湯木慧 活動5年で完成させた初のフ
ルアルバム『W』から紐解く、創作者
としての歩みと一人の女性としての進

「名刺代わりになるものを作ろうと思った」――湯木慧は初のフルアルバム『W』についてそう語り始めた。意外にもこれが初めてのフルアルバムで、18歳の時にリリースしたデビュー曲「一期一会」から、舞台への初提供楽曲「嘘のあと」、メジャーデビュー曲「バースデイ」、ミュージックビデオがYouTubeで再生回数150万超えの代表曲「一匹狼」、ファンの間で人気が高い「金魚」、そしてオリジナルレーベル“TANEtoNE RECORDS”第一弾作品「拍手喝采」、過去にツイキャスで披露し、話題になり今回が初音源化となる「二酸化炭素」、「十愛のうた」、映画『光を追いかけて』の主題歌「心解く」、さらに最新曲「XT」まで、全17曲入りというベスト盤という捉え方もできる作品だ。彼女の5年間の活動の集大成と言ってもいい、湯木慧というシンガーソングライターの濃厚な感情の記録だ。この1stフルアルバムとどう向き合ったのか、そしてデビュー5年を迎えて創作者として、また一人の女性としてどう進化してきたのか、さらにどう変わろうとしていくのかを、掬い上げるインタビューになった。
――自分でレーベルを立ち上げるという大きな動きがあって、より自由にクリエイティブできる場所を手に入れた、という見方を僕を含めて外の人間はしていますが、実際スタートさせてみて、どうですか?
なかなか難しいものだなと思います(笑)。自由にできればいいっていう話ではなかったっていう感じです(笑)。元々LD&K(所属事務所)という場所は自由な会社なので、具体的に何かが変わったというのは特になくて、不満もいいこともダイレクトに自分に返ってきて、でもそれが“良く変わった”ところだと思えるので、気持ち的には楽になりました。実際、自由に、理想郷で創作できているかと言われたら、うーんっていう感じだけど(笑)、気持ちが全然重くないというか。なんの成果があるわけでもなく、具体的に動けているわけでもないけど、日々生きていく中での心持ちが全然違います。
――そういう気持ちでいてこそ、いい作品ができていくということですよね。
やっと守れる場所を作れたんだなって思っていて。私に限らず、ものを作る人にとって一番大切なのは心の状態だし、そういられる場所を持つことだと思います。
――そんな中で初のオリジナルフルアルバムをリリースすることになって、これはアーティスト湯木慧の5年間の集大成、という捉え方でいいのでしょうか?
そうですね。名刺代わりになるものを作ろうという気持ちもありました。今までミニアルバムも含めて何作も出してきたのに、アルバムというものを出さなかったのには自分の中で理由があって。それは、アルバムというものがなんなのか自分でわかっていなかったからです。やっと出すことになった時、ベストアルバムという形しか想像できなくて、だから名刺代わりの一枚なんです。それが世の中に出て、みんなに届く時に、どう受け取ってくれるのか想像できなくて。今までのミニアルバムとかと同じような感覚で“CDが出るんだ”って思われるのかなとか、色々考えました。でも私の感覚の中では、ミニアルバムもフルアルバムもそこまで差がないんです。
――その時の感情や思いを“すぐ”にリスナーに伝えたいから、曲を溜めてアルバムを作るとい作り方ができなかった、という部分もありますか?
そうなんですよ。その思いはその時にしか書けないので、だから今の感情を書くというより、“曲を書く”というふうに思わないと、アルバムを作るというのはなかなか難しいのかなって。だから舞台の曲とかは逆に書きやすくて、今回、アルバムなのでその曲達をやっと入れることができました。
――今までミニアルバムも含めて、作品一つひとつにものすごく高い熱量を注ぎ込んできて、それは作品を聴いても、インタビューなどを通してもファンの人は感じているし、わかっていると思うし、だから1stオリジナルフルアルバムって銘打たれると、果たしてどんなものが飛んでくるのか、という期待感が大きいと思います。アルバムの頭は、まずコンセプトの説明を語るところからスタートして。
やっぱり1stフルアルバムと銘打っている以上、それこそ湯木慧を象徴するものであって欲しかったんですよね。そう考えていったら、やっぱり“詰め込む”ことになって、でも湯木慧を語るなら「一期一会」も「スモーク」「拍手喝采」も絶対必要だしって考えていったら、結局詰め込むことになって。ベストアルバムのような選曲だし、演じるということもコンセプトというか、テーマとして並んでいるので、いいとこどりみたいな感じかもしれないですね。最初は方向性も右往左往していて、名刺的ベストアルバムの方向に振るのか、演じるということも表現したかったので、そっちに向かうのか、で、結果両方=『W』になりました。
――『W』ってなんだろうって、色々想像しました。色々な意味にとれる。
単純だからこそ広がりがある一文字なので、そんな感じのアルバムになっています(笑)。タイトル通り色々な『W』が含まれているので、一言で表すのは難しいんだけど、一言で表すなら『W』、という感じです。
――これまで発表した曲と改めて向き合ってみて、自分の心模様の変遷をどう感じましたか?
変わったなって思ったし、めちゃめちゃいい曲書くじゃん自分って(笑)。今までの曲を聴いていると、他にも入れたい曲がたくさん出てきて困りました。「狭間」は最高だし、他に「万華鏡」とかああいうテイストの曲も書けるというのを知って欲しいし、「チャイム」ももっと聴いて欲しいって思うし、振り返ってみて、めちゃくちゃいい曲書くな自分って思いました。改めてアルバムに入れることができたら、聴いてもらえる機会が増えるから、もっともっと入れたかったです。やっぱり歌詞が大人になっていってますよね。ひねくれているし、真っ直ぐに、素直に書いてたんですよね。今だったら書けないような素直な言葉がたくさんあります。
――ベスト盤的構成+「二人の魔法」と「XT(クロストーク)」という新曲が2曲収録されています。
この2曲は、今までどこでも歌っていない新曲で、「二人の魔法」は、みんなの声を入れたいなと思って(笑)、でもこういう時期だからマスクしたままの方がいいかなとか、何人まで大丈夫かな?とか色々難しいレコーディングでしたが、でもやってよかったです。頭に入っているみんながしゃべっているところは隠し録りです(笑)。だからリアルですよね。生々しいトラックだと思います。
――「XT」は幸せな感じもすごく出ていて、これが今の心の状況なんだなって伝わってきます。
正に平穏(笑)。この曲は幸せな気持ちで書きましたが、幸せになると曲を書かなくなるんですよ。それが結構問題で、アーティストの人は割とそうなのかもしれないけど、気持ちが落ちている時に曲を書いて、それがすごく聴かれたりするじゃないですか。だから私も精神的に落ちていないと“いい曲”が書けないんですよ。自分でレーベルも立ち上げさせてもらったし、やるぞってどんどん進められるようになったし、プライベートも平和で、闘争心みたいなものがなくなったというか。だから「XT」は温かくて優しい曲だけど、書き上げるまでには相当苦労しました(笑)。まだできていないかもしれないけど、歌で寄り添うことは今までやってきたつもりで、でも歌で一緒に盛り上がったり、一緒に幸せになるということも、今の私だったらできるかもしれないって思います。嘘をついて生きていくことは絶対にしないので、幸せだから幸せな曲を書こうって思うし、気持ち的に落ちている時があれば、そういう曲を書こうと思うし。私の精神状態が変わってきたので、書く楽曲も変わると思うし、きっとまたいい曲書くと思います。今はそういう気持ちになっています。
――さっき出てきた舞台の主題歌、劇中歌がM4、5、6に並んでいます。
舞台や映画に提供した曲は、答えのないものを探しているように見えて、答えがあるものを自分のセンスを通して作品にしていので、そっちの方がやりやすいし、楽しい。そういう曲達は、私のその時の気持ちではなくて物語でずっと生きているものだから、いつ聴いても本物なんですよね。だから私もいつも同じ気持ちで歌えるので、このアルバムにも入っていて、こういう曲の作り方を自分でもできるようになりたい。人から話をいただいて書くのではなく、物語って世の中には沢山あるし、自分の生きているリアル世界ではない物語の世界って沢山あるので、そこから影響を受けるのもある意味『W』だし。それができるようになったら、自分の中で何か変わるのかなって思ったり。
――創作者・湯木慧の5年という時間は、端から見ていると、自身から溢れ出るものに息吹を吹き込んで次から次へと形にしていって、まさに生き急いでいる感じだなって思いました。
好奇心はめちゃめちゃあるし、新しいことをやってたいし、失敗してもチャレンジしている時の方が楽しいから、前に進むしかない性格というか…。もっとやりたいことは沢山あるけど、でも一方でひと通りやった気持ちにもなっていて、だからこれからはひとつひとつの精度を上げていきたいです。レベル、クオリティ、規模感、まだまだ納得できていないので。でも本当に生き急いでいたのだと思います。最近色々考えることがあって、自分のことを振り返ったりすると、常に前を向いてないと嫌だし、常にいい方向にいこうという肯定するための動きをし続けていたんだなって思いました。振り返ることも意味があればいいけど、常にいい方向にって行動していたくて。だから問題があればすぐに改善したいし、問題が見つかっていないなら見つけたいと思うし、生き急いでるというより、前に進んでいないと気が済まない性格だから、結果生き急いでる人生になってしまっている感じなんです。
――いつも全力ダッシュしていて、躓いて転ぶ時も、結構派手な転び方をしたり、でもまたすぐ立ち上がって、また全力で走り始めて――そんな5年間だったように思います。
本当に性格って人生になりますよね。小さい頃からそうなんです。そういう性格で、正にそれがそのまま人生に置き換わったっていう感じす。転んで、ちょっとくらい血が出てても1ミリでも先に進めていればオッケーなんです。だから他の人が見ると、転ぶとワーってぐちゃぐちゃになっているように見えるかもしれないど、当の本人は、頭の中はぐちゃぐちゃになっているけど前に進んでる、みたいな(笑)。進めていればいいって。同じ1センチを誰よりも速く進みたいっていう子だったんですよ。だから鬼ごっこをしても、転んで血まみれになっても鬼に捕まりたくないというのがマインドとしてあって、それがそのまま生き方になっているので、小学生の頃から変わってないということですよね(笑)。
――色々なクリエイター、人と関わることで、刺激を養分に前に進み続けたいという気持ちが強いですか?
そうです、とにかく人と関わるのが大事で、オンラインで何か一緒に作るとかではなく、クリエイターさん、アーティストさん、役者さん、画家さんととにかく一緒に同じ空間でイベントをやりたい。対バンライブをたくさんやっていた時って、毎回学ぶことがあったり、自分に昇華できることがたくさんあって。だから今は誰かとやるということを求めています。1月に芸術家の成田雄智さんとやらせていただいた二人展『ま』で、よりそれを感じました。
――2017年2月22日に1stミニアルバム『決めるのは“今の僕”、生きるのは“明後日の僕ら”』を発表して、5年経ってもまだ23歳という若さで、区切りという感じではないけど、数字的には区切りにしやすい数字ですよね。
やっぱり5年って区切りだし、何か行動すると思います。今までは、なんでもとりあえずやってみようって、無理やりやっていた感じでしたが、自分の中のやり方を大掃除して、クリーンな状態でリスタートして、また創作活動をしたいなって思います。本気で心からやりたいと思えてから動き始めようって。仕事だからとか、色々な事情でやらなければいけなくなったものって、モヤモヤしながら進むことが多いので、そうするとそういうものしか作れなくて。うまくいくこともいかなくなってしまうので、ちゃんと全部を納得してから歩いていける次の5年にしたいって思っています。
――自分の中にずっと息づいている“リズム”を変えるのって、なかなかの“大仕事”のような気が…。
多分変えた方がいいんです。私は神経質すぎて色々なことにいらいらしすぎて、周りの人に迷惑をかけるし、ある程度赦すというか、自分を許容するすべみたいなものを持たないといけないんです。宣言しておきます(笑)。次のインタビューの時「そういえばあれできたの?」って言ってください(笑)。
――このアルバムのリリースを記念した全国ツアー『Wは誰だ。』が5月からスタートします。
コロナ禍に久しぶりの全国ツアーなので、今の段階では心配だけが頭の中を覆っています。でもたくさんの人に会いたいです。そして名刺的なアルバムなので、私という人間を伝える、自己紹介をするようなライブになると思います。『W』なので、もう一人サポートメンバーを交えた二人旅になります。それでツアーファイナルはみんな集まるという感じになる予定です。初日の渋谷スターラウンジとラストの1000CLUBは舞台に提供した曲をやるので、ライブというか演劇というか、今までにないおもしろいものになると思います。ツアーの最初と最後をよりコンセプチャルにするために作り込んで、『Wは誰だ。』の世界を表現します。

取材・文=田中久勝 撮影=菊池貴裕

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