勅使川原三郎に聞く~永劫の愛の摂理
を語る『オルフェオとエウリディーチ
ェ』で挑むダンスとオペラの融合

新国立劇場オペラ 2021/2022シーズン『オルフェオとエウリディーチェ』新制作(音楽:クリストフ・ヴィリバルト・グルック)が2022年5月19日(木)~22日(日)新国立劇場オペラパレスにて上演される。ギリシャ神話を基にしたグルックの代表作で、亡き妻エウリディーチェを冥界から連れ戻す際に「彼女を決して見てはいけない」とデウスに告げられた詩人オルフェウスの姿を描く。バロック・オペラ屈指の名作の演出・振付・美術・衣裳・照明を担うのは、国際的に活躍する舞踊家の勅使川原三郎。俊英指揮者の鈴木優人(演奏:東京フィルハーモニー交響楽団)、国内外の実力派歌手・ダンサーらとともに、舞踊とオペラが壮大に溶け合う舞台を現出させる。勅使川原に演出のコンセプトや開幕に向けての思いを聞いた。

■「皮肉や矛盾することこそが本質、そこにある葛藤が生きることそのもの」
――『オルフェオとエウリディーチェ』を演出するに至った経緯をお聞かせください。
新国立劇場オペラ芸術監督の大野和士さんから直接ご依頼がありました。名誉なことです。2011年に私がエクサン・プロヴァンス音楽祭でヘンデルの『エイシスとガラテア』を演出した時、大野さんはショスタコーヴィッチのオペラ『鼻』を指揮されており、パーティーか何かの席で初めてお会いしました。それ以来になりますが、今回のお話をいただきうれしかったです。
勅使川原三郎 (c)Norifumi Inagaki
――『オルフェオとエウリディーチェ』は1862年にウィーンで初演されました。グルックはフランス・オペラに刺激され、合唱・バレエも入るオペラを作曲しました。「オペラの改革者」と称されるグルックの代表作でギリシャ神話に基づきますが、どのような印象をお持ちですか?
もちろん音楽を知っていましたし、ピナ・バウシュが演出してパリ・オペラ座でも上演されたことも知っています。私はオペラの演出をいくつかやっていますが、バロック・オペラにはグランド・オペラとは違う独特のおもしろさがあります。展開や話が複雑ではなく、『オルフェオとエウリディーチェ』も人間同士の愛と神様の話で、オルフェオとエウリディーチェ、アモーレの3人しかメインのキャストはいません。そして抽象的な世界です。
大切なのは内容をどう把握するかということ。何に共感し、何に興味を持つのか。共感といっても、ある種の疑問というか、自分の生きている中で、あるいは過去の歴史の中で起こったさまざまなことも踏まえて、どういう考え方を持つのか。その興味を持った時、この仕事をやってみたいと思いました。素晴らしいオペラであるにせよ、どのように内容に興味を持つかということがきっかけであり、そこから創作の全てが始まります。
(手前)佐東利穂子 (奥)ローレンス・ザッゾ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
――オルフェオは亡くなった妻のエウリディーチェを連れ戻しに冥界へと向かいます。いわゆる冥界下降譚ですね。どのような構想をお考えですか?
悲劇か、喜劇か、ハッピーエンドか、悲しみで終わるのか――。原作の神話では悲劇で終わりますが、『オルフェオとエウリディーチェ』のウィーン版では別のドラマを創るんですね。自分は単純なことを複雑に、複雑なことを単純にすることに興味を持つ性質ですが、表面の裏側にある皮肉や謎にも興味があります。神話の中で起こっていることを私たち現代人がどう受け取るのか。ねじれたものを裏返す力というか、ねじれているものをまたねじり返すということを私は感じ取ったのですが、そのような、人間が持つ特性には歴史が映し出されているような気がします。
エウリディーチェは生き返り、オルフェオは死のうとして死ねないというかむしろ「もっと生きなさい」と言われて「助けられて」しまう。つまり「死なずにすむ」というよりは、死なないことによって苦しみを、より深い苦しみを受けることになるのではないか、と。死んでしまうと苦しみはそれで終わるのに、生き返ることによって、あるいは長く生きることによって苦難を重ねなければならない。それが人間なんですね。ある種の皮肉や矛盾することこそが本質であって、そこにある葛藤が生きることそのものです。私はそういうことを考えました。誰かを愛する、愛するがゆえに嫌う、愛がなければ憎しみも生まれない。それらが一体となっています。まるで本当と嘘の表裏一体のように。
そういう意味において、神話を基にしたオペラは、ある種の摂理を語っている気がします。それを突き付けられるというか、それに対面した時、今、生きている人間として何を感じるのかが問われるのではないでしょうか​。
(左より)アレクサンドル・リアブコ、ローレンス・ザッゾ、佐東利穂子 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
■「すべて要素が溶け合った「音楽」として創りたい」
――第2幕第2場の「精霊の踊り」や第3幕最後の祝祭として舞踊場面をどのように扱うのですか?
何が優位というのはなくて、すべてが「音楽」です。台詞も「音楽」であるし、歌詞も「音楽」だと思うんですね。ダンスも「音楽」であるべきです。スコアではダンスと歌のシーンは分かれています。初演された時には古典的な役割分担があったかと思いますが、自分はダンスとしても「音楽」でありたい。「音楽」として全体を創りたいというのが私の考えです。
先日、パリのフィルハーモニー・ド・パリで私と佐東利穂子がJ.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集』を踊りました(ピアノ:ピエール=ローラン・エマール)。その時、私たちの踊りを観た方々から「音楽を見ているようだった」と言われました。「ピアニストと共演した」というのではなく。このオペラも全体が「音楽」でありたい。いろいろな要素が全体の一要素というのではなくて、それが溶け合ったものとして構成したいです。
(手前より)佐東利穂子、勅使川原三郎 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
――指揮の鈴木優人さんはバロック音楽に通じ、演奏家としても活躍中です。2013年に東京芸術劇場で鈴木さんがパイプオルガンを演奏し勅使川原さんらが踊る『無限大∞パイプオルガンの宇宙―バッハから現代を超えて』がありました。今回どのようなことを話し合っていますか?
鈴木さんは素晴らしいです。初めから意気投合しました。柔軟性もあるし音楽的理解も高い方なので、とてもやりやすく自然です。バロック音楽に対して、保守的でなく、アクティブというか、どのようにしたいのか深く考えていますね。ダンスへの尊重があり、演奏・歌・歌詞に対しても意見を言い合って、協力と理解を共にしています。今後も、古典音楽を安定した遺物ではなく、際どく生き生きした魅力あふれるものにし続けてほしいです。
鈴木優人 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
――演出・振付に加えて美術・衣裳・照明を担当します。そういった美的要素に関して、どのようなコンセプトを考えていますか?
丸いお皿が登場します。生け花でお皿に花を飾るやり方がありますよね。陶器や白磁器に花を置く花器。それを舞台にしようと考えました。第1幕と第3幕は巨大なお皿が舞台装置です。お皿は無限の摂理を解くように存在し、非人間的な神話宇宙を象徴します。
第2幕は違う世界観で、黒い百合が現れます。白い百合は花言葉にあるように、純潔、純心、純粋、無垢を象徴します。それはエウリディーチェの存在と精神そのものです。黒い百合には愛的なものもあるけれど、少し暗いもの、日本の昔の言い伝えでいえば呪いみたいなものがあるらしいです。悲劇的なこと、否定的なこと、先にも言った愛がなければ憎しみもないという意味において、黒というのは白の裏返しのようです。しかし、ただ暗いもの、悪いものではなくて、それ自体が力を持っています。
オルフェオとエウリディーチェ、アモーレの3人は、ほとんどお皿の上にいて、丸い舞台から出ません。それは、ある種の絶対宇宙みたいなもので、その観念は永劫的です。円というのは人間が創り上げたものではありません。ある種の絶対円というのは、地球あるいは宇宙のどこへ行っても、どこでも戻れるという場所でもあります。とくにオルフェオが地獄からエウリディーチェを連れて現世に向かい「振り向いてはならない」となるところで円が上手く有効に機能すると思います。どんなに歩いて行っても行き着くところがないわけですから。オルフェオのみが人間で、他は精霊、自然そして死者です。死者が復活して再び結ばれる。まさに古典的永遠であり、人間の夢そのものですね。
勅使川原三郎によるスケッチ
■「ダンサーたちは空気のような存在」
――ソリスト歌手は、エウリディーチェのヴァルダ・ウィルソンさん(ソプラノ)、オルフェオのローレンス・ザッゾ(カウンターテナー)さん、アモーレの三宅理恵さん(ソプラノ)です。彼らにはどのようなことを求めていますか?
「リアルな演技をしないでください」というお願いをしています。現実的な動作よりも抽象的な動作が大事です。具体的な動作を重ねていくと、観る側は初めから最終的な具体的な結末を予期し過ぎてしまいます。動作は抽象的にして、現代的な細かい日常的な反応・反射的な動きを控えるようにしています。そういう身体性をもったシーンを重ねて、最終的にオルフェオとエウリディーチェが一緒になる時には現実的になる、段階を踏む表現を目指しています。
(左より)ヴァルダ・ウィルソン、ローレンス・ザッゾ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
(左より)勅使川原三郎、三宅理恵 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

――ダンサーについて伺います。アーティスティックコラボレーターの佐東利穂子さん。ハンブルク・バレエ プリンシパルで昨夏の勅使川原三郎版『羅生門』に続いて登場するアレクサンドル・リアブコさん。バレエ出身でミュージカルなどでも活躍中の高橋慈生さん。昨年、愛知県芸術劇場での『風の又三郎』に出演した佐藤静佳さん。4人はどのような役回りですか?
ダンサー一人ひとりは、体型や質感などが異なる個性をもっています。ソロ、デュエット、4人のユニゾン(※同じ振付での踊り)もあります。少人数のダンサーによって独自のダンスを生み出したいです​。
ダンサーの役割は天使的・精霊的です。非人間であり、空気のようでもあり、風のようでもあり、匂いのようでもあり、色彩のようでもあります。人間の感情をそのまま表す代弁者ではなくて、空気のような存在です。たとえば突風が吹いてくるとか、不穏な雰囲気になったりとか、光が変わってくるとか、そういう役割ですね。
特に、このような表現に優れた才能をもつ佐東利穂子がエウリディーチェの木霊のような存在になります。エウリディーチェをやるのではなくて、死んでいる彼女から響いて聴こえてくる木霊のように見える。「見える音」になります。いっぽうでサーシャ(※リアブコの愛称)がオルフェオに近いものになるなど、それぞれが入れ替わり重なり合う時もあるし、アモーレのような響きになる時もあります​。
(左より)アレクサンドル・リアブコ、佐東利穂子 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ローレンス・ザッゾ(中央)とダンサーたち 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

――リアブコさんとは4月上旬、パリでの公演の際にもリハーサルをされたそうですね。
その前からZoomではやっていましたが、パリでは直接会って、様々な質感の存在の仕方や振りの練習をしました。しかし、このオペラで大事なのは、音楽的なものを体でどう受け取り、それをどう反響させるかということ。音楽から体が木霊のようになれるかどうかです。アンフォルメルというか、非形式的なことというか、私のダンスメソッドの中の「溶ける」という、形じゃない動きに変容していくことを丁寧に練習しました。サーシャは『羅生門』に出てもらった時の練習が刺激的だったようで、その後も自習しているらしいです。身体の中から感じたことを呼吸を使って全身がどう感じるかをたどっていく。それを具体的に動くことが可能だと彼は理解することができたので、去年の経験と今回が結び付いているようです。
パリでのリハーサル (左より)勅使川原三郎、アレクサンドル・リアブコ (c)︎Bengt Wanselius
――合唱の皆さんもソリストやダンサーと絡むのでしょうか?
ご存知のように新国立劇場のオペラには新型コロナウイルス感染症拡大予防対策のルールがあります。集合して歌うことができず、距離を保たなければいけないことを以前から情報としていただいていました。出演者全員が同じ条件下です。逆にオペラの内容とコロナ禍のルールの制限を上手く合わせて利用するというか前向きに捉えています。やりにくいと思わずに納得して、妥協ではなくて、新たなクリエイティブな環境だと考えています​。
新国立劇場合唱団 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
■「毎日を大事に、一つひとつ積み上げていくことが、いい結果につながる」
――新国立劇場では2000/2001シーズンの『Raj Packet-everything but Ravi』から2009/2010シーズンの『鏡と音楽』まで多くのダンス作品を創作しました。今回はオペラ部門でのクリエーションですが、久々に新国立劇場で制作して感じられることは?
ここへ戻って来られてうれしいです。以前から知っている方々もいらっしゃいますが、スタッフの皆さんの働き方がいいですね。制作の方もしっかりしているんですけれど、技術の方たちのスタッフワークがいいなと感じます。歌手や合唱といった表舞台の方々との付き合いは大事ですが、私はスタッフ・技術畑の人たちと仕事をすることがとても好きなんです。それが作品の創作ができて、良い公演が可能になる土台ですから。本当にやりやすいです。
新国立劇場2000/2001シーズン「Raj Packet everything but Ravi」  撮影:池上直哉 提供:新国立劇場
――本番への思いをお聞かせください。
準備段階から劇場スタッフとの打ち合わせを密にできました。稽古場スタジオに入る前のプロセスをきちんと踏まえたことによって稽古が充実しています。毎日の稽古から決して後戻りしてはいけない、少しでも前にいきましょうという気持ちでやっています。ですから、確実に一日一日を積み上げていくと、必ずいい結果になると考えています。突然に飛躍的に何かが起こるのではなくて、毎日を大事にしていく。一つひとつの稽古を大切にしていくのが一番大事で、そのようにしていれば、おもしろいものができるはずです。
(左より)勅使川原三郎、鈴木優人、大野和士 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
取材・文=高橋森彦

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