年末の風物詩「円・こどもステージ」
で水木しげる「河童の三平」を舞台化
~内藤裕子×牛尾茉由が企画実現まで
の軌跡(=奇跡)を語る

演劇集団 円の年末の風物詩「岸田今日子記念 円・こどもステージ」。名優、故・岸田今日子キモ煎りのこの企画は、劇団のスターも若手も一緒くたになって繰り広げる舞台が人気も高い。子どもに演劇の魅力を伝えるだけでなく、大人が見てもとても楽しい。さて40周年となる今年は、妖怪研究家・漫画家の故・水木しげるの「河童の三平」を舞台化する(2021年12月17日〜12月26日、両国・シアターX)。豊かな自然の中で、のびのびと育った少年・三平と、河童のかん平が入れ替わりながら巻き起こすユーモラスでスリリングな物語。そして本作を愛する小説家・京極夏彦が脚本化するというビッグサプライズ!!!!!!! 演出の内藤裕子、この企画を実現させた俳優の牛尾茉由に話を聞いた。そこには演劇以上(?)に劇的なドラマがあった。
内藤裕子と牛尾茉由

■俳優・牛尾茉由の愛と情熱で実現した企画
――内藤さんは2017年に落語の人情噺をベースにした『ぞんぞろり』で「円・こどもステージ」を経験されています。円・こどもステージへの想いから聞かせてください。
内藤 生まれて初めて見た演劇が円・こどもステージで、谷川俊太郎さんの絵本を原作にした『おばけリンゴ』だったんですよ。小学生でした。他所にも素晴らしい子ども向けのお芝居はありますけど、円・こどもステージは独特の雰囲気があって、ベテランの先輩から若手までが一緒につくっている。役者を育てるという意味でも重要な場。子どもも大人も一緒に楽しめるという今日子さんの考え方が基本にあるのですが、これが実はとても難しく、前回はいい経験になりました。子どもは正直なので、「つまらない」「飽きちゃった」とストレートに口にします。そこが面白いところで、客席も含めて一緒にお芝居をつくるということはこういう意味なのかと教わりました。

内藤裕子

――「河童の三平」舞台化は牛尾さんが提案されたそうですね。実現までどんな経緯があったのでしょうか?
内藤 話すと3時間ぐらいかかりますよ(笑)。
牛尾 私は生まれが水木先生と同じ鳥取県です。最初にこの作品を舞台化したいと思ったのは、円のアトリエが浅草にあったころ。近所にかっぱ橋道具街があって、毎年お祭りをやっていて、若手が路上演劇をしてお祭りを盛り上げていた時代がありました。かっぱ橋だから河童だ、「河童の三平」だと、企画を出せる立場になったらぜひ挑戦したいと思っていたんです。内藤さんが演出されたシェイクスピアの『十二夜』で双子が入れ替わるシーンがすごく面白く演出されていて、同じようにできるんじゃないかと。
牛尾茉由
内藤 河童と、河童にそっくりな三平が入れ変わるお話なんです。
牛尾 いろいろな想いがあったのですが、円が三鷹市に引っ越したことで、かっぱ橋道具街との縁がなくなってしまったんです。それでモヤモヤしている中、2015年に水木先生が亡くなられて。先生にはぜひ見ていただきたいという夢があったので、もう何もかもが終わったという気持ちになってしまったんです。もう絶望の淵でした。
内藤 そして水木先生のお葬式にうかがって号泣し、遺族の方に「河童の三平」をやりたいんですと突撃したんだよね。
牛尾 はい、遺族の方も「は?」という感じではありました。
内藤 驚くことに京極先生にお声がけしたのも彼女なんです。
牛尾 京極先生が原作をお好きでいらっしゃることは存じていたので、どうしても先生にお願いしたかったんです。大学時代からいろいろ収集されていたという逸話もあって。
内藤 全集も編纂されています。早い段階で水木プロの皆さんもOKしてくださいました。
牛尾 「河童の三平」は、水木先生の「人生はなんの意味もないものだ」という理論が入っていて。人間の生理で演劇としてやるのは難しいという感覚がありました。けれど京極先生ならばそういう言葉にできない要素を、舞台化するに当たっての依り代をくださるんじゃないかという気持ちもあり、京極先生しかいないと思い込んで突撃したんです。
内藤 愛と愛がぶつかって、縁もゆかりもない劇団がここまで来れたのは奇跡です。
牛尾 内藤さんや制作の桐戸さんはじめ、たくさんの方々が力を貸してくださいました。

脚本の京極夏彦(右)と演出の内藤裕子

内藤 いやいや(笑)。円の企画は誰でも提案できるんですけど、企画が委員会で通るまでは一人で準備しないといけないんです。企画が通って、ある程度固まってきたら、制作が加わって予算やスケジュールなどを進めていきます。それを牛尾が、この勢い、このキャラクターでどんどん進めていくから、このままじゃ水木プロダクションさんにも京極先生にも失礼だぞということになり企画が実現したんです。やっぱり原作を扱うというのは、それを守っている方たちがいらして、著作権のこともありますから、ハードルが高いのではという話もしましたね。本当に牛尾の情熱で実現したと思います。
――舞台化にあたり、牛尾さんは、内藤さんなら頼りになると思ったのですよね?
牛尾 私、漫画を舞台化するにはどうしたらいいかと悩み、自分で脚本を書いて、内藤さんは脚本も書かれるので見ていただいたりもしました。
内藤 吹き出しをそのままセリフに起こしていただけなんで、これじゃ無理だよ、ちゃんと脚本を書ける方にお願いすべきだよなんて話をしました。原作はお話も長いですし、円・こどもステージ用に短くするのも技術がいりますから。本当に京極先生に素晴らしい台本を書いていただきました。
牛尾 そうなんです、本当に素晴らしい台本なんです。

■死や恐怖、汚いものに光を当てることで、美しいもの、生きるということがわかる
京極夏彦
――台本を書いていただくにあたって、何か、京極さんへはオーダーをされたんですか?
内藤 京極先生はお忙しい方ですから、お会いするまでが大変でした。まず、今までの「円・こどもステージ」の資料をお渡ししました。子ども向けのお芝居はやっぱり楽しく明るくというイメージですけど、京極先生から「水木先生は真逆の要素がありますよ、それはどうですか?」というお話がありました。でも牛尾はダークな、シニカルな世界が好きだから「それを大事に」とお返事したら、桐戸さんも「生首が並んで歌う、別役実さんの芝居もやってきたので」と援護射撃をしてくれたんです。
牛尾 「河童の三平」は最後に主人公が死んでしまうお話です。アニメ版などは最後がみんなで仲良く暮らしましたと改変されたり、さまざまなバージョンがあって。京極先生が「そっちの方ですか」とおっしゃるので、「元ネタの方をやりたいんです」と伝えました。
内藤 こういう感じで熱く泣きながらプレゼンをして。脚本をいただいたときも感極まっていました。水木先生も京極先生もおっしゃっているのは、死とか怖いとか汚いものに光を当てることこそ、美しいもの、生きるということをより鮮明にさせると。まさに「円・こどもステージ」でこそ上演したいとお伝えしたときに水木イズムを感じましたね。そこをユーモラスに描かれているのが水木先生のすごさです。そして大事なコンセプトです。それを楽しく、ちょっと怖く、切なくやれたらいいなと思います。京極先生が本当にそういう本を書いてくださったんで。
内藤裕子
――劇団名は「円」ですけど、まさに「縁」ですね。
内藤 あはは! 本当に。京極先生は、稽古初日にも稽古場にいらしてくださったんです。しかも劇団員の誰よりも早く。牛尾はそのときも泣いてました。管理されている側には愛情があるからこそマネジメントがしっかりしていて、簡単には進まないことは当然です。一方で情熱や愛が伝われば動くこともあるということを牛尾から教えてもらいました。
牛尾 現実的なことは何も考えずにただ突進しただけです。ここに至ることができたのは、本当に皆様のお力のおかげです。
――その企画を預けられた内藤さんも大変ですよね。
内藤 実は何度も断ったんですよ(笑)。勢いとエピソードの数々が重すぎて。「ゲゲゲの鬼太郎」を子どのころに見ていた程度の私が、愛と愛がぶつかっている中にかかわっていいのか、そこは臆するところがありました。
牛尾 いえいえ、すごく素敵な芝居になっているので、内藤さんにお願いしてよかったです。
――稽古は始まっていかがですか?
内藤 スタッフもキャストもみんなでこの世界観をどうするか、意見を出し合いながら試行錯誤しています。まさにスクラップアンドビルド、つくっては壊しという作業をやっています。京極先生から「原作のここを凝縮してこうなっています」と伺って改めて漫画に戻るとなるほどと思うことばかり。でも漫画を再現しても演劇として成立しないところもあるし、そこはせめぎ合いです。
――河童などのキャラクターを演じるのも大変かと思います。
内藤 去年入団した二人が主人公をやるんですけど、大変だと思いますね。彼らの周りを妖怪の域に達している先輩方が固めてくださっている。「円・こどもステージ」らしいと思うのは、先輩方も河童の格好をして大真面目にやってくださること。もう感動的です。丸岡奨詞さんが演じる河童の長老とか、それこそ飄々としてユーモラスでチャーミング。円の先輩方は本当に妖怪っぽいというか。大先輩の今日子さんご自身もこの世のものでないそんな雰囲気でしたしね。そんな方々に囲まれての稽古は、いつも胸を打たれるような、すごくいい時間を過ごしています。
牛尾茉由
――立ち入った話ですけど、牛尾さんは出演されなくて良かったんですか?
内藤 役者ですから出た方がいいんじゃないかと誘ったんですけどね。
牛尾 いろいろ思うところはあったんですけど、昭和の考えというわけではありませんが、大切なものを封印して願掛けをして、いいものができればと思っています。それに水木ファンがどういう考え方をするか知っているのは私だけですし、どうしたら演劇を見たことがない方々が足を運んでくださるかとかで頭がいっぱいになってしまうんです。私は本当に一つのことしかできないタイプなので、俳優をやりながらは無理なんです。
内藤 一生の夢ですからね。自分の叶えた夢を、客席でお客様と一緒に観るのも、ひとつの喜びなのかなとは思います。
牛尾 これが終わったら死ぬんじゃないかと思います。
内藤 (苦笑)けれど彼女の財産として、余裕が出たら再演時には演奏隊などで入ってほしいですね、フルートも吹けるんで。
牛尾 でも自分が役者で出るときには気づけなかったいろいろな発見がありました。内藤さんがどういうふうに考えられているのか、皆さんがどうこの作品をつくろうとしているのか、すごく勉強になります。
――どんな舞台を目指していきましょうか?
牛尾 いつもお子さんがステージの俳優たちに向かって、話しかけてくれるんです。ワイワイといっぱい話しかけてくれたらいいなって思います。コロナの影響がありますから、なかなか集客が難しい状態ではあるんですけどね。
内藤 そうだね。たとえば、ママ友同士でも「こどもステージ」は面白いけど今年は誘いにくいところもあると思います。でも「河童の三平」ですから、どうしても見たいという大人の方もたくさんいらっしゃると思います。かつて子どもだった皆さんと、今の子どもたちが一緒に舞台を見ましょうというのが「円・こどもステージ」のコンセプトですから。公園期間中、京極先生や水木ファンで知られる坂本頼光さんのアフタートークなども盛り込んでいますので、ぜひ劇場に足を運んでいただきたいと思います。
内藤裕子と牛尾茉由
取材・文:いまいこういち

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