市川笑也に聞く『新・三国志』劉備の
弱さ、思いの強さ <3月歌舞伎座『新
・三国志』集中連載>

2022年3月3日より歌舞伎座で『新・三国志 関羽篇』が上演され、市川笑也が22年ぶりに劉備玄徳を勤める。
初演は、1999年4・5月の新橋演舞場。スーパー歌舞伎の7作目として上演された。三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁。以下、猿翁)が主人公の関羽を勤め、演出も手がけた。物語の大胆な設定や、スーパー歌舞伎らしいスペクタクルが多くの支持を得て、2年半のあいだに全国で9か月間上演される異例のロングランとなった。今回は、スーパー歌舞伎とは謳わず、「三代猿之助四十八撰」として上演される。猿翁がスーパーバイザーとなり、四代目市川猿之助(以下、猿之助)が関羽役で主演。演出も手がける。脚本・演出は横内謙介。張飛役に市川中車、諸葛孔明役に市川弘太郎改め市川青虎、そして曹操役に浅野和之がキャスティングされた。メインビジュアルは、東學がアートディレクションを、渞忠之が撮影を担当。
歌舞伎ファンだけでなく、演劇ファンの間でも話題のメインビジュアル(デザイン:東學、撮影:渞忠之)
ビジュアル撮影の日、初演以来、大切に管理されていた衣裳に袖をとおした笑也。その姿に周囲は色めいたが、笑也は「化粧って怖いよね」と穏やかに笑っていた。一般の家庭から猿翁のもとに入門して40年。澤瀉屋に欠かせない存在となった笑也に、役への思い、役者としての思いを聞いた。なおSPICEでは、諸葛孔明役の青虎へのインタビューも紹介している( https://spice.eplus.jp/articles/299074 )。

■20余年ぶり、変わらない劉備
2022年3月の演目が『新・三国志』だと知らされた時、笑也の役は決まっていなかったという。
「関羽は猿之助さん、張飛は中車さん、曹操は浅野和之さん。劉備の配役は埋まっていなかったけれど、誰か若手でやるのだろうと思ってたんです。だから後日『劉備でお願いします』と言われた時は、思わず、え……!?僕でいいんですか? って固まりました。それくらい、まさか自分だとは思わなかった。でも『みんな、笑也さんだと思っていた』、『まさか、と思うのは笑也さんだけ』だと言ってくださる方もいて。ありがたく思いました」(市川笑也。以下同じ)
スーパー歌舞伎の『新・三国志』の初演は、新橋演舞場(1999年4・5月)、名古屋・中日劇場(1999年6月)、大阪松竹座(1999年9・10月)、新橋演舞場(2000年4・5月)、大阪松竹座(2000年6月)、博多座(2000年11月)で公演を行った。そして2001年4月には『新・三国志II 孔明篇』が、さらに2003年3月からは『新・三国志III 完結篇』がはじまるほどの人気シリーズとなった。
「1作目の劉備は、回数を多くやった役です。色々な場面や台詞が思い出されました。今回は、二代目市川青虎を襲名披露する弘太郎が、諸葛孔明役。それなら『三顧の礼』の場面はやるだろうな。あの場面は、お客様の笑いが起こっていたな、とかね。初演と同じ加藤和彦先生の音源、毛利臣男先生の衣裳で上演されるそうです。20年以上たっても、色褪せない魅力を感じていただけるのではないでしょうか。そして横内先生が、今回の上演にあわせて脚本を練り上げてくださっています。猿之助さんの関羽、中車さんの張飛とともに、勤めさせていただきます」

■弱い人、でも強い意志がある人
物語の舞台は、魏、呉、蜀の三国が覇権を争う3世紀の中国。曹操が率いる魏と孫権が率いる呉が、すでに大きな勢力となっている中、劉備たちが頭角を現し、蜀の国の中心となっていく。笑也は劉備を「弱い人」だと考える。
※このあとのコメントに、初めてご覧になる方にはネタバレとなる内容が含まれます。
スーパー歌舞伎『新・三国志』(初演)。左から張飛=市川猿弥、劉備=市川笑也、関羽=三代目市川猿之助(現 猿翁)ⓒ松竹
「苦しい世の中を変えたい。その意思は強いけれど、自分は非力だと知っています。乱世の武将でありながら、人の命をその手にかけた経験もありません。ただ夢があり、誰にも負けない強い思いでそれを信じている。その夢を見る力のもとに、関羽、張飛、孔明たちが集まります。でもやっぱり弱い人。はじめは彼女をどう演じたらいいか、とても困りました」
“彼女”とは、劉備のこと。本作の劉備は、実は玉蘭という女性なのだ。世の中を変えるために、乱世を武将として生きると決め、劉備と名乗り男性のふりをする。笑也は女方として玉蘭を演じ、さらに玉蘭として劉備になる。
「初めての稽古では、師匠(猿翁)と相談し、弁天小僧のように男女をパッパッと切り替えてやってみました。でも声をかえた瞬間、違うと思った。師匠も『ウン、違うね。研究してください』って(笑)。ちょうどその頃、トークショーのお仕事で、元宝塚トップスターの真琴つばささんとご一緒させていただく機会がありました。真琴さんは、舞台での男役も、オフでのおしゃべりも、極端に声が変わるわけではありません。これだ!と思い、声のトーンは変えず気持ちだけを変えて、玉蘭と劉備を演じるようになりました」
古典の演目と違い、役に型や決まりはない。
スーパー歌舞伎『新・三国志』(初演)。左から張飛=市川猿弥、劉備=市川笑也、関羽=三代目市川猿之助(現 猿翁)ⓒ松竹
「何度も演じていると、ふと気づくことがあるんです。たとえば、“玉蘭はあの時、関羽との思い出に桃の花びらを集めて大切にとっておいたんじゃないかな”とかね。すると、前回の公演の時は関羽と劉備の2人宙乗りがありましたので、花道の上にあがったところで、“思い出の花びらを関羽にみせようとして力尽き、手から花びらが零れ落ちていく……” みたいなこと、やってみたいな! と思うわけです。大阪・松竹座の初日前に師匠に相談したところ、『いいよ。でも邪魔になるなら止めてね』と言って、やらせてくださいました。何枚くらいをどう持つと、きれいに散るか。タイミングはどうか。工夫を続けて、千穐楽間際のある日。いつも花びらを渡してくれる人が、うっかり準備を忘れてしまったんです。仕方ないねってその日は花びらなしでやりました。すると宙乗りで上がったところで、師匠からすごい怒られたんです。『花びらはどうしたの? あれがね、一番大事なんだよ?』って(笑)」
笑也は、この役に思い入れがあると語っていた。
「なぜだろう……僕にとって入りやすい役だったのでしょうね。劉備は、とびきりトランス状態になれた役でもありました。その状態に入ると、まったく演じていない、自分だけど自分じゃないような感じになる。周りの動きや相手の台詞を受けて、その瞬間に生まれた感情で、自分の中から台詞や動きがどんどん出てくるんです。毎回芝居も変わるので、4時間半の昼夜2回公演に飽きることもなく、昼公演が終わったら『夜に、もう1回できる!』と思えたくらいでした」
いざ、スチール撮影へ。
■できっこないの先の景色
笑也は高校卒業後、国立劇場歌舞伎俳優養成所の第5期生として2年間の研修を経て、1981年2月に猿翁に入門した。
「その月の演目は、師匠が十役早替りをする『伊達の十役』でした。そこに登場する、乳母の政岡という女方の大役を『勉強会でやってみないか』って師匠に言われたんです。入門から2か月ですよ?(笑)。その公演では、中村時蝶さんが舞台裏の早替りを統括してくださっていました。どんなことでも大変よくご存知の、大名題の女方さんです。迷っていた私が『どうしたらいいでしょうか』と相談すると、時蝶さんは『なぁに言ってるの! 若いうちにやらないと、年とったら怖くてできなくなるわよ?』って。その言葉に背中を押していただきました」
「でもね、当然できるわけがありません。三味線の糸にのって言う台詞も、師匠は肺活量がすごいので、ものすごいテンションでブレスなしでやられます。私だと途中で息がなくなり顔が真っ白になる。竹本は葵太夫さん、三味線は豊澤重松お師匠さんでした。『すみません、途中で息をしてもいいですか?』と相談させていただいて(苦笑)」
1986年にはスーパー歌舞伎の原点『ヤマトタケル』で、準ヒロインのみやず姫を勤めた。歌舞伎の家の生まれではない笑也の、入門からわずか5年目の大抜擢は、大きな話題となった。
猿之助からのディレクションに耳を傾ける。
「それも、できっこないんです。時代はバブルでしょう? シャンパン風呂に入ったなんて人の話も聞くのに、こちらは軽井沢の稽古場に閉じ込められて1000本ノック。火をふくような稽古の日々で、歌舞伎から離れるのは1年のうち3日くらいでした。しかも、それだけ一所懸命やっても、声が出ない。芝居ができない。足りない部分がありすぎて、すぐに壁にぶつかってしまう。うまくできない。なまけたい気持ちも当然ある。僕のライバルって、いつもそういう自分自身でした」
それでも大きなチャンスがきた時は、挑戦した方がいいと笑也は言う。今回、孔明役を勤める青虎にも伝えたことがある。
「できっこないのにやる。そこから何を得られるかというと、“上からの景色”なんです。大きな役をやらせていただくのと、大きな山の高みを目指すのとは同じ。いきなり高い山に挑むと、空気が薄くて動けなくなる。それでもいいからとにかく登ると、下から見上げても分からなかったものが上にあったり、遠くまで広がる景色が見えたり。登ってみなければ、そんな景色があるとも知りません。この経験は、どんな役を勤めるときにも生きるし、自信にも繋がります」
ポスター使用写真!撮影は渞忠之氏。
■おもちゃで遊ぶように楽しんで
猿翁に入門して40年が過ぎた。三代目猿之助の「スーパー歌舞伎」を支え、四代目猿之助の「スーパー歌舞伎II」でも唯一無二の存在感をみせ、澤瀉屋の芝居に欠かせない役割を果たし続けてきた。しかし役者としてのあり方に迷った時期もあったという。
「お芝居において、正確さって何だろう。何をもって正確? 台詞を間違わずに言えば正確なの? そういうことではないはずだ……。そんなことを考えました。師匠は、先々代の(二世中村)鴈治郎さんが大好きでした。鴈治郎さんは、澤瀉屋の芝居にもよく出てくださったのですが、ご自分の台詞の頭とお尻は正確で、真ん中を毎日変えるんです。そして毎日本当に楽しそうにお芝居をされ、一緒に出ている役者も楽しくなる。お客様にもそれが伝わるのでしょうね。鴈治郎さんが出てきただけで、皆が楽しんでいらっしゃると分かるんです。それって役者としては究極ですよね」
『新・三国志』ビジュアルができるまで―
「私は師匠から、芝居はまず自分が楽しむものだと教わりました。子供がおもちゃで遊ぶように楽しんでやれなければ、お客様も楽しめない。たしかに“遊び”も“芝居”も、Playです。お客様に楽しんでいただきたいからこそ、まずは自分が楽しむ気持ちを大事にしています」
上演時間は2時間半程度。「夢みる力」のフレーズが受け継がれる、歌舞伎座での『新・三国志』は、『三月大歌舞伎』の第一部にて、3月3日から28日までの公演。
「初めてご覧になる方に『これは面白い!』と思っていただき、前回ご覧の方にはご納得いただき『やっぱり生の芝居はいいね』と感じていただけたら、うれしいです。横内先生の新たな脚本で、四代目猿之助さんの演出でやらせていただく『新・三国志』。一体どんな味になるのでしょうか。ぜひ劇場でおたしかめください!」
撮影:渞忠之。スタンバイ中。左から市川笑也、市川猿之助。何かついていた。左から市川笑也、市川猿之助。
※澤瀉屋の「瀉」のつくりは正しくは"わかんむり"です。
取材・文・撮影(クレジットのないもの):塚田史香

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