『印象派・光の系譜』展×リアル謎解
きゲームを学芸員がネタバレあり/な
しで解説、知られざる絵画の背景を紐
解く

4月3日(日)まで、あべのハルカス美術館にて開催中の展覧会『イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン』。展示室内の作品を観ながら謎解きを行うリアル謎解きゲーム用キット『とある無名画家の奇妙な遺産』が販売されている。実際に解いてみると後半はなかなかの難易度であったことから今回は特別に、謎解きの題材に使われている12作品のうち、難解な作品について同館の浅川真紀 上席学芸員に解説をしてもらった。ピックアップした作品はカミーユ・ピサロ「ジャンヌの肖像」、ポール・ゴーガン「静物」、レッサー・ユリィ「赤い絨毯」の3作品。記事の前半は、これから『とある無名画家の奇妙な遺産』を解く方に向けて、ヒントになる軽めの作品紹介を、そして後半は謎解きをクリアした方に向けて、さらに作品の理解が深まる解説をお届けする。「印象派」が好きな人も「謎」が好きな人も、この謎解きをキッカケに、印象派の画家や作品にさらに興味を持ってくれると幸いだ。
『イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン』
印象派・光の系譜とは
同展は、日本とイスラエルの外交樹立70周年を記念して、東京の三菱一号館美術館と大阪のあべのハルカス美術館で行われるもの。古代から近代まで約50万点の文化財を擁するイスラエル博物館から、クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、フィンセント・ファン・ゴッホ、ポール・ゴーガンなど、印象派コレクションの名作がまとまって来日している貴重な機会。約8割の作品が初来日ということもあり、話題沸騰の展覧会である。
「印象派」とは、19世紀後半にフランス・パリで興った芸術運動のこと。先に挙げた画家が有名で、日本でも展覧会が開催されるたびに人気を博す。同展では、印象派の先駆けであるバルビゾン派から印象派、ポスト印象派、そしてその後のナビ派まで、全4章の流れの中で、光がいかに描かれ表現されていったかという「光の系譜」をたどる。
謎はクロネコキューブが作成
キットに掲載されている謎は、神戸にある謎制作会社クロネコキューブによるもの。ある19世紀末の画家が残した手記の解読を解き明かすというストーリーで、キットの指示に従って作品を見ながら謎を解いてゆく。
参加方法は、「謎解きキット(1,300円・税込)」をあべのハルカス美術館のチケットカウンターで購入するだけ(別途、展覧会チケットも必要)。冊子とパレット、簡易鉛筆、ハガキサイズの絵が入っていて、その全てを謎解きに使用する(付属の作品解説ブックレットは使用しない)。
STEP1〜3(LAST STEP)まであり、STEP1〜2は展示室内で、STEP3以降はどこでも解くことができる。回答をWEBサイトに入力して次のSTEPに進めるため、インターネットに接続できるスマートフォンやタブレットを持参しよう。もし答えに詰まった場合は、ヒントサイトを見ればヒントをもらうことができる。所要時間は約60~90分。閉館時間でタイムアップしないよう、時間に余裕を持って参加しよう。
さて、ここからいよいよ謎解きに使われている12作品の中から、第4章「人物と静物」に展示されているピサロ「ジャンヌの肖像」、ゴーガン「静物」、ユリィ「赤い絨毯」の3作品を、浅川学芸員の解説をもとに、前半と後半にわけて紹介する。前半パートは、今から謎解きにトライしようという方はヒントにしてほしい。
ピサロの温かい人柄が溢れる「ジャンヌの肖像」
カミーユ・ピサロ「ジャンヌの肖像」 1893年頃 油彩/カンヴァス
印象派の画家カミーユ・ピサロは、主に農村とそこに生きる農民の姿を描いた。そもそも肖像画はそれほど多く描かなかったため、それだけでも本作は貴重な作品と言える。しかし「ジャンヌの肖像」がさらに貴重と言える理由は、実の娘を描いていること。ピサロには8人の子どもがいたが、3人は若くして亡くなった。彼の生きた19世紀フランスはそんな時代だった。明るい色彩に包まれるジャンヌの初々しくてあどけない表情がとても印象的だ。浅川学芸員は「自分の娘さんを描いたので、すごく視点が近い。愛情を持って育てている娘さんを慈しむような肖像画というところで、貴重な作品です」と話す。
印象派グループの中で最年長の画家だったピサロは、面倒見がよく、周囲の画家仲間からも慕われていたそうだ。若手にも親切で、8回行われた全ての印象派展に参加した唯一の画家。「人格的にも柔らかくてあたたかい人でした。家族に対してもおそらくそうだったのでしょう(浅川学芸員)」。ピサロの人柄に思いを馳せつつ、優しく鮮やかな点描をじっくり眺めてほしい。なお、謎を解くには、作者の名前をしっかり確認しよう。
二次元と三次元が混ざり合う不思議な「静物」
ポール・ゴーガン「静物」 1899年 油彩/カンヴァス
第2章「自然と人のいる風景」でも登場した、ポール・ゴーガン。現地の風景をダイナミックに描いていたゴーガンは、ゴッホと2ヶ月過ごした南フランスを去り、原始的な生活を求めて1891年にタヒチに滞在する。その後一度祖国フランスに戻り、タヒチの題材をもとに作品の制作を続けるが、1895年に再びタヒチへ。晩年はマルケサス諸島に移住する。初来日の「静物」は、タヒチ二度目の滞在時に描かれたもの。現地でできた愛人に子どもが生まれた幸せな年の作品である。
浅川学芸員はこの絵についてこう語る。「南国の空気を感じさせるエキゾチックな色彩が特徴的ですが、画面構成にちょっと不思議なところがあるんです。鮮やかで生命力のある、おそらく現地の果物、本当の植物か壁かわからない背景。手前のティーポットには室内の窓が反射して映るほど立体感があるけれど、テーブルに乗っているのかわからない。立体感があるものとないもの、二次元と三次元が混ざっています」。子どもが生まれて幸せいっぱいのゴーガンが描いた静物画。どんな思いで描いたのか、描きこまれたモチーフや画面構成を見ながら想像してみてはいかがだろう。そして、謎解きについては、キャプションをよーく読もう。きっと答えが導き出されるはずだ。
東京展で一躍有名になったユリィ「赤い絨毯」
レッサー・ユリィ「赤い絨毯」 1889年 油彩/カンヴァス
これまで日本では全くの無名だったユダヤ系ドイツ人画家、レッサー・ユリィ。東京展でその存在が知られ、一躍有名になった作家だ。
浅川学芸員は、ユリィの作品はつい感情移入してしまうと語る。「「夜のポツダム広場」(第3章「都市の情景」に展示)は、ネオンの明るさや人工物の煌びやかさがあるけれど、人物はうつむきがちで表情が見えない。「赤い絨毯」も、明るい日光が差しているけど、女性は後ろ向き。赤い絨毯と黒いドレスの強いコントラスト、そして人物の顔が見えないことで、観る人がストーリーを構築できる。「この人はどういう人なんだろう?」と人物の内面を想像したり、「振り向いてほしいな」と共感が強まったり。ユリィの絵にはそんなところがあるような気がするんですよね」。
ユリィの作品は今回4点出展されているが、どの作品もコントラストが強い。展覧会の大トリを飾る同作品、あなたは何を感じるだろうか。謎には作品をわかりやすく分割した図が掲載されている。図はもちろん、キャプションも読み込んでみよう。

さて、ここからは謎解きを無事クリアした皆さんに向けて、より詳しく作品を解説する。
※ネタバレが含まれます。これから挑戦する予定の方は、クリアしてからお読みください。
娘のリラックスした様子が表れている「ジャンヌの肖像」
58 カミーユ・ピサロ「ジャンヌの肖像」 キャプション
ピサロは印象派の画家だが、続く新印象派の技法を積極的に作品に取り入れた。第1章「水の風景と反映」のポール・シニャック「サモワの運河、曳舟」を参照すると、わかりやすいだろう。
「新印象派は科学的に色を分析し、色相環の補色を効果的に使いました。たとえば、黄色と紫、赤と緑など、補色関係の色が近くに置かれると、より明るさを生み出す効果があります」と浅川学芸員。ジャンヌの洋服や背景などに顕著に表れているので観察してみよう。
そして、もうひとつこの絵について伝えておくべきことは、モデルと画家の関係性による描き方の違いだ。ピサロの絵に限らず、画家とモデルの関係性や温度は、肖像画によく表れる。たとえば「ジャンヌの肖像」の3つ隣に飾られている「レストランゲの肖像」は、画家ルノワールが親友レストランゲを描いた作品。お互いに心を許す間柄だということが、リラックスした空気から伝わってくる。「レストランゲの肖像」は、顔の周りはしっかりと描き込まれているが、体や背景は筆致がラフでのびやかに描かれている。これはまさにふたりの関係性が反映されている、と浅川学芸員。仕事で頼まれた肖像画ではなく、モデルが画家にとって近しい人だからこそ、描き方に強弱がついている。
「ジャンヌの肖像」も、ジャンヌの顔の周りや作品の上部は、点描が綿密に重ねられているが、下部にいけばキャンバスの下地が見えるほどラフになる。浅川学芸員は「1枚の中で異なる技法が同居しているのも面白いですよね。新印象派の影響を強く受けているのを感じます」と語った。印象派の瞬間的な光の描き方と、そのピサロが影響を受けた自然の中にある普遍的な法則を追い求める新印象派。同展覧会ではまさに光の捉え方の変遷をたどることができる。この記事を読んだあと、もう一度第1章から振り返ってみると、また違う見方ができるのではないだろうか。
セザンヌの影響がみられるゴーガンの「静物」
69 ポール・ゴーガン「静物」 キャプション
この静物画は二次元と三次元が混ざり合った画面構成だと前半で述べたが、実はセザンヌの描き方を参考にしている。ゴーガンはセザンヌの絵を自分で購入して所持していたほど、影響を受けていたという。この作品にも、セザンヌの静物画のモチーフや構成の影響がみられる。
セザンヌはポスト印象派の画家のひとりで、理知的な性格だった。自然の一瞬の光を捉え、あくまでもその「印象」をキャンバスに表現しようとした印象派に不満を持ち、構造に目を向けてしっかりとした画面構成を持つ絵画を制作したいとの思いから、静物や風景の形状を幾何学的な形に作り上げてゆく。これがのちの「キュビズム」にも影響を与えることになる。
ポスト印象派のゴーガンは、色彩を分割しようとする印象主義に反発し、二次元性を強調した平坦な色面を特徴にした「総合主義」を実践した。輪郭線使い、鮮やかな色面と単純化した形を総合的に用いて、内面的なものを表現しようとした。浅川学芸員は「ゴーガンは背景をピンクなどの色面にしてしまう。ポスト印象派のゴーガンの描き方は、ナビ派に影響を与えました」と話した。ゴーガンはセザンヌを尊敬すると同時に、「近代絵画の父」と言われ、後の芸術表現に影響を与えたセザンヌをライバルとして意識していたのかもしれない。
浅川学芸員は「当時のゴーガンに思いを馳せてほしい。亡くなった年に描いた「犬のいる風景」(第2章「自然と人のいる風景」に展示)は、鮮烈な色面が見られます。ゴーガンは亡くなる前、家から見ることのできる山の景色をたくさん描きました。エキゾチシズムと造形的実験が感じられるこの静物画をはじめ、最晩年に至るまでの作品は、タヒチに行ったからこそ描けた絵ではないでしょうか」と述べた。ゴーガンの波乱万丈な人生と、彼が追い求めた絵画表現を想像して、南国の空気を感じながら鑑賞してみてはいかがだろう。
「赤い絨毯」は女手ひとつで育ててもらった母親を投影か?
64 レッサー・ユリィ「赤い絨毯」 キャプション
ユリィの作品には、見る者を感情移入させる要素と、画面の強いコントラストによる劇的な要素がある。「赤い絨毯」は、ユリィの母親のイメージが投影されているのかもしれないが、はっきりとしたことはわからない。ただ、ユリィが子供の頃に父親が亡くなり、母親がリネン店を開き、女手ひとつで子どもたちを育ててきた。それゆえユリィは日常的に母の裁縫姿を見ていたと言われる。「ユリィがこの作品を描いた時、本当にこの真っ赤な絨毯があったのかはわからないです。だけど強いコントラストは人の心を揺さぶる。光と影、赤い絨毯と黒いドレス。それが心理的に人の心を惹き付けたり、ざわめかせたりする画家なんじゃないかなと。もしかしたらユリィ自身も、人間的にいろんなものを抱えていたかもしれない」と浅川学芸員。
ユリィはユダヤ系の画家だ。前述の「夜のポツダム広場」も、ベルリンの博物館に所蔵されていたが、ナチスが強制的に没収した後に行方不明になり、戦後ようやく見つかりイスラエル博物館に所蔵された。「ユリィは旧約聖書の世界をたくさん描いているそうです。シオニズムという、ユダヤの国を再興させようという運動にも参加していた一面もあったようです」。
ユリィが活躍した当時のベルリンでは、彼は人気で絵もかなり売れたそうだ。日本に伝わるほど名の知れた画家ではなかったかもしれないが、2022年の今、今回の展覧会を機に私たち日本人の心を揺さぶっている。荒い筆触とコントラスト、そしてどこか感じる切なさと哀愁。想像力を刺激してくれるユリィの作品は、今後ますます研究されていくだろう。皆さんも作品を見て、自由に感じたままの気持ちを大切にしてほしい。
浅川学芸員が執筆した作品解説ブックレット(非売品)
謎解きキット付属の作品解説ブックレット(非売品)
なお、謎解きキットにはフルカラーの作品解説ブックレット(非売品)がついてくる。これは、「謎解き」を目的に同展覧会に足を運んでくれた人に向けて、展覧会の内容をわかりやすく解説したもの。浅川学芸員が執筆している。
浅川学芸員は「イスラエル博物館から来日した展覧会を、日本ならではの「光」というタイトルで、ストーリー立ててお見せしています。「光の系譜」を皆さんに伝えたいなと思って作りました」。「謎解きは作品を知る本当に良いキッカケ。謎を解くことは作品を鑑賞することに直結はしていない。でも、隅から隅まで作品をじっくりと観る中で、「もっとこの作品や画家を知りたい」と思っていただければ、とても嬉しい。謎解きという別の角度から作品を味わい、印象派がたどった光の系譜を知り、光を持ち帰っていただきたいです」と述べた。
ミュージアムショップではグッズも販売中

ミュージアムショップでは、同展オリジナルグッズが多数販売されている。ポストカードやマグネット、ミニチュアキャンバスはやはり人気。大阪でもレッサー・ユリィのグッズは品薄になっている。こちらも買い逃しのないようにしよう。
ミュージアムショップではオリジナルグッズを販売
リアル謎解きゲーム『とある無名画家の奇妙な遺産』および『イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン』 は、4月3日(日)まであべのハルカス美術館にて開催中。
取材・文・撮影=ERI KUBOTA

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