おすすめコミックス:「ドカベン」第1巻 水島新司(少年チャンピオンコミックス/秋田書店)

おすすめコミックス:「ドカベン」第1巻 水島新司(少年チャンピオンコミックス/秋田書店)
ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第204回 さらば、水島新司 水島先生の作品に登場する美少女は本当にかわいい。これは水原勇気をはじめとする先生の描くヒロインたちのことをさしてもいるし、『男どアホウ甲子園』のヒロインである美少女その人をさしてもいる。ヒロインの名前がそのものズバリ美少女というのは本当に衝撃的だった。
 水島先生といえば野球というのはもちろんであるが、先生は貧乏を描くのも非常に上手い人だった。山田太郎をはじめとして作品発表当時の社会の水準としても明らかに貧しい生活をしているキャラが多く登場する。多くの場合、そこで描かれている貧乏は牧歌的であり、辛さもあるが人情も希望もある。ただ、多くの不幸に見舞われた貧困家庭の少年が金儲けに執着するようになっていく姿を描いた『銭っ子』の貧乏はひたすらツラいものだった。
 水島作品には異常に短気な藤村甲子園や中西球道、忍者の子孫で野球を知らないのに身体能力の高さだけで活躍してしまう真田一球、酒飲み代打屋のあぶさんといった主人公らしいわかりやすく破天荒な主人公が多い。そんな中で感情の揺れがあまりわからない、朴念尽で品行方正のように見える山田太郎という男は異彩を放っている。
 そんな山田であるが、『ドカベン』の柔道編で幽鬼鉄山相手に見せる背骨を破壊するような残虐制裁ファイトや土佐丸戦での犬神に対するブロックでわかるように、突如として怒りを露にするときがある。あれは怖い。表情があまり変わらないだけによけい怖い。
 山田が感情表現に乏しいように見えるのは、岩鬼のように表情豊かな男、里中みたいなすぐにキレる心が狭い男と比較されるせいかもしれない可能性もあるが、瞳が見えないので何を考えているのか全く読めないのもある。
『ドカベン』の柔道編というのは大人の事情で産まれたものであるのだが、本当に面白い。野球をはじめる前に終わったとしても歴史に残る傑作だったと思う。USA柔道VS日本選抜チームの試合をはじめ、格闘技漫画としても非常に面白い。審判の目を盗んで空手の貫き手で相手のあばら骨を破壊するUSA選手、自分の骨が折れるのも構わず自分ごとパワーで相手を破壊する岩鬼とか本当にいい。
 柔道漫画とはいうが、山田のスタイルの根底には野球で鍛えられあげた身体があり、全ては野球対柔道、野球対空手の異種格闘技戦だ。相手の土俵で戦いながら勝利をおさめ続けてきた山田は勇敢な戦士であり、水島先生の野球選手こそが人類最強であるという想いが伝わってくる。
 柔道という相手の土俵で戦ってきた野球戦士・山田太郎。野球界に戻った彼に対して柔道編のライバルたちが山田と戦うために野球に転向するという展開は胸が熱くなるものがある。そんな中でもチームメイトだったわびすけがライバルとして山田に挑戦してくる展開は子供としては驚愕だった。敵が味方になることはあっても、味方が敵になるなんて。しかし、そこには妬みや恨みのような汚い感情はなく、山田へのまっすぐな気持ちと自身の矜持だけがあった。水島先生には素晴らしいことを教えてもらったと思う。
 柔道編でもっともカッコいい男。それは空手使いの少年・牙だ。水島漫画全体の中でも『野球狂の詩』の火浦健と一、二を争うほどハードでカッコいい男である。『銭っ子』の世界からやってきたような陰鬱なムードを漂わす牙と、その師匠である身を持ち崩した拳鬼・幽鬼鉄山の師弟の凄惨な物語は、もうひとつの『カラテ地獄変 牙』と言えるだろう。そんなことを言ってる人はあまり見たことはないが。そんな二人のおかげで、いつもは朗らかなドカベン・ワールドが一気に悲惨な話の連続になってしまう。しかし、さすがは男・岩鬼。彼だけはいつも通りで救われた気分になる。そんな迷惑な師弟も最終的には山田によって魂を救われ、朗らか師弟(ちょっと迷惑)に生まれ変わるのだけど。
 山田によって生まれ変わったといえば南海権佐だろう。山田と偶然出会ったことで、学園を支配する悪質なヤクザまがいの不良から不気味なサイキック野球戦士へ、山田に破れた後は愉快な山田応援団に変わっていった彼。南海権佐のエピソードというのは、野球のルール内でどこまで奇想天外なことができるかという水島先生の挑戦がグラウンド上のプレイという枠さえ飛び越えてしまったという大いなる実験である。水島先生の野球漫画ではメチャクチャな出来事がたびたび起こるが、『アストロ球団』や『硬派!埼玉レグルス』とは全然方向性が異なる。後者が超人たちの戦いの場に野球がたまたま選ばれただけなのに対して、水島漫画はあくまで野球を描くことが最初にあるからだ。
 南海権佐と並ぶサイキック野球戦士といえば弁慶高校の武蔵坊だろう。この二人に『野球狂の詩』のジンクス、『おはようKジロー』の秋礼太を加えた四人が水島野球漫画における四大サイキック野球戦士である。それはともかく、ぽっと出の弁慶高校に常勝・明訓高校が敗北する展開は今でもモヤモヤするのだが、実際の勝負というのは必ずしもスッキリとした物語に仕上がることはないということを考えれば不思議ではない。水島先生の中では自作品に登場する野球選手はみんな実在の人物なのだから物語中に起きることは全て現実の出来事であり、やはり現実はフィクションと違って上手くいかないものなのだろう。
 山田に会ってしまった男は山田に執着するようになる。賀間さんも影丸もわびすけも山田を追いかけて野球に転向してしまったし、南海権佐は不良を辞めてしまった。谷津吾朗のようにストーカー行為を働くようなものまで存在する。山田は本当にモテるのだ。
 劇中でもっとも愛されるのが山田としたら、水島漫画でもっとも読者から愛されているキャラクターは岩鬼だろう。岩鬼のことが嫌いな水島ファンは存在するのだろうか? 大言壮語、 傍若無人、粗野極まりない男だが、決して卑しくはない。善人では絶対にないが、岩鬼は本当にいいヤツだ。
 岩鬼は水島漫画好きなら誰もが愛しているキャラである以上、好きな『ドカベン』キャラをあげる時に岩鬼の名をあげるのは反則だと思う。ちなみに私は北くんの名前をあげます。明訓の山田たちの一個上の先輩の眼鏡をかけている北くんです。北くんといえば、病気の妹との感動的なエピソードを思い出す人も多いだろう。優しい男。デザインも丸くてかわいい。ちなみに私は微笑三太郎が好きな人と出会ったことがまだありません。なので、もし微笑が好きな人と直接に会う機会があるなら、私の中の北くんとあなたの中の微笑の素晴らしさについてお互いに語り合いましょう。
 赤塚不二夫漫画の中で男ドブス水島新司とたびたびネタにされていた水島先生が、同じく赤塚漫画の中で男ドドブスとネタにされていた牛次郎先生がタッグを組んだのが『輪球王トラ』。赤塚漫画の中では水島先生と牛次郎先生が結ばれて水島牛次郎というキャラが生まれるのだが、実際に二人に間に産まれたのは『輪球王トラ』である。輪球という自転車に乗りながら車輪で球を弾く格闘技色の強いサッカー風のスポーツという牛次郎先生らしいけれん味と、水島先生らしいキャラ造形と貧乏描写が普通に違和感無く融合してしまい、化学反応は全く起こってない感じが愛すべき小品である。単行本では二人の著者近影が縦に並んでいるのだけど、確かに二人の顔は同じ系統の顔だ。髪と髭が短いのが牛次郎先生で長いのが水島先生である。そして、水島先生の方がエネルギッシュなオーラが出ている。
 水木しげる先生の漫画にも、どっからどう見ても水島新司でしかない男がたびたび登場していて、自分は二人が同じ雑誌で連載しているのをリアルタイムで見るには歳が足りないのだが、あれを子供のころに見るたびに「なんで交流とかなさそうな水島先生が水木先生の漫画に……」と非常に不思議な気分になったものだ。水木先生は荒俣宏先生を劇中に妖怪として登場させたりしているわけだが、水島先生のことも妖怪だと思って気にいっていたのかもしれない。妖怪かどうかはともかく、ほんとに気にいっているのが伝わってくるぐらい、水島先生そのものだった。
 漫画もさることながら、水島先生の存在自体がポップでインパクトのある存在だった。雑誌のグラビアにしても、テレビ番組にしても一目見ただけで「あ! 水島新司だ!」となってしまう。特徴のある容貌に髪型、髭。野球選手でもないのに見る時はたいてい野球のユニフォーム姿。常に元気で華やか。どれをとっても水島新司でしかなく、水島先生に似た人は水島先生しか見たことがなく、見るたびに何だか興奮した。水島先生がボールを投げるだけで本当に興奮したし、何なら今だってそうだ。漫画だけではなく水島新司その人が一個の作品だったし、一つの宇宙だった。水島先生みたいな人を見ることはもう二度とないだろう。作品も、その人自身も、水島先生は圧倒的水島新司でしかなく、水島新司以外の何者でもなかった。後にも先にもあんなに見ただけで元気が出てくる人はいない。
 水島先生、さようなら。
(隔週金曜連載)
おすすめコミックス:「ドカベン」第1巻 水島新司(少年チャンピオンコミックス/秋田書店)
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【ロマン優光:プロフィール】
ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。twitter:@punkuboizz
おすすめCD:『蠅の王、ソドムの市、その他全て』/PUNKUBOI(Less Than TV)
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