新国立劇場 2022/2023シーズン ライ
ンアップ説明会レポート【舞踊部門】
~吉田都芸術監督演出『ジゼル』<新
制作>で開幕、「攻め」のラインナッ
プに期待

2022年3月1日、新国立劇場の2022/2023シーズン ラインアップ説明会が開催され、オペラ・舞踊・演劇各部門の次シーズンの演目が発表された。1997年に劇場が開幕して25周年を迎える2022/2023シーズン、劇場ではオペラ・舞踊・演劇の各部門から、芸術監督が直接かかわる公演4本と、5年周期で上演されるオペラ『アイーダ』を加えた計5演目を「開場25周年記念公演」と位置付ける。
舞踊部門では開幕を飾る新制作『ジゼル』が開場25周年記念公演。3シーズン目を迎える吉田都芸術監督が初めて演出を手掛ける意欲作だ。このほかニューイヤー・バレエに公演キャンセルとなった『A Million Kisses to my Skin』が再登場。さらに「シェイクスピア・ダブルビル」として、昨シーズンに公演キャンセルとなったアシュトン振付『夏の夜の夢』に加え、世界初演となる『マクベス』の、計4演目が新制作として並ぶ。また2021年末から翌2022年年始にかけてロングラン上演し、好評を博した『くるみ割り人形』を年末年始に再度12公演を行うほか、バレエ団の人気レパートリー『ペンギン・カフェ』を夏の「こどものためのバレエ劇場」の演目として上演するなど、作品に新たな光を当てる「チャレンジ」も盛り込まれている。この会見直前の2月に予定されていた2つの公演がキャンセルになるなど、新型コロナウイルスによる影響で依然公演キャンセルや演目変更が続き、思い通りの上演ができないなか、しかしこのほど発表された意欲的な「攻め」のラインナップには、勇気づけられるバレエファンも多いに違いない。シーズン発表会を通して、上演作品に対する吉田芸術監督の思いをお伝えする。(文章中敬称略)
(左から)小川絵梨子演劇芸術監督、大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督 (撮影:長澤直子) (撮影:長澤直子)

■『ジゼル』『マクベス』など新制作を4本。『くるみ割り人形』12回公演はダンサーのクオリティも向上
新国立劇場バレエ団の2022/2023シーズンのラインアップは10月の新制作『ジゼル』を皮切りに、年末年始の『くるみ割り人形』、「ニューイヤー・バレエ」として『A Million Kisses to my Skin』とバランシン振付『シンフォニー・イン・C』を上演。2月は公演キャンセルとなり配信で上演した『コッペリア』、ゴールデンウィークには上述「シェイクスピア・ダブルビル」、6月は2021年の開幕作品『白鳥の湖』の再演が予定されている。
吉田芸術監督が演出に携わる『ジゼル』は、振付を英国ロイヤルバレエなどで活動している振付家、アラスター・マリオットが、衣装・美術は新国立劇場ではバレエ『アラジン』の装置を手掛けた英国人ディック・バードが担当する。「『ジゼル』は私にとっても思い入れの深い作品。今回の新制作にあたり、私の意向・求めるものを理解してくれるスタッフを選んだ」と吉田芸術監督。バレエ団ではこれまでセルゲーエフ振付の『ジゼル』を上演してきたが、回を重ねるうちに原典とは別の形になってしまった部分も多く見受けられたことが、今回新たなプロダクションをつくるに至った理由の一つ。「内容はオーソドックスなものになると思うが、ダンサーによっていろいろな解釈ができるよう、幅を持たせたい。ダンサーには演じる醍醐味を感じてほしい」と語る。
新国立劇場 吉田都 舞踊芸術監督 (撮影:長澤直子)
また昨年末から年始にかけて12公演を行った『くるみ割り人形』は、結果的に大成功。「どうなるかわからないチャレンジだったが、結果的に日に日に来場者が増え、年明けの三賀日が最も多かった」と、うれしそうに眼を細める。「バレエばかりでなくクリスマスのデコレーションや年末のお蕎麦、ホットワインといった季節感を含め、劇場そのものを楽しんでいただけた。こうした要素はとても重要だと感じた」。さらに「ダンサー達には公演が終わるたびに毎日"山ほどのダメ出し"をしていたが、そこを確実に修正していくことを通してダンサー達のクオリティも向上していった。同じ作品を数多くこなすことの大切さを改めて感じた」とバレエ団のレベルアップにもつながったことを示唆。2021年初演で好評を博した『白鳥の湖』をシーズン末上演することについても、「(再演の大切さという意味で)なるべく早いうちに上演したいと思っていた」と意欲的に語った。
「ニューイヤー・バレエ」は『A Million Kisses to my Skin』『シンフォニー・イン・C』のほか、「小作品になるかパ・ド・ドゥ集になるかは未定だが、新春にふさわしい華やかな演目を考えている」という。リベンジ上演となる『A Million Kisses to my Skin』については「振付のデヴィッド・ドウソンに直接指導してもらうということがダンサーにとって本当にいい刺激になるし、大切なこと」と話す。また吉田芸術監督は就任時に「日々の稽古の大切さや質の向上」を掲げ、海外からの指導者の招聘なども計画していた。その一つでありコロナ禍でキャンセルとなってしまった名ダンサー、フリオ・ボッカの来日についても「『コッペリア』の指導も含め、再度来ていただけるかどうか打診中」と明かした。
来シーズンの注目公演の一つである「シェイクスピア・ダブルビル」で上演予定の『マクベス』は、ジェラルディン・ミュシャ作曲のバレエ音楽『マクベス組曲』に、ウィル・タケットが振付する。タケットはアダム・クーパーが主演した『兵士の物語』で演出・振付を手掛けたほか、首藤康之とともに『鶴』を上演、パルコ劇場で上演された『ピサロ』の演出などを手掛けるなど、日本でもなじみの深い芸術家だ。「高円宮妃にミュシャのバレエ音楽『マクベス組曲』を紹介いただいたのが、今回の上演を考えたきっかけ。そのための振付家は誰かと考えたときに、ウィル・タケットにお願いしようと思った。世界で活躍している彼であれば、面白い作品を作ってくれるのではないかと期待している」。
新国立劇場 2022/2023シーズン ラインアップ説明会 (撮影:長澤直子)

■『ペンギン・カフェ』をこどもバレエに。エデュケーショナルプログラム第2弾は『白鳥の湖』を上演
ダンス公演は11月に平山素子・柳本雅寛振付『春の祭典』を再演するほか、平山振付の新作『半獣神の午後』を合わせて上演。『春の祭典』のダンサーはバレエ団内でオーディションにより選出予定。『半獣神の午後』は男性中心のダンスとなる予定だ。また3月には「DANCE to the Future 2023」を、今度は小劇場で上演。6月は「日本の洋舞100年・第4弾 ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2023」として4作品がラインナップされている。
夏の「こどものためのバレエ劇場 2022」で上演されるデヴィッド・ビントレー振付『ペンギン・カフェ』は2010年にバレエ団で初演され、スタイリッシュな魅力で新たな客層にも訴求してきた。その作品を、今度は「こどもバレエ」として、新たな側面にスポットを当てる。「上演前にNHKの『子ども科学電話相談室』の回答者や、動物図鑑の監修などもされている成島悦雄先生に20分ほどのプレトークをしていただこうと考えている。動物や環境、自然を守るために自分たちにできることなどについてのお話を聞いたあとにバレエを見ることで、子どもたちの心に、バレエがより深く印象に残るのではないか」と話す。子どもばかりでなく、動物や自然に興味を持つ層にもアピールできそうなプランだ。
またエデュケーショナルプログラムについては第2弾として6月に『白鳥の湖』を取り上げる。これはバーミンガム・ロイヤル・バレエで行われているバレエの初心者向けのプログラム「ファースト・ステップ」をベースにしたもので、バレエを初めて観る客層を対象に、バレエ作品のなかでももっとも有名な『白鳥の湖』を題材に、トークを交えながら解説しつつ、3幕の部分を観賞するという内容だ。残念ながら2022年2月に予定されながらキャンセルとなってしまったエデュケーショナルプログラム第1弾「ようこそシンデレラのお城へ」は「何もないところから舞台ができていく様子を見せていくプログラムで(『白鳥の湖』とは)趣旨が違う。せっかく創り上げてきて、英国側の関係者も非常に喜んでくださっていたので、再度の上演を考えていきたい」。
(撮影:長澤直子)

■新リハ室確保で新人キャストにも期待。「やれることをやるしかない。人々の心に残る舞台を」
来シーズンは吉田芸術監督の就任3年目。就任時には「バレエ団の質の向上」「ダンサーの待遇・環境の改善」など、いくつかの目標を掲げていたが、とくに「医療」の分野では環境が改善されつつあるという。「これまでケガなどのケアはダンサー任せだったが、ケガの際に病院とのホットラインが構築でき、先生にお話が伺えるようになった。このほか日々のケアやコンディション維持のためのアドバイスなどを行うトレーナーなども入るほか、ダンサー向けに身体のケアについての特別講座なども行ってきたい。地方公演の際は現地の医療関係者が待機し、ダンサーが安心して踊れる体制を整えている」という。
またリハーサル室の不足により、新たなキャストが組みづらいという問題についても、「ようやく小さなスタジオを確保できた。新人の起用など、新たなキャストを組んで行きたい」と意欲をのぞかせる。
また女性ダンサーの妊娠・出産を経てのカムバックについては「2月の公演がキャンセルにならなければ、お母さんダンサー第1号が舞台に戻ってくる予定だった」と明かしたうえで、「復帰には子育てをしながらも舞台には絶対に穴をあけないという本人の強い意思、またダンサーのレベルなど様々な要素はあるが、私自身は、出産を経た後もちゃんと戻ってこられるようにしたいと思っている」と話す。
(撮影:長澤直子)
明けやらぬコロナ禍に加え、昨今のウクライナ侵攻という衝撃的な事件は、芸術家たちの世界にも一層影を落としている。オペラ・舞踊・演劇三部門揃っての記者会見では、オペラの大野和士芸術監督を通し「新国立劇場では政治と芸術は分離して考える」というコンセンサスが取れているとしたうえで、「芸術家の使命は人々に心の自由を与えること。芸術は国という政治的な区割りを遙かに越えたところにある」という力強い言葉が語られた。演劇の小川絵梨子芸術監督も「ロシアでも戦争反対を訴える声がある。一つひとつは小さいが、それに寄り添い共有していきたい」と語る。舞踊の吉田芸術監督は「湾岸戦争が始まった時、私はこんなことをしていていいのだろうかと思いながら『白鳥の湖』を踊っていた。今回の件はとても衝撃的だが、戦争や内戦はこれまでもずっと起こっていた。私たちは自分たちがやれることをするしかない」と言葉を絞り出すように語った。
これまでに例を見ないほどの外的要因による圧迫が続き、「それでも、やれることをやるしかない」という現実のなか、吉田芸術監督は「ダンサー達は厳しい状況が続く中でも日々のお稽古やリハーサルを重ね、次の舞台に向かってがんばっており、自分も勇気づけられる。去る2月の公演キャンセルも、ダンサー達は本当に精神的にもハードなスケジュールでリハーサルをしていた中でのことだった。陰性にもかかわらず自宅待機になり、それでもしっかり身体を管理しするといった姿を見ていると偉いなと思う。みんな健気に頑張っていて、自分がダンサーだった時のことを思うと、ほんとうにかわいそうでならない」と、彼らの心情に思いを寄せ、涙ぐむ場面も。そして「今はダンサー以外でも苦しんでいる方々がたくさんいる。人々の心に残るような舞台をご覧いただけたら、私たちにとってはこんなに嬉しいことはない」と決意を新たにするような口調で、きりっと前を向いて結んだ。
この逆境の中でも攻めの姿勢を緩めない、開場25周年を迎える吉田芸術監督の2022/2023シーズン。ダンサー達とともにつねに前を見据えて邁進するバレエ団の姿を、我々も追っていきたい。
(左から)小川絵梨子演劇芸術監督、大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督 (撮影:長澤直子)
取材・文=西原朋未

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