母と息子の「就活ふたり旅」始まる&
さくらんぼのような果実味の「トロリ
ンガー」

W.A.モーツァルトの旅先を巡り、現地の美味しいワインをご紹介する連載「モーツァルトとワイン旅行」。今回ヴォルフガングは、また新たな旅に出発します!

西方への就活旅行スタート
この頃モーツァルト一家のもっぱらの懸念事項は、ヴォルフガングの就職でした。前回ご紹介した3度目のイタリア旅行では、ミラノでの就職をめざしましたが、実現ならず。
3度目のイタリア、どうなるヴォルフガングの将来&謝肉祭のお菓子と合わせる甘口ワイン
そこで今度は、ドイツやフランス方面へと就職先を探しに出かけることになりました。
ヴォルフガングの状況
ヴォルフガングは地元ザルツブルク宮廷楽団で、上から3番目のポストに就いていました。年齢から見ればそこそこよい給料をもらっていましたが、このときのザルツブルク大司教はイタリアびいき。イタリアから迎えられた外国人音楽家たちに比べれば、地元の音楽家は冷遇されていたようです。
そうした境遇もあって、ヴォルフガングはどんどん地元ザルツブルクを嫌いになっていきました。幼い頃から各地に演奏旅行をしていたヴォルフガング。かつてめぐった音楽先進国のようすと、ザルツブルクでの音楽文化のあり方を比べて、地元に幻滅することも少なくありませんでした。
母とふたりで出かけた理由
モーツァルトの母、マリーア・アンナの肖像(出典:Wikimedia Commons)
「自分が活動するべき場所はザルツブルクではない」という思いを強め、就職のための旅に出ることになったヴォルフガング。今回の演奏旅行についてもこれまでのイタリア旅行と同様、父子2人で出かける許可を大司教に求めていました。
しかし大司教はこれを拒絶。仕方なく、ヴォルフガングは辞職願を提出することを決意します。これで堂々と旅行に出かけることができる……と思いきや、事態はそう簡単にはいきませんでした。大司教は、「ヴォルフガングのみならずレオポルトにも辞職を許す」という決定を下したのです。2人してザルツブルクでの職を失うとなっては、一家全員が困窮してしまいます。レオポルトは大司教に頼み込み、なんとか職を失わずにすみましたが、父子2人での旅行は困難となりました。
そこで今回は、母親のマリーア・アンナがヴォルフガングに帯同することになります。母親と旅行に出かけるのは、第2回ヴィーン旅行以来、約10年ぶりのことでした。
父からのミッション
立派な定職を探すこと、それがうまくゆかなければ、豊かな収入が得られる大都市に行くこと――それが今回、父がヴォルフガングに課したミッションでした。
先述の理由からレオポルトはザルツブルクに残ることになりましたが、旅先でヴォルフガングがしっかり「就活」をしているかどうか、気が気でなかったようです。ザルツブルクからヴォルフガングに宛てて、旅のスケジュール、ルート、貴族に謁見するとき用に写譜を欠かさぬこと、そして写譜師に作品を盗まれないための依頼方法まで、細かい指示をたくさん送っています。
さらにレオポルトは、ヴォルフガングの毎日の活動をいちいち自分に手紙で報告するように求めました。ヴォルフガングはこのとき21歳でしたが、父レオポルトの「マネージャー」としての存在感はいまだ大きかったのですね。
ミュンヒェンでの就職活動
1777年9月23日に故郷を出発したヴォルフガングとマリーア・アンナは、まずミュンヒェンに到着しました。何人もの要人に頼み込み、苦労の末にバイエルン選帝侯への謁見を実現します。「殿下のお足もとにうやうやしくひれ伏して、お仕えしたく申し出ることをお許しください」と頼みますが、「空席がない」という理由であっさり断られてしまいました。
ヴォルフガングは選帝侯から職を得るほかに、宮廷劇場の監督をつとめていたゼーアウ伯爵と契約し、作曲家として活動するもくろみも立てていました。また、ヴォルフガングの滞在した旅館のオーナーは、自分と友人たちが毎月少しずつヴォルフガングに金銭的支援をするというプランを提示してくれました。
しかしこれらの計画はどちらもレオポルトに反対されます。ゼーアウ伯爵については、以前作曲家として雇っていた人材に、作曲以外の仕事を大量に言いつけていたことが理由。旅館オーナーの件は、そもそも実現可能性に乏しいとの理由から。確かに、どちらも理想的な就職とは程遠いですね。
アウクスブルクでのひととき
ミュンヒェンを発った母子は、レオポルトの故郷であるアウクスブルクに滞在します。2人はレオポルトの弟、つまりヴォルフガングの叔父の一家にとどまり、楽しいひとときを過ごしました。
ここでヴォルフガングが出会ったのが、従妹のマリーア・アンナ・テークラ・モーツァルトです。彼女はヴォルフガングから「べーズレ」と呼ばれます(「従妹」の愛称)。ヴォルフガングとべーズレが交わしたちょっとお下品なラブレター「べーズレ書簡」は、モーツァルトファン以外にも有名かもしれませんね。
マリーア・アンナ・テークラ・モーツァルトの肖像(出典:Wikimedia Commons)
出会ってすぐ、ヴォルフガングとべーズレは打ち解けたようです。ヴォルフガングは父に宛ててこのように書いています。
誓って言えるのは、ぼくらのベーズレは美しくて、賢く、愛らしくて、如才がなく、陽気であるということです。しかもそれは、彼女が世間を正直に渡ってきたからです。彼女はしばらくミュンヒェンにもいたことがあります。そのうえ、彼女は少しばかりお茶目さんです。ぼくらはみんなを二人してからかって楽しんでいます。
(1777年10月17日、ヴォルフガングからレオポルト宛の書簡より。海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』より引用)
その手紙に、ベーズレはこのような追伸を書き添えました。
伯母様とそれに大好きないとこさんが無事に着いたのでとっても仕合せなことを言い表すのは私にはできません。ただ残念なのは、こんなすてきなお友だちが、こんなに早くいなくなってしまうことです。
(引用元同上)
しかしレオポルトはすぐさま、2人の仲に懸念を示しました。
ベーズレ嬢が美人で、頭が良く、愛らしくて、如才がなく、しかも陽気だと聞いて、私はとっても嬉しい。それに対してなんの異論を唱えるものじゃないし、それどころか一目みたいと願っているのです。ただ私が思うに、彼女はお坊さんたちの知りあいが多すぎる(中略)それに見かけでは間違いやすい。とりわけ、こんなに遠くはなれていてはね――アウクスブルクからザルツブルクまでだから、しかもとりわけ今は霧がかかっていて、30歩も離れると見通しがきかないのだ。―― ところでおまえたち、笑いたいだけ笑うがいい!彼女が身持ちがよくないのは本当だが、お坊さんたちは往々にしてもっとずっと身持ちが悪いものなのだ。
(1777年10月18日、ヴォルフガングからレオポルト宛の書簡より。海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』より引用)
数年後、このレオポルトの言葉どおり、ベーズレは高位聖職者を父とする私生児を生むことになりました。
べーズレとヴォルフガングの関係は、結婚を考えるような恋人同士というよりは、気の置けない友人、または友達以上恋人未満のような関係だったとも言われています。しかしいずれにせよ、ベーズレとの親しい関係はしばらく続いたようで、このあともたくさんの手紙を交わしたほか、旅行が終わったあとにはべーズレがヴォルフガングと同じ街に移り住んだこともありました。
アウクスブルクでこうした楽しいひとときを過ごしたあと、ヴォルフガングと母はマンハイムへと向かいます。非常に優秀なオーケストラを抱えるマンハイムで、ヴォルフガングの就職活動はうまくいくのでしょうか? この続きは、次回のお楽しみです。
マンハイムまでの通り道、ヴュルテンベルク地方の郷土飲料
では今回も、旅のルートにちなんだワインをご紹介します。アウクスブルクからマンハイムまでの旅程でヴォルフガングたちが通ったと思われる「ヴュルテンベルク地方」で、郷土飲料ともいえるほど愛される赤ワインです。
「トロリンガー」で造るジューシーな赤
トロリンガーの果房(出典:Wines of Germany)
ヴュルテンベルク地方は、ドイツの南部に位置するワイン産地です。ドイツワインといえば白ワインのイメージが強いと思いますが、ヴュルテンベルクでは赤ワインがたくさん造られています。そして、1人あたりのワイン消費量がほかの地域の2倍に及ぶのもヴュルテンベルクの特徴です。
そんなヴュルテンベルクではさまざまな品種からバラエティ豊かなワインが造られていますが、なかでも一番愛されているのは「トロリンガー」という品種から造る赤ワインです。
川沿いの斜面に植えられたトロリンガーは、日光や川からの反射光を受けて育ち、ジューシーな果実風味をたくわえます。できあがる赤ワインはフレッシュな酸をもち、軽くてキレのある、飲み心地のよいものになります。
Trollinger Cool(生産者:Rolf Heinrich)
出典:楽天市場
生産者のロルフ・ハインリッヒは、1663年から続く家族経営のワイナリー。毎年50種類以上ものワインを品質重視で造る、地元でも指折りの生産者です。
この「トロリンガー・クール」は、そんなロルフ・ハインリッヒがトロリンガーで造るとても軽やかな赤ワイン。「クール」という名称には、夏でもおいしく飲めるという意味合いが込められています。さくらんぼのような果実味がおいしく、赤ワインの渋みが苦手という方にもおすすめできる味わい。重厚すぎないので、普段の家庭料理に合わせやすいのも魅力的です。
日本で買えるトロリンガーワインはそれほど多くありません。ぜひこれを機会に、試してみてくださいね。

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