『スコットランド国立美術館 THE G
REATS 美の巨匠たち』内覧会レポー
ト 名画で心に虹が架かる

2022年4月22日(金)から7月3日(日)まで、上野の東京都美術館にて『スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち』が開催中だ。本展の魅力は、巨匠たちの名画を堪能できるのはもちろん、日頃フィーチャーされることの多くないスコットランド美術の流れについても概観できるところだろう。ここでの出会いをきっかけにスコットランドをもっと知りたくなるような、非常に満足度の高い展覧会の様子をレポートしよう。
イギリスの最北端に位置するスコットランド
スコットランドはイギリスを構成する3つのカントリーのうちのひとつで、ざっくり言えば “グレートブリテン半島の上のほう” に位置している。
展示風景
その首都エディンバラにあるスコットランド国立美術館には、世界各国の大美術館と決定的に異なる点がある。それは、もともとあった王室コレクションをベースにしたのではなく、国民らにアートの素晴らしさを広めるべく、ゼロから構築された美術館だという点だ。しかも1859年の開館以来、当分の間は国からの美術品購入予算が下りなかったというのも驚きである。スコットランド国立美術館は、民間からの寄付や遺贈、まごころで成り立ってきたのだ。
往時の館内の様子がわかる、アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》1885年
美術館の紹介ムービーでは、開館以来ずっと変わらないという展示室の赤い壁を、スコットランドが芸術にかける “情熱の色” と表現しているのが印象的だった。映像ではほかにも、自分の愛犬の肖像画を恒久展示する条件と引き換えに莫大な寄付をした富豪の話など、作品収集に関するユニークなエピソードが聞けて面白い。
イタリア・ルネサンスの名品が揃う
展示風景
今回来日している作品は、油彩・水彩・素描あわせて約90点。本国スコットランドでの展示順にならって、大きな時代の区分に沿って展示されている。まずは16世紀を中心とした、ルネサンス期のチャプターから見ていこう。
アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》1470年頃
見どころのひとつは、ヴェロッキオに帰属されている聖母子像だ。ヴェロッキオと言えば、若き日のレオナルド・ダ・ヴィンチの師匠としても知られる画家。ちょうど聖母の合掌した手元に遠近法の消失点を設定することで、人物の存在感をグッと高めているのが上手い。この作品は、著名な評論家のジョン・ラスキンが所有していたことから「ラスキンの聖母」とも呼ばれている。
エル・グレコ《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》1600年頃
キリスト像は何を持っているかで意味や呼び方が変わるが、球体を持ったキリスト像は 「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」という主題に分類される。球体(世界)をヒョイと片手に載せた多くの作例とは違って、エル・グレコの描いたキリストは世界の頭を撫でているようだ。さらによく見てみると、左眼には涙がいっぱいに溜まっているようにも見える。深い慈しみを感じる一枚なので、ぜひ近くで観察してみてほしい。
明暗で描き分ける、心と手触り
展示風景
続いては17世紀バロックの時代。本展の担当学芸員・高城靖之氏(東京都美術館)(正式表記ははしごだか)による見どころ解説タイムで、まず名前が挙がったのがベラスケスの《卵を料理する老婆》だ。こちらは本展が日本初公開なのだそう。
ディエゴ・ベラスケス《卵を料理する老婆》1618年
スペインの巨人・ベラスケスがまだ18〜19歳のころに描かれたというこの作品。物の質感が “手に取るようにわかる” とはこのことである。高城氏曰く「鍋の中に落とした卵が固まりかけている部分の描写が、特に素晴らしいので注目してほしい」とのこと。「何でも描けるぜ!」と自らの力量を世に知らしめたかった若きベラスケスのヤンチャな野心もまた、手に取るようにわかる。
レンブラント・ファン・レイン《ベッドの中の女性》1647年
こちらはレンブラント《ベッドの中の女性》。片手でカーテンを持ち上げる仕草には、居酒屋ののれんを持ち上げくぐる姿のようだが、実はここに描かれている状況はとんでもなく重い。結婚初夜のたびに通算7回も悪魔に新郎を殺されてしまった花嫁サラが、8人目の新郎と悪魔の戦いを見守っているところである(聖書「トビト記」)。半分陰になった彼女の表情には、緊張と少し先取りした悲しみと、打ち消しきれない期待の全てを読み取ることができる。
「グランド・ツアー」に見る優雅さ
展示風景
続く18世紀は、美術史的にはロココの時代とされることが多いが、本展ではこの章を「グランド・ツアーの時代」と銘打っている。英国ではこの頃、富裕層の若者たちがヨーロッパ周遊の旅に出て、審美眼や洗練された教養を身につけることが嗜みとされていたそう。ここでは当時の彼らの視点に立って、パリの優雅な貴族社会や、芸術の中心地イタリアへの憧れを感じることができるだろう。
フランソワ・ブーシェ《田園の情景》左から:「愛すべきパストラル」1762年、「田舎風の贈物」1761年、「眠る女庭師」1762年
パリの貴族階級を中心として大流行した、甘く優しい芸術ロココ。ロココ絵画といえば、天気のいい屋外で罪のなさそうな男女が愛を囁き合っているのが基本スタイルである。こちらのブーシェの3作品は、まさに王道! もとはそれぞれ独立した絵画だったものを、のちにサイズを整えて連作風に仕立てたのだそう。いずれも牧歌的な恋の一コマを情趣たっぷりに描いている。
フランソワ・ブーシェ《田園の情景(「眠る女庭師」)》(部分)1762年
右側の《田園の情景(「眠る女庭師」)》より。無防備に眠る美女と猫が愛らしい。けれど横で犬(忠愛の象徴)が吠えかかっているところを見ると、おそらく猫(気まぐれの象徴)を抱くこの女性は寝たふりをしているだけなのでは……。この距離で吠えられて起きないのは不自然だし、何よりこの寝顔はあざと過ぎる。男性の今後が少し心配である。
ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》1780-81年
本展のもうひとつの目玉であるレノルズの作品も、このチャプターにある。ジョシュア・レノルズは18世紀英国を代表する画家で、ロイヤル・アカデミーの初代会長として古典的な美の規範を広めた。ちなみに、ひとつ前のチャプターにはレノルズが敬愛した過去の巨匠ヴァン・ダイクによる肖像画が展示されているので、比較してみるのも興味深い。
刺繍を嗜む女性たちは肌と一体化するような白いドレスを纏い、丸テーブルを囲んでゆるく輪になっている。これは当世の美人三姉妹のポートレートに、神話の三美神のイメージを重ねる狙いだろう。レノルズは当時は格下のジャンルとされていた肖像画に、神話画の要素を取り入れることで作品の格を引き上げているのである。
ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》(部分)1780-81年
内側から発光するような肌の美しさは、ぜひ間近で。陶器肌を引き立てるように、盛り上げた頭頂部の髪の毛などは、素早い筆致でエアリーに仕上げられている。中央にいる女性のデコルテのほくろがまたセクシーだ。
スコティッシュを召しませ
第4章「19世紀の開拓者たち」では、社会の変化に伴って多様化していく美術の流れを追いかける。味わい深いのは、ターナーとコンスタブルの風景画が並ぶ一角だ。ふたりの巨匠はともにイギリス南東部出身で、齢も1歳しか離れていない。ターナーはたびたび外国を巡り、風景の中のドラマティックな一瞬を革新的なタッチで画面に写しとった。一方コンスタブルは生涯祖国に留まり、思い入れある風景をありのまま描くことでキャンバスに深い精神性を宿らせた。それぞれが、当時の主流だった古典主義絵画から脱し、理想化せずに世界を捉えようとしているのがわかる。
左:ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《トンブリッジ、ソマー・ヒル》1811年 右:ジョン・コンスタブル《デダムの谷》1828年
さて。ヨーロッパの巨匠たちを踏まえて、イングランドからは優雅さと古典的な均整を重んじたレノルズ、その反動としてロマン主義に向かったターナー、自然主義に向かったコンスタブルらの作品が登場したけれど……。それでは、純正・スコットランド国産の画家には、どのような人がいるのだろうか?
そのひとつの答えが、フランシス・グラントだ。グラントはスコットランド出身の画家で初めて英国ロイヤル・アカデミーの会長に選ばれた、スコットランドにとって唯一無二の存在である。
フランシス・グラント《アン・エミリー・ソフィア・グラント(“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》1857年
このほぼ等身大の女性像は、グラントが結婚を目前に控えた愛娘の姿を描いたもの。雪曇りの空と、朱色がかった赤のペチコートがばっちり決まっている。本作はグラントの代表作であると同時に、画家自身が生涯手元に置き続けたという、父親の想いが深く刻まれた逸品でもある。
展示風景
隣には、同じくスコットランド地産の画家・レイバーンによる大きな肖像画も。これらの堂々たる作品を眺めると、レノルズから続く古典的で端正な画風が、19世紀のスコットランド美術界で主流だったことがうかがえる。ほか、スコットランドの画家たちの作品は第4章前半にまとめられているので、ぜひじっくりとご堪能あれ。
会場をパッと華やかにする、印象派
19世紀のチャプター後半では、美術館が誇る印象派・ポスト印象派らの作品も見ることができる。会場をパッと華やかにする作品を、一部紹介しよう。
クロード・モネ《エプト川沿いのポプラ並木》1891年 ※東京会場のみ展示
印象派の絵画といえば、やはりモネは外せない。スコットランド国立美術館でも、1925年に初めてコレクション入りした印象派絵画はモネの作品だった。本作はモネがポプラ並木を描いた連作のうちのひとつで、光の加減から、季節はおそらく春の終わり頃と考えられるという。ちょうど本展の会期によく似合った風景画と言えそうだ。
ポール・ゴーガン《三人のタヒチ人》1899年 ※東京会場のみ展示
こちらは鮮やかな色彩が魅力的な、ゴーガンの《三人のタヒチ人》。後ろ向きの男性の両サイドに立つふたりの女性は、マンゴーを手にした誘惑する存在(左)と、指輪を身につけた義務・責任を象徴する存在(右)を表しているという。なんとなしに左の女性へ気が向いている男性の素振りが微笑ましいような……。
エドゥアール・ヴュイヤール《仕事場の二人のお針子》1893年
会場には、ほかにルノワールやドガの作品も(ドガは東京会場のみ)。ヴュイヤールの《仕事場の二人のお針子》の意外な小ささに驚くのも、美術館で実物を前にした時ならではの喜びである。
エピローグに佇む、ナイアガラの滝
フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年
そして、最後に展示されているのはフレデリック・エドウィン・チャーチの大きな滝の絵だ。サイズは約257cm✕227cmあり、見上げていると景色に飲み込まれそうになる。個人的には、この一枚を見るためだけでも本展へ足を運ぶ意味が十分あると思ったほどだ。
フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》(部分)1867年
左手の絶壁にツバメの巣がせり出している? と思いきや、展望台にいる男女の姿でびっくり。こんな圧倒的な景色の前では、人間のサイズ比さえわからなくなってしまう。あまり乗り出すと危ないですよ!
フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》(部分)1867年(部分)
水を叩きつける轟音や、ムッと立ち込める水飛沫まで感じさせる画面。そして自然の厳しさや激しさを感じるほどに、画面の右隅に架かる虹が美しい……。フィナーレにふさわしい、清冽なインパクトのある作品だ。
チャーチはアメリカの画家であり、描かれているのはナイアガラの滝なので、スコットランドとの関連は特になさそうに思える。けれど本作が締めくくりの一枚として配されたのは、その来歴ゆえである。この絵の所有者だった実業家ケネディ氏はもともとスコットランド出身で、渡米してアメリカンドリームを掴んだのだという。そして氏の晩年、祖国への愛を込めてこの作品が寄贈され、本コレクションに彩りを加えることとなった。開館当初と変わりなく、やっぱり今もこの美術館は人々の愛と情熱で支えられているのだし、これからも歩みを止めることはない。そんな想いを感じさせてくれる展示だった。
展覧会特設ショップ
『スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち』は、上野の東京都美術館にて、2022年7月3日(日)まで開催。その後、神戸、北九州への巡回を予定している。
本展で出会えるのは、王室コレクションでも財閥コレクションでもなく、スコットランドが “みんなで丁寧に育んできた、国のコレクション” である。それを実際に目にできる価値は大きいのではないだろうか。

文・写真=小杉美香

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