『弘田三枝子
なかにし礼をうたう
〜人形の家〜』は
偉大なる音楽たちが
残した邦楽ポップスの歴史的遺産

なかにし・川口が手掛けた未発表曲

M11「砂の上のひめごと」は中島安敏氏の作編曲で、1966年のシングル「愛のゴーゴー」のB面だったナンバー。ハワイアンテイストというか、誤解を恐れずに言えば、当時の加山雄三的なサウンドで、時代性を感じるところ。歌い方もセクシーさを前面に出しているようで、面白いと言えば面白いが、本作で最も興味深いのは、M12「ロダンの肖像(別アレンジ)」を挟んで続く、M13「裁かれる女」とM14「愛の翼」だろう。M13はシングル「ロダンの肖像」と同じ日にレコーディングされつつもリリースされず、未発表曲のままになっていたものだという。Bメロ辺りにはシャンソンの雰囲気もあって、迫力のある歌唱を確認できる。歌詞がなかなかエグい。お蔵入りになったのはここに要因があったのではないかと少し思うほどに…。

《さげすむまなざし 重たい十字架を/背中に受けてひとり さまよう私/何のために 生きればいいの/子供らに石で追われ/何のために生きる 何のために/消えないインクで 額に記された/愛という名の文字を 削った人はあなた》(M13「裁かれる女」)。

思わず“何があった!?”と詰め寄ってしまいそうな歌詞だが、他に比類なきというところでは、やはりなかにし氏の作家性を感じるところではある。M14は、2001年に発売されたCD6枚組のベスト盤『弘田三枝子・これくしょん〜マイ・メモリィ』で初収録されたという楽曲。前半は「テイク・ファイブ」的な変則的なリズムで進んだと思いきや、そこから開放的なメロディーへと展開していく、どこか歌劇的なスタイルが面白い。「人形の家」とはタイプが異なるが、後半どんどんエモーショナルになるリズム隊は健在で、これもまたどうしてしばらくお蔵入りになっていたのか、その経緯が単純に不思議なところだ。この2曲、特にM13が収録されただけでも、本作の制作の意味は十分にあったと思うし、弘田三枝子という稀代の女性シンガーの一線級の資料として、日本コロムビアの仕事は素晴らしいと思う。

本作ラストはM15「人形の家(ピアノ・バージョン)」。2015年に発表されたシングル「悲しい恋をしてきたの」のカップリングとなったもので、ジャジーなピアノサウンドをバックにしたリテイクだ。あくまでも個人的な感想と前置きしておくが、このM15バージョンは迫力を通り越して生々しさすら感じる。もしかすると彼女の歌唱は日本語とはあまり相性が良くないのかもしれない──そんなことを少し思った。母音が多い分、圧しが強くなりすぎるのかもしれないし、歌詞の意味を深く噛み締めると歌に別のニュアンスが出てくるのかもしれない。実際のところ、どうかは分からないけれども、『ニューヨークの~』と聴き比べると、M15に関しては何となく窮屈な印象を受けた。それは、弘田三枝子というシンガーの才能が日本だけに留まるものではなかったことの証左なのかもしれないと想像したのだが、その辺は実際どうなのだろうか?

TEXT:帆苅智之

アルバム『弘田三枝子 なかにし礼をうたう 〜人形の家〜』2021年発表作品
    • 1.人形の家
    • 2.あなたがいなくても
    • 3.私が死んだら
    • 4.鏡の中の天使
    • 5.燃える手
    • 6.鍵を捨てたの
    • 7.ロダンの肖像
    • 8.恋愛専科
    • 9.蝶の雨
    • 10.ひとりぼっちの海
    • 11.砂の上のひめごと
    • 12.ロダンの肖像(別アレンジ)
    • 13.裁かれる女
    • 14.愛の翼
    • 15.人形の家(ピアノ・バージョン)
『弘田三枝子 なかにし礼をうたう 〜人形の家〜』('21)/弘田三枝子

OKMusic編集部

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