The fin.、Yuto Uchinoが『Outer Eg
o』の甘くポップな誘惑のループに込
めたメッセージ「ムダなことは何ひと
つない」

約3年ぶりのニューアルバム『Outer Ego』を、11月24日(水)にリリースしたThe fin.。浮遊感あるスウィートな世界観はそのままに、チルウェイヴやダウンビートなどを経た新世代のR&Bビートを響かせる新作は、ロンドンでの暮らしや海外での数々のライブなど、これまでの彼らの軌跡とこれからを予感させる逸品だ。「ムダなことは何ひとつない」。そう語るのは、すべての詞曲を手掛けるYuto Uchino(Vo.Gt.Synth)。兵庫県宝塚市出身の彼に、神戸の海が見える場所で、「実はメッセージ性が強い」という新作について聞いた。
Yuto Uchino
自分から見た自我と社会的な自我、2つのコントラストを多角的に描きたかった
ーー宝塚市出身のThe fin.を神戸で取材出来て光栄です。音楽的には国境を超えたイメージですけど、実は兵庫県出身なんですよね。
これからはそこを推していきたいですね。関西弁なのも意外だと言われるんですけど(笑)。
ーー確かに(笑)。今回リリースされた『Outer Ego』は約3年ぶりのアルバムということになるんですね。
新作はいっぱいあったので、前のアルバム(2ndアルバム『There』)を出した後ぐらいにEPを出したいとは思ってたんです。ただ、海外でのライブとかが多くて、フランスやイギリスに行ったり、定住してない感じでずっとバタバタしてたので、制作をする余裕がなくて。ちょうどコロナ禍になる数ヶ月前に日本に帰ろうと思って、東京にスタジオを作ったりしてたんです。実はその時、アメリカ・ツアーも決まってたんですけど、結局ロックダウンで海外渡航出来なくなったこともあって時間が出来たことで、『Outer Ego』が出来ました。
ーーアメリカツアーの中止は残念ですね……。
そうですよね。でもそこは世界中みんな一緒なんで。これまでずっと、プロのミュージシャンとしてフルタイムで365日音楽活動をしてきて、いろんな国に行ってライブしたりいろんな人に会ったりと、インプットが多い生活だったんです。でも今回、自分を見つめ直す、もう一度自分を組み立てていく時間が確保出来たことで、今まで吸収したものが全部形になっていくような感覚になれて。これはアルバムに落とし込めるなという感じでしたね。
Yuto Uchino
ーー制作はどんなふうに進んだのですか?
制作時はいつも対象的な2つのテーマがあったりするんですけど、その両方を行き来する中で、だんだん大きな流れが出来ていくんです。なので最初は、自分の意識の中に飛び込んでいくようなところから始まって、それがひとつずつの世界になりながら、やがてちっちゃいコスモになっていくという感じで進みました。
ーー対象的な2つのテーマ……というのは?
自分から見た自我と、外から見た社会的な自我……このアルバムではその2つのコントラストをいろんな視点で描きたかったから、それぞれの曲にレンジ(広がり)を持たせたかったんですよね。自分の人生に対してもそこは常に気にしています。ひとつに固まり過ぎたくない、常に流れの中で生きていたいという感覚があって。水が液体という「常態」であるように、時間を閉じ込めるアートである音楽も「常態」だと思うんですよ。曲作りはそこにどう自分の気持ちを閉じ込めるのかという、マジックみたいなものだと思うんです。実は今回のアルバムは、メッセージ性がすごく強いんですよね。
ーー「メッセージ性」については後ほど伺うとして……今回、The fin.らしい浮遊感は健在でありつつも、リズムがぐんと強くなってる印象がありました。それもアルバムのメッセージ性の強さとリンクしてる?
俺、The fin.はビートミュージックやと思ってるんですね。昔からそういう音楽が好きやし、打ち込みのビートとかも好きやから、そういう部分がだんだん強く出て来てるのかなと思いますね。
Yuto Uchino
ーーそれは、もしかしてロンドンに住んでいた経験も影響してますか?
確かにロンドンで生活してると、今まで触れてこなかったいろんな音楽にも出会えるし、いろんな解釈のビートからの影響も多かったので、自分の感覚がだんだん変わっていく感じはありました。なんかね、最初の頃はドラマーが難しいビートが叩けなかったというのがあって(笑)、曲自体をシンプルにしてたんです。当時は初心者やったんで、俺が曲を作って、SoundCloudに曲はあげるけど、テクニカル0やからライブが出来ないみたいな(笑)。だから自分の中で曲作りは結構、「縛りのあるゲーム」みたいな感じやったんです。それがだんだん、バンドというよりもプロジェクトみたいな感じになってきて、曲作りも自由に出来るようになっていきました。
ーーそのまま書くと傷つく人が……(笑)。
オープンな事実なんで全然大丈夫です。元ドラマーは今ベースをやってますけど、本人もこの話をしてたりするんで(笑)。
ーーなら良かった(笑)。縛りから解放されたことで、より本質的な部分を表現出来るようになったと。
あと、バンドサウンドじゃないといけないという感覚もなくなりました。とくに今回のアルバムはそうですね。
ーーおかげで冒頭曲「Shine」からもう、力強いリズムと共にアルバムの世界に心地良く引き込まれていきます。ちなみに、インディーポップやチルウェイヴを通過したR&B感のあるハイハットが光る「Old Canvas」はご実家にあった油絵が着想になった曲なのだとか。
「Old Canvas」は、歌詞の中で昔の自分と今の自分が対話しながら進んで行く曲なんです。子供の頃、実家にあった絵を観て、いろんなことを想像しながら遊んでたんですけど、それを曲にしてみようと思って歌詞を書いていきました。そもそもちっちゃい時の音楽体験として、イヤフォンをつけるとすごく世界が広がるあの感じが俺、すごい好きやったんです。今でも覚えてるんですけど、姉が誕生日プレゼントでちっちゃいMDプレイヤーを買ってもらったことがあって。姉と一緒に聴いていた時に、ステレオは2つから音が出てるのにひとつに聴こえるし、音が広がって感じることにすごい感動したんです。そういう音響的な興味もちっちゃい時からあったんですよね。それが原体験として自分の中の「いい音楽の基準」としてあるのかもしれないです。
「Outer Ego」は初めて下の世代に書いた曲「結局書いた自分が救われました」
Yuto Uchino
ーー『Outer Ego』はメッセージ性が強い作品ということでしたが、どんな思いが描かれているのでしょうか?
全体で4つの大きなフェーズがあるんですけど、冒頭の「Shine」と「Over the Hill」は社会的なものによって生まれる自分で、3曲目(「Short Paradise」)とかはまさに自分の頭のイメージ。4、5曲目でそこからどんどん潜っていって、6曲目「At Last」は自分の中のインナーチャイルドと対話した結果生まれたサブストーリーみたいな感じです。で、そこから浮上して7、8曲目は精神について、生とか死とか、人と関わる中で生きている自分を描いていて。10曲目の「Sapphire」は過去の自分に語りかけているんですけど、そこからまた内面に潜っていって、いちばん弱っている状態が次の「Safe Place」。最後の「Edgeof a Dream」で無意識の心象を外側から描いていて、この曲のアウトロでもう一度自分の自我が再度コネクトして……、その自我がもう一度1曲目の「Shine」に戻っていくというループで、フェーズがつながっていく感じですね。
ーーそんな作品に『Outer Ego』というタイトルをつけた理由というのは?
『Outer Ego』は直訳すると自我の外側ですけど、「Outer Ego」は曲は銀河の端っこのように、自我も膨らんだ後に広がって消えていくということを描いています。実はこれ、初めて自分の下の世代に向けて書いていて。最近だんだん難しい社会になってるじゃないですか。生きづらい人も多くなってるし、一人一人が考えて自分の正解を見つけていかないといけない。だからこそ、生きやすい場所にしていかないといけないし、がんばっていかないといけないしという、メッセージ性の強い曲になっています。書きながら結局自分が救われたんですけどね。
Yuto Uchino
ーーそもそもどうして下の世代に向けたメッセージを書こうと?
自分が30歳になったということ、1stアルバム(『Days With Uncertainty』)を出した2014年以降の7年間で、いろんなものを見て、いろんな経験をしたことが大きいと思います。地球単位で言えば、人はひとつのコミュニティーの中で生きてるわけですよね。そんな中で歳を重ねると、自分が一人で生きてるわけじゃないことに気づく。これからどうやって人と関わっていくか? どうやって自分がいいものを残していけるか? を考える時期に来たということなのかもしれないですね。
ーー7年は、人間の細胞がすべて入れ替わる期間だそうですね。その意味では、『Outer Ego』はまさにこの7年のThe fin.の集大成なのかもしれないですね。
そうかもしれないですね。1st EP(「Glowing Red On The Shore EP」)とか7年前に出した最初のアルバム(『Days With Uncertainty』)でひとつ終わったなという感覚はありましたからね。ロンドンに住んでた経験も含めて、ムダなことは何ひとつない。ここからまたすぐ次の作品を作りたい、と思ってるぐらいなんですけどね。
Yuto Uchino
取材・文=早川加奈子 撮影=ハヤシマコ

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