松山ケンイチ主演の舞台『hana-1970
、コザが燃えた日-』が開幕 沖縄本
土復帰50周年の節目だからこそ考えた
い、ある“家族”の物語

2022年1月9日(日)東京芸術劇場プレイハウスにて、舞台『hana-1970、コザが燃えた日-』が開幕した。
本作は沖縄復帰直前の1970年、12月20日に実際に起きたコザ騒動を背景にひとつの血の繋がらない家族を描いた物語。演出は長年沖縄を見つめ、多くの問題に想いを寄せて来た栗山民也。そして脚本は栗山が絶大な信頼を寄せる畑澤聖悟が書き下ろした。出演者は松山ケンイチ、岡山天音、神尾 佑、櫻井章喜、金子岳憲、玲央バルトナー、上原千果、余 貴美子。
この度、初日にあたりゲネプロが行われたので、その様子をお伝えする。
(左から)アキオ役 岡山天音、ハルオ役 松山ケンイチ  撮影:田中亜紀
すごいものを観た。劇場を出ても物語が頭を離れない。そんな作品だった。ゲネだから客席の雰囲気はやや違うとはいえ、カーテンコールが終わってもしばらく誰も席を立てずにいた。それだけ刺さるものがあったのだと思う。
主演の松山ケンイチが「1970年が舞台の時代劇ではありますが、家族の話でもあって、今に通じる人との触れあいの温かさというものを改めて教えてくれる作品です」と語るように“家族”の物語である。でもその家族の姿は容易に予想できないものだった。
1970年、沖縄がアメリカから日本に復帰する2年前に起きた「コザ騒動」と、その間近に居合わせたある家族の心もよう。12月20日の夜、コザ市(現沖縄市)ゲート通りにある米兵相手のパウンショップ(質屋)兼バーhanaでは、おかあ(余 貴美子)と娘のナナコ(上原千果)とおかあのヒモのジラースー(神尾 佑)が語らっていた。彼らはベトナム帰りの脱走兵のミケことマイク(玲央バルトナー)をこっそり住まわせている。 
(左から)ジラースー役 神尾佑、おかあ役 余 貴美子  撮影:田中亜紀
とそこへ2年ぶりに長男・ハルオ(松山ケンイチ)が訪ねてくる。ハルオはアシバー(ヤクザ)となっていた。実家に脱走兵がいると知って心配する。さらに今度は、次男のアキオ(岡山天音)が同僚の教師・比嘉(櫻井章喜)とルポライター・鈴木(金子岳憲)を伴って来る。誰か来るたび、少しずつ店の空気が変わっていく。おかあとナナコとジラースーは穏やかで、ハルオは熱量と速度があり、比嘉と鈴木は軽妙なやりとりをし、アキオは少しクール。
アキオと比嘉は沖縄県祖国復帰協議会の活動を行っていて、鈴木はピューリッツァー賞を狙って沖縄の取材をしようとしている。鈴木は悪い人物ではないようだが、沖縄で生まれ育った者たちと当事者ではない者とではどこか温度差がある。それは言葉や文化の違いもあるだろう。沖縄の言葉と音楽には独特のムードがある。出演者は上原千果以外、沖縄出身ではないが沖縄の言葉を真摯に話していた。相当練習したことだろう。
アキオ役 岡山天音  撮影:田中亜紀
鈴木は沖縄の抱えた問題についても勉強しているようだが、知らないことも多く、アキオや比嘉から教わっていく。沖縄に詳しくない観客もここで知識を得ることができる。
登場人物のなにげない会話の中に織り込まれた、当時の状況や、それ以前の歴史的な事象を聞くと、それが生活や人生と切り離すことのできないことなのだと感じる。だからこそ当事者でないとその心の奥深いところにまでは思いが至らない。でも比嘉もおかあも表面的には穏やかに鈴木をもてなしている。
鈴木から本土の東大紛争や三里塚では過激な火炎瓶が使用されたと聞いた比嘉は、沖縄ではそういうものを使用することはない(できない)と言う。また、大阪万博で『戦争を知らない子供たち』という歌が流行ったと鈴木が言うと、「(戦争が)終わったと思っているうちなんちゅうはひとりもいないと思いますよ」とおかあは言う。このセリフが強烈に印象に残る。
おかあ役 余 貴美子  撮影:田中亜紀
この時、沖縄の人たちは未だアメリカの支配下で抑圧されている。舞台美術はhanaの店内で、上手(かみて)上部にアメリカの国旗が飾ってあることで、アメリカの力が伝わってくる。この日12月20日、米兵による交通事故を発端に、5千人もの群衆が米軍関係者の80台近くに及ぶ車両を焼き払うほどの激しいコザ騒動が起きた理由はために溜まった感情の噴出なのかもしれない。店内のハルオたちも、内に秘めていた激しい想いを、店内のステージに置かれたマイクを遣って絶叫するように時折語るのだ。
温度差はうちなんちゅう(沖縄の人)とやまとんちゅう(本土の人)の間にあるだけではない。同じうちなんちゅう同士でも家族でさえもそれぞれ考えていることが違っている。
hanaの店内にたちこめる、各々思っていることが違うけれど、それをはっきり言葉にすることなく、気を遣っているがゆえの澱のような空気を、俳優たちが精密に演じている。余 貴美子にはおかあのおおらかさが、松山ケンイチはやや偽悪的にふるまう屈折が、岡山天音は生真面目なナイーブさがある。神尾 佑は飄々としていて、櫻井章喜と金子岳憲はシニカルなコミックパートを的確に演じている。玲央バルトナーは敵であったアメリカ人も傷ついているという役割を担い、上原千果は最後までひたすらにピュア。それぞれが中心で重要なことを語るときよりも、誰かの話を傍で聞いているときの表情が、内面に潜っているようですごく気になる。
ハルオ役 松山ケンイチ  撮影:田中亜紀
ハルオたち家族の齟齬は、彼らの血が繋がっていないことにも起因している。戦争によって苦しい生活を余儀なくされた者たちが家族になることで生き抜くしかなかった。逆に血の繋がった家族よりも愛情が深いところもあって、だからこそ、ハルオとアキオはぶつかり合い、散り散りになってしまった。という沖縄の歴史を通奏低音にハルオとアキオの兄弟の確執と再生を描く物語なのかなと思って観ていると、話は意外な展開に……。
BARの店内のワンシチュエーションもので、激しいコザ騒動は店の外で音と光でしか表されず、上演時間は2時間にも満たない作品にもかかわらず、物語が進むにつれてぐんぐんスケールの大きな作品になっていく。BAR hanaが単なる店ではない、例えば、登場人物たちの心を閉じ込めたシェルターのようなものにも見えてきたりして……。
どんなに苦しくてもおかあが涙を流さないできた理由とは——
2022年はちょうど沖縄が本土に復帰して50周年の節目に当たるため、沖縄の歴史を知る上で、このように徹底的に取材した上で描かれた演劇を上演することは意義深い。戦争体験者の中には自身の体験を他者に決して語らない人がいるという。本当に苦しい話は言葉にすることすらできないのだろう。それを無理にこじ開けることはいいことではないと思う。ただ、おかあたちのように我慢してきた人たちがいることを知り、どうしたらいいか考えること、そんな歩みを止めてはいけない。
クライマックスは言葉に出せなかった言葉が意味を超えて抱えきれない感情の巨大な塊となって襲ってくる。そこに答えはない。「(戦争が)終わったと思っているうちなんちゅうはひとりもいないと思いますよ」というおかあのセリフが思い返された。
(左から)アキオ役 岡山天音、ナナコ役 上原千果、おかあ役 余 貴美子、ハルオ役 松山ケンイチ  撮影:田中亜紀
なお、舞台『hana-1970、コザが燃えた日-』の東京公演は1月9日(日)~1月30日(日)まで東京芸術劇場プレイハウスにて上演、 その後2月5日(土)、 6日(日)に大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて、 2月10日(木)、 2月11日(金・祝)に宮城・多賀城市民会館にて上演される。
出演者・演出家からのコメント
■松山ケンイチ(ハルオ役)
本日、無事に初日を迎えることが出来て一安心です。ただそれに尽きます。無事に始まった舞台を無事に終わらせる。これが全ての望みです。これしか望んでいません。このまま、日々気を付けながら取り組んでいきたいと思います。
■岡山天音(アキオ役)
『hana-1970、コザが燃えた日-』は非常にビビットでありながら、素朴なメッセージが込められた作品だと思います。皆様がこの物語をどう受け止めてくださるのか、これから公演が進むに連れ、果たして自分がどこに漂着するのか、期待が高まります。今回、久し振りに舞台に携わり、舞台の刹那的な在り方と出会いました。劇場に足を運んで下さる皆様と、そこにしか芽吹かない「その瞬間」に全身を浸して行きたいです。
■余 貴美子(おかあ役)
まさに今のこのコロナ禍のように、沖縄・日本・アメリカとの間で揺れ動くテーマの作品ですが、新しい年の始まりに力づけられる、勇気づけられるような物語になっていると思います。沖縄言葉には難儀しましたが、沖縄の明るさや底力というのはその言葉にもあると思っていて、私は沖縄の人ではないけれど、沖縄の言葉を口にすると元気になります。血のつながらない家族が苦難を乗り越えて再生していくという内容ですので、台詞を言う度に明るさと底力で乗り切っていこうという気持ちになります。皆さんにもぜひ、この"言葉との出会い"を楽しんで、元気になっていただけたらと思います。
■演出・栗山民也
手を取り合って
『hana』の初日の公演を終え自宅に戻るところなのですが、クイーンの「手を取り合って」が無性に聴きたくなって、車の中でかなりの音量で聴いています。カーテンコールで観客と一緒になって大きく拍手しながら、「人間の鎖」のことを考えていました。米軍基地を取り囲んだ沖縄の「人間の鎖」。小さな力かもしれない一人ひとりの力が、手を取り合うことで繋がれ、硬く口を閉ざした巨大な固まりをぐるりと包囲する。なんだか熱くいろんなことが、今、クイーンの音楽とともに頭の中を駆け巡っています。沖縄のみんなと酒場にいるような、熱くてとても柔らかな気分。

取材・文=木俣 冬

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