バンドマンの夢と曖昧な日常、突きつ
けられる現実……映画『虹が落ちる前
に』が放つメッセージとは? Koji
Uehara監督×守山龍之介インタビュー

『虹が落ちる前に』という美しいタイトルを冠した映画が3月19日より、公開となる。バンドでのメジャーデビューという夢を追う主人公の風間公平(守山龍之介)を中心に展開する青春ドラマだが、切ないラブストーリーだけではない。突きつけられる挫折と現実……キレイごとだけではないリアルも表現されている。メガホンをとったのはマルチに活躍する気鋭のクリエイター、Koji Uehara氏。プロデューサー、監督、脚本、衣装、音楽、編集、照明のすべてを担当し、斬新な感性で作り上げた作品だ。バンドマンによるただのサクセスストーリーというわけではない。曖昧な夢でも何となく楽しく生きていけるという現実をリアルに描いている。この設定にハッとする人も多いのではないだろうか。だが、公平が続けていた、そのふんわりした生活に亀裂が入っていく。公平と、彼を取り巻く仲間たちとの関係性が丁寧に描かれ、さらには中盤で、まさかのヤバい展開へと突入。そんなスピード感もスリリングだ。ただ、ストーリーの目的地は、すべてが浄化されるようなラストの清々しさ。まずは心を無にして映画を楽しんでいただきたい。ここではKoji Uehara氏と主演を務めた守山龍之介に、撮影を振り返り、作品への思いを語ってもらった。
――まずKoji Uehara監督が映画を撮ろうと思ったのは、どういうキッカケだったんでしょうか?
Koji:中学3年生の卒業文集に“将来の夢は映画監督”って書いてたんです。ちなみに、小学校6年生の文集には“バンドのボーカル”って書いてました(笑)。まぁ、さすがにその頃は、ただ書いただけだと思うんですけどね。普通に野球選手とかサッカー選手じゃなく、何を書こうかって考えまして。だったら好きな職業を書こうかなって。
――それが実現しているのがすごいですね!
Koji:それが何かね~、自分でも若い若いと思ってたら、40も超えて、気づけば酒の席でも「俺、映画撮りたいねんな」みたいなことをいつも言っていて(苦笑)。ホントにこの映画のテーマと一緒なんですよね。ある日、「あれ? 俺、ひょっとしたらウソついてるかもしらん」って思い始めたんです。僕が映画を撮りたいっていう気持ちは本気だと思っていたんですけど、いつまで経っても行動を起こさない自分に対して、“俺は夢を語っているようで、常にウソをついているのかもしれん”ってね。そう考えた時に、すごく怖くなったんですよ。それで、これはちょっとマズイなと。そんなタイミングで、役者をやっている知り合いが、結構まわりに増えてきていたんです。ここでそろそろ本気でいかないと、自分はもう一生映画はやらんだろうって。もちろん、挑戦するのはめちゃくちゃ怖かったですけど、もうやるしかないなと思ったんですよね。それがキッカケで映画を作ろうって決意しました。
Koji Uehara
いつまでも行動を起こさない自分に対して、“俺は夢を語っているようでウソをついているのかもしれん”って考えた時に、すごく怖くなったんですよ。
――役者さんと知り合っていったという偶然も大きかったのかもしれませんね。聞いたところによると、オーディションみたいな形で出演者を決めていったわけじゃなかったそうで。主演の守山さんも、Koji監督とはふたりだけでお会いになったそうですね。
守山:そうです(笑)。
Koji:最初はカフェに入ろうと思ったら、混んでいて……。それで「酒、飲める?」って聞いたら、飲めるって言うから、いきなり居酒屋に行きました(笑)。
――しかも、守山さんはそこで「主演をやらせてください!」とKoji監督に直談判されたとか。
守山:はい(笑)。たまたまなんですけど、その前日にマネージャーと、今後どうしていくのかっていうことを話し合ってたんですよ。マネージャーには「守山は積極性が足りないんじゃないか」って言われて(苦笑)。確かに今って、ちょっと失言したら叩かれたりするじゃないですか。僕も自分を守るために勝負に出てなかったのかなって思ったんです。そんな時にKojiさんに会うっていうことになって。マネージャーは「何かあったら守ってやるから、お前も言いたいことを言ってこい!」って励ましてくれたんですよね。しかもKojiさんと会った時、“この人だったら何を言っても受け入れてくれるんじゃないかな”と感じまして。それで主演をやりたいって話しました(笑)。
Koji:いやもうね、そんなことを、いきなり僕みたいなキャラの人間にぶっこんでくるなんて、なかなかのヤツやな!って思いましたよ(笑)。
守山:最初は、今の僕とこれまでの僕の経験と、どっちを大事にする人なのかな?って迷ったんです。でも、たぶんKojiさんは今の僕を見てくださっている人だなって感じたので、思い切って言ってみました。
Koji:なぜか彼の「主演をやりたい」っていう言葉が、妙に響いたんですよね。彼はどういう思いで、ああいうことを言ったんだろうって。その日、彼と別れた後もめちゃくちゃ考えました。でも、彼とはその日初めて会ったわけだし、どんな人間なのかすべてわかっているわけじゃない。だからこそ、逆に彼がどうして「主役をやりたい」って言ったのか……そこまでのストーリーを勝手に想像してました。ただ、どんなに想像しても、あまり悪い印象につながらなかったんですよ。だから“あ~。コイツかもなぁ……俺が人生で初めて撮る長編映画の主演って、コイツなんだろうなぁ……”って思いに変わっていって。すごく不思議な感覚なんですけど。
守山龍之介
誰もがどこかで自分に期待してしまって、“いつかきっと”という感情はあると思うんです。主人公の公平は、そんな感情をすごく表していると感じました。
――最終的には見事にハマりましたね! 映画では主人公はバンドマンでしたが、音楽を目指す人だけでなく、夢を追う中で何となく生きている人も多いと思うんです。守山さんはこの主人公を演じてみて、どんなことを感じましたか?
守山:役との共感で言えば、芸事に対して夢が叶ったり叶わなかったり、自分の理想からほど遠かったり……その差が自分を苦しめているという部分ですね。あと、誰もがどこかで自分に期待してしまっていると思うし、“いつかきっと”っていう感情は、どんな人にもあると思うんです。主人公の公平は、そんな感情をすごく表していると感じました。
――とにかく公平がめっちゃ優しいというところもポイントですね(笑)。ところで、Koji監督は、まずラストシーン(公平と珠江[畦田ひとみ]ふたりが駅に佇むシーン)があって、そこからストーリーを広げられたとか。それくらい大事だったということですよね。
Koji:あの駅ってウチの近所にあるんですよ。僕自身、時間さえあればフラッと行ってホームのベンチに座ってました。だから季節によって差し込む光の感じとか、だいたい把握していたんですよ。それをイメージしながら考えてました。
守山:でも、僕らが最初に台本をいただいた時、そのラストシーンは描かれてなかったんですよね。空白で。
――そうなんですか!
Koji:僕だけしかイメージを持ってなかったんですよ。
守山:そうなんです。僕的には最後のシーンって、すごく現実的だなって思いました。確かに公平はのちに夢を叶えたかもしれないけど、一方では大切なものを失っていて。そういうのがいちばんリアルだなって思います。この映画からは、そういう何かを教えてもらった気がしますね。
Koji:確かに悲しい話ではあるんですが、ただバッドエンドではないんですよね。
(c)映画『虹が落ちる前に』
――余韻を感じさせるいいシーンでしたね。Koji監督としては、『虹が落ちる前に』で、自分の思いは存分に表現できましたか?
Koji:結局、自分が言いたいことを言えたのか?っていうよりも、最後のシーンに対しての気持ちがとにかく大きくて。なぜかと言われてもよくわからないんですが……。あれが撮りたかったがための、壮大なプロジェクトが始まってしまったっていう感じなんですよ(苦笑)。あのラストにシーンに至るまでにも、物語の中にはちょっとした伏線もあるんです。サラッとですけどね(笑)。見た人がそこに気づいてくれると、ラストに対する思いが変わってくると思うんですが……。
守山:僕の最後の微笑みの理由も変わってきますからね(笑)。
Koji:そうそう!
――そこは見る人に委ねるとして(笑)。もうひとつ、非常に印象的なのが『虹が落ちる前に』というタイトルです。セリフの中にもこの表現は出てきますが、どういうところから出てきた言葉なんですか?
Koji:この前、アメリカ人の友達に、この映画の英語タイトル『Before the rainbow falls』について「どう思う?」って聞いたところ、「日本では“虹が落ちる”って言うの?」って聞かれて、“あ、そうきたか!”と(笑)。彼曰く、「英語としては合ってるけど、やっぱり“虹が落ちる”っていう表現はアメリカ人の発想にはないから、正しいか間違っているかわからない」って言うんですよ。そこで、実は「日本人もそう言わないんだよ」って話をしたんですね。僕自身は虹がテーマっていうのは決めていたんですけど、この言葉というのは、主人公が才能豊かな人なんだっていう証拠をどこかに残したかったんです。最終的にバンドが成功する以前に、彼が素晴らしい感性を持った人間なんだっていうことをね。その時にあの言葉を思いついたんですよ。
涙のせいで安っぽくなるのがイヤだったんです。でも、どちらの場面も彼らの鬼気迫る演技のおかげで、僕自身の演出を凌駕するシーンになりました。
――ちょうど、公平が恋人の珠江と別れ話をするシーンで使われる、すごく象徴的な言葉ですもんね。虹は夢の象徴でもありますし。それでも、ただの成功物語というわけでもないので、考えさせられるものがあります。では、守山さんが特に印象に残ったのはどのシーンですか?
守山:やっぱり恋人の珠江ちゃんとの別れのシーンですね。というのは、あれって20分くらいの長回しだったんですよ。撮影が始まる前までは控室で畦田さんとも「大丈夫かなぁ」って話しながら不安な気持ちだったんです。でも、撮影が始まって、部屋で向かい合って座った時に、不安は一切なくなりました。珠江っていう女性の温かさに触れつつも、公平が決断しなきゃっていう覚悟が見えたからこそ、長い間があっても成立したシーンだと思います。しかも、よりリアルだったんじゃないかなって。恋人同士でもこういう別れ方があるんだなって、僕は初めて知りました。
――嫌いになったわけじゃないのに、別の道を選ぶっていうことですよね。
守山:そうです。ケンカ別れでもないですし、お互いがお互いの理想を求めるための別れっていう。それが正解かどうかなんてわからないですけどね。でも、僕はあのシーンがすごく印象的でした。
(c)映画『虹が落ちる前に』
(c)映画『虹が落ちる前に』
――それ以外にも、心に残る場面がいっぱいありますよね。夢を追うバンドマンのラブストーリーではあるんですが、中盤でかなりハードボイルドな展開になったりして。
Koji:公平と親友の竜彦がバックライト越しに別れるシーンがあるんですけど、そこで面白いエピソードがあって。あそこで、公平がすごく泣くじゃないですか。でもあれ、本当は泣かないシーンだったんですよ(苦笑)。そこも長回しだったんです。なので、彼が泣いてしまったら、また最初から撮らなきゃいけなくなるんで、「絶対に泣くなよ!」って言ってたわけですよ。それが最後、こらえきれずに泣くから「何で泣くの~!」って。そうしたら、音響のスタッフが「Kojiさん……いいっすよね! めっちゃいいから、もういいですよね、これで!」って(笑)。お前が決めるなよって感じだったんですけど(笑)。もうひとつの別れのシーンでも「涙はゼロで!」って言っていたのに、今度は畦田さんが泣き出して(苦笑)。そうしたらまた音響のスタッフが「Kojiさん、これいいですよね! これもうめっちゃいいですから、これでいいですよね!」って(笑)。また何でお前が決めるんやっていう(笑)。僕としては、涙のせいで安っぽくなるのがイヤだったんです。でも、どちらの場面も彼らの鬼気迫る演技のおかげで、僕自身の演出を凌駕するシーンになりました。
(c)映画『虹が落ちる前に』
今悩んでいる人や悩んだ経験があった人、どの人にも見てもらいたい。今じゃなくても、いつかきっと、あなたに寄り添うことになる映画だと思うので。
――そこも見どころですね。ところで、『虹が落ちる前に』は夢を追う若い人たちだけでなく、多くの世代に訴えるものがあると思いました。Koji監督と守山さんから、これから映画を見る人たちに、ひと言いただけますか?
守山:僕自身、この映画を通して悩んでいたことが解決したこともありますし、これから先、生半可に生きていたら、結末が予想できる人生になっちゃうんだろうなって思ったんですよ。そこは僕が公平という役を演じさせてもらって実感できたんですよね。だから、やっぱり向き合っていかなきゃダメなんだと。人と向き合ったり、現状に向き合ったりするのって、すごく体力も精神力も必要じゃないですか。それを教えてもらえたのが、この映画だったんですよね。バンドの話だったり、ラブストーリーではあるんですけど、それ以上に人と人との関わり方とか、挑戦の仕方が鮮明に描かれていて……。結果、すべてがうまくいくわけじゃないからこそ、伝わるものがあると思うんです。今悩んでいる人や、かつて悩んだ経験があった人、これから先の未来がある方々、どの人にも見てもらいたいです。今じゃなくても、いつかきっと、あなたに寄り添うことになる映画だと思うので。
Koji:まぁ、僕の思いみたいなものは、ほとんど今、守山君が言ってくれたんで(苦笑)。ただ、彼よりちょっと大人の年齢の僕は、少しだけビジネス的なお話をすると、やっぱり今ってね、悪いことではないんだけど、すごく簡易なエンターテイメントが溢れている時代だと思うんです。簡易な映像がバズるというか、注目を集めてしまうというか。どんな人でも動画サイトに投稿すれば、瞬く間にバズって人気YouTuberになる可能性がある……。もちろん、僕はそれを否定するつもりは一切ないんです。「あんなのダメだよ!」なんて言う大人にはなりたくないですからね(笑)。でも、やっぱりそこじゃないエンタメの底力も信じたい。何人もの大の大人が集まって、必死こいて涙流して、汗も流して、重たい荷物を持って、何日もかけてお金もかけて。そういうエンタメの力は今でもちゃんと残っているんです。どっちが上とかの話じゃなく、1分のおもしろ動画を見た時と、この『虹が落ちる前に』を見た時では、それぞれから違うものを受け取れるはずなんですよ。だから映画ファンの方だけでなく、いろんな人に見てほしい。ひょっとしたらこの先、映画みたいなエンタメを知らない人も出てくるかもしれないじゃないですか。YouTubeしか見ない、ショート動画しか見ないっていう若い世代が出てくるかもしれない。そういう怖さはありますね。だからこそ、そればかりじゃないんだっていうものを僕は作り続けたいんです。普段からネットでそういう短い動画しか見ない人、「シアターって行かないな」とか「映画なんか見ないです」っていう人にこそ、見てもらいたいですね。
――アナログな作業が多いからなのかもしれないですけど、映画って人間力にあふれた部分が醍醐味ですもんね。余談ですが、『虹が落ちる前に』って、音楽好きの人が見たら、ちょいちょいニヤリとさせられる場面があるのも見どころではないかと(笑)。映画ってそういう宝さがしみたいな楽しみもあると思うので。
Koji:あ~、そうですね(笑)。
守山:その辺がわかったら、よりおもしろくなりそうです(笑)。
――細かい部分も含めて、ぜひたくさんの人に見てほしいですね! 本日はありがとうございました!
取材・文=則末敦子 撮影=大橋祐希

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