吉祥寺ダンスLAB. vol.4『エコトーン
(ECHO-TONE)』水越朋(ダンサー)×
力石咲(美術家)〜「かいぼり」をヒ
ントに毛糸とダンスで描く吉祥寺

吉祥寺シアターでは実験室(LAB.)と銘打って、気鋭の若手ダンサーを迎え、異ジャンルのアーティストとのコラボレーションを軸にした創作を行なっている。北尾亘✕ASA-CHANGの『シノシサム』、岩渕貞太✕額田大志の『サーチ』、かえるPの『PAP PA-LA PARK ぱっぱらぱーく』に続く第4弾は、ニット(編み物)を使った作品によりコミュニケーションのあり方を模索する美術家・力石咲と、しなやかで力強い身体性が魅力のダンサー・振付家の水越朋を迎える。タイトルの「エコトーン(ecotone)」という単語は、異なる環境が緩やかに推移・移行する場所を指す。井の頭公園のほとりから着想を得て、池と陸、自然と都市、街と劇場など、二つの環境を行き来しながら、さまざまな要素を編み込み、また解きほぐしていく。

――まず、お二人それぞれの活動について教えていただけますか。
水越 私はソロのダンス作品を長くつくってきました。自分で公演を打ったり、イベントに参加したり、あとは振付家の方から声がかかったら客演したりと、フリーで活動しています。ユニークな企画としては、都内の劇場で画家の方の作品がある空間で踊るということを行ったんですけど、その後に画家の方のアトリエで公演をやろうということになりました。それが山奥の限界集落だったんです。私のダンスは即興的な要素が強いので、場所に影響を受けるんです。その場所に合わせて踊るというよりは、そこで感じたものによって動くという感じです。
力石 私は編むという手法でずっとインスタレーションをつくっています。編むことは私にとって生活道具をつくるためではなく、つながりをつくる技術だと思っているんです。原点は幼いころ母とマフラーを編んだこと。そのときは途中で飽きてしまいやめてしまったのですが、年月を経て母が亡くなり、マフラーを編むことを再開させたことだったと思います。後々考えてみると、編むことを通して母とつながる感覚があったのかなと。その後美術大学の卒業制作でニットの地球儀をつくりました。5大大陸に目があって、人が近づくとアイコンタクトをとる作品です。幼いころから漠然と、世界に行きたい、世界中の人と友達になりたいという気持ちがあったので、私にとってつながりを表す「編む」という手法で地球をつくりました。そこからどうやったら実際に世界とつながれるか考えたときに、編み物の手軽さに気づきました。
毛糸と針さえあればどこでも作品がつくれるので、それらをポケットに忍ばせて行く先々のモノを即興で包み、自分の痕跡を残したり、作品を介して現地の人びととつながる活動を始めました。そのうちに小さなものしか編めないことがフラストレーションになって、そこで暮らす人びとと一緒に街や空間ごと包むということをするようになって、どんどん規模も大きくなったんです。ただコロナ禍で、人と共同作業ができなくなったり、街に遊びを持っていくことができなくなったことで、自分のマインドの変化もあり、今は場所そのものが持っているつながりに関心があり、編んだりほどいたりすることで変容や循環を表すことができる「編む」という行為によってそれが表現できないか、試行錯誤しているところです。
力石 咲 撮影:和久井幸一
――力石さん、ダンス企画に声がかかったことに関してはいかがでしたか?
力石 インスタレーションをつくっているので舞台と親和性があるのかもしれません。最近は「編む」だけではなく、「ほどく」ことにも関心があるんです。編まれたものがほどけて、また違うものが生まれるという可変性を作品の中に取り入れたいと思ったときに、変化していく様子を見せられるのはライブやパフォーマンスですよね。新しい挑戦ができることはすごくうれしいです。
――水越さん、力石さんの作品の印象などを聞かせてください。
水越 咲さんとご一緒することになって、奈良県での『MIND TRAIL奥大和 心のなかの美術館』に行きました。壮大な山の中の展示で、ちっぽけな私が歩いていって咲さんの作品が見えてきたときに、ぽっと温もりを感じたのがすごく印象的でした。しばらく静かに作品の横に座り、ちょっとだけ身体を揺らしたように思います。稽古では咲さんがいないときも毛糸が横にあるので、素材が持っている柔らかさ、重さを愛おしく感じています。ちょうど先日、舞台美術が上がってきたので、劇場で試したんです。私には絶対にできない動きは美しくてうらやましかったし、真っすぐ降りている毛糸の姿が本当に綺麗で、世界の概念みたいなものを感じます。時間だとか、どんどん世界が分解され、そして粉になって、そこからまた再生していく気配を感じたりと、なんだかすごく大きなものを感じています。
水越 朋 撮影:和久井幸一
――力石さんは水越さんのダンスの印象はどんなふうに感じられましたか。
力石 水越さんの中では計算されていると思うのですが、即興性を強く感じたり、ゆったりとした身体の動きやラインがすごく美しいし繊細なんです。毛糸の素材自体もコントロールできないところがあって私自身も悩ましいんですけど、水越さんのダンスはそことすごく相性がいいように感じます。だからあまり決め込まずに余白も大事にしたいと感じました。
――井の頭公園、井の頭池から着想を得たそうですね。
力石 私は先ほど申し上げたように「場所が内包するつながり」が最近の関心としてあるので、この企画でも吉祥寺の街をリサーチしました。吉祥寺の場所性と言いますか、どういうつながりがこの街独自のものとしてあるのかという視点で街を見るんです。吉祥寺はいろいろな文脈があるんですよ。単純にごちゃごちゃしてるし、通りもいっぱいあって、通りごとに色が違ったりする。難しいなあと思って、それであまり行ったことがなかった井の頭公園を歩いてみたんです。そうしたら池の水を抜いて池に落ちている物や外来生物を一掃し、水質改善をしたり在来種の増加を目指す「かいぼり」をやっていると知って、池から神田川に古い水が流されてまた新しい水が入ること、川や海につながっていること、もともと地上にあったものが池に落ちて新しい社会を池の中で勝手につくっていること、いろいろなつながりをぐるぐる考えることができたので、「かいぼり」をヒントにできないか、提案させていただきました。
力石 咲 撮影:和久井幸一
水越 咲さんから池と「かいぼり」の提案があって、私も公園を実際に歩いてみました。池のほとりに「かいぼり」の解説が書かれた看板があって、それを読んでみたら水を抜いた後に、水際のエリアを段々に整形する作業をしているそうなんです。両生類のすみかとか、鳥が餌をとったりとか、多様性が生まれるんだそうです。池があって陸地があると漠然と思っていたけれど、実はグラデーションになっている、私はそれがとても面白いと思いました。そのエリアのことを“エコトーン”と言うんですよ。この言葉もそのことを表現するだけでなく、響きがかわいいとか(笑)、広い意味を表すということでタイトルに決めました。
――稽古はどんなふうにされているんですか?
水越 最初は編む、ほどくってなんだろうと考えて、実際に編んでほどいてみてその観察をしました。あとは毛糸が持っている動きの観察を、一人で稽古場でやりました。作品コンセプトから連想する言葉やイメージを出していき、動きの要素を膨らまします。美術が決まってきたので、美術転換の流れを意識しながら長い時間即興をして、出てきた面白いものはピックアップして取っておきながら、また即興してということをやっています。
――お二人は「編む・ほどく」というタイトルで美術とダンスのワークショップをされていますが、どういう内容をやられたのですか?
力石 舞台美術に使うモチーフを参加者に編んでもらおう、それをエントランスに飾ろうという企画でした。ワークショップはよく行うんですけど、編み物は難しいのであんまりやらないんです。でも今回はガッツリ編み物をしました。
水越 朋 撮影:和久井幸一
水越 私は稽古をする前から「編む・ほどく」について考えていたんですけど、実際に素材を触ってからの「編む・ほどく」が自分の中で大きく変わったんです。だから参加者の皆さんにも素材を触る体験してもらってから動きたいと思いました。まず鎖編みをやってもらい、それをほどいてもらったんです。小学生と大人クラスがあったので内容は変えたのですが、大人クラスでは、背骨が鎖編みになっていると思い、それはほどいていく、ほどききったらまた編んでいくというワークをやりました。それがすごく面白かったです。ゆっくり一つずつほどいていき、そのイメージをだんだん身体に広げていって自由になっていくんです。楽しかったです。
――そういう中で、力石さんはこんなことを考えているんじゃないかなとか、気づきなどありましたか?
水越 咲さんの毛糸への美学みたいものが、なんとなくわかっていく過程がありました。最初は毛糸は柔らかくてグチャグチャ丸まったり、だらんと垂れたりする動きが楽しいと思っていたんです。でも咲さんの毛糸ってもっとシンプルで、まず綺麗で、語弊があるかもしれませんがメカニックなんです。ピーンとしていて、それがグルグルしたり剥がれたりして、私ができないことやっている。それがだんだんわかってきたのでグチャグチャしたものはむしろ身体の方なのだと思ったんです。
撮影:和久井幸一

撮影:和久井幸一
撮影:和久井幸一

――最終的にはどんな舞台美術になるんでしょう。
力石 シンプルで、水越さんと毛糸だけがいるみたいな空間になりそうです。井の頭公園の池と陸地、「かいぼり」前のいろいろなモノや生物が混ざり合った池の中のように、客席と舞台の境界線も無くすようなことができたらいいね、という話もあり、そういうこともできそうかなと。毛糸の色が場内で映えるんですよ。一本は細いと言っても普通よりはだいぶ太いんです。シンプルで強い舞台になればと思います。
――イメージが貧困で恥ずかしいのですが、猫が毛糸で戯れているイメージが湧きました(苦笑)。
力石 うふふ。編むというのは毛糸でしかできないものではなくて、それこそ『MIND TRAIL』では、そこにある素材、杉の枝を使って編んだりもしたんです。実は正直、毛糸には飽きてしまっている自分もいますが、どうにもコントロールのできない素材でありそこに向き合い続けていきたいと思う自分もいて、今毛糸と私の関係は複雑です。優しさや温かさを想像させたりファンシーと表現されたり、そういうイメージが毛糸にはあるじゃないですか。私はそういった既成概念に反発しているというか、長年毛糸に付き合ってきてそれだけではないんだぞ、みたいな部分があって、毛糸の違う側面を自分の作品では出したいとも思っています。毛糸を前にしたとき、触れたくなるものだと思うのですが、そこは今回の舞台をつくり上げていく上で水越さんと何度も話し合ったことです。
――どんな作品になりそうかは水越さんにお伺いします。
水越 シンプルですけど、何か気づいたらだんだん押し寄せてきていた、みたいな感じがしています。音楽も使いますが、あまりリズムやメロディで踊るというふうにはならないと思います。普段もその傾向が強いのですが、いつも以上にそうなりそうです。毛糸と一緒に舞台に立つという感じが一番フィットするかもしれませんね。
水越 朋(左)と力石 咲 撮影:和久井幸一
取材・文:いまいこういち

【PROFILE】
力石 咲 (美術家)
1982年埼玉生まれ。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科卒業。ネットワークをテーマとする作品を作る美術家。編むという手法によって場所が内包するつながりを編集し、インスタレーション作品として提示する。
水越 朋 (ダンサー・振付家)
1988年神奈川生まれ。桜美林大学総合文化学群演劇専修卒業。2014年よりソロダンス活動を開始し、劇場・アートスペース・山村地域の民家など様々な場所で公演を行う。ソロダンス活動の他、笠井叡作品をはじめ多数の振付家作品に出演。第二回ソロダンサフェスティバル2018最優秀賞受賞。

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