物語を描くように、楠木ともりがたど
り着いた新たな作詞法 3rd EP『nar
row』リリース記念インタビュー

声優として、アーティストとして、両方面で活躍する楠木ともりの3rd EP『narrow』が2021年11月10日にリリースされることが決定した。本EPのテーマは「冬」、全楽曲の作詞作曲を楠木ともり本人が単独名義でおこなった意欲作だ。
今回のEPリリースに合わせて彼女が収録楽曲たちにどんな想いを込めたのかを聞く同時に、彼女がどのようにして楽曲制作をおこなっているのかについてインタビューをおこなった。

楠木ともり
ーー今回は3枚目のEP『narrow』のリリースということで、まずは音楽活動をしていくことになった経緯から伺えればと思います。以前インタビューで歌手を目指して声優になったというようなお話もされていました。
正確にいうと本当のスタートとしては声優になりたいという気持ちから始まっているんです。ただ、声優になる夢は早々に挫折してしまって。それでも何らかの方法でアニメに関わることができないかと考えて行き着いたのが歌手になってアニメの主題歌をうたうことでした。それでアーティストになるためのオーディションを受けて、そのオーディションの中で「もともと声優になりたかったんです」というお話をさせていただいたら両方に挑戦させていただけることになったんです。
ーー声優と音楽活動、両方に興味があったということですね。
そうですね。今は自分がやりたいこと全部挑戦させてもらえている状況なので本当にありがたいなと思っています。
ーー声優と音楽活動を両立していくことで出てくる良さを感じることはありますか?
歌に出てくる場面を思い描いて歌ったり、その場面を思い浮かべて作詞に活かしたりできるのは声優をやっているからこそできることだと思っています。逆に歌で込めた心情に近いものが演技で出てくるとスッと役に入れたりするのも良さだと感じています。
ーー各々の活動で得た経験が活かされている感覚があるんですね。
あります。ただその一方で気持ちとしては別々の活動だと捉えている部分もあります。声優の活動をしている時は声優として、歌手の活動をしている時は歌手として、どちらかの延長戦としてではなく個々の活動として両方本気で取り組んでいます。そうやって一つ一つを真剣に取り組むことで結果的に自分が成長できると考えています。
ーー楠木さんの音楽活動はインディーズを経てメジャーへと舞台を移していますがインディーズとメジャーで音楽への向き合い方に変化はありますか?
インディーズ時代はただただ自分のやりたいことだけを突き詰めていました。それが今は明確に、この曲を聴いた人にどう感じてほしいというのを思い描きながら曲作りをするようになりました。もちろん自分のやりたい音楽を作ることを中心に据えながらではありますが。
楠木ともり「narrow」
ーーこれまでの楽曲を聴かせていただいて、楠木さんご自身が音楽が好きでそれを自身の曲にも落とし込んでいるんだということはすごく感じます。制作はどうやっておこなっているんですか?
私はまず1番の作詞をして、1番の歌詞が確定してからメロディをつけていきます。それで1番が全部できてから1番のメロディに2番の歌詞を重ねていくという順序で作っています。不思議なやり方ではあるんですが……。
ーー確かにあまり聞いたことのない作り方かもしれないですね。今回のEPは全曲楠木さんご自身が作詞作曲をしていますが、どのような一枚になっているのでしょうか。
これまでは曲を作っていく中で徐々にテーマが決まっていくことが多かったんです。それが今回は先に「冬」というテーマがあったのでそれに沿って曲を作りました。ですのでこれまでとはまた違った楽曲制作の経験ができたと思っています。あと今回は裏テーマとして今までの曲に出てきた登場人物をさらに掘り下げたり、その登場人物同士を出会わせたりということをしているんです。例えば一曲目の「narrow」で描いているのは1stEPに収録されている「ロマンロン」の主人公なんです。
ーーそうなんですね!
「ロマンロン」の主人公の路上ライブを「僕の見る世界、君の見る世界」の主人公が見にきた、というストーリーになっているんです。これまでただ歌うことに執着していた主人公が誰かに歌を聴いてもらう喜びを知って、誰かのために曲を作る。しかしその後、ライブに歌を聴かせたい人が来なくなってしまって、そこから自分がどうしていくかを考えていくという物語になっています。
ーー楠木さん自身がインディーズからメジャーに転向した時の心情の変化とも通じるところがありますね。
私自身は路上ライブを経験したことはないのですが、キャラクターたちの経験や心情の変化に関しては自分の経験が投影されている部分は大きいと思います。
楠木ともり「narrow」
ーー自分の経験が歌に活きているということですね。あと歌詞の中では空の描写が印象的でした。
これもキャラクターに自分が投影されてできた部分なんです。私自身、プロフィールに「空を見ることが趣味です」と書くぐらい空をよく見上げるんです。これは趣味というよりは癖みたいなものではあるのですが。これまでも無意識に空の描写をよく書いていて。ただ今回は意図的に入れています。「僕の見る世界、君の見る世界」でも空に関する描写が出てくるのでそれと呼応するようにしました。
ーー登場する空の描写が肯定的なものではないのも印象的ですね。
私は生まれも育ちも東京ですが、そんな私でも東京の空は狭いなって感じるんです。そういう自分の感じたものを「narrow」の主人公にも投影しようと思って歌詞に入れています。作詞している私の癖と歌の登場人物の癖が一緒だったら面白いな、という想いもそこにはありました。
ーーこの曲のタイトル「narrow」ですが、狭い、という意味の言葉です。これは歌詞にある「狭い空」から来ているのでしょうか。
そうですね。そこにプラスして出会うはずのない二人が出会った世間の狭さ、という意味も含んでいます。
ーーそして本楽曲の編曲は「ロマンロン」、「僕の見る世界、君の見る世界」と同じく重永亮介さんが担当されています。
続編としての位置付けもあるのでやはりここは同じ重永さんにお願いしようと思いました。私が鼻歌とクリック音と歌声だけが入ったデモをお送りして「楽器の編成はこんな感じで、冬感が欲しくて、でもクリスマスとは違うんです」「色んな方に聴いていただきやすい曲にしたいんですが、私らしさは捨てたくないんです」みたいな少し無茶なお願いを色々とさせていただいて作っていただきました(笑)。
ーー完成した楽曲を聴いた印象はいかがでしたか。
最初はリズム展開がもっと複雑なもので、ストリングスや鐘の音がしっかり鳴っているゴージャスな感じだったんです。それもすごく良かったのですが、今回は路上ライブの孤独感や冬の寂しさを歌いたかったので、シンプルにしていきました。結果的に落ち着いたのが今のアレンジです。
楠木ともり「よりみち」
ーーそして次の楽曲が「よりみち」、すごくミニマルな世界観の楽曲になっています。
「narrow」と真逆で情景描写をほとんど入れておらず、曖昧な言葉にして全体的にピントをボヤかしています。この曲のテーマは何か嫌なことがあった時の帰り道。その中でその日の失敗とかこれから起きるかもしれない嫌なことに考えを巡らせているところを歌詞で描いています。
ーーサビと平歌の歌詞のメリハリも印象的でした。
楽曲がチルっぽいので歌詞でメリハリをつけないと聴いていて飽きる曲になってしまうと思ったんです。それでサビはスッと頭の中に入ってくる音重視の歌詞に、平歌は心情描写を入れて印象的に、という意識で作詞しています。
ーー中でも印象的だったフレーズが「特に誰にも会わない日 だからイイ服着てみたの」という歌詞でした。
その部分、私もすごく気に入っています。お気に入りの服とか高い服とか、自分のためだけに着ている瞬間ってすごく好きなんです。「よりみち」のテーマの一つに自分で自分の機嫌を取る、ということもあるのでそれが象徴的に現れている部分になっていると思っています。
ーーこの楽曲の登場人物もこれまでどこかで登場されているんですか?
今回は新キャラになります。ただ今までの登場人物たちも同じような経験はしてそうだな、と思うんです。人生に苦戦している人ばっかりを歌ってきているので(笑)。
楠木ともり「熾火」
ーー続いての楽曲が「熾火」、すごく熱を感じる曲ですね。
楽曲を制作するにあたって4曲目の「タルヒ」を先に書いていたのですが、途中で手が止まってしまって、そのタイミングで仕事も忙しくて心が折れてしまったんです。それで「どうしよう!」って思った時に、今のこの鬱屈とした気持ちをそのまま歌詞にしたらいいんじゃないか、と閃いたんです。それで作り始めた曲になります。ただそのまま書いたら負の感情大爆発みたいな曲になってしまうので、登場人物を作ってそこに気持ちを投影させて書いています。
ーー曲を書いた結果、ご自身の気持ちに変化はありましたか?
あまりなかったです。ですが自分にこんなに刺々しい感情が残っていたということに対しての安心感がありました。まだ自分は自分を諦めていないぞ、という。全部嫌になっているけれど、どこかですがりつきたいという感情があるからこういう言葉を捻り出せる、と感じることができました。
ーーそんな楠木さんの気持ちに応えるように荒幡亮平さんが力強い編曲をしています。
依頼する時に「瑞々しさと大人っぽさの丁度間で」「ロックサウンドだけれどジャズテイストは欲しい」という感じでお伝えしました。そうしたらこのアレンジが上がってきて。「難産だった」と仰ってましたが、スピードも早くてとても難産とは思えませんでした。
楠木ともり「タルヒ」
ーーそして最後の楽曲「タルヒ」ですね。
実はこの曲が今回のEPの中で一番最初に作った曲なんです。「冬」がコンセプトということで冬にまつわる言葉を探していた時「つらら」のことを「垂氷(たるひ)」と呼ぶことを知って、音が面白いなと感じていました。つららが温められたり冷やされたりすることで大きくなっていくところを人の心の成長と重ね合わせて描こうと思って制作を始めたのですが、制作していく過程で「満ち足りる日」の「足る日(たるひ)」と同音異議だということを知って。これをダブルミーニングにしようと思い「タルヒ」というタイトルにしました。
ーー「熾火」のお話をを伺った際に、この楽曲は制作途中で手が止まってしまったと仰っていましたね。
そうなんです。1番を書いたらそこできれいにまとまって続きが何も出てこなくなってしまったんです……。「タルヒ」は2nd EPの「sketchbook」の主人公が恩師から貰った手紙というコンセプトで柔らかい言い回しで、誰かを導くような歌詞を書いていたんです。ですがそれにとらわれたら書けなくなってしまって。「熾火」を作って思いついたのが、痛みを分かってあげられるような描写のある曲にすればいい、ということ。そうしたら続きが書けるようになりました。
ーー曲も誰かに寄り添ったり導いたりするのにぴったりな優しい曲だと感じました。
編曲をお願いしたやぎぬまさんは以前別のコンテンツでもご一緒させていただいているんです。その時にシューゲイザー調の曲がすごく素敵だったんです。それで今回お願いしたら「私にお願いするってことはシューゲイザー調の曲が希望ということで合ってますか?」とすぐに意向を察してくださって。
ーー意思疎通がすんなりいったんですね。
そうなんです。それでデモを聴いたら私が思い描いていた以上に温かい、でもすごくフィット感のある曲になっていました。ですのでほとんど修正はありませんでした。私自身もすごく気に入っている曲です。
楠木ともり「narrow」
ーー今回収録となった4曲のお話を聞かせていただいて、自身の経験を物語のキャラクターに投影して作詞をされていることが多いように感じました。
それはかなり意識しています。自分の感情をキャラクターに投影すると自分自身を客観視して歌詞が書けるんです。客観視できないとずっと同じ感情について書いてしまうんですが、客観視すると今の感情から一歩踏み出すところを書くことができるんです。
ーーこれまでもそういった書き方はしてきたんですか。
意識してやるようになったのは今回のEPが初めてです。この歌詞の書き方は土岐麻子さんに教えていただきました。ラジオで以前ゲストとしてお越しいただいたときに作詞の方法をお聞きしたら「人の髪色や血液型や性格、服装など、全部を決めて、その人を想像して曲を書いているんです」と仰っていて。それで試してみたら私にすごく合っているやり方だったみたいで楽しくて。
ーー作詞の方法が物語をつくる方法に近いですね。
確かに物語というものにすごく意識が向いている部分はあると思います。7月25日に開催した『Tomori Kusunoki Story Live LOOM-ROOM #725 -ignore-』を歌と朗読の編成にしたのも、物語に意識が向いていたからです。
ーー改めて今回お話を伺って、改めて本当に音楽が好きで、いろんな音楽に精通しているんだということを感じました。
ありがとうございます!
ーー普段はどんな音楽を聴かれるんですか?
普段は音楽のサブスクリプションサービスでプレイリストごと流して聴いていることが多いです。『よりみち』をつくる時はチルっぽいヒップホップみたいなプレイリストを探してずっと聴いていました。ですのでアーティストが誰か把握していないこともしばしばあります。
ーーそうなるとアルバム単位で曲を聴くということはあまりない。
そうですね。今回のEPに関しても一曲ごとに世界観が完結するように意識して楽曲制作をしています。4つのうちどれか刺さってほしい!という思いで(笑)。
ーー今回のEPでもかなり多ジャンルの楽曲に挑戦していますが今後挑戦してみたい音楽のジャンルはありますか。
色々と挑戦してきてはいますが、まだやっていない系統の音楽もあるので新しいものにはどんどん挑戦していきたいです。これまでの曲でアコースティックアルバムとか出しても面白いかな、と思ったり。あとはアンビエント音楽が大好きなので、今後そういった楽曲を増やしていけたらと思っています。
インタビュー・文=一野大悟

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