大切な「痛み」を教えてくれる一作 
ミュージカル『刀剣乱舞』 ~静かの
海のパライソ~ 観劇レポート

2021年11月25日(木)多賀城市民会館 大ホール(多賀城市文化センター内)にて、大千秋楽を迎えたミュージカル『刀剣乱舞』 ~静かの海のパライソ~。昨春公演中止に直面するも誰もが諦めなかったからこその再始動、そして無事ゴールへとたどり着いた本作を改めて振り返りながら、鶴丸国永・大倶利伽羅・浦島虎徹・日向正宗・豊前江・松井江の6振りの戦いの足跡をレポートしておきたい。
  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
今回ストーリーの主軸となるのは島原の乱。一般には“キリシタンの農民たちによる江戸時代最大の一揆”として知られている歴史上の出来事である。
冒頭、太平の世に歌われる子守唄は次第に呻き声へと響きを変え、貧しく苦しい生活を強いられている人々の姿が浮かび上がる。インフェルノ、パライソ、神の子……という言葉が提示され、やがて彼らの怒りは攻撃的なパワーを溜め込んだ歌声へと集約し──ミュージカルならではの重厚な空気、目にも耳にも衝撃度の強い幕開け。出だしから早くも此度の出陣の壮絶さが予想される展開に、思わず背筋がゾクゾクする。

  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

場面変わって本丸では雰囲気が一転、鶴丸国永の美しい舞が。手振りと歌詞がリンクするイメージ豊かな楽曲に見入り聴き入り……やがて、審神者との会話から稀に見る大仕事である島原への出陣の隊長が鶴丸国永に託されたこと、また、部隊編成も鶴丸国永が自ら担ったことがわかる。

  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

隊長が選定したのは大倶利伽羅・浦島虎徹・日向正宗・豊前江・松井江。早速集まった彼らに行先を尋ねられると、軽妙に言葉を濁しつつ、とにかく「どーんと向かってばーんだ」と景気付けて見せる鶴丸国永。これは、この先に待つ悲劇に飲み込まれてたまるかという彼の強靭な精神が選ばせた一言のように感じた。何事にも“驚き”を以って当たる様と使命を全うする覚悟とが込められた、さりげなくも重要なやりとりだ。
  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
メインテーマ曲「刀剣乱舞」の「静かの海のパライソ」バージョンのアレンジも、乾いた音、硬い音、尖った音が絡み合う張り詰めたイメージの耳当たりが非常に印象的。海原の上空を流れ続ける雲を思わせるそのハイアーなスピード感に、心が掴まれた。
出陣先の島原。刀剣男士たちは着くなり時間遡行軍が天草四郎を手に掛けるところに遭遇、心の準備もそこそこに事態は急激に動き出す! さて、大将を務めるはずの少年・天草四郎無くとも歴史を変えずに島原の乱を起こさせるには……?
  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

振り返ってみると「刀剣男士が三手に分かれてそれぞれに天草四郎を名乗り一揆の参加者を史実に残る人数=3万7千人集める」というここからの展開は、「何事にも驚きは必要だ」という鶴丸国永と、彼の本質を知っているであろう大倶利伽羅、そして本丸の中でも顕現からあまり年月の経っていないらしい浦島虎徹・日向正宗・豊前江・松井江というチーム編成だからこそ成立したプランだったように思われる。知っているものだからこそ企てられることがあり、乗り越えられることがあり、知らないからこそ真っ直ぐにやり遂げられることがあるという“経験値のバランス”。その絶妙さが物語にも奥行きを与えてくれ、目の前の出来事に対して観客にも多面的な視点を提示してくれるのだろう。しかし、“幕府による領民の大量虐殺”という逃れられない史実の終着点を知っている観客もまた、知っているもののうちのひとり。未来を掴むためと信じて一揆を続ける人間たちと、そのサポートに徹する刀剣男士たちの交流が密になればなるほど、こちらの心の中のザワザワが止まらない。
  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
そのザワザワを演劇として心理的に増長させていたのが、浜辺や防波堤を思わせるセットに配されていた“自然”。苔むす石垣、片隅の笹林、空の色、打ち寄せる波、砂を踏む足音、葉擦れ、吹き抜けていく風、場面場面の変化を表現する素朴なタッチの様々な風景画……。そこに生きる者たちを取り囲む生命力溢れる有機物の息遣いは皮肉にも領民たちの命の残り時間を刻むタイマーのように感じられ、眼に映る光景が牧歌的であればあるほどに切なさも増してしまう。
6振りそれぞれについても振り返っておこう。
(左から)鶴丸国永役 岡宮来夢、大倶利伽羅役 牧島 輝   (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
(中央)浦島虎徹役 糸川耀士郎   (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
鶴丸国永役の岡宮来夢はそのしなやかな存在感で深淵に触れながらも軽妙で居続ける稀有な在り方を貫き、華やかな表情と力強い歌で隊長の任をしっかりと担っていた。大倶利伽羅役の牧島 輝は、今回はいわば裏隊長的存在として、岡宮演じる鶴丸国永を支える。なれ合いを嫌う立ち位置でありつつも欠かせない包容力を着実に発揮、ここぞというときの戦闘と歌声にも磨きがかかっていた。浦島虎徹役の糸川耀士郎は明るい海の子を想像させる風貌にぴったりの真っ直ぐさが気持ちいい。多彩な表情で役に立つ喜びと愛される幸福を伸び伸びと伝えてくれる。日向正宗役の石橋弘毅は高貴で可憐、短刀ならではの小気味良さで殺陣でも存分に魅せてくれる。素直で前向きな言動は浦島虎徹と共に、この悲劇の物語にこそ必要な温もりとも言えるだろう。豊前江役の立花裕大は“頼らせてくれる刀剣男士”の代表格を颯爽と体現。瞬時の判断で動く気風の良さとスマートな佇まい、動きの疾さでステージに躍動感を与えている。松井江役の笹森裕貴はエレガントな風貌と血生臭さを感じさせる性質の同居をあくまでも上品に表現。本作では唯一島原の乱に関わりのある刀剣男士としての葛藤も乗り越え、繊細な心情もしっかりと伝えてくれた。
(左から)日向正宗役 石橋弘毅、浦島虎徹役 糸川耀士郎   (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
(左から)豊前江役 立花裕大、松井江役 笹森裕貴   (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
今作がこれまでのシリーズ作と大きく違ったのは、刀剣男士たちが見殺しにせねばならないのは名もなき多くの人間たちだということ。当初は順調に見えた領民たちの一揆もやがて討伐軍に押され、皆で原城に籠城。兵糧攻めの挙句、最後は松平信綱の指揮による総攻撃で山田衛門作を除く全員、3万7千人が殺される。これが、今回守るべき歴史である。これまで幾度となく見守ってきた歴史を守る戦いは、刀剣男士が時間遡行軍との死闘をくぐり抜けながら結果、死ぬべきものが死に、残るべきものが残ることで達成されてきた。それが……わかってはいても非武装の生身の人間を斬るという選択を迫られる島原の状況がこんなに重く、こんなに罪深いものだとは! 刀剣男士の任務の過酷さを改めて突きつけられた思いがする。
  (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
それでも壮絶な戦いの果てに人間が人間として導き出す答えと、刀剣男士が導き出す答えとが「どのような理由があっても戦をしてはいけないのだ」という思いでしっかりと交わった瞬間、この悲劇に差し込む一筋の光、魂の救いのようなものを見ることができた。本丸に戻り、笑い合う6振りの中にはあの場所にいた人間たちの生きた証が、潮の香りと共に静かに深く刻まれていることだろう。
刀剣男士の宿命、人間の業。互いに互いの痛みに同調し寄り添う重層な歴史ドラマとなった『静かの海のパライソ』。「真実」ではなく「事実」を見据え歴史と向き合う大切さ、そして人と刀剣との関係を今一度深く思いあえるような、大切な痛みを教えてくれる一作である。

2部ライブパートより   (c)ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

文=横澤由香

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