『弘田三枝子
なかにし礼をうたう
〜人形の家〜』は
偉大なる音楽たちが
残した邦楽ポップスの歴史的遺産
筒美京平、馬飼野康二も参加
M5「燃える手」、M6「鍵を捨てたの」は「私が死んだら」に続くシングルで、こちらは共に筒美京平が手掛けている。イントロと1番と2番とつなぐブリッジの部分にしっかりキャッチーなメロディーを持って来ている辺りは如何にも筒美京平らしく(特にM5)、“THE昭和歌謡”といった雰囲気ではある。M5の《私の手が 手が》や《たえる私の そばにいて》の箇所の歌唱はさすがだし、M6《笑わないで 笑わないで この私を》《さよならなど 言わないでほしい》で見せるシアトリカルな部分からは弘田三枝子のシンガーとしての多彩な表現力をうかがわせる。サウンド面ではM6がおもしろい。ジャズっぽいリズムが左から聴こえてくる音響処理は(決して引いている意味ではなく)どうしてこうなっているのだろうと思うが、その不思議さがまた魅力となっている(歌詞もちょっと不思議だし…)。
その「燃える手」に続くシングルが、どこかオリエンタルなM7「ロダンの肖像」と、フォーキーなM8「恋愛専科」で、再びなかにし&川口コンビによるものだ。ここはまずM7のザラ付いた音がカッコ良い。ストリングスもピアノも何とも言えないニュアンスを醸し出している。楽曲全体に躍動感を与えているベースラインもいい感じだ。M8では、アコギのアンサンブルにエレピが重なった上をフルートの音色が彩っている。この辺は作曲もさることながら、川口氏のアレンジ力を確認できるところかもしれない。《ロダンの彫刻のように/あなたにいだかれたままで/死んで石になって 愛されていたいの》(M7「ロダンの肖像」)は「人形の家」を引きずっている気がしなくもないけれど、《あれから この私変なの/鏡みるたびに きれいになるの》(M8「恋愛専科」)の可愛らしいフレーズを見ると、“女性の喜怒哀楽をちゃんと掴んでいるものだなぁ”と大作家の懐の深さを感じざるを得ないところではある。
M9「蝶の雨」&M10「ひとりぼっちの海」は馬飼野康二の作編曲。ともに川口氏とも筒美氏とも印象が異なるのは当たり前として、個人的にはここに収録された他曲以上に昭和チックな印象で、逆に言えば、彼女が何でも器用に歌いこなすシンガーであることが分かる2曲であるとも言えるだろう。