【鈴木康博 インタビュー】
身近なことだったり、
ふとした時に感じられることを
歌っていきたい
押しつけがましいものにはしたくない
「世代間格差」についてはいかがですか?
これはね、感覚としては本気でやっていなかったんです。アルバムに入れるとしてもボーナストラックだと思っていた。でも、やっていくうちにカントリーテイストみたいなものが合うことに気づいて、これならいけると思ったんです。カントリーっぽいものを作ろうと思ったわけではないから、Bメロやサビはまた違う雰囲気で、ちょっと面白い感じになったと思います。
歌詞はどんなところから出てきたのでしょうか?
いじめや差別につながるからと子供にあだ名をつけることを禁止にした小学校があるというニュースを見て、“えっ?”と思ったことがきっかけになりました。思い返してみると、その前には徒競走で順位をつけないようにした話もありましたよね。そういうことを主張する人の気持ちも分からなくもないけど、競争する意識がなくなると、人というのは成長しないじゃないですか。相手をリスペクトする気持ちがないとダメだけど、“この人には負けたくない! この人を超えたい!”という気持ちは努力することの原動力になるし、競争することで学ぶことがたくさんある。人間というのは遥か昔からずっとそういうことを繰り返してきているから、競争心や闘争本能みたいなものを摘んでしまうのは本当にまずいことだし、そこで生まれる歪みをなんとかしていくのが人間の知恵であり、頭ごなしに否定するのは違うと思うんですよ。そういうところから入っていって、今は高齢化社会が進んでいろんな価値観が混在していて、ある意味カオスな世の中だなと思って書き上げました。
この曲もシリアスな内容でいながら“そういう思想はいかん!”と強く訴えるのではなく、“こんな時代になっちゃったね”という軽やかな語り口が心地良いです。鈴木さんのヴォーカルも本当に魅力的で、硬派な雰囲気の骨っぽい歌でいながら柔らかみや哀愁を湛えていて、すごく聴き応えがあります。
ありがとうございます。歌は自分が好きだった人の真似をしているだけなんですよ。トニー・ベネットとか、アンディ・ウィリアムスとか。フランク・シナトラはあまり好きじゃなかったけど、スタンダードを歌う人たちを子供の頃から聴いていて、大人になるとこういう世界を作れると思っていたんです。そういう憧れがずっとあって、そのあとにThe Beatlesに影響を受けて声を張り上げるような歌い方をするようになったけど、今は力を入れたり抜いたりできるから、好きだった人たちの真似をして歌っている。それだけです(笑)。
真似という印象はなくて、独自のスタイルを持たれていると思います。ご自身の人柄や美意識が歌にも反映されていることを感じますか?
それはありますね。例えば“この曲はトニー・ベネットだったらこういうふうに歌うよな”と分かっていても、“こういう歌い方のほうがいいな”と感じた時は変えますから。それに、押しつけがましい歌に聴こえるのは嫌なんですよ。僕の中にはとりあえず押しつけがましくしたくないというのがあるんです。メロディーにしても、歌詞にしても、歌い方にしても全部そう。そういうところに自分らしさが出ているとは思います。
押しつけがましくないことで、より響いたり、染みるものになっています。さて、『十里の九里』は楽曲がいい、歌詞がいい、歌もいいという3拍子揃った好盤に仕上がりました。アルバムのリリースに加えて、今後のライヴも楽しみです。
ライヴはまず10月から11月にかけて、ライヴハウスで弾き語りを4本やります。『十里の九里』を携えたシリーズで、僕はアルバムができると毎回全国を回るんですけど、今回はコロナの影響で4カ所しかできないんですよ。なので、より一本一本を大事にしようと思っています。でも、来年の春以降に『十里の九里』を持って各地を回ろうと思っているので、今回行けない場所のみなさんとそこで会えることを楽しみにしています。あとは、昨年できなかった50周年ライヴを来年1月15日にやる予定です。これはゲストの方に来ていただいて、メッセージもいただきつつ50年を振り返るライヴにしたいですね。いろんなアイディアがあって、どういう観せ方をするのが一番いいか考えているところです。楽しい時間を過ごしてもらえると思うので、ぜひ遊びにきてください。
取材:村上孝之