ピカソと並ぶ現代スペインの巨匠・ミ
ロと日本の深い結びつきを紐解く 『
ミロ展―日本を夢みて』内覧会レポー

2022年2月11日(金・祝)から4月17日(日)まで、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで『ミロ展―日本を夢みて』が開催される。本展は、ピカソやダリと並び称される現代スペインの巨匠、ジュアン・ミロを、日本との関わりに着目して紹介するものだ。以下、ミロの戦前の傑作として名高い絵などを含む、約130点もの作品と資料が集結する本展の見どころを紹介しよう。
若き日の絵や56年ぶりに来日した名品も
重要な作品が集結する豪華な内容
本展は、初期の作品、新しい表現を目指していた時期の絵画など、ミロのキャリアの節目となる作品が集まっている。スペインの小村シウラナの情景《シウラナ村》《シウラナの教会》はミロが20代前半に描いた絵で、特異な空間表現や単純化された地形などが目をひき、浮世絵における遠近感の影響を感じさせる。
左:ジュアン・ミロ《シウラナ村》1917年夏 吉野石膏コレクション(山形美術館寄託) 右:ジュアン・ミロ《シウラナの教会》1917年夏 静岡県立美術館
白い花が描かれた花瓶に黄のカンナと赤のハイビスカスが活けられ、画面右下に蝶が羽ばたく《花と蝶》は、ミロが緻密で写実的な描写を行った最後の数点の一つで、ミロはこの後シンプルな作風へと移行することになる。すらりと伸びた花と枝からは、日本のいけばなの影響を感じ取ることもできるだろう。
左:ジュアン・ミロ《花と蝶》1922-23年 横浜美術館 右:ジュアン・ミロ《赤い扇》1916年 株式会社フジ・メディア・ホールディングス
《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》が制作されたのは第二次世界大戦中で、ミロがマジョルカ島パルマで隠遁生活を送っていた頃だ。制作時のメモには、大聖堂で歌を聴きながらドローイングを行い、ステンドグラスから降り注ぐ光が素晴らしかったと書かれている。中央に描かれた星とオルガンの力強い線と、オルガンを取り囲む人物の細い線が美しく調和している作品だ。
ミロの絵によく登場する四つのモチーフが文字として描かれる《絵画(カタツムリ、女、花、星)》では、モチーフと文字が緩やかに絡み合い、絵画と詩を区別しなかったというミロの姿勢を感じ取ることができるだろう。来日するのが56年ぶりとなる本作は、もともとタペストリーの下絵として制作されたものだが、絵の大きさと見事な出来栄えから、ミロの戦前の代表作として見なされてきた名作である。
左:ジュアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》1945年5月26日 福岡市美術館 右:ジュアン・ミロ《絵画(カタツムリ、女、花、星)》1934年 王立ソフィア王妃芸術センター、マドリード
日本との関わりを示す展示
詩人であり、美術評論家でもある滝口修造との関わりも多数紹介
ミロ若かりし日の作品《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》は、肖像画のモデルの背後に浮世絵がコラージュされている。本作のモデルのリカルはミロの美術学校時代からの学友で、熱心な浮世絵コレクターだったそうだ。貼られた浮世絵の色はほとんど失われているが、本展では同じ図柄がちりめん加工されている作品をあわせて鑑賞可能だ。
左:ジュアン・ミロ《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》1917年冬―初春 ニューヨーク近代美術館 右:作者不詳《ちりめん絵》制作年不詳 サビーン・アルマンゴル氏、アルマンゴル=ジュニェン・コレクション
実は、ミロに関する最初の単行書を出版した国は日本だった。著者は詩人で美術評論家の滝口修造である。後にそのことを知ったミロは喜び、本展ではミロと瀧口の交流の深さを示す作品が多数展示されている。瀧口はミロにカラバサ(ひょうたん)の実を贈られ、ずっと宝物にしていたという。また瀧口の詩にミロが絵を添えた共同合作の作品や詩画集も多く紹介されており、芸術家たちによる、ジャンルも国籍も超えた心温まる交流の軌跡を確認できる。
左:ジュアン・ミロ《すもう》※3月14日まで公開 1967年 東京藝術大学大学美術館 中央:《ジュアン・ミロからの贈物(ミロのカラバサ)》1976年贈呈 富山県美術館 右:ジュアン・ミロ《無題》1966年頃 富山県美術館
上:瀧口修造、ジュアン・ミロ《無題》1966年10月4日 富山県美術館 下左:瀧口修造、ジュアン・ミロ《ミロの星とともに》1978年 富山県美術館
ミロは日本における1966年の大規模展『ミロ展』に合わせて初来日し、その後、日本万国博覧会(大阪万博)の開催前年の1969年に再び来日した。本展では1966年の『ミロ展』のポスターや、ミロに贈られた記念アルバムなどを見ることができる。また、ミロが所持していた日本の民芸品なども紹介されている。ミロのアトリエに遺されたこけしやカチカチ車、たわしなどは、素朴で面白みのある形に惹かれたミロの、気取りのない人柄を伝えるようだ。
左:原弘《ミロ展ポスター》1966年 個人蔵 右:ジュアン・ミロ《マーグ画廊ミロ近作展ポスター》1953年 一般財団法人草月会
展示風景 ミロのアトリエから
タペストリー、彫刻、陶芸、書……
多彩なミロの創作の軌跡
ミロの制作活動は絵画にとどまらない。《無題(『カイエ・ダール』9巻1-4号所収ステンシルによるタペストリー)》は『カイエ・ダール』附録のステンシルをタペストリーに仕立てたものである。本作の制作年は不詳だが、ミロがタペストリーを手掛けるのは老境に入った1970年代で、彼の創作意欲は生涯衰えることがなかったことを示す。
左・中央:ジュアン・ミロ《無題(『カイエ・ダール』9巻1-4号所収ステンシル)》1934年 愛知芸術文化センター・アートライブラリー 右:《無題(『カイエ・ダール』9巻1-4号所収ステンシルによるタペストリー)》制作年不詳 埼玉県立近代美術館
ミロはがらくたや捨てられたものを拾い集めて彫刻を作っていた。そうした作品の中には、もとの廃品が全く別の形に変わったものと、形状が比較的残されているものがある。複数のがらくたをコラージュさせた彫刻は、空想世界の生き物や道具にも見え、またミロ作品全体に共通するユーモラスな雰囲気を漂わせる。
展示風景 V 二度の来日
美術学校時代の友人、ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガスのやきもの展に魅了されたミロは、アルティガスにやきものづくりの相談を持ちかけ、共同制作を開始する。
会場でひときわ目をひく巨大な《大壺》は、ひも状にした土を積み上げてつくるひもづくり形成によるもので、1966年の『ミロ展』で披露され、その後、国立近代美術館に寄贈されたそうだ。《女》というタイトルの陶芸はひもづくり形成による筒状の部分に、穴のあいた小さな板と球が載っており、廃品からなる一連の彫刻に印象が近い作品である。
展示風景 IV 日本を夢見て 左手前:ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガス、ジュアン・ミロ《大壺》1966年 京都国立近代美術館 右奥:ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガス、ジュアン・ミロ《女》1962年 滋賀県立陶芸の森 陶芸館
来日時、ミロは書道会との交歓会に毎日参加して書家たちと交流し、また毎日新聞東京支社の落成を祝って揮毫するなど、書に強い関心を持っていた。1966年の初来訪からパリへ戻ったひと月のうちに描かれた《絵画》は、黒色が画面の大半を占め、画材が激しく滴り落ちており、墨の滲みや撥ね、かすれなどからの影響を感じさせる。
左:ジュアン・ミロ《絵画》1966年11月4日 ピラール&ジュアン・ミロ財団、マジョルカ 右:ジュアン・ミロ《絵画》制作年不詳 ピラール&ジュアン・ミロ財団、マジョルカ
会場の最後にある、タイトルやサインや年紀のない、晩年近くの制作とされる《絵画》では、地平線か水平線のような線で区切られたモノトーンの世界に、天体が浮かんでいる。ミロの絵画といって連想する、動的で色彩豊かな絵とは雰囲気が異なるこれらの作品は、書への傾倒や日本への愛着のほか、戦争中は大聖堂でやすらぎを求めたというエピソードを想起させる。ミロ作品の多様さや豊かさのほか、作家が独自の世界へ到達したことを示しているように思う。
左・中央・右:ジュアン・ミロ《絵画》1973年頃 ピラール&ジュアン・ミロ財団、マジョルカ
本展はグッズも充実している。展覧会オリジナルのハンカチやトートバッグ、マグネットセットやブックマーカーなどは、いずれもミロらしい、カラフルで明るい印象だ。また俳優の杉野遥亮がナビゲーターを務める音声ガイドは、鑑賞体験をより豊かにするエピソードが満載で、シークレットトラックも含まれているので、是非利用してほしい。
物販コーナー。本展は特に図録も充実している。
物販コーナー。展覧会オリジナルグッズも多数揃っている。
音声ガイドのナビゲーターを務めるのは、俳優の杉野遥亮。
本展の会場は青い壁面の割合が多く、ミロの故郷から見える地中海の空と海の青を想起させる。戦時中も筆を休めることなく活動し、多くの人と交流して刺激と影響を受けながら、生涯創作意欲が尽きることがなかったミロは、空の光と海の輝きの中で充実した人生を送ったのだろう。
人生の明暗を知り、飽くことのない好奇心のままに生きたミロの創作活動を、日本との関わりとともに知ることができる『ミロ展―日本を夢みて』は、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムにて4月17日(日)まで開催中。

文・写真=中野昭子

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