大月ひなた役の川栄李奈(左)とアニー・ヒラカワ役の森山良子 (C)NHK

大月ひなた役の川栄李奈(左)とアニー・ヒラカワ役の森山良子 (C)NHK

【連続テレビ小説コラム】「カムカム
エヴリバディ」最終週 「3世代の物
語」が浮き彫りにした平和の尊さ

 4月8日、約半年にわたって放送されたNHKの連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が大団円のラストを迎えた。胸熱くなる“アニー・ヒラカワ”こと安子(森山良子)と娘・るい(深津絵里)の再会や、自分の進むべき道を見つけたひなた(川栄李奈)の活躍、物語を彩ってきた登場人物たちのその後など、3世代100年の物語を締めくくる最終週は怒濤(どとう)の展開だった。そして、最終回に当たる9日土曜日の総集編の最後に掲げられ、全編を締めくくったのは、劇中に繰り返し登場した物語の核となる次の言葉だった。
 「ひなたの道を歩けば、きっと人生は輝くよ」
 この「ひなたの道」の意味については第90回、ひなたと別れて映画村を去った五十嵐文四郎(本郷奏多)に、ひなたの父・錠一郎(オダギリジョー)が次のように語っている。
 「これから、いろんなことがあると思うけど、それが、五十嵐くんの選んだ道やったら、きっとそれが…それは、五十嵐くんのひなたの道になるから」
 やぼを承知で筆者なりの解釈を書けば、「自分らしく生きることが、人生を素晴らしいものにする」といったところだろうか。
 だが、一口に「ひなたの道を歩く」と言っても、それがそう簡単でないことは、ドラマを見ていた人ならよく分かっているに違いない。ひなたのように自分のやりたいことがなかなか見付からなかったり、五十嵐のように思ったように前に進めなかったり、錠一郎のように想定外の出来事で開けていた道が閉ざされたり…。視聴者の中には、身に覚えがある人も少なくないはずだ。
 つまり「カムカムエヴリバディ」とは、登場人物それぞれが悩み、苦しみながらも自分の“ひなたの道”を探し求める物語だったと言える。
 その中で最も困難な道を歩んだのが、戦争に運命を翻弄(ほんろう)された初代ヒロインの安子(後のアニー・ヒラカワ/上白石萌音)と言っていいだろう。
 和菓子屋の娘に生まれ、温かな家族に囲まれて幸せに育ち、あんこが大好きな少女だった安子の人生は、戦争で一変する。結婚間もない夫の稔(松村北斗)や両親など、大切な家族を失い、戦中から終戦直後にかけては苦難の連続。懸命に自分の幸せを追い求めようとしたものの、一度狂った運命の歯車は元には戻らず、一人娘のるいとは誤解が原因で悲痛な別れを迎える…。朝ドラとは思えない衝撃的な幕切れとなった安子編のラストは、今思い出しても胸が痛くなる。
 第1回ラストのナレーションで「安子は、この上なく幸せな女の子でした」と紹介された安子がその後、あれほど過酷な人生を歩むとは、一体誰が想像しただろうか。
 最終的には誤解が解け、安子がるいと涙の再会を果たしたのはご存じの通り。だがそれが実現したときには、悲痛な別れから50年以上がたっていた。しかも、彼女の人生を変えてしまった兄・算太(濱田岳)や、義弟・勇の妻・雪衣とは二度と顔を合わせる機会のないまま終わっている。戦争が人の一生に及ぼす影響の大きさを、まざまざと教えられた。
 また、本作は「3世代、100年の物語」という触れ込みの通り、映画や朝ドラ、ヒット曲など、各時代を象徴する文化や風俗を取り入れながら物語が進行した。その一方で、阪神淡路大震災や東日本大震災のような社会に大きな影響を与えた数々の災害や事件、出来事はほとんど描かれていない。その中で唯一、明確に描かれたのが「戦争」だった。
 それにより、人の運命を大きく変える「戦争の罪深さ」がさらに際立つこととなった。物語が連続していた2代目ヒロインの“るい編”と3代目ヒロイン“ひなた編”とは異なり、“安子編”と“るい編”の間が完全に断ち切られていたことも、その印象をより強くする。
 戦後70年を越えた今、戦争を語り継ぐことの難しさがしばしば話題になる。そんな中、本作は「3世代の物語」という形を取ることで、単独のヒロインでは伝えきれない「数十年にわたる戦争の悲劇」という新たな視点を獲得し、「平和の尊さ」を改めて浮き彫りにした。その意味でこれもまた、半年間毎日続く朝ドラにしかなしえない物語だったと思うのだ。
(井上健一)

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