創立50周年イヤー新日本フィル定期で
「二役」の西江辰郎(ヴァイオリン)
にインタビュー、次期音楽監督・佐渡
裕と初共演

2022年が明け、いよいよ創立50周年イヤーを迎えた新日本フィルハーモニー交響楽団(新日本フィル)。気持ちも新たに臨む第639回定期演奏会(2022年1月27日すみだトリフォニーホール/28日サントリーホール)で、佐渡裕が指揮を執ることとなった。さらに新日本フィルのコンサートマスター・西江辰郎が、本来の役割に加え、《ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 「トルコ風」》ではヴァイオリニストとして演奏するという、いわば「二役」をこなすことでも話題を呼んでいる。これは新型コロナウイルス・オミクロン株に対する入国規制により本来予定されていた指揮者ジャン=クリストフ・スピノジ、ヴァイオリニストのステラ・チェンの来日がかなわず予定変更を余儀なくされた形ではあるが、2023年4月から新日本フィルの音楽監督に就任する佐渡の登場は、図らずも新日本フィルの未来図の先取り公演ともなるものだ。しかも佐渡は今回の演目にあるバーンスタインの直弟子ゆえ、師匠の名作「シンフォニック・ダンス」を新日本フィルとどう演奏するのか、非常に興味深いところだ。さらに新日本フィルのコンマス・西江はソリストとしても評判の高い演奏家。今回は公演を前に、「二役」をこなすコンマス西江辰郎に話を聞いた。(文章中敬称略)
(c)大窪道治
■遠くへと連れて行ってくれる西江の音。「あらゆるところに音楽のヒントがある」
西江の音楽の魅力として印象深い点の一つが、その音が醸す透明感だ。彼の奏でる透き通った音色の世界はどこまでもクリアで、ところどころに浮かぶ色彩を探しながら身を委ねていると、いつの間にか遠くの異世界にたどりついているような、そんな味わいがある。またジャズミュージシャンの上原ひろみと共演するなど、ジャンルを超えた活動も話題となっている、注目の音楽家の一人だ。
――西江さんは非常に好奇心旺盛でいろいろなものに興味があると伺いました。こうしたことも、西江さんの音楽の魅力を深める理由の一つなのかなと思うのですが。
そうですね、私にとって興味をそそる何か、期待や発見はモチベーションに直結します。自分の知らない事柄や世界に対してどうしてだろう、なぜだろうという好奇心のおかげで音楽を続けていられるという面がありますね。
我々が音楽作品と携わるとき、多くの作品はすでに遠い過去に書かれたもので、その時代背景や書物などを除いたら、楽譜が全てであって、書かれた時代によっては演奏指示も必要最低限しか書かれていないことも多いです。
そのような場合、書かれていないからただ音を並べて何もしないのではなく、奏者に委ねられている表現を、和声や前後関係からどう解釈するのか、そこからどんなニュアンスを汲み取るかという過程を経て演奏に持っていくわけですが、学生時代から場合によってはその逆から学ぶことも多々あったと思います。
例えば先代の素晴らしいヴァイオリニストや音楽家の音源を聴いたり、映像を見たりして参考にすることを、「恥ずかしい」「自分が無い」と考えてしまう人も多いかもしれませんが、なぜそういう解釈にしたのかなど考え、そこに説得力のある理由を見つけることができれば、一つ引き出しが増やせるヒントを得たと同じことだと思うんです。古きを知り新しきを知るという感じですね。
ですからどちらも必要と僕は思います。
日本人ならソーラン節や阿波踊りといった誰もが一度は聞いたことがあるであろう曲ならば、少なくとも外国人よりは自信を持って歌ったり踊ったりできると思うのですが、外国の民族音楽やワルツなどとなるとやはり自分には下地が必要ですね。ハンガリーを代表する民族音楽としてチャルダーシュがよく挙げられるけれど、調べてみるとこれは長い歴史の中で争いや、復興、様々な要素の複合の中で生まれたものだとわかってくる。またベートーヴェンやヴィヴァルディ、エネスコなどの曲で鳥の鳴き声が出てきますが、その鳥の鳴き声は実際にはどんななのだろう、ウグイスは日本でホーホケキョというけれど、海外ではどう鳴くのだろうか。日本ではニワトリの鳴き声といえばコケコッコーですが海外は捉え方が違いますよね。
――キッキリキーとかクックドゥードゥーと鳴く国もありますね。
そういう時に図書館で鳥の鳴き声のCDを借りてきて、実際の鳴き声を調べてみたりしました。
オーディオも好きなものの一つですが、構造やボリュームの作り方などからも人間の聴覚に起因するアイデアがあったりして、もちろん感性はとっても大事にしていますが、学ぼうと思えば自然や、日常、様々なところに音楽にも演奏の技術面にも役立つヒントがたくさんあると思うんです。
――感性のほかに論理の部分なども併せ、様々な体験や知識の蓄積もまた、西江さんの「音」の一端を作っているわけですね。
(c)堀田力丸

■「ソロはソロ」「コンマスはコンマス」いただいた機会が全て
――1月末の定期演奏会では佐渡裕さんが指揮を執ることになり、西江さんはソリストとコンサートマスターを一つの公演で務めることになりますが、この「二役」はよくあることなんでしょうか。
私は初めてです。そもそもこの公演ではコンマスをする予定だったのですが、紆余曲折あり、急遽佐渡さんからソリストのオファーをいただきまして、とても嬉しかったですし、「ぜひご一緒させていただきたいです!」とお受けしました。
――この「二役」は西江さんとしての挑戦とかチャレンジといった思いはあるのですか?
それは全くないですね。いろいろな事情が重なって、結果的にそうなったという感じです。一つの公演でソリストとコンマスの両方を務めるということには、僕としては今のところ価値を見出していないのです。ソロはソロ、コンマスはコンマスで、おそらく「協奏曲5番」を弾き終えたら、この曲のことはすっかり忘れて、次の2曲に頭を切り替えていると思います。今回(指揮者の変更やコロナによる来日制限など)いろいろなことが重なった結果こうなったというだけで、それぞれにベストを尽くそうと思っています。
――ソロはソロ、コンマスはコンマスというお話ですが、そもそもコンサートマスターとしての役割はどういうところにあるのですか。
オーケストラの舵取り役というのかな。指揮者というのはある意味その演奏会のために来てくださる音楽家なわけですが、オーケストラは普段から共にいる家族なんですよね。コンサートマスターは普段からその中にいて、指揮者の求める音楽と、オーケストラ側の主張の折り合いをどうつけるか、またそこを円滑に進むようにリードするというのがある意味コンサートマスターの一つの仕事といえるかもしれません。
それに、音楽の方向性、音の切り口、フレージングや、アーティキュレーションを演奏しながら示したり、その場に適した弓使いの提案など、リハーサルや本番で指揮者が痒いところにも手が届くようにアシストしたりといった役割もあります。
――オーケストラはファミリーというお話ですが、他のオーケストラでゲストとして演奏されるのとは違い、今回は西江さんのホームグラウンド、いわばファミリーの仲間と一緒にソリストとして演奏することになりますね。
ある意味「同じ釜の飯」を食べている仲間――お互いがお互いのことをよく知っているからこそ、どこまで内容を深めていけるか、というのはあるかもしれません。仲間からのアドバイスももらいやすいですし、ホームだからこその深みのある音楽ができると嬉しいですね。
――佐渡さんとの共演については。
佐渡さんは2023年4月から新日本フィルの音楽監督となられます。今年4月からはミュージック・アドヴァイザーとしてかかわってくださいますが、僕自身は今回が初めて佐渡さんとご一緒させていただくことになるので、どんな音楽づくりをされるのかとても楽しみです。
さらに佐渡さんはバーンスタインの直弟子でもありますが、僕もバーンスタインは大好きな音楽家の一人なので、直接学ばれたことや、秘話なども聴けたらうれしいですね。
(c)Takashi Iijima

■「ジャンル」とはいわば地図。ライヴならではの世界観を愉しむ音楽の旅へ
新日本フィルではクラシックのみならず、直近でもジャズの上原ひろみさんと共演(新日本フィル・シンフォニック・ジャズ・コンサート Special Guest 上原ひろみ)や宮川彬良さんを招いて歌謡曲を取り上げる(宮川彬良 VS 新日本フィル 超!ジルベスター・コンサート 2021→2022 大晦日だよアキラさん☆あぁ下町の鐘が鳴る)など様々なジャンルの音楽を演奏している。
――西江さんもジャズの上原ひろみさんとライヴハウスで演奏をされるなど、ジャンルを超えた多彩な活動をされていらっしゃいます。
新日本フィルはとりわけいろいろな音楽に携わってきたオーケストラの一つだと思うので、素敵な出会いも幾つもいただいています。久石譲さん、宮川彬良さん、デイヴ・コーズ、エイブラハム・ラボリエル、ロストロポーヴィチ、アルゲリチ……等々、挙げ出したらきりがないですね!
上原さんとは2015年のクリスマスの公演をきっかけにお友達になりました。アンコールで「セッションしない?」と誘われて、経験もないのに「やってみたい!」と言ったのがきっかけです。昨年はSave Live Music という事で、Hiromi The Piano Quintet でBlue Note Tokyo、CD録音や日本ツアーも行い、貴重な経験と場数をたくさん踏ませていただきました。人情味あふれる大好きな方です。
よく「ジャンルを超えた~」と言われますが、僕ら演奏する側は、ジャンルについては拘っていない方の方が多いのではと思うんですよね。ジャンルとは、上原さん流に言えば「ここにこういう村があって、そこに行けばこういう音楽が聞けるよ」という、いわば地図みたいなものなのかなと。
僕としても「今日はジャズを演奏してやるぞ」っていう、そういう気負いはないんです。
(c)T. Nishie
――先ほど「ソロはソロ」「コンマスはコンマス」というお話がありましたが、西江さん的には「音楽は音楽」なんですね。「西江辰郎」はどこまでいっても「西江辰郎」なんだなという、ブレない軸を感じました(笑) ライヴハウスとコンサートホールで演奏する、その違いは。
ライヴハウスはお客様との一体感やノリの違いもありますし、自らをさらけだすという意識もとても開かれていると思います。その環境は打楽器やスピーカーの大音量に耐えられる作りになっていて残響も少ないので機械的に作り込むわけですが、マイクを通して演奏する際、ヴァイオリンでもそれなりのノウハウは必要ですし、コンサートホールと同じ弾き方では損をします。
コンサートホールではやはり、ホールもアコースティックな楽器の一部として機能するように設計されていますから、また別のそれなりの弾き方というのが必要です。
ですが、ちょっとギリギリのラインを攻めるっていうのかな。そういう感覚はライヴならば、ジャズでもアドリブの最中などにも感じるもので、クラシック音楽の楽譜に書かれた音を演奏するときにもその表現においてギリギリのラインを行くのと、とても似ていると思います。僕にとってはどちらも刺激的でいい感覚なんですよ(笑)
――最後にお客様にメッセージを。
新日本フィルもここ1年半くらい辛抱の時期が長く、いろいろ変更を余儀なくされたり、公演が中止になったりということがありましたが、お客様たちのサポートのおかげもあり、無事に皆で新年を迎えることができました。1月27、28日の公演では、モーツァルトを敬愛したバーンスタインということで、図らずも代表作揃いの公演となります。ライヴならではの世界観を会場の皆様と探す旅に出られたらと思います。新日本フィルの公演、ぜひチェックしてみてください。
――西江さんの音が、今度はどんな世界に連れて行ってくれるのか楽しみです。どうもありがとうございました。
(c)K.Miura
取材・文=西原朋未

西江辰郎 Profile
新日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターおよび、久石譲Future Band バンドマスター。桐朋学園ソリストデュプロマコース修了。辰巳明子、ティボール・ヴァルガに師事。室内楽を安永徹、市野あゆみに師事。2001年、仙台フィルのコンサートマスターに抜擢、最年少コンサートマスターとして活躍。05年より新日本フィルコンサートマスターに就任、ソリストとして国内外のオーケストラと共演するほか、室内楽や各地の音楽祭にも招聘。マレーシア・フィルやNHK交響楽団にゲスト・コンサートマスターとして出演。16年「題名のない音楽会」にピアノの上原ひろみとゲスト出演。21年にはBlue Note Tokyoでともにジャズライブを行うなど、多彩な活動でも知られている。

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