瀬戸康史主演『彼女を笑う人がいても
』が開幕/ゲネプロ観劇レポート~そ
れでも「言葉」をあきらめない。

瀬戸康史主演『彼女を笑う人がいても』が、2021年12月4日(土)に東京・世田谷パブリックシアターで開幕した(12月18日まで。その後、福岡・愛知・兵庫に巡演)。
本作は、2021年の現代と1960年の安保闘争の時代を交錯させながら、メディアと政治の在り方を、そしてメディアに切り捨てられた当事者の声を映し出し、「言葉」の意味を問う重厚な物語だ。瀬戸山美咲が劇作を、栗山民也が演出を務める。開幕前日に行われたゲネプロ(通し稽古)の様子を写真と共にレポートしたい。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司

■都合よく現実を切り取る政治家の言葉、「ない」ことにされる当事者の痛み
舞台上はいたってシンプルで、机と椅子が3セット、背景にスクリーンがあるのみ。2つの時代を行き来するのに、舞台美術ばかりに頼らないという気概を感じる。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
劇場が暗闇に包まれたのち、舞台上のスクリーンに黒い傘の群れが浮かび上がる。映し出されたのは、1960年6月16日の国会議事堂前。「彼女」が命を落とした日の翌日だ。映像に呼応するように、瀬戸康史らキャストが黒い傘をさして舞台上に現れる。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
瀬戸演じる伊知哉が読み上げるのは、その翌日に新聞七社が合同で発表した声明。その題名は「暴力を排し議会主義を守れ」。この声明は当時実際に発表されたもので、これを機に報道各社はデモ隊への批判を強め、一方で政府に対する擁護に身を翻した。そのため、一部では「マスコミは安保で死んだ」と批判の声が上がった。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
物語は、安保闘争に活動家として参加した「彼女」の死の真相を追う1960年、東日本大震災の影響を今なお受け続ける被災者たちを追う2021年、それぞれの時代で「真実」を求め奔走する新聞記者を中心に進んでいく。瀬戸康史が、祖父と孫の関係にあたる二人の新聞記者を演じる。
二つの時代に共通するのは、政治家の都合にあわせて現実の一部を切り取り、当事者の痛みを「ない」ことにするメディアのあり方だ。瀬戸が演じる二人の新聞記者は、その内部にいながら、組織の欺瞞を暴こうと試みる。
SPICEインタビュー記事(https://spice.eplus.jp/articles/295811)によると、台本を手がけた瀬戸山は、60年の安保闘争を調べるうちに、当時も今も、政治家の発する言葉が現実を規定している状況に変わりはないと気づいたそうだ。さらに、メディアが政治家たちの声を批判することなく報道するあり方も、今に始まったものではなく、民主主義、そして報道の独立性が確立されないまま60年が経過したと指摘している。
8名の役者は、短い暗転をくり返しながら2つの時代を自在に行き来し、どちらの時代にも共通する、政府広報機関と成り下がったかのようなメディアの態度、そしてメディアの都合で切り捨てられた個人の痛みを浮かび上がらせる。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
初のストレートプレイに挑む木下晴香は、原発作業員として遠方に出稼ぎに行った兄を心配する北陸地方の女性、安保闘争に参加しながらも「熱く」なりきれない東大生を演じ、報道されない「片隅」にいる、つまり日常を生きる大多数の一人を等身大の姿で表現している。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
また、今回が初舞台となる渡邊圭祐も、2つの時代に生きる若者を堂々と演じる。特に、2021年で彼が演じる聡太は、伊知哉が務める新聞社の後輩であり、最初こそ若さゆえの軽薄さを漂わせるものの、物語中盤では意外な一面を明らかにし、伊知哉を「真実」を知る手がかりとなる人物へ導く。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
他にも近藤公園を始めとする実力派が脇を固めるが、実を言うと作品を観る前には、主演の瀬戸が社会的な問題を扱う作品に出演することに、少しだけ意外性を感じていた。しかし、実際に目の前にした彼の、柔らかでみずみずしい印象は、現実と理想の狭間で揺れる青年を演じるのにプラスに働いていた。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
と言うのも、この作品は、大状況にかき消されそうになりながらも、声を上げようとする人たちに光を当てたものであり、瀬戸の持つ揺らぎは、確固たる信念を持って突き進む人たち「以外」の、現実的な苦悩や葛藤を想起させるからだ。
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
舞台上を見つめながら、今年の夏の出来事を思い出していた。
それまで国民の反対の声を積極的に取り上げてきたメディアが、開幕とともにその紙面を五輪一色に染めたことを。そのメディアが、五輪のスポンサーだったことを。
誰もが「言葉」を発信できる時代になったと言われる。しかし、インターネット上を漂う言葉が、今後残り続ける保証はどこにもない。五輪に対する私たちの葛藤の痕跡はいつしか消え去り、新聞が報じた大状況だけが後世に残るのかもしれない。数十年後、2021年の出来事を調べる人たちは、その時に残された資料を手に、この五輪を「日本は大震災から復興し、ウイルスにも打ち勝って五輪を成し遂げ、国民も相次ぐメダル獲得に沸いた」とだけ認識するのかもしれない。
そう思うと虚しい気持ちにもなるが、この作品は決して「言葉」に絶望しない。大きな声にかき消されそうになりながらもあきらめず、目の前にいる人とのつながりを信じ、小さな声を上げ続けること。それは決して無駄ではない。一人の声は微力でも、決して無力ではない。そう感じさせるラストに、ささやかではあるが確かな希望を見た。
取材・文=碇雪恵
世田谷パブリックシアター『彼女を笑う人がいても』撮影:細野晋司
■初日を終えたスタッフ/キャストたちの心境コメント
<栗山民也(演出)>
初日の夜に
「自分の言葉」というフレーズを、最近関わったいくつかの作品で自分なりのテーマにしていたけれど、今日、初日を開けたこの作品でも、やっぱり一人ひとりが、どう「自分の言葉」で語り始めるのか、強く耳に刻んでいた。
1960年6月の安保闘争での国会デモによって命を失った樺美智子の「言葉」は、2021年に瀬戸山美咲が綴る「言葉」に受け継がれた。忘れ去られていくもの、切り捨てになっていくもののために…わたしはそのことを、演出家として大事に引き受けたつもりだ。一人でも多くの人に、このいろいろな人の
「自分の言葉」がしっかりと繋がれていきますように。
<瀬戸山美咲(作)>
ただ、そこに立ち、誰かに向かって言葉を発する。あるのは人と言葉だけ。高い集中度で進む栗山さんの稽古は、無駄なことをどんどん削ぎ落としていく時間でした。劇場に入りスタッフワークに支えられ、さらに研ぎ澄まされていく俳優のみなさんの芝居を目にして、畏怖の念すら抱いていました。
しかし、初日を観て心に残ったのは、人間の持つ明るさでした。私たちの目の前の現実は困難かもしれない。でも、希望がない わけではない。そんなことを俳優さんの言葉と身体を通して客 席のみなさんと一緒に感じられたような気がします。1960 年から 2021 年の現在を見つめる作品です。今、みなさんと分かち合えたらとても嬉しいです。
<瀬戸康史(高木伊知哉/高木吾郎 役)>
この作品を通して「言葉」が持つ色々な側面を知り、改めて考えることができています。
栗山さんの発する言葉は、静かですがとても力強い。
そして、瀬戸山さんが書いた言葉は、重く心に響きます。
それから 1960 年と 2021 年、ふたつの時代を過ごして、ぶつかることの重要性を感じています。
それで、何が生まれるのかが大切なのだと思います。
初日を無事に迎えた喜びを噛み締め、心の炎を燃やし続けます。
<木下晴香(岩井梨沙/山中誠子 役)>
お客様のまなざしや空気から、ものすごいエネルギーがギュッと濃縮されている戯曲だということを再認識シマした。
温かくて熱くてストイックな皆さんと過ごす稽古の日々は本当にあっという間だったけれど、思ったよりも平常心で初日を迎えることができたのは、とても実りある時間を過ごさせてもらっているからだと思います。
瀬戸山さんの戯曲から受け取った想いや温度、栗山さんからいただいた宝物のような言葉たちを心に留め、言葉の力を信じ て!最後の最後まで梨沙として誠子として、とにかく目の前の瞬間しっかり生きて言葉を発することを大切に、今を生きる 1 人の人間としてこの戯曲に向き合い深化していけたらと思います。
<渡邊圭祐(矢船聡太/松木孝司 役)>
まずは無事に初日を迎えられたことに様々な方に感謝したいです。
瀬戸山さんの戯曲に栗山さんの演出がマジックのように、舞台に立つ我々の言葉が生きたものになっていくのを感じます。
ここから最終日まで更にその快感に浸りながらより濃いものにしていきたいと思います。
<近藤公園(岩井俊介/羽村修治 役)>
この一ヶ月間の稽古を通して僕たちは、瀬戸山さんの戯曲の中にある様々なかたちの対話に耳をすまし、登場人物の胸の内にある声にならない声を想像し、栗山さんから投げ掛けられる言葉によって言葉と格闘し、時に戯れながら、一つの演劇を創作してきました。
この不安定な時代に、この作品をお客様に届けられること、本当に感謝しています。
言葉は、ちゃんと相手に届きさえすれば、げんこつにも薬にも、一本のマッチの火にもなる。そんな『言葉の力』の可能性を、 改めて、一緒に考え、体感出来たならと願っています。

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