那覇文化芸術劇場なはーと、独自カラ
ーを打ち出しOPEN~「地域文化を創造
・発信する」「優れた文化芸術に触れ
る」「育て・交流する」

沖縄県那覇市に2021年10月にオープンした「那覇文化芸術劇場なはーと」。こけら落としシリーズが12月からスタート、劇場が進む方向を示す「なはーと」ならではの企画が並んでいる。その中でも高い注目が集まった二つの企画を紹介したい。一つは、自主制作、市民参加という柱を一緒に実現した狂言『唐人相撲』。本作は、多方面で活躍している狂言師・野村萬斎、国立劇場おきなわ芸術監督で琉球芸能実演家・嘉数道彦との共同作業で創造された“なはーと編”と銘打たれた。伝統芸能を守りながら、現代にも息づく新作にもチャレンジしている両者が、新劇場の船出を明るく、楽しく彩った。もう一つはベルリンを拠点にグローバルな活躍をするアーティスト・塩田千春による『いのちのかたち』だ。広場としての劇場を標榜するように、広いロビーに設置されたインスタレーション作品が観客の目と心を強烈に引きつけている。

■伝統芸能を今に届ける、市民とともに創作する
 「那覇文化芸術劇場なはーと」は感動を共有する文化の拠点として、文化芸術の専門スタッフと市民の対話にもとづき、教育・国際交流・産業・福祉・観光などと連携しながら「地域文化を創造・発信する」「優れた文化芸術に触れる」「育て・交流する」といったコンセプトもと、その歴史の幕を開けた。
 大劇場(約1600席)はブルーを基調とした座席や天井を配した空間で、美しい海の中をイメージしている。一方、小劇場(約260席)は「首里城の軒先」をコンセプトに、かつて王族が着こなした着物をイメージした黄色を座席に使い、また壁に施された独特の模様が間接照明により透かし模様のように浮かび上がる。劇場としてはあまり見たことがない華やかなデザインが、空間に入っただけで気分を上げさせる。大小スタジオ、練習室もロビーからも覗けるようになっていて開放的だ。
 2021年12月4日、那覇市の地域芸能が一堂に会する「地域文化芸能公演」からこけら落としのシリーズが始まった。そして12月12日に野村萬斎と嘉数道彦が共同演出した『唐人相撲(とうじんずもう)〜なはーと編〜』が上演された。ちなみにチケットは瞬時に完売した。
野村萬斎(左)と嘉数道彦
 『唐人相撲』は、唐に滞在していた日本の相撲取りが帰国することになると、皇帝から相撲をもう一度見せてほしいと頼まれ、皇帝の臣下が次々と勝負を挑むものの敵わず、ついに皇帝自らが勝負を挑むという物語。
「狂言の中では最大なもので、40人近い出演者が必要なんです。戦争のゴタゴタで、大掛かりな演目はなかなか難しくなった時期があり、その後、新たに復活させるという動きがそれぞれの狂言の家で起こりました。そのころ僕は首里城を見学させていただいて、琉球王国の王家について学び、それを参考にして『唐人相撲』を復活させたという経緯がありました。そういう意味で、今回は、里帰り的な意味合いもあったように思います」(萬斎)
 萬斎は、世田谷パブリックシアター20周年の2017年に世田谷区民と『唐人相撲』を上演。昨秋には石川県立音楽堂でも地元の伝統芸能、武部獅子舞保存会、俳優らと石川県バージョンを上演した。今回の「なはーと編」は、嘉数との共同演出で、沖縄の伝統芸能を取り入れるというアイデアからスタートした。
 萬斎と嘉数は、国立劇場、国立能楽堂、国立劇場おきなわの会員組織「国立劇場あぜくら会」の会報誌で対談したり、国立劇場おきなわの主催で狂言公演を行ったりと深い交流があった。
「嘉数さんとは『唐人相撲』をベースに、その構成の中でどういう割り振りにしようかという話から、最終的にはコラボする、混ざってやれるような場面をつくりましょうということで打ち合わせを重ねました。僕が相撲取りの役で、1ラウンド目の対戦相手は狂言の人と、2ラウンド目には琉球芸能の人と、そして最後は一緒になってという展開を考えたわけです。組手に琉球芸能らしさが際立つように考えました。狂言は原型である猿楽の色合いが出ていて、外国人の物まねをする、インチキな中国語めいた言葉を話すという遊び心があって非常に楽しい。最終的には相撲取りが勝つんですよ、もちろんプロだから。だけども勝つ人よりも負ける人びとに大いにスポットを当てるというのが狂言らしい演目でもあります。負けっぷりの良さ、人間らしい負け方を主題にしている。そこにどう琉球芸能を面白く盛り込むかが課題でした。琉球芸能の中には沖縄空手を舞踊化したものがあったりするので、空手の技を入れましょうとか。でも本式だとこっちが負けちゃうから、こけおどし的に空手をやるけど実は弱い、みたいな設定で。嘉数さんが忠実に振り付けをしてくださるのを、私が狂言に合わせてアレンジしていく、そういうやりとりをしました」(萬斎)
左から二人目が嘉数道彦、三人目が野村萬斎 写真提供:シアター・クリエイト
 一方、嘉数も、東京に出張した際、萬斎の自宅の稽古場で『唐人相撲』の打ち合わせやつくり込みを行った。
「最初は新劇場ができるにあたって面白い企画がないかという話から始まり、本土の狂言と何かしらコラボできないかという話になって『唐人相撲』にたどり着いたと記憶しています。萬斎さんは幅広い活躍をされている方。国立能楽堂で池澤夏樹さんの書かれた新作狂言『鮎』の初演を拝見し、新作と言っても斬新さだけを求めるのではなく、狂言の様式を用いた作品づくりをされていて刺激を受けたばかりでした。組踊や沖縄の伝統芸能の中で新作をつくる身としても、非常に多くのことを学ばせていただきました。もともと琉球の古典芸能は、やまとの能楽に大きな影響を受けているので、所作や動きは共通する部分が多いんです。そんな中、萬斎さんから狂言を学ばせていただき、狂言とは違った琉球らしさ、特に三線を中心とした音楽が加わることで、どんな化学反応が起こるか楽しみでした。うまく噛み合うところを一緒に見つけていったことで、なはーと編の魅力が膨らんだと思います」
 最終的には、萬斎演じる相撲取り相手に、沖縄空手、獅子舞、綱挽などの組手で立ち向かった。沖縄芝居の重鎮・瀬名波孝子が酔っ払った皇帝の妃役で登場し、得意の長刀を振り回したものだから、嘉数扮する通辞たちから「武器はいかん」と止められたり、東京オリンピックで金メダルを取った喜友名諒選手をイメージさせる空手の名手?が現れたりと楽しい取り組みが続く。果ては圧倒的に強い相撲取りに対して女官たちが妖艶な舞で誘惑する色仕掛けをするが、相撲取りの引っ張り合いから綱挽に変わり、さらに鐘や掛け声からカチャーシーに入っていくという展開。そして最後は野村万作扮する皇帝が登場する。

『唐人相撲』なはーと編 提供:那覇市 撮影:大城洋平
『唐人相撲』なはーと編 提供:那覇市 撮影:大城洋平
『唐人相撲』なはーと編 提供:那覇市 撮影:大城洋平
『唐人相撲』なはーと編 提供:那覇市 撮影:大城洋平
『唐人相撲』なはーと編 提供:那覇市 撮影:大城洋平

 なはーとでプロデュースを担当している崎山敦彦は「創造型劇場の可能性と、市民参加型という両方の要素を取り入れた、これからの道のりを象徴するような舞台になりました。能狂言を初めてご覧になったお客様ばかり。狂言ならではの四拍子のリズムが沖縄にはないものですから、客席は異文化に出会った高揚感、緊張感で満ちていました。そして沖縄の芸能の明るさを表現した、とても面白い狂言になりました。張り詰めた間をどうコントロールするかという狂言に対し、沖縄の音楽をぶつけたことは、対象的であるがためにお互いの文化が際立つ形になりました。コラボレーションの意義があったと思います」と語った。
 「狂言に違う文化が入ることの異化効果が発揮されましたね。お国柄というか地域のアイデンティティが息づいていて、明るく、なはーと編にふさわしいものになったと思います」と萬斎。
 嘉数も「国立劇場おきなわとはまたカラーの異なった形で、なはーとでも沖縄の伝統芸能をより深めて、前に進んでいかれるのではないかと楽しみにしています。なはーとでは市民の方々も芸能の楽しさを体感しながら、多くの人に魅力をお伝えする取り組みをしています。双方がいい形で連携ができればと思います」と期待を寄せた。

■焼け落ちてしまった首里城の破損瓦に命を吹き込みたい
 同じく2021年12月4日からは、塩田千春の『いのちのかたち』の展示も行われている。塩田は、ベルリン在住で生と死という人間の根源的な問題に向き合い、「生きることとは何か」「存在とは何か」を探求しつつ、その場所やものに宿る記憶といった不在の中の存在感を糸で紡ぐ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法を用いた作品を制作している現代美術家。
 『いのちのかたち』は、首里城の破損瓦を使用した「いのちのかたち」(小スタジオ)、人びとの願いをテーマに那覇市民ら約1000人から募ったメッセージを糸でつないだ「希望のダンス」(ロビー)、首里城にゆかりのある人を中心に、捨てるに捨てられない思い出の品を寄せてもらい、それを糸でつないだ「小さな記憶をつなげて」(1階展示室)の、3つのインスタレーションが展示されている。
塩田千春「いのちのかたち」

塩田千春『希望のダンス』
塩田千春「小さな記憶をつなげて」

 『いのちのかたち』は、首里城が焼け落ちていく姿を映像で見た塩田が「焼け落ちてしまった首里城の破損瓦に命を吹き込みたい」という想いから、沖縄の人びととの交流や歴史、民俗資料などを当たるなどしながら構想したという。
 鑑賞者の中には、小スタジオに展示されている「いのちのかたち」を前に、涙ぐむ方もいるという。これらの展示は、期間中なら催しのない日でも見ることができる。
 崎山は「塩田さんの作品は人と人をつなぎ、大きなエネルギーを生み出している。施設がガラス張りなので、昼と夜では光の入り方も違うので作品の表情も違って見えるのも面白い。多くの人に見てほしいですね」と話す。
 なはーとはこの先も藤田貴大率いるマームとジプシーとの共同制作プロジェクトとして、沖縄でのワークショップや滞在を経て新作『Light house』を2月4日(金)~2月6日(日)に上演する。また、岡崎藝術座との共同制作で、次年度以降に新作演劇『イミグレ怪談(仮)』公演を予定している。
 さらに沖縄の伝統芸能も数々ラインナップされ、さらには伝統芸能をベースにさまざまなジャンルで新たに表現された作品などもあり、地域性の高い、独自の文化を発信していく予定だ。地域に根ざした、個性に富んだ劇場の誕生に期待したい。
取材・文:いまいこういち

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