​金属恵比須・高木大地の<青少年の
ためのプログレ入門> 第28回 混乱こ
そ我が墓碑銘、イアン・マクドナルド
に捧ぐ

金属恵比須・高木大地の<青少年のためのプログレ入門>

​第28回 混乱こそ我が墓碑銘、イアン・マクドナルドに捧ぐ

「彼ら〔キング・クリムゾン〕はまだ毎日曜日マーキー〔ロンドンのクラブ〕でプレイしていた。クリムゾン・ファンのスティーヴ・ハケットは定期的に見にきていて、音楽と照明のコンビネーションに感激していた。『今も覚えているよ。ジョン・ギー(マーキーのオーナーさ)がグレッグ〔・レイク、クリムゾンのベース兼ヴォーカル〕にメモを渡したんだ。そしてグレッグは言った。“アメリカ人が月に降り立ったらしい。彼らの幸運を願う” それから〈エピタフ〉に入っていったんだ』」(『クリムゾン・キングの宮殿 〜風に語りて』シド・スミス著、池田聡子訳、ストレンジ・デイズ、2007年、75ページより。〔〕内は筆者註)
スティーヴ・ハケットは、この翌年にジェネシスに加入するギタリスト。まだアマチュアだった頃の回想である。
1969年――人類史上忘れられない出来事が少なくとも2つあったことを証明する言葉だ。1つは科学史に名を残す「アポロ11号の月面着陸」。もう1つは音楽史に名を残す「キング・クリムゾンの誕生」である。
ハケットが食い入るようにして見ていたそのステージに立って白熱の演奏を繰り広げていたメンバーの1人、イアン・マクドナルドが2022年2月9日、この世を去った。キング・クリムゾンの創設メンバー5人のうち、グレッグ・レイクに次いで2人目の鬼籍……。
筆者は2月13日の朝、ポストに新聞を取りに行く時に何気なく見たスマホからこの情報を知った。あまりに衝撃的で愕然とし、理解するには少しの時間を要した。つい先日、当連載で間接的であるがイアンのクリムゾンにおけるアレンジの功績に関して入稿したばかりで、『クリムゾン・キングの宮殿』の楽曲をつぶさに聴き込んでいた矢先だったこともあり、言葉にし難い虚無感が脳髄を支配した。
享年75歳、若すぎる。同い年のロバート・フリップはクリムゾンを引き連れて元気に来日ツアーをこなしていた。まだそんな年齢ではないか。
クリムゾン・ファンなら周知の事実であるが、イアンがクリムゾンにもたらした大きな功績を振り返ってみよう。まず「キング・クリムゾン(King Crimson)」というバンド名は、イアンと作詞家のピート・シンフィールドによって1968年に書かれた「The Court of the Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)」から取られたものである。
「クリムゾン・キングの宮殿」

次に、何の楽器でも自由に弾きこなすことができるマルチ・プレイヤーとしての腕。『クリムゾン・キングの宮殿』のクレジットには以下のように記されている。
「reeds, woodwind, vibes, keyboards, mellotron, vocals」
「reeds, woodwind」とは大まかにいえば管楽器のことで、音で判別する限りではサックス、フルート、クラリネット、リコーダーを使い分けている。「vibes」はヴィブラフォン、つまり木琴で打楽器だ。「keyboards」は鍵盤楽器のことで、ピアノ、エレクトリック・ハープシコード、オルガンの音を聞き取ることができる。「mellotron(メロトロン)」は電気鍵盤楽器でオーケストラの音が再現できる当時最新鋭の機材だ(連載の前回参照)。おまけにコーラスとして歌まで担っている。要は、あのアルバムで鳴っているバンド・サウンド以外の音以外すべてを弾いていたのはイアンということになる。イアンが脱退後のクリムゾンでは、スタジオ・ミュージシャンを幾人も招聘してあらゆる楽器をレコーディングしていた。『宮殿』においてイアン1人が担っていた楽器でアルバムを彩ろうとするには、普通はそれぐらいの人数が必要だったという事実が何よりもイアンの偉大さを表しているといえよう。なお、クリムゾンではクレジットはされていないがギターも達者で、フォリナーなどでの活動を見ても一目瞭然である。
「ムーンチャイルド」(イアンは後半、vibesを演奏している)

そして、それらの楽器を駆使したアレンジ能力。「21世紀のスキッツォイド・マン」のサックスによるフリー・ジャズのアプローチ、「風に語りて」のフルートとクラリネットによるクラシックの室内楽的なアプローチ、「エピタフ(墓碑銘)」のメロトロンによるオーケストラ・サウンドに見られる管弦楽的なアプローチ。それぞれの楽器の特性と曲のイメージを見事に結びつける卓越したテクニックを感じることができる。クラシック音楽的なアプローチをバンド・サウンドに溶け込ませようとする姿勢は当時斬新でまさにプログレッシヴだった。
「僕は昔からクラシックに影響されてきた人間だったから、どうにかしてクラシカルな要素をグループ内に持ち込めないものだろうか、と思っていたんだ」(1999年インタビューより。『ストレンジ・デイズ 2004年4月号増刊 キング・クリムゾン』83ページ)
「21世紀のスキッツォイド・マン」
「風に語りて」

ではイアンどのような生い立ちだったのか、『クリムゾン・キングの宮殿 〜風に語りて』を参考に辿ってみたい。
1946年6月25日、第二次世界大戦の終戦翌年にイギリスで生まれた。最初に興味を持った楽器はドラムだった。父親がギターを演奏していたのでギターも弾くようになり、15歳ごろには学校でロック・バンドを結成した。だがそんなイアンを心配した両親は15歳で軍隊に入隊させることにする。軍隊でも音楽を続けられる条件と引き換えに渋々入隊。そこでは楽器のレッスンを受けることができた。サックスをやりたかったらしいが上官の勧めでクラリネットを選択。そこでさまざまなジャンルのバンドを経験し幅広い音楽の知見を得ることとなる。
1967年、21歳の時に父親から除隊を許されロンドンに戻る。軍隊生活に関してこう語る。
「自分で意志決定をしたり創造的な考えを持ったりすることは軍隊では奨励されなかった。(中略)ティーンエイジャーのうちに無理矢理入隊させられた、クリエイティヴな能力をもっている人間にとっては、とてつもなくひどい状況さ」(『クリムゾン・キングの宮殿 〜風に語りて』44ページ)
戻ってから地元のレコード店で仕事をして最新のレコードを漁る“特権”を得たり、クラブに定期的に通って音楽を浴びる毎日だった。そんな時、ピート・シンフィールドの率いるバンドに加入する。ピートは、後にイアンとともにクリムゾンの創設者となるメンバーである。前述の「クリムゾン・キングの宮殿」の原型もこのバンドでピートとイアンが作り上げたものだ。だがそのバンドはすぐに解散してしまう。
その後、メロディ・メイカー誌に広告を出したことをきっかけにジャイルズ・ジャイルズ&フリップ(GGF)の目に留まる。GGFは、マイケル・ジャイルズ、ピーター・ジャイルズ、ロバート・フリップのバンドだ。マイケルとフリップはクリムゾンの創設者、そしてピーターはクリムゾンの2代目ベーシストである。GGFはイアンのハーモニーのセンスと卓越した演奏技術能力、そして作曲能力に惹かれた。
ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ
そしてGGF解散後、イアンとピートがGGFに合流する形としてキング・クリムゾンの原型が作り上げられたのが1968年。翌年1969年1月22日水曜日に「キング・クリムゾン」と命名した。入念なリハーサルやレコーディングをしながら積極的にライヴをこなしていき、10月12日に歴史的名盤『クリムゾン・キングの宮殿』を発表。アメリカ・ツアーに出かけるも、11月にイアンは脱退することを決意。12月16日、フィルモア・ウェストでのライヴを最後に脱退する。時を経て1976年、アメリカ人とイギリス人による混合メンバーのバンド「フォリナー」を創設し、1977年に『栄光の旅立ち』を発表。以降、クリムゾン以上の商業的成功を収めることとなる。
軍隊で得た経験が後の人生に大きな影響を及ぼした。ティーンエイジャーにとっては逆境だったかもしれないが見事に昇華。50年以上続くこととなるクリムゾンの骨格を作り上げたのだった。
ロバート・フリップは1997年にリリースした『エピタフ −1969年の追憶−』の解説で、イアンについてこう記している。
「イアン・マクドナルド(23歳)は軍隊バンドで5年過ごしたが嫌気がさしていた。だが、それは彼の独創的な才能を伸ばすための新たな実践的体験と音の土台を与えてくれた」「イアンは、音楽性。短くても極めてメロディアスなフレーズを作る比類なき音楽的センスを持ち、それを様々な楽器で表現することができた」(『エピタフ −1969年の追憶−』解説書10〜11ページ)
エピタフ~1969年の追憶
筆者は中学2年の冬、キング・クリムゾンに衝撃を受け本格的にプログレッシヴ・ロックをバンドとして演奏しようと決意した。特に『クリムゾン・キングの宮殿』のインパクトは甚大で、当時の年賀状には「21世紀のスキッツォイド・マン」「エピタフ(墓碑銘)」「クリムゾン・キングの宮殿」の訳詞の断片を書いたりしていたほどだ。曰く、「予言者達が書き記した壁が、ひび割れ、崩れて行く」「ひび割れた道をはって進む、成功を収めれば笑っていられる、だが、明日への恐れのため、僕は叫び続けるだろう」
その時、学級委員とスキー教室実行委員長を務めており公平を期すためにクラスメイト全員に送っていた。ひたむきなクリムゾンの啓蒙活動のつもりだったが、こんな手書きの言葉を見たら不幸の手紙と受け止めたに違いない。完全なテロ行為だった。反省している。
それはともかく、30年続く金属恵比須はこの時に音楽的成長を見せ、未だに積極的にクリムゾンの手法を取り入れている。それはやはり「エピタフ(墓碑銘)」や「クリムゾン・キングの宮殿」のクラシック音楽的アプローチだ。無論イアン・マクドナルドのイディオムである。
批判を覚悟しながら申し上げるが、『クリムゾン・キングの宮殿』の魅力は“両性具有”だと思っている。ロバート・フリップとマイケル・ジャイルズの“ますらをぶり”、イアンとピート・シンフィールドの“たをやめぶり”、そしてその融合したものを中性的な魅力のある声を持つグレッグ・レイクの歌によって表現されていた。誤解を恐れず表現するなら、イアンはインテリ貴婦人でピートが文学少女といったところか。
イアン脱退直後の『ポセイドンのめざめ』は『宮殿』の手法を積極的に模倣して作り上げられているが、メロトロンのアレンジのインテリジェンスな香りは消えた。なお、ピート脱退後に発表された『太陽と戦慄』は、荒々しさが研ぎ澄まされて“ますらをぶり”の傑作だと思っている。
筆者にとって最も思い入れのあるのは「エピタフ(墓碑銘)」。年賀状に訳詞を書くぐらい好きだ。メロトロンによるバイオリンのアレンジは素晴らしい。スタジオ盤はもちろんだが、イアンのラスト・ライヴのフィルモア・ウェストでのアレンジは出色だ。歌のメロディを生かす、旋律的でオーケストラ的な裏メロをライヴで奏でてしまうから敵わない。
なお、イアンは90年代以降のプログレ・シーンに関してこう述べている。
「(プログレッシヴ・ロックという言葉は)不必要な変拍子、中世的なサウンドや歌詞を彷彿とさせるようなネーミングになってしまった。(中略)一つのステレオタイプにはまったものだと思っている。そうなってしまうと、プログレッシヴどころか、文字通りリグレッシヴ(=退行)だよね(笑)」(1999年インタビューより。『ストレンジ・デイズ 2004年4月号増刊 キング・クリムゾン』87ページ)
金属恵比須にとっては耳の痛い言葉である。ではあるが、今後プログレ・シーンを継承しようと思っている身として肝に銘じたい。
「エピタフ(墓碑銘)」

イアンの最もお気に入りの曲も「エピタフ(墓碑銘)」。「素晴らしいヴォーカルをフィーチャーした美しい曲」とインタビューで答えている。冒頭で取り上げた1969年7月のアポロ11号のニュースをMCに挟み、「エピタフ(墓碑銘)」を演奏したそうなのだが、どのような気持ちでメロトロンの鍵盤に指を当てたのだろう。歌詞にはこうある。
「或いは僕の墓碑銘となろう
ひび割れた道をはって進む
成功を収めれば笑っていられる
だが 明日への恐れのため
僕は叫び続けるだろう」
ルイ・アームストロング船長以下アポロ11号の乗組員が月面に降り立つことは知った瞬間、この歌詞を演奏でどう表現していたのかが気になるところだ。こうして1969年、世界はプログレスした。
それから52年以上経った2022年2月6日。中国の火星探査車は、北京オリンピックのマスコットとともに“自撮り”した写真を火星から送ってきたというニュースが入ってきた。52年の時間は想像以上に長く、米ソの二大国による宇宙開発競争も今は昔。中国が台頭してきた。そもそも1969年での国連・常任理事国の「中国」は、中華人民共和国ではなく台湾だった。人類の興味は月から火星へと広がっている。ソ連も崩壊して30年以上が過ぎた。時代は大きく変わった。しかし、1969年の「エピタフ(墓碑銘)」は「アポロ11号」とともに色褪せず歴史に残っている。
イアンのクリムゾン在籍時で最後に奏でたのは「Mars」だった。哀愁を通り越し狂気を感じるメロトロンの叫び声を上げ、バンドを去った。「Mars」とは「火星」。何か因縁めいた付合を感じるのは筆者だけだろうか。
「成功を収めれば笑っていられる」の歌詞の通り、無事に成功を収めて笑いながら火星に向かうイアン・マクドナルドを勝手に想像してしまう。
“1人のイギリス人の魂が火星に降り立ったらしい。彼の幸運を願う”
このように書かれた墓碑銘を頭の中で勝手に火星に建立した。
ご冥福をお祈りいたします。
安らかにお眠りください。
イアン・マクドナルド先生。
2022年2月14日

【参考文献】
・『クリムゾン・キングの宮殿 〜風に語りて』シド・スミス著、池田聡子訳、ストレンジ・デイズ、2007年
・『ストレンジ・デイズ 2004年4月号増刊 キング・クリムゾン』2004年、ストレンジ・デイズ
・『SHINKO MUSIC MOOK THE DIG Special Edition キング・クリムゾン』2015年、シンコーミュージック
・『レコード・コレクターズ1月増刊号 レココレ・アーカイヴズ キング・クリムゾン』2016年、ミュージック・マガジン
・『キング・クリムゾン/エピタフ −1969年の追憶−』(CD)1997年、ポニー・キャニオン
・『キング・クリムゾン/濃縮キング・クリムゾン』(CD)2006年、WHDエンタテイメント(訳詞は当アルバムの解説書に準拠)

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