シドらしい、シドにしかできない“令
和歌謡”をコンセプトにした2年半ぶ
りアルバム『海辺』はいかにして最新
傑作となったのか?

なんてシドらしい、そしてシドにしかできないコンセプトだろう。前作からおよそ2年半ぶりのニューアルバムは、“令和歌謡”をコンセプトに掲げた『海辺』。マオ(Vo)の言葉とイメージを発火点に、Shinji(Gt)、明希(Ba)、ゆうや(Dr)がそれぞれの楽曲でイメージを広げ、シドの持ち味である歌謡路線をたどりつつ、まったく新しい音楽的チャレンジを多数含む意欲作。『海辺』はいかにして、シドの最新傑作となったのか? その真相を、メンバー全員にリモートで訊いてみた。
――素晴らしいアルバムができましたね。それぞれ、完成した手応えを語ってもらえますか?
マオ:オリジナルアルバムとしては、約2年半空いたんですけど、2年半という期間は、普通に考えたらそこまで長い期間ではないと思うんですが、シドにとってはすごく長くて、いろんなことが起こった2年半でした。その中で、コロナであったり、前のツアーであったり、いろんな経験をしながら得たもの……音楽もそうだけど、言葉も、感情みたいなものも、無駄にならずにしっかりと一枚のアルバムに詰め込めたかなと思っています。その軸の部分には、ファンのみんなとシドの関係性というものが色濃く出ているので、そこがぎゅっと詰まった、まさに愛のアルバムになったのかなと思っています。
明希:シドを19年やってきて、まだ新鮮な気持ちになれる、まだ発見がある、まだやっていないことがあるんだな、ということを再認識できたアルバムですね。僕たちの新たな指針になるアルバムになったんじゃないかなと思います。
Shinji:“令和歌謡”というコンセプトの中でやったんですけど、僕らはこういう歌謡テイストのものは、わりと得意なほうなのかな? という気はしていて。そこを武器としてやれるアルバムというのは、非常に楽しかったです。かといって、既存の感じにはない新しさもちゃんと取り入れられていて、今まで聴いてくれているファンのみんなはもちろんですけど、聴いたことのない人にも届いてほしいなと思っていますね。
ゆうや:こんな世の中ですけど、すごく前向きで、未来へ進んでいくシドを見せられたのかな、という感覚です。
シド/マオ(Vo)
ファンのみんなとの絆は、次に僕たちがステージに帰って来る時までこのアルバムが繋げてくれると信じているので、みんなも信じて待っていてほしい。
――ありがとうございます。では、アルバムのコンセプトの話を、マオさんに訊きますね。去年のツアーですでに新曲を何曲かやっていましたが、あの時点でアルバムのコンセプトは決まっていたんですか?
マオ:どうだったかな? なんとなく、出ていた気はしますね。
――全体のテーマが先ですか? それとも、曲が先?
マオ:今回は、テーマ先行でしたね。僕が出したテーマに対して、作曲者のみんなに「こういう曲、書けたりするのかな?」というふうにお願いして、そこから始めていきました。10曲を全部そこで書き下ろしているわけではないんですけど、10曲以上のテーマがあって、その中から、たとえば「これとこれを組み合わせてみようか」とか。そこからは、けっこう自由に書いてもらいました。
――そもそも、そういう作り方をしようと思ったきっかけは?
マオ:きっかけは、言葉を軸にしたアルバムを作りたい、ということでしたね。シドのアルバムは、過去作品ももちろん言葉を大事にしてきたんですけど、言葉から先に始まったか? というと、過去にはそうじゃないものが多かったので。今回は、言葉から始まるという、入口から変えてみたら面白いんじゃないかな? というところで。じゃあ言葉を書くにはどういうテーマがいいのかな? ということを僕が考えて。なので、軸にあるのは“言葉”ですね。
――“令和歌謡”というワードは、そこで生まれたものですか?
マオ:そういう話をしている時に……もともとシドは、歌謡曲テイストの曲をけっこうやってきているので、それをなぞるのも違うけど、その武器を今あらためて使っていくのも面白いかな? という。その両方のいいとこ取りってどこなんだろうね? という中で、ポンと出てきたワードが令和の歌謡曲=令和歌謡で、「それいいじゃん!」ということになって、決まった感じです。
――なるほど、わかりました。ここからは、作曲者ごとに深堀りしていきます。まずは1曲目「軽蔑」の明希さん。これはマオさんが言ったように、テーマが先にあって、それから曲を書いていったものですか。
明希:そうですね。テーマ先行でした。
――面白い曲ですよね。三拍子と四拍子が交錯しながら、進んでいくという。
明希:曲を作っていくと、いい意味での王道というものがずっと残っていくというか。Aメロ、Bメロ、サビという構成だったり、四分の四拍子で始まったら、四分の四拍子で終わるのがセオリーじゃないですか。シドは持ち曲がたぶん百何十曲あると思うんですけど、ここでアルバムの1曲目で、一瞬でハッとさせるものを作るには、そこ(王道)を崩さないといけないなって、よく思うんですよね。その前に出たシングルの「慈雨のくちづけ」も、普通じゃない構成で書いたりしていて、そういうところから見直そうと思って作ったのが「軽蔑」という曲です。四分の四拍子と、僕は三じゃなくて六でとらえているんですけど、八分の六拍子とを組み合わせたリズムの曲を作ったら面白いかなと思って、そこからメロディを考えていきました。
――なるほど。
明希:元になる拍が違うと、乗って来るメロディも全然違うものになるので。しかも最近、仮歌を入れなくなってきたことが、自分は多いんですよ。手癖と同じで、歌癖というものが自分にも少なからずあって、そういうものを排除したくて。ピアノだけでメロディを弾いて、ヴォーカリストに聴かせて歌ってもらうと、語尾の端々が違うんですよね。いつもの自分っぽさというものが消えることで、ちょっとしたところが違ってきて、その要素が散りばめられてくると、全体で見渡した時に聴こえ方が変わってくるんです。仮歌を入れずにヴォーカリストに渡して、初めて歌が入った時のその感じがすごくいいなと思って、そうするようになりました。そういうふうに、いろんなものを少しずつ崩しながら、新しいものを作ったのが「軽蔑」ですね。
――いやあ、まんまと1曲目でハッとさせられました。
明希:よかったです。1曲目のイメージは少しはあったんですけど、メンバーに提示した時に「これが1曲目でいいんじゃない?」と言われたので。
――マオさん、「軽蔑」の歌詞はどんなテーマで書いたものですか?
マオ:タイトル通り、“軽蔑を叩きつける”というのがテーマなんですけど、その中で、最初はあまり強くない女性が、どんどん強くなっていくような、そういう物語にしたかったんですよね。それを表現したくて書きました。
シド/Shinji(Gt)
シティポップみたいな大枠のテーマは最初にあって、その上でシドらしさ、自分らしさを出したいなと思って、ギターのアレンジも楽しげになっています。
――ではShinjiさん。「街路樹」について訊かせてください。本当にいい曲ですね。シティポップ感の香るような。
Shinji:そう言っていただけると、うれしいです。シティポップみたいなものは、大枠のテーマとして最初にあって、その上でシドらしさ、自分らしさを出したいなと思って、ギターのアレンジも楽しげになっていますね。ミュートの感じとか、面白い感じになってます。
――マオさん、「街路樹」の歌詞は?
マオ:「街路樹」は設定がすごく細かくて、一つのドラマの脚本を書くようなイメージで書きました。失恋した女性が、新しい恋に向かっていく話なんですけど、そこで“失恋しちゃった、新しい恋を始めよう”という単純なものにはしたくなくて。その間の気持ちをどうやって表現しようか? というものを、深くまで掘り下げてみました。それと、いろんなワードが出てくると思うんですけど、わりと“秋”を連想させる歌詞だと思うんですね。なので、移りゆく女性の心を秋の空と重ねて、うまい具合に混ざり合って、聴き手の方にじわっと沁みてくるような歌詞を書きたいなと思って書きました。
――すごく絵が浮かびます。では、ゆうやさん。「白い声」について訊きたいです。静かに始まって、どんどんエモくなっていく壮大なバラード。これはどんなふうに?
ゆうや:「白い声」は、このテイストのメロディを最大限に活かしたくて、“来るのかな? 来ない?”みたいな。だいたいあの流れでいったら、サビでドン!と来るはずなのに来ないという、そういうものがやりたかったんですね。“まだ悲しみは続くんだな”というものが作りたくて。
――ああ、なるほど。まさに。
ゆうや:そうなんです。そういう流れの曲は、あまり作ったことがなかったので。一体いつになったら、バンドがドン!と来てくれるんだろうな? というような。でもそれって、たぶんバンドだからそういうふうに思うだけで、たとえばソロシンガーの人のアレンジなら、僕だったらこうするなと思って、こんな感じにしてみました。
――マオさん、「白い声」の歌詞については?
マオ:これは王道のバラードだったので、いい意味で王道のバラードを書きたいなと思いましたね。
――「街路樹」は秋ですけど、「白い声」は冬ですか。
マオ:そうですね。一つ挙げるとすると、一行目に《かじかむ爪先》という歌詞があって、よく“指先がかじかむ”と言うんですけど、長時間待っていると、爪先のほうがじんじんしてくるので、この曲だけではないんですけど、いろんな曲の歌詞を読んでいくと、僕の歌詞って、そういう細かいところを楽しんでもらえると思うので。アルバムって、そういうところをどんどん深堀りしていけるところが良さだと思うので、細かい仕掛けはいっぱい、全曲にしてありますね。
――なるほど! たとえば? って訊いてもいいですか? ほかの曲で、細かい仕掛けについて。
マオ:ほかの曲ですか?(笑) そうだなあ、「揺れる夏服」で、《乾いた喉に/流し込むその仕草》という歌詞がありますよね。それは、女性が何かを飲む時の仕草が、僕にはすごく艶っぽく見えるんですよ。それってなぜかな? と思った時に、必ずあごが上がって、無防備な感じになるんですね。何か飲む時は、どんな女性でも。その無防備な感じが、たとえば浴衣からのぞくうなじのように、女性特有のか弱さだったり、守ってあげたい感じを感じるので。そういうものをどういうふうに遠回りして伝えようかというところで、そういった表現にしてみたりとか。ほかにももっと、いろいろありますけど、たとえばそういう感じですかね。
――ありがとうございます。さらに深堀りする楽しみが増えました。そしてマオさんには、続けて、アルバムを締めくくるタイトル曲「海辺」について訊きます。これも非常にドラマチックな、美しい画の見える、聴き終わったあとの余韻のすごい曲です。これはどんなイメージで?
マオ:これは、テーマ出しの時点では、さざ波の音の中でゆったりと揺れているような曲、みたいなものだったと思うんですけど。そこから「海辺」という、果てしなく広がるものを包み込んでくれる、愛の象徴としてたとえて。そこに流木という、傷だらけで流れ着いたものがあって、いろんな形の流木が流れ着いてくるのが、人生そのものに重ねることができるテーマなのかな? というふうに思ったところから広げていきましたね。ほかの曲は、一対一の恋愛であったり、物語に入り込むような愛がテーマだったりするんですけど、この曲に関してはもっと壮大な“愛”というものを書いてみても、キャリア的にもそろそろいいんじゃないかな? というところで、書いてみました。
シド/明希(Ba)
「海辺」は、今までのシドのアルバムにはなかった余韻をもたらす曲なので、このジャンルは有りだなと思いました。
――作曲者の明希さんは、この曲をどんなふうにとらえていますか?
明希:歌詞の細かい世界は、曲を作ったあとのことなんですが、最初のキーワードとして情景が見える音というか、マオくんがいろんな言葉を、言葉から感じる音、というような文章を箇条書きにしたものがあって、それを読みながらイメージをふくらませていきました。アルバムは10曲なんですけど、その箇条書きの文章で言うと、もっとあったんですよ。一個のキーワードに対して1曲作っていたら、アルバム1枚では収まらなくなるから、僕の中で一つひとつをチョイスしてミックスしていく作業もしていたんですね、自分で勝手に。その中で“さざ波の音”だったり“本をめくる音”だったり、まるでそこにいるような雰囲気を、聴いていて感じるような曲を、きっと求めているんだろうなと思った時に、「海辺」という曲のイメージを思いついて。波の音から始まって、そこから4人がどういう佇まいで演奏するかを考えながら、曲をどんどん形にしていきました。
――はい。
明希:自分の中で、今回のアルバムのラストはどういう佇まいだろう? ということを勝手に思っていたんですけど、それが「海辺」のような、ちょっとシューゲイザーっぽいようなものだった。そういう終わり方をしたことが今までになかったし、今までのシドにはないジャンル感を最後に持ってきたいなと思ったので、アレンジの方向性を、マオくんからもらったアイディアから広げていきましたね。
――この余韻は、ものすごく深いです。
明希:今までのシドのアルバムにはなかった余韻をもたらす曲なので、このジャンルは有りだなと思いました。
――イントロのベースの、単音弾きもいいですね。すごくイマジネイティブ。
明希:あの奏法は、タッピングっぽい感じで弾いてるんですけど、僕はあんまりそういうものをやらないので、新鮮でしたね。
シド/ゆうや(Dr)
「液体」は、本当にぶっつけでやって、2テイクぐらいしか叩いていないので、とてもライブ感があると思います。
――せっかくなので、アルバム全体の中で“演奏して楽しい”もしくは“難度が高い”とか、演奏面でのエピソードも訊きたいですね。Shinjiさんは?
Shinji:1曲目「軽蔑」が、アルバムの中では一番難しい曲で、できた時の達成感はすごかったです。あの曲はキーボードの音から始まって、わかりにくいかもしれないですけど、ギターでユニゾンしているんですよ。そのユニゾンが、オルタネイト(・ピッキング/アップとダウンを交互に繰り返す奏法)で行きたいフレーズなんですけど、そうすると、邪魔な音がするんですよ。それを全部ダウンで弾くときれいになるんですけど、そうすると、かなりの肉弾戦になるんです(笑)。そういう肉体的な難しさがあって、苦労したのを覚えていますね。
――ゆうやさん、どうですか。プレイヤー的には。
ゆうや:僕も、「軽蔑」は難度が高いなと思うんですけど、別の曲を挙げるとすると、「液体」かな。僕は自分で作った曲に限らず、ほかの人が作った曲でも、ドラムのレコーディングに入る前には、フレーズをしっかり作っていくんですよ。家で打ち込んで、しっかりと構築するタイプなんですね。でも「液体」に関しては、自分が作った曲でもあって、完全に楽曲を把握していたので、ドラムのフレーズを作らないでレコーディングに挑んでみたんです。なので、本当にぶっつけでやって、2テイクぐらいしか叩いていないので、とてもライブ感があると思います。そこは、聴きどころなんじゃないかと思いますね。
――マオさんは、歌の面で気に入っている曲は?
マオ:全曲、気持ちよく歌ったんですけど、ライブで楽しみなのは「白い声」とかですね。なんとなく想像できるのは、そんなに照明でバキバキに照らされたステージではなく、暗転の中でピンスポットが当たって、僕のブレスの音から始まる曲なので、そのブレスを会場のファンのみんなが息を呑んで待っている、というようなイメージが出てきますね。
――最高ですね。期待します。最後に、アルバムが出て、いつの日か実現するであろうライブを待っているファンのみなさんへ、メッセージをお願いします。
マオ:はい。久しぶりに作ったアルバムが、僕ら4人とも大満足な仕上がりになったわけですけど、シドの場合はいつもそうなんですけど、アルバムを作って、リリースして、そこでアルバムが完成するわけではなく、ファンのみんなが受け取ってくれて、それぞれの中で、歌詞もメロディも演奏も歌も、すべてを自分の中に入れて、“僕のアルバム”“私のアルバム”というふうに心の中に残った時に、シドのアルバムが完成したというふうに初めて思えると思っているので。そういうファンのみんなとの絆というものは、しっかりとこのアルバム一枚で、次に僕たちがステージに帰って来る時まで、繋げてくれると信じているので、みんなも僕たちのことを信じて、待っていてほしいです。
取材・文=宮本英夫

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