「講談師 神田伯山 新春連続読み『寛
永宮本武蔵伝』完全通し公演 令和四
年」公演レビュー~“連続ものにこそ
講談の醍醐味あり”

一昨年(2020年)、真打ち昇進と同時に大名跡を襲名した講談師、六代目神田伯山が今年(2022年)1月に行った新春連続読みのレビューをお届けする。張り扇(はりおうぎ)と扇子でリズミカルに釈台を叩きながら緩急自在に語り、獅子奮迅の勢いで講談の面白さを広める気鋭の口演は、観客に「伯山を目撃した!」という満足感を与える充実の内容であった。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)

■待ちかねたぞ、武蔵!
「講談師 神田伯山 新春連続読み『寛永宮本武蔵伝』完全通し公演 令和四年」は、全17席という長い物語を数日に分けて語るプログラム。東京・東池袋の「あうるすぽっと」で2周上演された後(Aプロ:1月6日〜10日、Bプロ:12日〜16日)、名古屋(19日〜23日)、福岡(26日〜30日)を巡演した。トータル20日間という長丁場は、講談では異例の企画だろう。しかもチケットは原則5日間の通し券のみ(東京公演は一般17,500円)というハードルの高さにも関わらず、全公演が完売だったと聞く*。昨年はコロナ禍で延期となり涙を飲んだ観客にとって、待望の日が無事に迎えられた。「私もお客様も待たされました。佐々木小次郎を待たせてジリジリさせた、宮本武蔵の計略のようです。そう思うと、この公演は武蔵の思い通りかもしれません。さぁ、ようやく武蔵が参ります。開幕です」と伯山がパンフレットに寄せた文章にも、気持ちがアガるではないか……待ちかねたぞ、武蔵!
*今年は昨年の購入者を対象に優先受付を実施、残席は一般抽選販売した。
筆者が通ったのは東京のBプロ。1日目は「お楽しみ」と題された前夜祭で、この日の演目は赤穂義士外伝の「鍔屋宗伴(つばやそうはん)」と、侠客を描いた天保水滸伝の「ボロ忠売り出し」。どちらも笑いたっぷりで、客席も大いに盛り上がる。本編に入る前に演者と観客が「今日から5日間よろしく」と挨拶するような、楽しい時間を過ごした。この日は伯山に弟子入りしたばかりの神田梅之丞が前座で上がり、初々しい高座に立ち合えたのも嬉しい。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)

■前半戦、とにかく強い!武蔵に夢中(一話目〜八話目)
プロローグとなる初日。開演前から「ゴクリ……」と聞こえそうな緊張感、高揚感が会場に充満している。通う側も、剣豪並みに気合充分なのだ。「寛永宮本武蔵伝」は、仇討ちの旅に出た二刀流の剣豪武蔵が、行く先々で勇士豪傑と対決する物語。武蔵は30代、宿敵佐々木小次郎はしたたかな老人という設定だ。伯山曰く神田派の“寛永武蔵”は、くだけたエンターテインメントに仕立てられているとか。この日は「偽岸柳」「道場破り」「闇討ち」「狼退治」まで。義父を殺された武蔵が立ち上がり、小次郎の門弟たちを叩きのめし、群れなす狼までも倒しまくる。とにかく勝って勝って勝ちまくる活躍に、「早く続きを!」とウズウズした気持ちでこの日は終了。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)
二日目は、畳を剥がして大暴れの柔術家「竹ノ内加賀之介」、尾張藩の剣術指南役「山本源藤次」、狂人「柳生十兵衛」と、これまた手強い相手との対決が続く。時にジリジリと互角、時に敗退しながらも、相手からさまざまな技を学んでいく武蔵は貪欲。武者修行に一点の迷いもなく、前向きで一直線だ。小説や映画、あるいは漫画に描かれた武蔵は、恋をしたり、斬ることに苦悩したりもするが、こちらの武蔵はシンプルにチャンバラに生きている。これが江戸っ子のようにさっぱりと潔く、痛快で大変にヨロシイ。次第にこちらも「あいつ、相手にしちゃダメだヨ」と宿屋の主人が武蔵に忠告した途端、「あ、フラグだな……これ、絶対戦っちゃうやつだな」と先んじてワクワクするという次第。この日最後の「吉岡治太夫」に武蔵は登場しないが、腕の立つ治太夫が、他道場の門弟にボッコボコにされた弟子の仇討ちに立ち上がる物語。スカッとした清々しい気持ちでお開き。正義は勝つのだ! 帰りは、池袋の街を妙に胸を張って大股で歩く。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)

■後半戦、ついに仇討成す(九話目〜十七話目)
第三夜は「玄達と宮内」「天狗退治」「吉岡又三郎」「熱湯風呂」「桃井源太左衛門」と盛りだくさん。この日の武蔵は“なんでもあり”ですごかった……。手裏剣の名手や弓矢の達人と対決、天狗出没の噂を聞いたら退治に乗り出し、皮膚鍛錬の甲斐あって(肌まで鍛えたのね、武蔵……)敵の熱湯ぜめも乗り越え、評判の道場主を“鼻をひねっただけ(自称鼻びねり流!)”で倒した謎の老人に教えを乞いと、もはや武蔵の後ろに天下一武道会がうっすら透けて見える。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)
ついに迎えた第四夜、千穐楽。一緒に江戸から小倉まで旅をしたのに、今日でお別れかと思うとちょっと寂しい。たった一人で戦い、たった一人で放浪する武蔵のたくましさと自由にあこがれちゃう自分がいる。昨日より今日、今日より明日と突き進む姿に、伯山の姿も重なっていく。この日一話目の「甕割試合」は本編とは関連のない演目だが、剣術指南役の座をめぐる兄弟弟子の光と影の物語にグッときた。ブンブン鎖鎌を操る武術家との戦い「山田真龍軒」を経て、ついに、憎っくき佐々木小次郎と対面。左剣を前、右剣を大上段に振りかぶる〈天地陰陽活殺の構え〉、あるいはピョーンと高く飛びあがって相手を斬り倒す〈天狗昇飛び切りの術〉など、必殺技に客席からは自然に拍手がわき起こる。火花が散るような決闘の末、ついに仇討ちを成す(「下関の船宿」「灘島の決闘」)。「よくやった」と言わんばかりの大喝采の中、大団円。椅子に座って聴いていただけなのに、自分が悲願を成し遂げたような不思議な達成感!
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)

■講談の醍醐味を味わう連続もの
手に汗握る白熱の5日間で実感したのは、「次はどうなる?」とグングン引っ張られていく「連続読み」の力。同じ時間、同じ場所にわざわざ体を運び、連日その日の空気を感じながらライブで物語を聴いていく行為には、特別なワクワクがある。アベンジャーズ並みに個性豊かな豪傑たち、繰り出される驚きの戦法。客をひきつけ、毎日通わせるためのあの手この手、代々の知恵が詰まった展開や仕掛けにも唸った。“連続ものにこそ講談の醍醐味がある”という言葉にも納得だ。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)
そして伯山は、初心者が引っかかりそうな箇所に、当意即妙に言葉を挟み入れる現代感覚が抜群。長い物語にはどうしても山場/谷場(ダレ場)が生まれるものだが、谷場もアイデア豊富にこしらえ、面白く聴かせてしまう。陽気な江戸っ子、仲間と戦略を練る狼、武蔵と小次郎の決闘がどうしても見たい殿様……ユーモアたっぷりの台詞で膨らませたモブキャラたちもチャーミング。連続読みなら、独立して語られにくい珍しい場も入り、よく知る演目もフルバージョンで聴ける。これもファンには堪らないポイントだろう。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)
「寛永宮本武蔵伝」は伯山が初めて覚えた連続ものだとか。師匠である神田松鯉から習った時の嬉しさ、若手時代の失敗、大師匠(二代目神田山陽)の音源を聴いての発見など、マクラで語る各場面の思い出話、芸談も楽しかった。講談師にとって数々の演目とは、師匠からわたされた瞬間から長い修行時間を共にする相棒かもしれない。ひたすら西へ、西へ――つんのめるように勢いよく走り、若い気迫みなぎり、躍動する30代の伯山武蔵に出会えてよかった。まだまだ旅は続くのだろう。最後武蔵は「構えあって構えなし」の境地にたどり着く。さらに大きく強くなった武蔵に、またいつか再会したい。
(撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)
BACK STAGE >> プロデューサー 師岡斐子さんインタビュー

同公演を主催したのは、豊島区の劇場「あうるすぽっと」を運営する公益財団法人としま未来文化財団。ここでは、2019年「慶安太平記」全19席、2020年「畔倉重四郎」全19席の“連続読み完全通し公演”も上演され、伯山のパフォーマンスを輝かせるため、回を重ねるごとに照明・音響などに工夫を凝らし、進化させてきた。「積み重ねたノウハウはツアー先の劇場でも共有しています」とプロデューサーの師岡斐子さんは話す。
「お客様が集中できる程よい暗さの中にも、講談の場合は顔や仕草がしっかりと見えないといけませんから、演劇の明るさ/暗さとは少し違う照明の調合があります。初年度は苦労しました。照明の熱で高座が熱くなってしまい、真冬に冷房をつけたこともあって……次の年はLEDライトを導入して解決しました。音に関してもいろいろと模索し、肝である語りの良さを伝えるため、生声に近い音に聴こえるように調整しています。あうるすぽっとは約300席。講談を聴くのに理想的なキャパですが、ツアー先で同じサイズ感を見つけるのにも苦労しました」
出会いは6年前。師岡さんが松之丞時代の伯山を他会場で聴き、「うちの劇場に合うのでは」と声を掛けたそう。
「先生は豊島区ご出身ですし、地元のアーティストとともに歩んでいけたら……なんて、当初はのんびりした気持ちでいました。でも、ものすごいスピードで一躍時の人になってしまって。こちらが追いかけるのに必死な状態になってしまいました(笑)」
同劇場への初登場は、2018年、落語家や浪曲師との「みんなの演芸」。ここでの読み物が、「寛永宮本武蔵伝」の一席「狼退治」だった。
「小さなお子さんも足を運ぶような会で、狼を『ワオーン!』とすごく可愛く演じてくださったことを覚えています(笑)。あの時も、他の方のリハーサルもしっかりご覧になって、いろんな席に座ってみたり、音を調整されたりしながら『こうした方がいい!』とはっきりとおっしゃって、とても熱心で驚きました。伯山というお名前になって、初めての連続読みが“武蔵”なのは感慨深いです。当劇場は区民先行発売があるのですが、『豊島区に住んでいてよかった』『初めて来たけど良い劇場ね』という声を多く頂戴します。先生には、自分がこの仕事を続けていく自信をいただきました」
「狼退治」 (撮影:橘 蓮二/提供:公益財団法人としま未来文化財団)
文=川添史子

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