古内東子の
ヒットアルバム『恋』を教科書に
恋愛に欠かせない
大切な要素を授かってみたい

人が感情を抱く刹那

《あなたが他の人と会っているらしいって/私がかわいそうだって/平気なふりすれば するほど みじめになるよ》《私は彼女を責めたりしない きっと同じように恋してるだけ/愛し合うことには 皮肉なもので ルールも順序も関係ない》《でも不思議ね 考えてることは どんな顔して どんな言葉で/何も知らないふりして いつも通り あなたに会えばいいか、それだけ》(M1「悲しいうわさ」)。

M1「悲しいうわさ」はダンサブルなリズムがグイグイと楽曲全体を引っ張るファンクナンバーで、メロディーやサウンドは親しみやすいというか、聴き手を選ばない印象ではあって、その意味ではオープニングらしい。しかしながら、歌詞はどこか緊張感を孕んだ感じである。ピリピリした状態だと思えるし、近くにいる人の精神状態がこの歌詞のようであることを知ったらたぶん自分は話しかけないと思う。親しみやすさとは真逆と言っていい状態だろう。恋愛を闘いに重ねる向きは古くからあると思うが、《ルール》なんて言葉があることからM1もその系譜であろうか。ダメージがあってもそれを表に出さない姿勢は格闘技に近いようにも感じる。その内容は受け身だけのように見えるが、強烈にアグレッシブではある。

M2「ブレーキ」もM1とはベクトルが別ではあるが、これもまたアグレッシブな内容ではあろう。

《あなたが振られたこと 噂に聞いたから/何となく二人きりで会うのは 複雑な気持ちだったの/なぐさめているつもりでいても ごめんね/やっぱり少しうれしい気持ち隠せなくて》《好きになっていいかな 近くにいてもいいかな/針がさすような胸の痛みを感じるの あなたを見てると/心のブレーキから足を離していいかな/今までずっと目をそらしてた 真っ直ぐに好きになっていいかな》(M2「ブレーキ」)。

これまたファンク~ソウル系で、ギターのカッティングには躍動感はあるし、サビは開けた感じで、M1よりはやや明るい印象。アウトロではアーバンなサックスが鳴っているが、これもどこか溌溂とした感じではあって、余計に歌詞の前向きさを助長しているようでもある。その内容は…と言うと、見ていただければ説明は不要であろうが、面白いのはM1がこれから何か不穏なことが起こりそうな内容である一方、M2ではまさにここから恋が始まるということである。タイプは異なるが、ともに人が感情を抱く刹那、その瞬間をとらえていると言える。10thシングルになったM3「大丈夫」もその観点で見ることもできる。

《うそつきたくない だけど 強がるしかない/あなたに会えない夜でも 大丈夫 大丈夫/愛されていたい だから 微笑んでいよう/あなたに会えない夜でも 大丈夫 大丈夫》《大切にしたい だから困らせたくない/私の寂しい気持ちは/明日には消えるもの/愛されていたい だから 微笑んでいよう/あなたに会えない夜でも 大丈夫 大丈夫》《そうね 一人で生きることも出来なくないし/きっと気楽だけれど/一度きりの人生ならば 二人でずっと生きてゆこうよ》(M3「大丈夫」)。

耐え忍んでいる刹那…と言うと、たぶん大袈裟だが、強引にまとめればそういうことになるだろう。アルバム冒頭3曲で彼女の作風は物語を長々と語るタイプではないことが想像できる。ピンポイントの感情を綴り、そこからはリスナーの想像力に委ねる…そんな感じだろうか。続くM4「月明かり」はミドル~スローでややブルージーな代物で、アップチューンのM3から雰囲気は変わるものの、このM4の歌詞も、刹那とは言わないまでも、短い時間の中での感情を切り取っている。

《今夜だけは月明かり見上げるふりして/好きなだけ泣かせてね 心から言えるように/“ありがとう 今まで”》《あなたの面影が どこにでもあふれてるけど/やっぱり ここが 私の街だもの》《何日も考えたの ふたりがさよならを 選んだ訳を/同じ夢持たないで 生きてくのは 傷つけ合うんだと言ってたよね/聞こえる音も声もあなたの言葉になるよ/それでも ここで もう一度始めよう》(M4「月明かり」)。

ロストラブソングのようだが、これも決して後向きな内容ではなかろう。どんな状況においてもそこに甘んじないというか、そこだけに留まらないというのも、本作『恋』からうかがえる古内東子の歌詞の特徴と言えるのかもしれない…と少し思った。

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

新着