斎王として四方拝と呼ばれる祈りの儀式を執り行い、次いで小碓に天叢雲剣を授ける。関の所作から醸し出される威厳に圧倒されるが、バレエと能楽という、東西の様式の異なる伝統がともにあって違和感がない。能楽も「能を舞う」と言い表すこともあるのは知られるが、舞踊との親和に思いをはせた。そこに玄妙に響くのが、独特な音階による琉球王朝時代の古謡「おもろさうし」だ。これは独自の調査研究によって蘇らせた第一級の文化資料だと自負する。このように、「動」と「静」の異なる表現様式を備えたバレエと能楽が、融合でも混淆でも交差でなく、自然に重なる。「踊りとは祈り」という普遍的価値観を信条とする「トコイリヤ」において、研ぎ澄まされた美たちが共鳴し、一つの生命として息づく。
新作バレエ『御佩劍』関直美 撮影:仲程長治
弟橘比賣の前田は可憐で、倭建とのデュエットは清らか。だが、それ以上に、自らの命をもって倭建を救うべく海へと沈む際の、凛としながらも静かに姿を消していく姿が忘れ難い。それゆえに倭建の痛恨が観る者のに切実に伝わるのである。神剣の天叢雲剣を体現した渡久地も出色。沖縄出身の気鋭で、力強い跳躍や鋭い回転を繰り出し、まさに水を得た魚のようだ。倭建の前に立ちはだかる山の化身は今回の再演で登場し、上杉が担う。役者がそろった。そして、自然主の柳元と自然達(石井、村林、吉原詞子、金城)が火などに扮しドラマに起伏をもたらす。
新作バレエ『御佩劍』緑間玲貴 撮影:仲程長治
帰郷ならず果てた倭建の運命に関しては、実演の機会にぜひご自身で目撃いただきたい。いずれにせよ、幕が降りた後、胸に去来するのは、古い昔の話ではないということ。血を分けた者の相克や大義を見い出せない戦い、そこで生じる数々の犠牲、自然と人間との対立・共生(というように単純に図式化はされていないが)は、いつの時代も変わらぬのか。声高にメッセージを発しないが、大和文化と琉球文化を重ねて「分断」か「調和」かという普遍のテーマを扱う『御佩劍』の問いかけは深く重い。沖縄本土復帰50周年に演じられる意味もしかと受け止めたい。
バレエ・アーティスト 緑間玲貴 沖縄公演「トコイリヤ RYOKI to AI vol.8」カーテンコール  撮影:仲程長治
YURAIと緑間による音楽、下田絢子が「折り」や「水引と結び」など日本の文化技法を駆使して織りあげた重厚な衣裳も、この作品のために制作された。ここまでオリジナルにこだわり磨き上げている新作バレエは多くない。『御佩劍』は緑間の舞踊生活35周年記念シリーズとして上演を重ねる。次回は2022年6月25日(土)東京・国立能楽堂にて特別演出版として世に問う。劇場と違う能楽堂という特殊な舞台空間での上演となるので、これまでとは趣が異なるであろうことは含み置きたいが、本質的な主題は変わらないはず。緑間の創造から目が離せない。
【PV動画】緑間玲貴 舞踊生活35周年 記念制作 バレエ(新制作) 『御佩劍』 国立能楽堂 特別演出版
文=高橋森彦

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