書家 金澤翔子展『つきのひかり』内
覧会レポート 初公開の大作やSEKAI
NO OWARIのFukaseとのコラボ作品も

2021年12月22日(水)から 2022年1月8日(土)まで、六本木ヒルズ森タワー52階・森アーツセンターギャラリーで書家 金澤翔子展『つきのひかり』が開催される。
金澤翔子(以下、翔子)は、5歳から書道教室を営んでいた母・金澤泰子(以下、泰子)の師事で書を始め、20歳で銀座書廊にて個展を開催。その後は全国の名だたる神社仏閣にて揮毫を行い、海外でも多くの個展を成功させてきた。また、東日本大震災後に発表した代表作《共に生きる》を合言葉に、被災地への支援や障碍者支援などの活動も継続的に取り組むなど、幅広い活躍を見せている。
以下、内覧会当日に行われた発表会の様子とともに、翔子の代表作含む合計50点以上の作品が一堂に会する本展の見どころを紹介しよう。
金澤母娘。発表会では「月の光」を揮毫した。
発表会には翔子と泰子が登壇。泰子は、翔子が幼少時に「大きくなったら、お月さまになりたい」と言っていたことに触れ、これまで周囲に支えられてきた翔子自身が、今は輝く月のような存在になりつつあると述べた。本展に関しては、感謝の気持ちと、苦しい状況にある人々にとっての希望になれたら、という願いがこもっているとのことである。また、恐らく世界でも月に近いところにある美術館の一つであろう森アーツセンターギャラリーで、展覧会『つきのひかり』を開催できることがとても嬉しいと熱弁した。
その後、翔子による公開揮毫が行われた。翔子は祈りを捧げて集中力を高めた後、大きな筆を駆使して全身で書く。翔子が書き、泰子が細かいサポートを行うという二人三脚で行われる公開揮毫はぴったりと息が合い、まさに阿吽(あうん)の呼吸である。伸びやかな翔子の書は、見ているこちらも元気をもらえるような力強さに溢れていた。
揮毫の前に祈りを捧げる翔子。美しい佇まい。
公開揮毫中の翔子。母・泰子(手前)とは阿吽の呼吸。

15メートルの超大作や、SEKAI NO OWARIとのコラボレーション作品など
初お披露目の新作が目白押し
本展は、翔子が20歳でデビューした当時の作品を中心とする「飛躍」、一人暮らしをはじめた30歳以降の作品をメインとする「自立」、新しい挑戦を占める「旅立ち」という3ゾーンの構成である。
どのゾーンもそれぞれ見ごたえがあるが、初公開の新作の中でとりわけ目をひくのは、最後のゾーン「旅立ち」にある横幅15メートルもの大作《心に光を 夜空に月を》だ。新型コロナウイルスなどの影響で気分が落ち込みがちな昨今、「みんなが元気になってほしい」という思いが込められた本作品に関し、翔子は重さ15キロにも及ぶ大筆を使って豪快に書き上げたそうである。
《心に光を 夜空に月を》(2021年)。大きさに圧倒される。
「自立」のゾーンには、初お披露目の一文字シリーズがある。こちらは小学校(低学年〜中学年)で習う漢字 “山、雨、笑、風、花、雲” の一文字を書いたもので、それぞれの字の独創性が際立ち、翔子が個性豊かなアーティストであることを強く実感する作品だ。
一文字シリーズの《山》(2021年)。漢字の「山」とはかなり印象が異なるが、山を示していることが伝わる。
一文字シリーズの《花》(2021年)。華やかな生命力を感じさせる。

ロックバンド・SEKAI NO OWARIのFukaseとNakajinは、翔子と小学校の同級生だった。「自立」ゾーンには、Fukaseが本展のタイトル『つきのひかり』を聞いた時に思い浮かんだという新しい言葉《貴方の光で夜道を照らす》や、Fukaseが10代の時に将来への葛藤の中で制作した楽曲「銀河街の悪夢」の一節を翔子が揮毫した、初公開のコラボレーション作品がある。
左:《貴方の光で夜道を照らす》 右:楽曲「銀河街の悪夢」の一節
SEKAI NO OWARI×金澤翔子
大河ドラマやポスターでおなじみの作品も
代表作が集結する豪華な内容
翔子の作品は、大河ドラマの題字になった《平清盛》や、東京2020公式アートポスターになった《翔》、東日本大震災後にホームページに掲載したところ反響を呼び、被災地を回るきっかけになった《共に生きる》など、テレビやポスターといったさまざまなメディアで目にする機会がある。今回は翔子の代表作が集結しており、森アーツセンターギャラリーの広い空間で見ると、力強さがとりわけ際立って見える。
《平清盛》や《翔》など、代表作がずらりと並ぶ。
多くの人に希望をもたらしたであろう《共に生きる》(2011年)。
京都の建仁寺に奉納された《風神雷神》も公開されている。俵屋宗達の有名な屏風《風神雷神図屏風》において、神々は画面の両端に配されており、翔子の書も同じ構図になっているが、翔子は屏風そのものを見たことはなかったそうだ。
会場では翔子の《風神雷神》は俵屋宗達の《風神雷神図屏風》(高精細複製品)と並んで展示されているので、二人のアーティストの構図の妙を同時に堪能することができる。

左:金澤翔子筆《風神雷神》(2000年) 京都 大本山建仁寺蔵、右:俵屋宗達筆 国宝《風神雷神図屏風》江戸時代(17世紀) 二曲屏風 京都 大本山建仁寺蔵(高精細複製品)
《大哉心乎(おおいなるかなしんや)》は中央付近が空いているが、ある僧侶がこの作品について感嘆したというエピソードも。もともと「大哉心乎」という言葉には仏という字が隠れており、真の意味は「大哉仏心乎」(おおいなるかなぶっしんや)なのだそうだ。見る者に書かれていない仏を連想させる書だが、もしかすると翔子自身には、仏の姿がありありと見えていたのかもしれない。
《大哉心乎》(2015年)
作家の日常の姿が垣間見える
過去の軌跡を辿り、未来を予感させる展示
本展では、書だけではなく、パソコンやペンで綴られた手紙やメモ、落書きなども展示されており、翔子の日常的な姿を垣間見ることができる。生活における決意表明が書かれた字はユーモラスで、母への愛が綴られたメモは素朴で愛らしい。
作品である「書」とは異なる、翔子の言葉たち。作家の日常が見えてくる。
翔子は10歳にして毎日般若心経を書き、当時の鍛錬で楷書の基礎が身についたとのことだ。また本展では、20歳と30歳の時点で書いた般若心経も展示されている。般若心経の変化を通し、翔子が歳とともに成長して新しい境地を見出そうとしている軌跡を確認することができる。
《10歳般若心経》(1995年)。これが10歳の時に書かれたことに感嘆を覚える。

《20歳般若心経》(2005年)。作家の成長ぶりを実感できる。
《30歳般若心経》(2015年)。未来への希望に溢れる、力強く明るい筆致。

翔子の創作現場を再現した「アトリエゾーン」では、たくさんの筆が並び、折り重なるように書が貼られている。苦悩や心労を感じさせない翔子の陰の努力や書への思いに加え、創作における強烈なエネルギーを感じられる空間だ。
「アトリエゾーン」。創作現場が再現されている。
「アトリエゾーン」
会場を埋め尽くす翔子の書は、いずれも生命力に満ちており、見ているだけで元気と希望をもらえるようだった。書の余白は作品そのものを強め、字のかたちが造形美を成しており、一つひとつに驚きと発見がある。幼少時に「お月さまになりたい」と願い、今まさに月のように輝きはじめている書家 金澤翔子展『つきのひかり』、是非この機会を見逃さずに鑑賞いただきたい。
ゾーン「旅立ち」の作品の一部。ユーモアを感じさせる言葉の数々。

(c)書家 金澤翔子展「つきのひかり」
文・写真=中野昭子

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着