デフ・パペットシアター・ひとみ新作
『百物語』を語る〜白神ももこ(演出
)×大杉豊(表現監修)×足立沙樹(
出演)「当たり前をそっと道端に大事
に置いておく」

ろう者と聴者が協力して創作活動を行っている人形劇団「デフ・パペットシアター・ひとみ」。人形劇が持つ視覚的な魅力に着目し、ろう者の感性を生かした新しい表現の可能性に挑戦し続けている。物語を丁寧に紡いだり、身体を駆使したり、抽象的なオブジェクトで想像力を引き出したり、その表現も多彩だ。新作『百物語』ではダンス・パフォーマンスグループ「モモンガ・コンプレックス」主宰の白神ももこを構成・演出に迎え、ろう者の舞踏家や俳優、人形劇団ひとみ座員など、さまざまな背景を持つアーティスが参加し、新たな表現を探る。白神、表現監修の大杉豊、出演者の足立沙樹による座談会を行った。
杉浦日向子『百物語』
杉浦日向子は一貫して江戸風俗を生き生きとした筆致で描いた漫画家・文筆家・江戸風俗研究家。『百物語』は、人びとが目に見えないものを見、理性では説明のつかないことを信じていた江戸の時代、生と死の間で右往左往する人間たちと、時間・空間を超えて現われる魑魅魍魎たちの滑稽でいとおしい姿と懐かしき恐怖を、怪異譚集の形で描いた漫画だ。

■身体と人形劇による新しい表現に挑戦したい
――まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。
大杉 私は筑波技術大学の教員として、手話言語学、ろう者学を指導しております。また文化施設のインクルーシブな取り組みなども行なっています。デフ・パペットシアター・ひとみ(以下、デフパペ)に関しては、1980年代に7年ほど在籍していました。活動を離れた後はアメリカ留学し、言語学を学びました。
足立 私は2020年の春、コロナが流行り出したころに、人形劇団ひとみ座の門を叩きました。デフパペには2021年10月から参加しています。この業界に入る前は 美大で舞台美術や照明を学んでいました。またドイツに留学し、ドイツ語を学びながら絵を描いたり、立体をつくったり、友達をつくったりしていました。帰国後は、障害者福祉の仕事に就いて生活介護の手伝いをしつつ、自分の創作活動も続けてきました。
――白神さんはモモンガコンプレックスを率いてユーモラスな作品を手掛けているほか、障害のある方へのワークショップなどもされていますよね。
白神 特別支援学級や重度の障害を持つ方のところに行ってダンスのワークショップをやったり、コロナになって施設の方々と遊び感覚でオンラインでできることをやったり。最近は作業所に行ってワークショップしたり、映像を撮ったりしました。横浜市や神奈川県の取り組みに参加させていただいていますが、経験としては多くはないんですよ。それにあまり障害の有無を気にしたこともありません。
白神ももこ
――白神さんはデフパペさんからのオファーにどんな感想をお持ちになりましたか。
白神 私はジャンルとしてはコンテンポラリー・ダンスですが、使えるものは使うという主義なんです。でも人形は使ったことがなかったので驚きました。
足立 白神さんへのオファーの経緯について、プロデューサーからメモを預かっています。「今回、デフパペのメンバー4名、客演の方4名、いろいろな背景を持った個性的な方々をお迎えしています。個人史や日常のことを創作の中に取り入れていらっしゃる白神さんに演出をお願いしたいと思ってお声をかけさせていただきました。白神さんの作品の持つ憎めない感じと、原作の持つ飄々とした感じ、つかみどころがない雰囲気が融合したら素晴らしく面白いものができるんじゃないか。デフパペのセリフに頼らない、視覚に訴える作風などの延長で、身体による表現、人形劇の新しい表現に挑戦したい」という思いがあったようです。
デフ・パペットシアター・ひとみ『百物語』より
白神 おお、そうなんですね。でも杉浦日向子さんの『百物語』にはビビッと来ました。よくぞ私を引き合わせてくださったという気持ちです。杉浦さんの『うつくしく、やさしく、おろかなり』(ちくま文庫)の中にある「無能の人々」という章で「人生暇潰し」という言葉が出てくるのですが、私も「生きることは暇つぶしだ」とつくった作品もあって。杉浦さんにはとてもシンパシーを感じました。ただ台本をつくるとか、やったことがない新しい試みが多すぎて、てんてこまいだけど楽しいです。
足立 『百物語』を原作に決めた理由も聞いています。デフパペでは役者もスタッフもいろいろな人がそろって、アイデアを持ち寄って企画を考えます。『百物語』は榎本トオルさんが持ってこられました。きっかけは、話し合いはコロナが始まったころで、物語に登場する江戸の人たちの、よくわからないもの、実態があるのかないのかわからないもの、自然の脅威への向き合い方に、コロナに右往左往する自分たちを重ね合わせたんだそうです。ほかにも原作で不思議で印象的な漫画の描写を人形によって視覚的に表現化するのは面白いだろうという狙いもあったそうです。
白神 先日、『百物語』についてみんなと話して印象的だったのが、デフパペの鈴木文さんのお話なんです。コロナもそうですけど、世の中そう簡単に解決しないことばかりですよね。この作品も事態を置いておくだけで解決しないところがすごく、今共感する部分だと。それを聞いていて「なるほどなあ」と思いました。そういう意味では、今生きているということこそが『百物語』と私たちをつなぐ要素かなってすごく思います。

■人形劇だからこそ、人形と人間が並列に存在できる
――大杉さんは今回はどのような関わり方をされていらっしゃるんですか?
大杉 まずデフパペはきこえない者、きこえる者があらゆることを共にやるということからスタートしたグループです。1981年が国際障害者年で、当時現代人形劇センターの理事長をされていた宇野小四郎さんがデフの新しい表現方法に可能性を感じたようで、デフパペが立ち上げられたんです。きこえない者、きこえる者が人形の力を使って、表現の幅を広げませんかということで活動を始めました。かつては地域で実行委員会がつくられ、福祉関係者、一般、ろう者協会、手話サークルなどが集まって、公演をするという形で全国を回りました。ただ時代も変わり、最近は昔のようなやり方で活動の継続は難しいし、メンバーも少なくなっている。そこで外部の方に参加してもらいながら、新しい活動が始まり、『百物語』につながりました。まだ私もそれほど稽古を見学できていませんが、人形操作や手話表現にアドバイスをする立場で関わっています。
表現監修・大杉豊
――白神さん、どう作品を立ち上げ、どんな作品にする狙いですか?
白神 まず作品の肝がどこにあるかを考えました。ファーストインスピレーション、直感などもありますが、「死ぬ」とか「いなくなる」ということが、「ただ生きていること」と並列に置かれてあって、そこには妖怪も人も一緒に住んでいます。そしてドラマの主役になるような人物でもなく、歴史に残るような話でもなく忘れられてしまうような一つ一つのなんでもない人びとやものごとや当たり前をそっと道端に大事に置いて行くような質感と間に重きを置きました。
足立 夏ごろからワークショップをやりました。役者が身近な物を持ち寄って何か表現してみましょうとか、印刷する前の真っ白な新聞紙を使って2、3人で何か表現できないかといった、実験的なことです。いざ稽古が始まると人形はいるし、ダンサーはダンサーとしているし、あふれ出る各々の個性をまとめ上げているのが白神さん。その積み重ねで、ようやく作品として表現の形が見えてきました。
――白神さんに人形劇は似合いそうだし、面白そうな予感がします。
白神 ありがとうございます。人形も人間も一緒にいることができるのは人形劇だからこそだと思うんです。そして、人形と人形使いだけではなく、ダンサーも俳優もが同列にいる。そういう状態が『百物語』とリンクすると思うんです。ヘンなものを出しても大丈夫だし(笑)、今は人より人形の方がまともです。私は意外に真面目につくっているんですけど、劇団自体がガチャポコで、中でも榎本さんがガチャポコです。そういう皆さんの個性が引き出されていったら面白いと思います。
デフ・パペットシアター・ひとみ『百物語』より
――足立さんは演じるご経験はおありなんですか?
足立 演技の経験は劇団に入るまでまったくなくて、人前に出るなんて滅相もないという人間でした。入団当時も美術制作でとお願いしたはずなんですけど。でも楽しくやっています。
白神 今回は足立さんのいろいろな面が見られます。足立さんはクールなビジュアルじゃないですか。でもご自身でも作品をつくっている方なんで、こうしたらいいんじゃないか、面白くなるんじゃないかという食いつきがすごいんです。私のへんな投げかけも、やってみます、これはいいですねと言ってくれるので、頼もしいです。全身を使って捨て身で表現する場面では、ほぼ顔しか出ていなかったりするんですけど。
足立沙樹
――人形や舞台美術はどうなりそうですか?
白神 舞台美術は完全に人形用じゃないです、最近になって気づきました。でも人がいて面白い、人が人形を動かしていて面白いものだと思います。人形はこの作品のためのオリジナルです。私がこんな感じがいいなぁとか、こういう場面をやりたいなぁとかお伝えすると、人形劇団ひとみ座の本川東洋子さんが試行錯誤してつくってくださるんです。それをまた人形を使う人が動かしてみてアイデアを出しながら、改良してもらって。ずっと並走して作業をしてくださっているのがうれしいです。改良に改良を重ね、積み上げていく感じがクリエイティブな現場ですね。
足立 舞台美術はストリングカーテンだけとストイックですけど、人形美術が飛んでいるんです。人間の肉体もあり、仮面もあり、生物としているかどうかわからないものも人形になっていて、すごく自由で、すごく面白い。
白神 驚くようなものも出てきます。身近な素材でできた人形もあって、それは私も大好きなので期待してほしいです。
――大杉さん、期待の言葉をお願いします。
大杉 白神さんが、演出で苦労されているようですが、たぶん本番前ギリギリまで試行錯誤が続けられ、いい作品になると思います。さまざまな方たちと、クリエイティブな作品をつくられてきた白神さんですから、新しい表現を生み出してくれるでしょう。五感で楽しめる作品になることを期待しています。インクルーシブ・デザインという言葉がありますが、これは障害がある当事者が初めから参加できる、共にアイデアを出しあって一つのものをつくり上げる方法です。デフパペでもずっと以前から培われてきた方法でもあります。ぜひたくさんの皆さんに見ていただきたいです。
デフ・パペットシアター・ひとみ『百物語』より

手話通訳:高島由美子
取材・文:いまいこういち

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