Hikaru//の初舞台企画第一弾『GOOD
LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロ観
劇レポート

劇団GAIA_crewの舞台『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』が、2022年4月29日(金)から5月5日(木)まで、池袋シアターグリーンBOX in BOX THEATERにて行われた。本公演はシンガーソングライターとして活動するHikaru//が新たな挑戦として舞台演劇公演に初出演する企画『TRIGGER(トリガー)』の記念すべき一発目でもある。ここでは観劇レポートをお届けする。
Kalafinaのメンバーとして10年以上にわたる活動ののち、現在はH-el-ical//(ヘリカル)名義で、ミュージックシーンでの精力的な活躍を続けているHikaru//。数多のステージを踏んできた歌姫が、ひとりの役者として初めてのストレートプレイに挑むという。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』は、劇団GAIA_crewの代表作『GOOD LUCK YOUR MEMORIES』の改訂再演だ。末尾の「:Re」は音楽用語の「リプライズ(反復)」を表しているという。あぁ再演だからね……と思いきや、物語の根幹に関わる意味が隠されていて観劇後にグッときた。
本公演は、登場人物15人のうち半分が固定キャスト、半分がダブルキャストで上演される。筆者が訪れたのは、初日前夜に実施されたAチームのゲネプロだ。小劇場好きのひとりとして、広告目線無しで135分ガッツリと観劇させていただいた。その上で、特に心が動いた部分を、できるだけまっすぐにお伝えできればと思う。
STORY(公式HPより)
しがない探偵「卓馬」、さえない刑事「誠司」、うだつの上がらないチンピラ「浩輔」。
三人の男たちは学生時代からの親友同士、相反する職業の彼らは「お互いの仕事には絶対干渉しない」というルールのもとに、今も友情を育んでいた。
そんな三人の男たちの前に現れた謎の女。追われていた彼女を助けた彼らは、その女、雫から不思議な話を聞く。
彼女が追われていたのはその特殊能力のせいであり、能力とは「彼女と契約した者は、自身が後悔している人生の選択肢に時を戻すことが出来る」というもの。
話半分で流していた三人は、ある事件を元にこの力が本物だと言うことを知る。
浩輔と誠司は己のために彼女と契約し、雫の力を使い成り上がっていく。その結果二人は親友の絶対ルール「お互いの仕事には絶対干渉しない」を無意識に破っていくことになってしまう。
そして明かされる真実、雫の能力を行使する代償は「思い出を少しずつ失う」というものだった。友情も、信頼も、お互いのことも少しずつ忘れだす浩輔と誠司、二人の関係は徐々に組織対警察という抗争に拡大し、街を飲み込んでいく。
壊れゆく友情と、混乱を増す街を守るために走り出す卓馬。雫の力の秘密とは、そして彼女を追っていた謎の存在、樹の正体は?親友の失われた思い出を取り戻すことは出来るのか?
駆け抜けた闇の先に待つ、三人の友情と思い出のかけら。
「必ず帰るから、お前の思い出に」

「謎の女」の説得力
ひいき目無しに、いちばんのインパクトだったのはHikaru//の“役者力”だった。序盤では芋ジャー(芋くさい高校ジャージ)を着て登場してみたり、掴みどころの無い天然なヒロインといった印象だったのだが、物語中盤で、特殊能力を解放してからの求心力にはハッとさせられた。契約者の血を口にするという儀式の演出がまた、オタク心をくすぐる。
これは美形うんぬんとは別に、Hikaru//のアーティストとしてのこれまでの経験が役に活きたのだと思う。これまで数多のステージで歌い続け、その中心に立ってきた彼女は、物語の中心に据えられてもバシッとはまっていた。クライマックスでつぶやく「ぜんぶ、私のせい」のひと言には哀しいほどの説得力があった。そう言われて(あぁ、この人のせいだな……)と納得できるのも凄いことだと思う。そしてそれは、キーとなる彼女に見事に翻弄されつつも、物語を完結に向けて走らせ続けた、他キャストの集中力の賜物だったりもする。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
Hikaru//演じる「雫」は自由を求めて脱走し、主人公たちと出会うことで大きく成長する。自分を縛り利用してきた姉との関係性を清算し、自らの能力の引き起こした結果と向き合うことを決意するのだ。うつむいてばかりいた雫が姉との共依存を断ち切る場面には胸が熱くなった。比較的ファンタジー要素が多い物語の中で、姉妹の不器用な関係はリアルだと感じたポイントだ。
滲み出る雰囲気の良さ
そして初舞台の人を輝かせることができたのは、座組み全体が成し遂げた成果と言えるだろう。舞台が初めてということは、それに先立つ1ヶ月以上の稽古も初めてということ。きっとこの座組みには、試行錯誤を受け止め、意見を交わし合える空気が満ちていたのだろう。背中から学べる役者としての先輩もたくさんいただろうと想像する。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
主人公・卓馬役のハマツタカシは、声も身体のキレも主演らしく堂々たる佇まいだった。冒頭からクライマックスまで、つねに熱量をもって演じ切ったバイタリティに拍手を送りたい。また、主人公らが集まる“いつものラーメン屋”の店主役・中野も、客観性ある演技で場面の完成度を引き上げていた。立ち姿の説得力と演技トーンの調和の取れた存在は、小劇場において稀有だと思う! なおこの店主役は、Bチームでは女優が演じるというのがまた面白い。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
ヤクザのサイドでは、浩輔の憧れるボス・陣内を演じた秤谷建一郎の存在が光る。100人の部下を登場させることなく、自分の立ち振る舞いだけで“多くの鉄砲玉を抱えた本部長”の風格を漂わせなければならない難役である。その上でハートの温かさまで感じさせる演じぶりは、秤谷が自身の劇団「Creative Company Colors」を率いる主宰であるという背景も大きく関係しているだろう。
「俺の女と、いつもどこへ出かけてるんだ? ホ……(ホテルだろう)?」と陣内に詰められた浩輔が「ホ…………保健所です」と答えるシーンには声を出して笑ってしまった。物語前半での浩輔の可愛い面が印象的なぶん、雫の能力を使って運命がズレてしまった後の乱心ぶりが哀しい。同様に、いつでも冷静なツッコミ役だった刑事の誠司も、過去の大切な思い出を失うとともに権力の鬼へと変わっていってしまう。
「友情と思い出」を主軸に
作・演出の加東岳史は公式HPにて、本作のテーマは「友情と思い出」だと語っている。男3人の熱い友情を軸にしているのはもちろん、注目したいのは雫と結惟(押しかけ女房的な卓馬の助手)の友情である。このふたりが友情を育むのは、面倒見のいい結惟が雫を放っておけずにあちこち連れ回してデートする、というワンシーンのみ。まもなく雫の能力の影響で世界線がズレることによって、ふたりは出会わなかったことになってしまう。それでも、最後に雫が一歩を踏み出すのはこの短い友情のためなのである。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
卓馬がガキの頃からの親友ふたりのために命を懸けるように、雫も生まれて初めての友達に対して強烈な愛着を抱いている。初恋にも似た一方的な想いは、別れ際の表情に痛いほど表れていた。友情は長さだけで決まるものではなく、たったひとつの思い出が半永久的に心を温めることもある。思い出に溢れた男3人の友情と、きれいに対称系を描く関係性が心に残った。
そして後でちょっと驚いたのは、結惟役がダブルキャストだということだ。相手役がふたりいる……ということは、人間が違う以上同じ友情が育まれるはずはないので、下拵えが2倍必要。役者にとっては大変だが、観客にとってはまた全然違った見どころが存在するということである。ますます、Bチーム版も見てみたくなった。
万人に共通する心の化学式
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
物語は後半で大きく加速し、警察とヤクザの本格的な衝突へ。登場人物15人で、街を巻き込んでの銃撃戦というスケールの大きなシーンが展開される。プロジェクションマッピングはやらないし、舞台は回転しない。ミュージカル風に歌って踊るわけでもなく、スタイリッシュな映像を流して時間経過を表現するわけでもない。歌や映像を使わずに、音響照明と走る役者で見せる! という、昔ながらの小劇場演劇らしい手法である。それがとても潔く、余白の多さが、かえって観客ひとりひとりの脳内での補完を促す。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
舞台は階段のついたお立ち台3つという抽象美術。これがシーンによって、事務所のデスクになったり、ラーメン屋のテーブルになったり、自在に見え方が変化する。クライマックスでは、アクション映画のラストで出てくる廃工場的なモノがしっかり見えた気がした。客席とイメージを共有できるのは、それまでに丁寧にシーンを重ねて、観客の「OKこういう雰囲気ね!」という了解を引き出せているからだろう。劇団GAIA_crewは「お客様が楽しんで笑えて、ちょっとホロリと泣けて、何かが心に残る芝居」を目指しているという。ベタと言われることを恐れない真っ直ぐな姿勢は、世代を問わず多くの人の心を動かすのではないだろうか。
『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』ゲネプロより
ラストは、桜の下で立つ結惟の姿で幕。繰り返しの果てに、自身の存在と引き換えにして皆が幸せになれる世界を選んだ卓馬が、桜の花びらになって彼女の頭を撫でる美しいシーンだ。すっかり人物のひとりひとりに感情移入して、切ない思いで劇場を後にした。
あぁ、ラーメンが食べたい
観劇後の23時、無性にラーメンが食べたくなった。ラーメン屋に入ろうかと思ったけれど、なんとなく、大切な友達と行きたいような気がして日を改めることにした。劇団GAIA_crew『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』をラーメンに例えるなら、劇中で卓馬が注文していた“いつもの”、大盛りラーメン味玉トッピングニンニク多め……に近いかもしれない。食べると心が熱くなり、街をスーツのまま走りたくなるようなスタミナメニューだ。筆者にとっては、作品という器の中で、旨味とインパクトをくれる味玉のような存在がHikaru//だったと感じた。
秋にはHikaru//の初舞台企画『TRIGGER』の第2発目として、Creative Company Colors『アンビエントボーダー』が上演される。そちらには本作『GOOD LUCK YOUR MEMORIES :Re』の一部キャストも出演するという。鮮やかな軌跡を残したHikaru//の銃弾、次はどんな風に観劇者を撃ち抜いてくれるのかが楽しみである。

​​取材・文=小杉美香 撮影=大塚正明 (c)GAIA_crew

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