松本幸四郎が心と技で受け継ぐ『石川
五右衛門』の魅力~『三月大歌舞伎』
取材会レポート

歌舞伎座『三月大歌舞伎』で、松本幸四郎が石川五右衛門役を勤める。五右衛門といえば、泥棒界のスーパースターだ。天下人・豊臣秀吉の寝所に忍び込むが捕らえられ、釜ゆでの刑に処されたというエピソードも広く知られる。その五右衛門と此下久吉(=秀吉)が実は竹馬の友で……という設定で創作されたのが、今回上演される『増補双級巴 石川五右衛門』。
「五右衛門は天下の大盗賊。“あの石川五右衛門”として登場します。一目でそれが伝わるような何事にも動じない大きさ、そして悪の魅力がなければなりません」(幸四郎。以下同じ)
2022年3月3日(木)の初日を前に、幸四郎が取材会に出席した。宙乗りによる「つづら抜け」の演出、「絶景かな、絶景かな」の名場面など作品の見どころとともに、おじの中村吉右衛門の当たり役でもある五右衛門への思いを語った。
■五右衛門としての存在感と絵面の美
五右衛門の存在感の大きさは、見どころのひとつ。
「五右衛門の一つひとつの動き、セリフ、目線に至るまで、地に足をつけて動じない、どっしりとした気持ちで舞台に立つことを心がけます」
幸四郎は意気込みを語る。本作の五右衛門は、まず中納言に変装した姿で登場する。
「本物ではない中納言の、本物と本物ではないところのバランスを意識します。中納言になりきって演じれば、五右衛門が本性を現した時に差を出しやすくはなります。しかし、そうではない。あくまでも“実は五右衛門”が、中納言に変装しているものとしてお客様に楽しんでいただきたいです」
久吉が五右衛門に気がつき、五右衛門が、久吉が竹馬の友の「猿」だと気がつくと……。
「ふたりの心は思わず、猿と友一に戻ります。久吉と五右衛門の姿で、寝転んで頬杖をつき話をしたり。拵えと心のアンバランスさが面白い場面だと思います。そして『山門』は、『絶景かな、絶景かな』の台詞が有名ですね。あの舞台の真ん中に立っていられる存在感、そして絵面の美しさを感じていただけるよう勤めたいです」
平成23年9月新橋演舞場『石川五右衛門』石川五右衛門=松本幸四郎(当時:市川染五郎) /(c)松竹
取材会では五右衛門にちなみ、「盗めるものなら盗みたいものは?」との質問もあがった。「たとえば芸など……」という記者のアシストをさておき、幸四郎は「芝居の資料など物が増えてきました。その収納スペースとして、隣の家を盗みたいです」と正直なコメント。会場は笑いに包まれていた。
■つづら抜けのファンタジーを楽しんで
“つづら抜け”と呼ばれる宙乗りも、見どころとなる。
「皆さんに驚いていただくよう工夫し、準備しています。限られた上演時間内におみせするために、技術面も含めて検証しているところです。つづら抜けの宙乗りでは、吊られていないかのように、本当に宙を歩いてみえるように。そんなファンタジーを楽しんでいただけたら」
つづらから飛び出した五右衛門は、宙乗りのまま花道の上を進み、3階席に設けられる鳥屋へ。
「高いところが全く駄目なので、基本的には恐怖です。でも宙乗りは……お仕事なので(一同笑)。動いてる時よりも、止まった時に高さを感じます。宙乗りをして打上げの見得(うちあげのみえ)もありますから、命がけです。その意味では、つづらの中にいたままの方が怖くありません。気分次第で、五右衛門が出てこず、つづらが飛んでいくだけの日があってもいいかもしれません(笑)」
幸四郎にとっては、2019年8月『東海道中膝栗毛』にて、猿之助とふたりで飛んで以来の宙乗りだ。
「コロナ禍に入って以来、歌舞伎座では先月初めて、猿之助さんが宙乗りを披露されました。3月は、第一部『新・三国志』と第三部『石川五右衛門』で宙乗りがあります。僕にとっては2年半ぶり。1月の猿之助さんの宙乗りも無事に終わられましたし、操作される方の感覚もナマッてはいないはず(笑)」
幸四郎が「高いところは苦手で、歩道橋も真ん中しか歩かない」と明かすと、記者から「お父様(松本白鸚)も苦手だったはず……」との話も。
「父は飛行機も苦手ですね。でもニューヨークのブロードウェイやロンドンのウエストエンドへは飛行機で行っています。やはり……お仕事ですから(笑)」
白鸚は、ミュージカル俳優としての代表作『ラ・マンチャの男』のファイナル公演期間中だ。
「ファイナルと銘打っていますが、ファイナル公演が始まった、と僕は理解しています。ここから30年ぐらい続くファイナル公演のはじまりです。だから、まだ振り返るものではありません。初日を観劇させていただいた時は『とにかく頑張ってください』と伝えました」
■心と技で受け継ぐ、吉右衛門の当たり役
五右衛門は、幸四郎の曾祖父である初代中村吉右衛門が勤め、おじの吉右衛門が当たり役とした。2006年には吉右衛門の五右衛門、幸四郎の久吉で上演。2011年に、幸四郎も五右衛門役を勤めた。
「役は、おじ(吉右衛門)に教わりました。『勧進帳』弁慶を筆頭に、高麗屋は太い男の役を家の芸として代々受け継いでいます。だから、この五右衛門をできるようにならなければいけないと、声の出し方から細かく教えていただきました」
大切なのは、心と技。
「まず、当然ながら役の気持ちを大切にすること。その上で、役の気持ちをお客様に伝えるための、声の技が求められます。心と技、おじは途轍もないものをおもちでした。完成された芸だと思います」
声の大きさ、音の太さ細さ、台詞と台詞の間。それらを「分解して教えてくれた」と幸四郎は振り返る。同じ台詞を同時に言い、直していく稽古もしたという。
「台詞を重ねることで、これほど色々な音を使うのかと気づかされました。大変に細かく、ある意味で繊細。けれども、お客様には豪快に伝わります。台詞回しにおいて、“間”は重要です。音だけでなく、息つぎも含めてリズム。息つぎをする間もあれば、息継ぎをせずに台詞だけを切る間もあります。そのような技術が、特に大事なお芝居ではないでしょうか。五右衛門の存在の大きさをお伝えするには、それだけの技術が必要であるとも感じます」
「歌舞伎は音楽的要素が強い演劇です。感情的になった時の台詞回しも、怒鳴るのではなく気持ちをのせる音として、台詞を言います。幸いなことに今は、記録映像がのこっています。そこから音だけを録り、くり返し聞いて限りなく真似をし、稽古します」
1年前の『三月大歌舞伎』では、『楼門五三桐』が上演され、吉右衛門が石川五右衛門を、幸四郎の真柴久吉を勤めた。千穐楽は、幸四郎が吉右衛門の代役を勤めた。
「おじが最後に勤めた舞台が、『楼門五三桐』の五右衛門でした。僕はその五右衛門と同じ舞台に立っていた役者です。皆様に見ていただき喜んでいただくことで、『僕のおじ、すごいでしょう?』とお伝えしたい。僕の体を通し、素晴らしい五右衛門であると感じていただけることが目標です」
心と芸に裏打ちされた『石川五右衛門』の豪快で美しい舞台を楽しみにしたい。『三月大歌舞伎』は、歌舞伎座で3月3日から28日までの公演。
取材・文・撮影=塚田史香

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