伊丹市民オペラ『アイーダ』 〜 出演
の藤田卓也と白石優子、演出の井原広
樹に聞く

伊丹市民オペラのヴェルディ『アイーダ』が、2年越しの開催に漕ぎ付けそうだ。
2020年3月に予定をしていた『アイーダ』は、新型コロナ感染症拡大に伴い、多くの公演の先陣を切るカタチで、公演延期の判断を下した。
伊丹市民オペラは、大編成の合唱団や、市民を中心としたプロ・アマ混合のオーケストラに加え、バレエや兵隊役などに普段オペラに触れる事の少ない市民も出演するなど、市民オペラのモデルパターンとして常に話題を提供してきたプロダクションだけに、コロナ感染予防対策については何処よりも慎重を期して、開催に向けての準備を行って来た。
ラダメス役の藤田卓也、タイトルロール・アイーダ役を務める白石優子、演出の井原広樹に話を聞いた。

―― 少しずつですが、オペラの上演も戻って来ているように思います。
井原広樹 そうですね。ただコロナ禍にあって市民オペラに関しては、演出家のこだわりを云々する以前に、プロダクションとしての制約がまず発生します。構成する団体などによって、一つの枠で括れない所が難しいです。先日行われた みつなかオペラ はこうだったし、来月開催予定の 神戸市民オペラ 『椿姫』はこうなるらしい。しかしながら、伊丹市民オペラの『アイーダ』は、それらとは全く違ったカタチで上演するといったことは、普通に起こることです。
第33回伊丹市民オペラ定期公演「カヴァレリアルスティカーナ」(19.3.24 東リいたみホール)  写真提供:伊丹市民オペラ公演実行委員会
―― 今年に入って関西でも、びわ湖ホール、兵庫県立芸文センター、関西歌劇団、関西二期会、みつなかオペラといったお馴染みのプロダクションやオペラ団体もようやく上演が可能となりました。
井原 どこの団体もコロナ感染予防対策の観点から、それぞれに工夫を凝らしての上演となっています。今回、伊丹市民オペラの『アイーダ』は、当初予定していたオペラ形式では無く、映像と音楽で魅せる新しいオペラの形、「コンチェルトオペラ」という形式で上演致します。これは、いわゆる演奏会形式とは違い、オーケストラはピットに入るのでは無く、客席と同じ高さで演奏します。その向こうがアクティングエリア。その向こうに70名の黒服を着た合唱団が、センターから上手と下手に交互に並んで立っています。合唱団の後ろはスクリーンです。歌手は役の衣装で歌います。客席から見ると奥行きがあって、段々畑になっています。
演出家:井原広樹
―― ヴェルディの歌劇『アイーダ』と言えば、エジプトの大神殿にピラミッド、スフィンクスをバックに繰り広げられるスケールの大きな祝祭オペラのイメージがあるだけに、感染予防対策を施しての上演は大変ですね。
井原 制約を受けながらも、どう見せるのかは演出家の裁量にかかっています。「コンチェルトオペラ」のスタイルでの上演ですが、ヴェルディの『アイーダ』を上演するという意味において、歌手もオーケストラも特に変わりはありません。
このオペラは、普遍的な人の心の問題と、それを取り巻く不条理な社会の威圧、その中で自分たちの心情をキープしていく事の難しさ。これは愛と国家、政治、戦争の物語です。今、自分たちが愛し合っている事実は、政治でも戦争でも何者も邪魔は出来ないんだという話です。スケールの大きな舞台美術や勇壮でゴージャスな音楽との対比は、テーマを際立たせるために効果的に働く手法ですが、「コンチェルトオペラ」のスタイルではどのように皆さまに映るのでしょうか。楽しみです。
―― 藤田さんは歌劇『アイーダ』のラダメス役を昨年1月に堺市、2月に東広島市、3月に伊丹市と、3カ月連続で演じられるはずでした。3月に予定していた伊丹市民オペラが2年近く延期となったわけですね。コロナの自粛期間中はどんな気持ちで過ごされましたか。
藤田卓也 コロナ自粛はまるで夢でも見ているかのような気持ちで、自分の精神も含めて何もかもが停止してしまったような感じがありましたが、辛くても全く平気でした。それは自分だけでなくて全世界の人々が同じ状況でしたからね。この状況だからこそ得たであろうことは本当に沢山あります。その1つに「楽しみは自分で見つけていく」というのがあります。日々の生活の流れの中では見つけにくいことでも、わざわざ探しに行ってできるだけ沢山の楽しみに出逢うべきだと学びました。

ラダメス役:藤田卓也  (c)H.isojima
―― ざっと1年近くが経過し、ようやく上演出来そうです。どんな思いでラダメスを演じられますか。

藤田 コロナ禍で自分が停止してしまった後、あらゆる面から考えて、自分にとっては馴染みのオペラを遠い存在に感じ、実はオペラって大変なことをしていたんだなぁとあらためて感じました。再び活動のペースが戻ってきつつある今、芸術に対する愛情をより強く感じながら、感謝の思いで取り組んでいます。当然、ラダメスに対しても、その思いは燃えています。

コロナ自粛中に、気持ちを鎮めるために描いた趣味の絵
―― 白石さんもコロナ自粛中は、どのように過ごされていましたか。

白石優子 これまで公演が延期や中止になるといった経験がなく、『アイーダ』延期が決定した時には受け止められずにいました。コロナ自粛中は目の前の本番が立て続けに中止となり、しばらくは先の見えない日々でしたが、ただ体力が落ちないように、朝はラジオ体操から始まり、家の近所のどこにどんなお花が咲いているかの地図が描けるようになるくらいに散歩をしました。コロナ禍で得たものは、マスクをしても歌えるようになった。そのくらいでしょうか(笑)。
アイーダ役:白石優子  (c)H.isojima
―― ようやく上演出来そうですね。どんな思いでアイーダを演じられますか。
白石 やっと、やっと!という想いです。稽古が再開するときは、このコロナ禍をどう過ごしてたかの答えが出るような気がして、とても緊張しました。でも稽古がはじまると、公演中止前に積んでいた稽古がまるで昨日の事のように感じるチームワークに助けられ、積み重ねてきたことは体が覚えていると自信が持てました。ここから更に磨きをかけて、パワーアップした白石優子のアイーダをお見せ出来ればと思っております。
―― 藤田さん、ラダメスのような大きな役を月替わりでやるというのは、大変でしょうね。すべて指揮者、演出家が違いますよね。
藤田 はい、音楽の作り方も違い、演出家から要求される事も全く違います。私にはその事がすごく楽しいです(笑)。ほんの少しの体の角度や目線、あるいは目の焦点などで意味が変わってくるので、演出家自身から説明を伺って、「なるほど。そういう事か!」と理解しながら進めていくのがオペラを作る上での楽しさの一つですね。
―― 当然、自分のなかでのラダメス像のようなモノもお持ちですよね。
藤田 そうですね、どうしても確認しておきたい事やこだわりは、ご相談させていただいたりしますが、まずは言われる通りにやってみるのが基本的な私のスタンスです。新たな発見もありますし、これしかないだろうと思っていた解釈が打ち砕かれたりするのも魅力です。
―― なるほど。井原さんはどんな演出家ですか。ご一緒される機会も多いと思いますが。
井原 お手柔らかにお願いします(笑)。
藤田 どういう舞台を目指しどういう人物像を目指すのかを、言葉で大変分かりやすく的確に伝えてくださる素晴らしい演出家です。同じ時間でいただく情報量の多さは唯一無二ではないでしょうか。それは、"目指す"という意味において誠にありがたいことなのです。色々な演出家とご一緒させて頂いている中で、予測をたてながら準備して稽古に持っていきますが、予測が当たったらちょっと嬉しいです。ラダメス像に関して言いますと、井原さんはヒロイックで希望に満ちたキャラクターです。ベースのラダメスがあって、そこに演出家による味付けが微妙に変わるのを表現するのはパフォーマーとしてたまりません。
第33回伊丹市民オペラ定期公演「カヴァレリアルスティカーナ」トゥリッドゥ役 (19.3.24 東リいたみホール)  写真提供:伊丹市民オペラ公演実行委員会
第33回伊丹市民オペラ定期公演「道化師」カニオ役 (19.3.24 東リいたみホール)  写真提供:伊丹市民オペラ公演実行委員会

井原 藤田さんとは、彼が海外から戻って来られた最初の頃から一緒にやっているので、お互いに良く分かっています。引き出しの多い歌手で、テノールに求めるあらゆる要素を持たれています。技術的な事はもちろん、パワーも若々しさも華も、そして圧倒的な人気も。ラダメスに必要なヒーロー的な所もばっちりです。藤田卓也でないと出来ないものを、つい求めてしまいますが、きっちりと要求に応えてくれます。
演出家:井原広樹
―― 白石さん、『アイーダ』は初めてでしたね。

白石 はい、初めて歌わせて頂きますが、『アイーダ』は特別な曲です。特別と言えば、実は私、以前伊丹に住んでいたことがあり、この伊丹市民オペラにボランティアスタッフとして参加した事があるのです。2000年のモーツァルト歌劇『魔笛』の時です。その時、ちょうど音楽大学への入学が決まっていたこともあり、「いつかソリストとして帰ってきます!」と決意を込めて周囲の皆さんに話した事を覚えています。それから21年。色々厳しい事もありましたが、自分なりに真っ直ぐオペラと向き合い、やり続けてきました。そして『アイーダ』で戻って来る事が出来た。自分にとって、人生の答え合わせのような特別な舞台です。
アイーダ役:白石優子
―― この舞台に賭ける思いが良く分かりました。井原さん、白石さんはどんな歌手ですか。
井原 自分のペースでじっくり考えて、役作りをされる方です。演出を付けた直後は、拒否られているのかなと思う事もあるのですが(笑)、次の稽古では言った事をちゃんとやってくれています。とても優秀なソプラノだと思います。声がシャカシャカ、ピッチが悪い、声に艶が無い、音楽が揺れるといった事が一切ない。東京だと、ロッシーニはこの人、プッチ―ニならこの人、といった具合にピッタリくる歌手がいますが、関西では歌える人は何でも歌わないといけない。彼女の果たす役割は大変重要です。今回のアイーダ役は僕がぜひにとお願いをしました。稽古を見ていて、中身、ロジック的なモノは出来上がって来ていると思います。しかし例えば、3幕のアモナズロ(エジプト王・父親)やラダメスとのやり取りは、テクニックよりもアスリートとしての力量が問われる役ですから大変です。でも彼女はそれが出来るプリマです。
第91回オペラ公演「フィガロの結婚」伯爵夫人役(19.10.26兵庫県立芸文センター大ホール)  写真提供:関西二期会
―― 『アイーダ』の主要人物は、エジプト王女アムネリス、アムネリス付きの奴隷、実はエチオピア王女アイーダ、そしてエジプトの若き指揮官ラダメスの3人です。彼らによる三角関係が描かれている訳ですが、国家、政治、戦争に翻弄されていく“愛”に対して、3人とも愚直なまでに真っ直ぐですね。藤田さんはラダメスをどういう思いで演じられますか。
藤田 彼は“エジプトのヒーロー”ですが、禁断の愛に手を出したばかりに、二つの国の政治による軋轢で潰され命を絶つ“哀れな男”。そんなテイストが、演じる上で、彼の運命の根底に流れているといいなと思います。それにしても同情を禁じ得ないのがアムネリスですね。彼女はすべてを手に入れる事が出来る、恵まれた女性ですが、唯一手に入らなかったのがラダメスの心。第1幕最初にアイーダ、アムネリスと共に三重唱があるのですが、実は同じ旋律を歌っているのはラダメスとアムネリスなんです。普通なら、恋人同士が同じ旋律を歌いそうなものですが、そうではない。アイーダだけが全然違う旋律を歌っている。アイーダさえいなければ、二人は結ばれていたのに。エジプトは幸せに収まっていたのに。アイーダが現れたばかりに…。そんな事をヴェルディの音楽は語っているように聴こえます。これを聴いた時、ヴェルディ、凄いなぁと思いました。
ラダメス役:藤田卓也
―― 残念ながら現世では結ばれなかったアイーダとラダメスですが、両想いで死んでいく。確かに残されたアムネリスは気の毒ですね。白石さんどんな思いでアイーダに取り組まれますか。
白石 第4幕1場で、ラダメスの為に減刑に奔走するアムネリスはとても魅力的に映ると思います。『アイーダ』じゃなくて『アムネリス』というタイトルでも良かったんじゃないの?という疑問を持たれるくらい、お客様もアムネリスの味方になると思います(笑)。しかし、ラダメスが選んだのはアイーダです。「なるほど!」「アイーダはやっぱり素敵だ!」とお客様に言って頂けるような魅力的な女性を演じなければなりません。すべてを失い、奴隷として生きるアイーダの希望はラダメスの存在だけ。命がけの恋に賭けたアイーダを、説得力のある歌唱でお聴かせ出来ればと思っています。
サロンオペラ第17回公演「人間の声」〈女〉役(18.8.22ザ・フェニックスホール)  写真提供:関西二期会
藤田 それは僕も同じですね。「どうしてアムネリスにしなかったの?」と思われたら負けかなと思います。プッチーニの『トゥーランドット』で、リューが死ぬ時「リューにこれだけ愛されてるのになぜ!」と多くの人が思う気持ちを、最後は「なるほど、これだけトゥーランドットへの愛が強ければ仕方ないかもしれない!」と思っていただきたいのに似ているかもしれません(笑)。
井原 アムネリスの一途な思いには邪な気持ちはありません。アイーダにはこれを上回る魅力がある。ラダメスを虜にしたのは、もしかすると悪魔的なモノかもしれません。しかし白石さんにはそれを美しく表現して欲しいです。彼女にはそれが出来るはず。期待しています。
ーー 最後に藤田さん、白石さんお二人から読者の皆さまにメッセージをお願いします。
藤田 コロナ禍以前、公演に ”お越しくださる” 皆様が、私たち演奏家の目の前にいらっしゃいました。しかしコロナ禍にあって、芸術を愛してくださる皆様、芸術がご自身の生活になくてはならない皆様の、”待ち望んでくださっている” 存在を、あらゆる角度から再確認致しました。例えようのない深い深い喜びです。だからこそ、我々は頑張れるのです。ありがとうございます。
白石 伊丹市に足を運んで、この東リいたみホールで「アイーダ」を観てほしい。聴いて欲しい。それはコロナ前から今も変わりません。ご来場くださったお客様と会場で過ごす限られた時間が、忘れられない心揺さぶる最高の時間となりますよう、精一杯尽くしたいと思います。頑張ります!
皆さま、ぜひ東リいたみホールにお越しください!  (c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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