南沢奈央&濱田龍臣&杉原邦生が語る
KUNIO10『更地』~心が『更地』にな
っている今、未来の希望を描きたい

”ある夜、かつて自分たちの家があった場所へとやってきた初老の夫婦──”。演出家 杉原邦生の主宰するプロデュース公演カンパニーKUNIOが、劇作家・演出家 太田省吾の代表作のひとつ『更地』を、京都・新潟・東京で上演する。この作品は杉原にとって、初めて観た恩師・太田の演劇であり、東日本大震災の翌2012年に上演したひとつの原点でもある。
夫婦を演じるのは、南沢奈央と濱田龍臣。これまでに姉弟役、親子役としての共演経験があり、今回は初の夫婦役となる。今回もまた2012年の『更地』と同じく、戯曲本来の設定とは異なる若い俳優をキャスティングすることで、未来へと向かう希望の物語として再創造する狙いだ。稽古も折り返し地点を過ぎた頃、杉原、南沢、濱田の3名にその向かう道筋のようすを聞いた。

■若い2人が、初老の夫婦を演じるというメタ構造
──初老の夫婦による2人芝居です。若い俳優達はどうやって老夫婦の関係を作っているのでしょう?
杉原 台本の設定は初老の夫婦ですが、若い俳優が初老の二人を演じているという劇中劇的な演出構造にしているんです。というのも、この先に僕たちはどういった未来をつくっていくのかということを作品のテーマにしたくて、若い俳優をキャスティングしました。だからあえて初老のような声や身体で演じるのではなく、30〜40年一緒に暮らしてきたという空気感をつくってもらえればいいと思っています。それが2人にとってどう難しいかはわからないですが……。
南沢 最初に「初老感はそんなに意識しなくていいよ」と言っていただいたので、初老に近づこうという意識はないんですけれど、長年ずっと一緒にいる感覚や、夫婦だからこそお互いのことを知っていたり、逆に会話が噛み合っていないズレを出すのは苦戦していますね。けして若いカップルじゃないんだ、という区別をつけなければいけないんじゃないかと思うのですが、なかなか……夫婦って、ねぇ(笑)。
濱田 ねぇ(笑)。
南沢 「長年一緒にいる夫婦ってどういう感じなんだろう」と親を想像しながら演じています(笑)。ただ、設定とは違うんですけど、実際は私の方が年上なこともあって姉さん女房のように強めに言ったりはしています。
濱田 どういうふうにしようという話もしてないですよね。
杉原 二人芝居でずっと稽古しているから相談する時間もないよね。
濱田 そう、時間があまりない(笑)。
南沢 余裕がないです(笑)。
──けれど、お二人が過去に共演していることは、二人芝居にあたって心強いのでは?
杉原 それが、僕も共演経験があると聞いて、しかも姉弟と親子を演じたことがあるというので「次は夫婦で、ちょうどいいじゃん!」なんて思っていたんですよ。でも稽古が始まったらすごくよそよそしくて。
南沢・濱田 (笑)。
杉原 久しぶりの共演で恥ずかしいらしくて(笑)。前回は(濱田)たっちゃんが10歳ぐらいだったんだよね?
濱田 そうです。10年前なので。
──二人芝居なので、キャスティングによってずいぶん雰囲気が変わってきますよね。二人の配役や関係性において重要視していることはなんですか?
杉原 僕は太田省吾さんの教え子なので、実は太田さんと美津子さん(夫妻)の関係性を少しだけ見ているんです。それが参考になってるかもしれない。太田さんって、前衛的な演劇をやっていてハイカルチャーな印象があるし、沈黙劇をつくっているので寡黙なイメージもあると思うんです。もちろん、そういう部分もあるんですが、一緒にご飯を食べたり飲んだりするとベラベラ喋る。けっこうスケベな話とかもする(笑)。
南沢・濱田 (笑)。
杉原 普通の少年みたいなところがあるんですよ。太田さんのお宅にお邪魔した時かな、美津子さんに「省吾さん、これはこうよ!」なんて言われて「お、おう……」みたいな(笑)。やっぱり夫婦って、外で見せている顔とは違う顔を見せあっているんでしょうね。太田さんの方が年上なんですけど、関係性では美津子さんの方がちょっと強気な印象です。こんなこと言ったら怒られるかな(笑)。だからお姉さん妻と弟夫みたいな関係を意識していて、それは二人がいい雰囲気で表現してくれてると思います。あとは、長年一緒にいることでお互いにわかりすぎていることもあれば、長年一緒にいるのに理解できないところもあるだろうから、それは今回の男と女という役ではそれぞれどういうところか、稽古の中で見つけながらやっていこうと話しています。
──「夫婦の関係」についての考え方は、2012年に『更地』を上演した時からは変化したのではじゃないでしょうか?
杉原 そうかも。僕も歳を重ねて、自分が死ぬことを意識するようになってきました。「いつ死ぬのが一番ハッピーかな? 意外と40歳くらいがいいかもな?」と思うこともあれば、祖父が100歳まで生きたので自分も「100歳まで生きたいな」と思うこともある。この作品にとって死を思考することはとても重要だと思うんです。あと、人間関係のわかりあえなさについての許容範囲が広くなってきたかもしれないです。何年も一緒にいる友達でもわかりあえない部分があって、だからこそ面白いし、うまくいっていたりもするんですよね。
杉原邦生

■読み合わせ稽古は短く「動かないとわからない」
──最初に『更地』の戯曲を読んだ時は、濱田さんは「掴みづらい」という印象だったそうですね。
濱田 そうですね。でも稽古が進んでだいぶ……この人の人間らしさを出していいんだ、自分の感情に丁寧になっていいんだ、と思えてきました。
南沢 読んでいくと共感できる部分もあるよね。夫と妻とで考え方が違うところが面白いし「あるある」と思う。
濱田 二人のテンションがどんどん入れ替わっていくシーンがあって、すごく今の自分にも理解できるんですよね。お互いがうまいこと流そうとしたり、取り繕ったり、かと思えば「自分が自分が」と主張するのも、「こういうことあるよね」と思える。最初は21歳の自分が初老の人を演じることに身構えてもいたんですけれど、「初老もふつうの人間なんだなって」と理解できそうな気がしています。
南沢 うんうん。あと、最初に台本を読んだ時は『更地』という言葉のイメージもあって寂しい印象だったんですが、稽古を重ねていくうちにどんどん、前向きでむしろ最後は希望に向かっていくように感じています。もうひとつ、静かな二人の会話劇的なのかなと思っていたら、かなりエネルギーが必要なお芝居でした。こんなに動き続けるとは思わなかった(笑)。
杉原 (笑)。
──杉原さんの稽古は動く時間が多いと聞きましたが?
濱田 読み合わせが短いんですよね、邦生さんって。
杉原 そうなんです!(笑)。
濱田 読み合わせが終わって立ち稽古に入った日から、邦生さんが見えている世界の解像度がぐっと上がったんだなって感じました。せりふの単語ひとつひとつにすら「ここはこういうほうがいいと思うんだけど?」と細かく見てくださるの。僕からも「こういうのはどうですか?」と言ってみると「なるほど、いいね」とか「それもそれで面白い」というふうに認めてくださるので、すごく嬉しいし、楽しい稽古です。
濱田龍臣
杉原 読み合わせでの発見は、たっちゃんは声が高めで、奈央ちゃんは低めだから、ちょうど同じくらいの音程になったりするところでした。というのも『更地』は昭和の後に書かれたものだから、ジェンダー観とか夫婦観にちょっと昭和の臭いがするんです。そこが二人の声質によってフラットになるから、いま上演するには合っているなと思いました。でも、そもそも僕、読み合わせが苦手というか、あんまり好きじゃないんですよ……。
濱田 なんでなんですか?
杉原 たぶん声だけ聞いていてもわからないんだよね。動いてみると違うことがある。人間の言葉って状況と身体の状態があるうえで発されるものだから、それが揃っていないと実際にどうなるかはわからない。だから読み合わせは3日で切り上げて、立ち稽古に入った瞬間に「ああ、この二人の身体ならこうだ」とか「空間のここに二人が立つならこうだ」と見えてくる。そういうタイプの演出家なんですね、僕は。
南沢 確かに読み合わせは短かったです……だから、せりふを覚えるのがちょっと大変でした。
杉原 ああ、そういうことか! 読み合わせってせりふを覚えるための時間なんだ! 今、知りました……ぜんぜん俳優のことを考えていなかった。
南沢・濱田 (笑)。
南沢 だからいきなり立ち稽古に入って、すごいスピードで最後のシーンまでやって、大変でした……! でも動いてみないとわからないことは本当に多いですね。座ったままで読み合わせしていた時と、せりふの出方がぜんぜん違うし、なにより動いた方が楽しい。立ち稽古になって邦生さんが私たちのいろんなチャレンジを面白がってくれて、もっといろいろやってみたいなという気になっています。本当に細かいところまで見ていてくださるので、安心して稽古でいろいろ試せます。
南沢奈央

■心が『更地』になっている今こそ
──2012年の『更地』上演は東日本大震災の直後でした。今回はコロナ禍であったことが再演のきっかけにもなったそうですが、大災害の今作への影響は?
杉原 僕は、感染症によって変わってしまった世の中に対して「演劇が新しい形を模索しなくちゃいけない」とか「こういう状況だからこういう作品を上演しなければいけない」というようなことをいまは考えていません。すでにこの社会状況は特別なことじゃなくなっているんです。日常になっている。
ただ、コロナ禍による変化が『更地』を上演したいと思ったきっかけのひとつではあります。この『更地』は、災害の後に家を失ってしまったり、住んでいる土地を追われたりと、なにかを無くしてしまった人達やその状況を知っている人達にとっては大きな実感をともなう作品です。実際、阪神淡路大震災の翌年(1996年)に上演された時には、そういった意味で大きな話題になったそうです。現在で言えば、失われているものは物理的なものではなく、もっと精神的なもの。心のどこかが踏み荒らされて更地になっているような気がして、この作品を上演したいなと思いました。こんな社会状況の先に、僕達はどういう未来を築いていけるのか。夫婦という最小単位の人間関係の物語によって、社会の未来へ向かっていく希望を描くことができれば、演劇の力や未来をも提示できるんじゃないかと思っています。
また、僕にとって『更地』という作品は、人生で初めて観た太田省吾作品なんです。大学入学ほやほやの18歳の時に観て衝撃を受けました。それまで観てきた演劇とは違うものに出会った感動と、演劇の可能性を感じた、僕にとっての原点なんです。今回それを自分の中でもう一度消化することによって、この先の自分の活動もふくめた演劇そのものを考え直す機会になると思っています。
──ひとつの節目になりそうですね。南沢さんと濱田さんはどのような思いで今、臨んでいますか?
南沢 初めての二人芝居なのですごくやりがいがありますし、ラストはすごく綺麗な美術になりそうな気がしているんですよ。最後には「新しくなにか作り上げられる」と希望を感じられるような作品になると思うので、頑張って二人で動きを合わせて作り上げたいです。
濱田 僕も初めての二人芝居で、初めての夫婦役。いろいろと戸惑うこともありますが、やっぱり演劇ってすごくパワーが感じられ、エネルギーを与えられる場だなと実感しています。だからこそ、この作品におけるメッセージを劇場に来てくださったみなさんに精一杯伝えられるよう、もっともっと精度を上げて頑張っていきたいですね。
取材・文=河野桃子

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