[Alexandros]川上洋平、北欧発の戦慄
のイノセントホラー『ハッチング―孵
化―』について語る【映画連載:ポッ
プコーン、バター多めで PART2】

大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回は、完璧で幸せに見える家庭で抑圧された少女が主人公の北欧発の戦慄のイノセントホラー『ハッチング―孵化―』について語ります。まずは、読者の方から送っていただいた本連載へのメッセージの話題からお届けします。
『ハッチング―孵化―』
――先月はカワカミー賞の回でしたが、その前の回の『ドント・ルック・アップ』を取り上げた回にメッセージが来ていて。2月7日の9時10分にspice_info@eplus.co.jpに送っていただいたメールの一部を紹介すると、「レオナルド・ディカプリオ主演なのに最初の10分くらい認識できなくて『レオ様まだ出てこないの?』と(笑)。それくらいうだつのあがらない大学教授役がハマってましたね」と。
あははは。
――「他も豪華キャストですが、それぞれに“こんな人いそう”な感じが出ていて、上手いなぁと思いました。そして冴えないオジサン教授が不倫の末に小綺麗になっていく様はさすがレオ様でした!」と。 ※前々回の連載はこちらから
メッセージありがとうございます。今は気軽に配信で映画が観れちゃうから、逆に「何を観たらいいんだろう」って困ってる人も多いと思うんですよね。この連載はそういう人のために「こういう気分の時はこういうのがいいよ」とか、ちょっとしたコンシェルジュとかソムリエ的な立ち位置でいられたらなと思ってます。だからおすすめした作品のことを「良かったです」って言われると嬉しいし、逆に「私には合わなかったです」みたいな意見があっても人それぞれでおもしろい。とりあえず観てくれたのが嬉しいんですよね。
[Alexandros]が主題歌をやらせてもらった『グッバイ、ドン・グリーズ!』の主演の花江夏樹さんとLINEで結構やりとりしてるんですけど、僕がおすすめするサスペンス系の映画がめちゃくちゃ花江君にヒットしてて。「今のところ外れがない」って言ってくれてるんです。例えば、僕がリアルタイムで観てた『ユージュアル・サスぺクツ』とか『セブン』を花江君の世代は古い映画だと捉えてて。だから、僕の世代にとってはメジャーなサスペンス映画を観たことない場合も多くてヒットしやすいんですよね。僕としては、今でもすごい映画だと思う『ユージュアル・サスぺクツ』や『セブン』を今初めて観れるのが羨ましかったりもする。あと、エドワード・ノートンの映画デビュー作であり出世作でもある『真実の行方』もおすすめしたんですけど、「これを今おすすめできるって幸せだな」と思いつつも、自分も歳を取ったんだなという憂いも感じて(笑)。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかも僕の世代は観てて当たり前だけど、下の世代にとってはそうじゃない。そういったビンテージな映画を下の世代におすすめすることで、「じゃあ観てみようかな」って思ってもらえるのはすごく嬉しいことだし、「すごい映画ですね」って感想をもらえたりすると「下の世代もそう思うんだ?」っていう発見にも繋がる。その映画が後々の映画に大きな影響を与えてるんだってことに気付いてもらえることもあるから、そうやって映画のすごさを語り継いでいけるのは、おこがましいですけど嬉しいです。昔で言うと、ちょっと小うるさいビデオ屋の店長だと思っていただければ(笑)。
――わかりました(笑)。 2月5日14時22分にメールを送ってくれた方は、『ドント・ルック・アップ』を観たくてNetflixに加入したそうで、映画を観る前にもう一度この連載を読んでくれたそうです。川上さんの直筆の評価についても、「KUA’ AINAのチーズバーガーもレビューが上がった日に速攻食べました(笑)。その例えから、これは絶対おもしろい映画だ!と思ったほどです」と書いてくれてます。
いやー、嬉しいですね。ごはんが美味しそうに描かれている映画は僕の中ではもう間違いないんですよね。だから、この連載での映画の評価の仕方も食べ物に例えることにしました。
『ハッチング―孵化―』より
■フィンランドのホラーチックな作品はダークファンタジーっていう言い方がしっくりくる
――今回の『ハッチング―孵化―』はどうでしたか?
おもしろかったですね。監督のハンナ・ベルイホルムさんは今回が長編デビュー作で。僕の中ではフィンランドらしい、北欧らしい映画だなって。『ぼくのエリ 200歳の少女』とかも、ダークファンタジーって言うんですかね。ああいう題材を映画化すると北欧って強いですよね。なんか明るいんだけど暗い、みたいな。白夜っていう現象があるお国柄で、すごくキラキラしてるんだけど、その中に潜む闇みたいなものを描きますよね。ああいうアプローチは日本にもアメリカにも韓国にもできない。『ハッチング』にもそういう要素がしっかり盛り込まれてる。『The Innocents』っていう北欧映画も、結構心理的に来る怖さがあるのと北欧感もあっておすすめです。
『ハッチング』はホラー映画として打ち出されてますけど、僕としてはそんなにホラー映画っていう感じはしなかったんです。フィンランドのホラーチックな作品はダークファンタジーっていう言い方がしっくりくる。それだけおとぎ話めいたものも感じたし、説法めいたものも描かれていました。
――主人公の12歳の少女・ティンヤは母の夢を託され、新体操に精を出してるわけですけど、母に認められたいっていう抑圧から“何か”を生んでしまい、それが原因で幸福に見えた家族が壊れていくっていうのがストーリーの軸なわけですけど。
『ハッチング』はフランス語のタイトルが『EGŌ』なんです。日本語で言うと“自我”ですね。主人公の少女が卵から育てたものに自我が生まれてっていうのが軸ではある。ただ、お母さんをはじめとする登場人物のエゴもキーになってるんで、フランス語のタイトルには説得力がありますよね。利己主義のメタファーみたいなものも随所にちりばめられてる。
『ハッチング―孵化―』
■明るいんだけど怖いっていうこの映画の一番の象徴がお母さんの表情の作り方かもしれない
――お母さんのエゴというか狂気の感じさせ方も怖かったですよね。
そう。正直お母さんが一番怖かったです(笑)。一番最初からすごく怖かった。すごく綺麗な方ですけど、基本的にずっと笑顔ですからね。さっきも言ったけど、明るいんだけど怖いっていうこの映画の一番の象徴がお母さんの表情の作り方かもしれない。特に印象的だったのが、お母さんが浮気相手に会うための旅行から帰ってきて、「やっぱ我が家が一番だね」って言うシーンがあって。お父さんも浮気には気付いてるんだけど、息子は「ママ、おかえり!」って抱きつく。最初は抱きしめるんだけど、すぐ「もういいでしょ?」って自分から引き離そうとする悪びれてない感じが怖くて(笑)。お母さんだけじゃなくお父さんがずっと笑ってるのも怖い。
ただ、最初は少女がお母さんから過剰な期待をかけられてかわいそうだなっていう気持ちで観てるし、お母さんは恐怖の対象なんだけど、後半は「お母さんの言い分もわかるな」っていう気持ちになってくる。お母さんの笑顔が引きつって見えてきて、「頑張って作り笑顔を浮かべて苦労してるんだな」って感じるんですよね。「怖いな」と思ってたお母さんにも同情していくっていう不思議な気持ちになっていきました。
『ハッチング―孵化―』より
■夢落ち感をあまり出さないところが新しい
主人公が襲われてワーッ!ってなるような出来事が起きて、はって目が覚めて「夢だったんだ」みたいなシーンが結構連続であるんですけど、それが全部夢なわけでもなくて。夢落ち感をあまり出さないところが新しいなって思いました。ファンタジーっぽさが強いんだけど、リアリズムもかなり感じる。あと、大きい卵から何かが生まれるところとか、最初「え、こういう造形で大丈夫?」って思うんだけど、なんか許せちゃう。リアルな怖さを出す造形じゃなくて、怖いけどかわいさもあるような造形にしたのは、絵本感とか童話感をしっかりと出すためでもあるし、少女の人格が投影されているからっていうところもあるんでしょうね。そう思うと、最初の方のシーンから、少女が後々孵化するその何かに見えるんですよね。「痩せたんじゃない?」って言われるシーンもあったし、体動かしてる時にそれに見えるようなシーンもあった。既に別人格みたいなのが表現されていて。後で思い返しても良かったなって思うシーンが色々とありますよね。
『ハッチング―孵化―』より
■ムーミンも明るくてかわいい雰囲気がありつつ怖い雰囲気も出してますよね
フィンランドって幸福度ランキングで世界一位になってるようなお国柄で。福利厚生の充実とかから来る明るさもあると思うんですけど、この映画を観て「それだけじゃないんだよ」ってことを知った気持ちにもなりました。ムーミンもフィンランドが生んだキャラクターですけど、小説を読むと結構辛辣だったり、怖かったりするんですよね。ニョロニョロが出てくるシーンとかめちゃめちゃ怖い。ムーミンはカバだと思ってる人もいますけど妖精で、日本で言う妖怪みたいな存在。やっぱり明るくてかわいい雰囲気がありつつ怖い雰囲気も出してますよね。
取材・文=小松香里
※本連載や取り上げている作品についての感想等を是非spice_info@eplus.co.jp へお送りください。川上洋平さん共々お待ちしています!

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