右から高橋良輔監督と藤津亮太氏

右から高橋良輔監督と藤津亮太氏

「太陽の牙ダグラム」の秘密に迫る特
番に高橋良輔監督が生出演 ダグラム
は「アニメの世界を渡っていくための
通行手形をくれた恩人」

右から高橋良輔監督と藤津亮太氏 サンライズのロボットアニメ「太陽の牙ダグラム」の放送40周年を記念し、10月11日にアニメ専門チャンネルAT-Xで同作の放送が始まった。これに先駆け、10月9日に生放送特番「高橋良輔監督生出演『太陽の牙ダグラム』真実は見えるか?配信」がYouTube Liveで配信された。
 「太陽の牙ダグラム」は1981~82年に全75話が放送されたテレビアニメ。地球連邦政府の植民惑星デロイアを舞台に、連邦評議会議長ドナン・カシムの息子であるクリン・カシムが、父に背を向けてゲリラ組織“太陽の牙”のメンバーとなり、最新鋭コンバットアーマー(巨大ロボット兵器)ダグラムを駆って、デロイアの真の独立を目指す姿を描く。ロボットアニメとしては高橋良輔監督が初めて手がけた作品で、人間ドラマや重厚な政治劇を展開したことで話題を呼び、後の「装甲騎兵ボトムズ」「機甲界ガリアン」「蒼き流星SPTレイズナー」などへと続く礎を築いた。
 3部構成の特番には高橋監督がリモート出演し、司会を務めるアニメ評論家の藤津亮太氏が、さまざまな質問をぶつけ、それに高橋監督が回答していくという形式で進行した。
 第1部「40周年だから聞きたい!『太陽の牙ダグラム』の秘密」では、「ダグラム」誕生の経緯や、メカ演出、キャラクター造形などについて深堀り。視聴者からのTwitter投稿やアンケート結果などを汲み上げつつ、兵器然としたコンバットアーマーの描写や、デスタンやラコックといった個性的な敵役にも焦点が当てられ、第17話でのフェスタの死にまつわる知られざる舞台裏も明らかになった。
 さらに第2部「高橋監督とロボットと戦争」では、後続作品である「ボトムズ」「ガリアン」「レイズナー」「ガサラキ」などにも話題が及び、高橋監督自らの口から各作品の着想の発端が語られた。第3部「アニメで戦争を描くということ」では、リアルなテーマである“戦争”を、より現実に近い実写ではなく、アニメで表現することの強みが語られている。
 番組はYouTubeでアーカイブ配信中。出演を終えた高橋監督と藤津氏に話を聞いた。
――本日の生特番のご感想はいかがですか。
藤津:高橋監督に深いところまで「ダグラム」のお話をうかがえて、本当に楽しかったです。監督の自伝的著書「アニメ監督で…いいのかな?」を読み、監督のカラーは特に「ダグラム」に色濃く表れていると感じていました。個人的に気になっていたことを、たくさんうかがうことができたので、うれしかったです。欲を言えば、もっとお時間をいただきたかったくらいです。お話をうかがう方が楽なので、答えていただく監督は大変かもしれませんが……(笑)。また、このような場を設けられたらいいなと思います。
高橋:こういった形で自分の作品を語れる場は、いいなあと思いました。あまり構えなくていいですからね。今回はリモートでの出演だったので、デジタルが社会の中に入ってきたんだなという実感が持てました。僕はアナログ人間なのですが「デジタルも敵ではないんだ」って思えるようになりました(笑)。
――これまでは、デジタルが敵だったのですか?
高橋:どんな道具も、使いこなすのには時間がかかると思います。たとえば、SNSなどで痛い目を見ることもあるでしょう? 旧来のコミュニケーション手段なら大事にならなかったはずなのに、修復できないくらい深い亀裂になってしまったというケースをいくつも見てきました。ですから、今回のように映像と音声で(相手の感情を推し量りながら)やり取りができるというのは、安心感がありますね。一方で、未だに社会に明確なルールが形成されて、それが生活の中に定着しているとは思えないので、僕としては一概に“味方”とは言い切れないところがあります。
――高橋監督、今年「ダグラム」が40周年を迎えたことについての感慨はいかがですか。
高橋:「ダグラム」が、いまだに生命を永らえているということに驚いています。今年の5月から、太田垣康男(※1)さんによる漫画「Get truth 太陽の牙 ダグラム」のWeb連載がスタートしたのですが、漫画家の方が、40年経った今も「コミカライズをやりたい」と言ってくださるだけの熱量が「ダグラム」に秘められていたことにビックリしました。
 先ほど藤津さんも言っていましたが、「ダグラム」はかなり色濃く僕自身の考え方が反映された作品です。キャラクターを通して僕の言葉が、多く語られていました。それが、放映の一度きりで忘れ去られてしまうのではなく、40年経ってもなお命脈を保っているというのは本当にうれしいことで、自分の仕事に対して「やってきてよかった」とホッとした思いです。
――漫画「Get truth 太陽の牙ダグラム」はどういった経緯でスタートした企画だったのでしょうか。
高橋:発端は、とても昔に遡るんです。今はマックスファクトリーの代表を務めているMAX渡辺さん(渡邊誠氏)が、学生の時分だったのではないかな……編集の手伝いをしていた頃に、僕のところに取材に来たことがありました。そして「自分がなにがしかになったなら、『ダグラム』のプラモデルを作りたい」っておっしゃったんです。そして今、彼はその約束を果たしてくれています(※2)。
 そのMAX渡辺さんが、今度は太田垣さんと「ダグラム」を漫画にしたいと言ってくれた。ですから、MAX渡辺さんにとっても40年来の悲願だったんですね。僕は「ダグラム」にそんな力があるなんて思っていなかったから、まさに望外の喜びです。
――放送から40年を経た今も「ダグラム」が、クリエイターたちを突き動かす原動力になっている理由はどこにあると思いますか。
藤津:「ダグラム」は視点がとても多い作品で、主人公であるクリンが各話のエピソードを動かすことはとても少なく、彼はあくまでも“大状況の中の個人”という立ち位置です。そして、その大状況は、非常に多くのキャラクターが作りあげています。だから「ダグラム」は“いかようにも掘り下げられる”んです。
 また、今は“政治の季節”だと思います。世の中にどんな形でコミットしていくのか、そのお手本となるものが求められている。政治劇を重視した「ダグラム」には、そのヒントとなるサンプルが盛り込まれています。
 これら2つの理由から、「ダグラム」は今だからこそ、もう一度語る意義がある作品だと思っています。
高橋:僕は本当のことを言うと、いまだによくわからないんですが(笑)、作り手の本音が作品に出てしまっているんじゃないかなと。文学の世界でも、人間の悩みや葛藤について語る作品が、読者の琴線に触れることがありますが、それと同じようなことが起きてしまったのかもしれません。僕自身、気楽な作品を見たい気分の時のほうが多いのですが、人間の核心に迫るような作品には、ついつい惹きつけられてしまう力がありますね。
 ですから、実はこの先、そう、言ってみれば“重文学アニメ”を作ってみたいんです。ドストエフスキーの著作に登場するような濃いキャラクターが、滔々(とうとう)と人生を語るというような。そんな作品ばかりだと堅苦しくていけませんが、100本のうちに1本くらい、そんな重い味わいの作品があってもいいんじゃないかと思うんです。僕が自分でやるより、(「機動戦士ガンダム」の)富野(由悠季)さんにピッタリな題材だと思うので、何度も「やろうよ」と持ちかけていますが、なかなか色よい返事をもらえないんですよね(苦笑)。今は「もろもろ僕がやるので、制作費はいくらか安く済みます。だからチャンスをください」と、いろいろな人を説得するために奔走しているところです。
――22年までは「ダグラム」のアニバーサリーイヤーですが、23年には「ボトムズ」、24年には「ガリアン」、25年には「レイズナー」と40周年作品が列をなしています。高橋監督に今後の展望をうかがいたいと思います。
高橋:いま僕は、小説「装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇」をWeb連載中なのですが、書きながら「まだ、こんなエネルギーが残っているのか」と感じることがあります。それが「ボトムズ」だけなのかと言えば、きっとそんなことはないでしょうね。
 今日も「新しいことをやるから、ぜひ手伝ってくれないか」と大地丙太郎監督(※3)に言われて会いに行ってきたばかりです。「でも、もういい歳だよお!?」なんて逃げを打ったんですが、「誰でも歳は取るものだから、しょうがないっすよね~」って流されちゃって(笑)。文字が読めて、しゃべることができるなら、まだまだやれることはたくさんありますよ。それが、この世界で生きてきた僕らの“覚悟”じゃないすかって言われてしまいました。
――40年間を振り返って、おふたりにとって「ダグラム」とはどのような意味を持った作品なのでしょうか。
藤津:アニメの歴史上「ダグラム」は「ガンダム」が切り拓いた“リアルロボット”というジャンルを確立させた作品で、「ここを押さえておくとリアルロボットらしく見える」という要素の抽出の巧みさがあります。そういった意味で、エポックメイキングな作品だと思います。
 僕の個人的な思い出としては、放送当時は視聴が難しい地域に住んでいたので、映画「ドキュメント 太陽の牙ダグラム」(※4)しか見られなかったんです。テレビシリーズは大人になってから見たのですが、「ダグラム」はクリンの乳離れの物語であることがわかりました。コンバットアーマー・ダグラムは、例えば子どもにとってのぬいぐるみと同じような“移行対象”(※5)なんです。最終回、クリンがそれを自分で燃やすことで、ひとつの季節に別れを告げる、というのはとても感動的な構造だと思います。
高橋:虫プロ(※6)から離脱した人たちが作りあげたサンライズが、アニメでどうやって食っていこうかと考えたのが1971年くらいのことだと思います。その後、紆余曲折ありながら、ロボットものを得意とすることになりました。しかし、当初は東北新社の資本が入った創映社(※7)の企画作品であって、自分たちの財産ではなかった。それが「無敵超人ザンボット3」(77年)から「機動戦士ガンダム」(79年)という流れのなかで、権利者になることができました。そして、富野さんが拓いてくれたその路線を引き継いだ二番手が僕です。当時は1作品につき1年間(4クール)の制作がほぼ確約されていましたが、現在はなかなか同じことができる状況ではありませんから、あの時期にアニメーションの現場にいられたことがとても幸運でした。
 「高橋良輔は、この世界にいてもいいんだよ」と言ってくれた作品。それが僕にとっての「ダグラム」です。自分が携わった作品ですが、アニメの世界を渡っていくための通行手形をくれた恩人のように感じています。
※1 「Get truth 太陽の牙ダグラム」の単行本第1巻は12月28日に発売。特装版には、マックスファクトリーの開発による太田垣版ダグラムの1/72スケールプラキットが同梱される。
※2 2014年から「ダグラム」に登場するコンバットアーマーなどの兵器を、1/72スケールでプラキット化する「COMBAT ARMORS MAX」シリーズが展開中。11月には、主人公機であるダグラムのアップデートバージョンが発売される。
※3 大地監督の監督デビュー作である「ナースエンジェルりりかSOS」には、高橋監督が演出協力としてクレジット。2019年にはオムニバス形式の「臨死!!江古田ちゃん」に、高橋監督とともに参加している。
※4 テレビシリーズ「ダグラム」全75話を約80分にまとめた総集編劇場版。併映は「ダグラム」のデフォルメキャラクターが登場するギャグ作品「チョロQダグラム」や、富野監督による「ザブングル グラフィティ」など。1983年公開。
※5 ぬいぐるみや毛布など、乳幼児が特別な愛着を寄せる対象のこと。幼児の精神発達上で重要な働きをし、成長にしたがって自然と手放すことが多いといわれる。
※6 漫画家の故・手塚治虫さんが、1961年に創設したアニメーション制作スタジオ・虫プロダクションのこと。高橋監督は64年から同社に籍を置き、制作進行や演出などを経験した。高橋監督とともに「ダグラム」を手がけた故・神田武幸さんや、「ガンダム」の富野監督も同社の出身である。
※7 虫プロから独立した有志によって1972年に設立されたアニメ制作会社。同社の製作現場として、現サンライズの前身となったサンライズスタジオが設立された。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • SUPER★DRAGON / 「楽楽★PAINT」
  • OLDCODEX / 「WHY I PAINT ~なぜボクがえをかくのか~」
  • みねこ美根 / 「映画の指輪のつくり方」
  • POP TUNE GirlS / 『佐々木小雪のイラスト花図鑑』
  • POP TUNE GirlS / 『涼水ノアの、ノアのはこぶ絵』

新着