演劇集団円『夏の夜の夢』演出家・鈴
木勝秀と俳優・金田明夫に聞く~「一
個の塊として職人を見てほしい」

演出家の鈴木勝秀と金田明夫が3度目のタッグを組んで、シェイクスピアの『夏の夜の夢』に挑む。コロナ禍における動きの制約を、プラス方向に考えて、これまでにないかたちを模索する。そして全力でシェイクスピアにぶち当たれば、そこから面白い芝居ができあがるはずだ。

■シェイクスピア劇に継続して取り組む理由
──演劇集団円で主演されたものに限れば、金田明夫さんにとって『夏の夜の夢』は5本目のシェイクスピア劇になりますね。
金田 昔やったものを含めれば、もっとあるんですけど。ぼくが軸になってやってるのは、『リチャード三世』からです。『夏の夜の夢』は5本目になりますね。
──鈴木勝秀(スズカツ)さんは、演劇集団円で手がけた演出作品が、今回で4本目。シェイクスピアの同時代人であるクリストファー・マーロウやベン・ジョンソンの演出は、きっと『夏の夜の夢』にも成果となって現れると思います。ところで、金田さんは、2003年に『リチャード三世』を皮切りに、その後『マクベス』『オセロー』のタイトルロールを演じられました。これらに共通するのは、シェイクスピア劇のなかでも破格の野望や弱点を持った人が、自ら身を滅ぼしていくことですが、こういった役を意識して選ばれる理由はありますか。
金田 別に意識をして選んでいるわけではないんですが、やっぱり破壊へと突き進んでいく人間にはすごく魅力を感じていました。
 とりあえず、『リチャード三世』『マクベス』『オセロー』のときは、ぼくが軸になって、引っ張っていくぞというところが、ありました。でも、『ヴェニスの商人』と今度の『夏の夜の夢』は、そうでもない。
──2019年に上演された『ヴェニスの商人』のシャイロックは、復讐心にとらわれすぎた高利貸しが身を滅ぼすという意味では、それ以前の三作につながりますが、『夏の夜の夢』の機屋ボトムは、最後まで身を滅ぼすことはありません。
金田 なによりもこの劇団でシェイクスピアをやることの大切さを感じていたので、みんなにそれぞれ見せ場がある演目を考えるようになりました。ぼくが軸で引っ張っていくというよりは、みんなのかたち、みんなの力で舞台を作っていく。
 昔、『オセロー』か『マクベス』をやったときに、代表の橋爪功に「明夫、喜劇やれよ」って言われたんですけど、「いや、喜劇の方が難しいですよ」と。「まだ、自分にはできませんよ」と生意気にも言った覚えがありますね。
──『夏の夜の夢』は、いくぶん喜劇の要素も入ってきた気がします。
金田 だから、喜劇とはなんたるかということですよね。ぼくのいつも思ってる喜劇は、チャップリンの受け売りですけど「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」っていうね。だから、本人たちは一生懸命やってる。それがどう映るかというのは、傍から見たときの印象で、それが喜劇につながるのかなという気持ちです。
演劇集団円公演『夏の夜の夢』のチラシ。

■水滴の音と森のイメージ
──演劇集団円が上演するシェイクスピア劇と言えば、真っ先に英文学者の安西徹雄さんによる一連の上演が思い浮かびますが、金田さんが挑戦されるシェイクスピア劇は『リチャード三世』から、松岡和子訳を中心に上演されています。今回の『夏の夜の夢』も松岡訳です。松岡さんはついにシェイクスピア劇の全戯曲を訳すという偉業を達成されましたが、松岡訳を選ばれた理由を聞かせてください。
金田 もう単純ですよ。『リチャード三世』を安西先生は訳されていなかったので、松岡訳を読んでみると、ぼく自身に松岡さんの訳がフィットしたなというのもありまして。松岡さんはすごく自由にやらせてくださいますし、いつも面白いって、非常に楽しんでいただけるので。
──今回の『夏の夜の夢』は、冒頭から水滴の音が聞こえて、それが基調低音になっている気がしました。
鈴木 森の音を作るにあたって、樹がざわざわしているとか、鳥が鳴いてるとか、そういう音だとつまんないなと思って。そこでポツンと雫(しずく)が垂れている……垂れている雫のなかに生命(いのち)が含まれていて、水溜りとなり、その波紋が広がるように森のなかに生命が広がっていくイメージがあります。
──たしかに、森の樹は、地下深くで貯水池のように水を湛える役割も果たしています。そこから生命のさざなみみたいなものが波紋のように広がり、その生命の末裔たちが、このようなかたちで、いろんな愛の変奏曲を奏でてみせるという発想も面白いですね。もうひとつ、鈴木さんは、音楽にも常にこだわられていると思うんですが……。
鈴木 今回はケルトの音楽が合うんじゃないかなあと思っているので、これから作曲家の大嶋吾郎君といっしょに考えて、ケルティックな音楽を導入していこうかなとは思っています。
演劇集団円公演『夏の夜の夢』の稽古場風景。 写真/演劇集団円

■身近なものから発想して、壮大な物語を読み解く
──『夏の夜の夢』にはたくさんの役がありますが、そのなかでボトムを選ばれた理由はありますか。また、今回の舞台で注目してほしいところを聞かせてください。
金田 ボトムはどうしてかっていうと、20代のときに、ぼくはパックをやってるんですよ。それは小田島(雄志)訳で。ただ、シェイクスピアって面白いもので、タイミングによって、役に合ったり合わなかったりする。ぼくの年齢的に言って、もうパックではないだろうと。だから、うまくタイミングが合ったときに、いちばんやりやすい役というのはありますね。
 だから、いまはボトムで、職人たちをがんばってやってますが、ここで見ていただきたいのは、劇団の層のなかで、各年齢の俳優たちが面白く試行錯誤しているということ。劇団内でしか、遠慮なく、言いたいことを言い合ってやれる稽古は難しいし、だんだんそういう場が減ってきている。そういう意味では、『夏の夜の夢』は、劇団で取り組むのが本当にいいんじゃないかと思います。
──前回の『ヴェニスの商人』には、今回の『夏の夜の夢』と同じように、最後に3組のカップルが結婚する話という共通点がありますが、そのことは上演にあたって意識されましたか。
金田 それはまったく意識していないです。『ヴェニスの商人』のときは、ちょっと余談ですけど、シャイロックとジェシカの話にしたいっていう……。
──シャイロックという父親とその娘ジェシカですね。
金田 シェイクスピアをやるときは壮大な芝居が多いものですから、逆に、いちばん身近な家族とか、恋人とか、そういうところから考えていく。すると、そこを軸にいろんなアイデアが生まれてくるんです。
──これから役作りされると思うんですが、ボトムを演じるうえで、鍵となる要素は見つけられましたか。
金田 いや、これからですよ。お芝居って、家で自分で考えてきたこととはまったくちがうことが稽古場で起きる。スズカツさんの言葉ひとつで、いままで考えていたこととはまるでちがう面白さに気づいたりとか。
 自分だけの考えで芝居をするというよりも、みんな、相手に捧げるような芝居をしてくれてるんで、そういう意味で、稽古場で想定外のことが起きることを楽しみにしています。だから、そのなかでボトムをどうするか。自分だけでどうかしようとは考えていません。
 ただ、やらなければならないテーマのひとつは、職人は底辺で働いている人間たちで、一日6ペンスのお手当をもらえることに命をかけ、それだけに頭を悩ませて、一生懸命がんばっている人たちなんだと。それを一個の塊(かたまり)で見せることができたらなあと。ボトムがフューチャーされることもあるんですけど、円ヴァージョンはこの職人の塊をとにかく見ていただきたいと。
演劇集団円公演『夏の夜の夢』の稽古場風景。 写真/演劇集団円

■コロナ禍の『夏の夜の夢』
──稽古場で演劇集団円の方々の想いを受けて、スズカツさん、いかがですか。
鈴木 ご存知のように、ぼくは劇団とか、ぜんぜんやらないで生きている。とはいうものの、劇団とはどういうものだろうということには、興味があるわけです。
 演劇集団円とは4作品目になるので、ここに来ると、劇団の雰囲気をぼくはちょっと味合わせてもらっている。それはみんながいろんなことをしながらも、芝居をやるために集まって、特に、今回は金田さんたちのような上の世代から、20代前半の方まで大勢いて、「ああなんだよ、こうなんだよ」と言いながら、ひとつの芝居を作っていこうとする。そういうのにたまに触れておかないと駄目かなっていうか、触れておくのは、少なくともぼくにとってはいいことなので、ここに来たときには混ぜてもらって、そのあいだは「円な気持ち」でやっているつもりです。
──今回は緊急事態宣言が出ている最中の稽古になり、ソーシャル・ディスタンシングを保ちながらおこなわれていますが、演出においても関係性の距離の取りかたなど、変わってくることはありますか。
鈴木 コロナ禍になってから、ぼくは10本近くやっているので、そのなかで自分なりに考えて、舞台上を透明ビニールで囲むようにしたり、みんなでマイクを付けたりなど、いろいろ実験をしてきたんです。
 コロナ禍の稽古は不自由ではあるんだけれども、もともと演劇って実は不自由なものですから、いろんな制限がかけられている。そのなかで、どのようにしてやるのかという新たな縛りがきただけで、それを意識することによって、いままでやらなかった表現に出会えたりする。だから、ぼくは前向きにとらえてやっていこうと思っています。
 ただ、そのことを考えないで稽古するのは、現在とつながりを絶ってることになっちゃうので、コロナの感染予防に気をつけてやることは、現在とつながるうえでのいちばんわかりやすいツールになっていると思う。
 これまでこの1年間は、登場人物は5人ぐらいまでにして、そのうち舞台にいる人はふたりとか3人にして、距離をとったんですけど、今回は22人もいるので、いっぺんに出てきたときはすごく危ない。
 そういうなかで、どのように人との距離を作ったり、それから飛沫が飛ばない方向に行ったりするのかを考えることで、いままでにない方向に立ち位置が決まったり、距離ができたり、声の出しかたとか……そういうこともできるんじゃないかと思って。大変なことではあるけれど、いままでだったら芝居に沿って考えればよかったことを、芝居に沿って考えるとこうなるんだけど、これはやめておこうというように試行錯誤していくわけですね。
──いまの言葉を受けて、コロナ禍での稽古だからこそという制約を超えて、『夏の夜の夢』の新しい魅力を見つけられそうですか。
金田 ぼくらの当初の考えかたは、できるだけ感染対策を講じて、それでも感染してしまったら仕方がない、運まかせだと思っていました。
 だけど、スズカツさんは稽古初日に、ものすごい信念を持って「絶対にこれをやり遂げるんだ。この芝居をやることが大切なんだ。そのためだったら、どんな犠牲でも払わなきゃいけない」とおっしゃってくださったことが、本当に心に染みてね。「あっ、そうだ。おれら、ちょっと甘いぞ」と。スズカツさんは、この2年間で完全にそれに対応するノウハウを身に着けて、それを実践しようとしてくださってると。
 で、それを聞いたぼくたちは、「そうだ」「じゃあ、どうなっちゃうの?」「じゃあ、あそこで殴り合いができないね」「くんずほぐれつができないね」とか言ってるんですけど、いまスズカツさんがおっしゃったように、そういう制約があればこそ、土から芽が出るようにアイデアが出てくる。このコロナのときがなければ、いままでどおりの芝居をしていたかもしれないのに。

左から、金田明夫、鈴木勝秀。
■お客さんへのメッセージ
──では、最後にお客さんにメッセージをいただけますか。では、スズカツさんから。
鈴木 『夏の夜の夢』は台本(ほん)も出ていますから、ストーリーはわかっていると思うんですけど、それでも結局、見えてくるものは、舞台上に出てくる役者さんたちの腕だとか、芸だとか、そういうもの。ぼくはこの方々を信頼しているので、そこをぜひ見ていただければと思います。『夏の夜の夢』の内容よりも、金田さんをはじめとした円の俳優たちを見ていただければ、なによりです。
──それがいちばんいいかたちで見えるように、舞台を作りたい?
鈴木 そうです。
──では、金田さん、お願いします。
金田 新劇の場合、台本から読み込んでいき、そのなかの気持ちから作っていくことが、もう若い研究生から、数年を経た俳優にも刷り込まれて、遺伝子みたいに残っている。それをスズカツさんが「そうじゃないよ。いま稽古場で起きてることを大切にして」とか「もっといろいろ見せて」と言う。そういうことをしっかりやってくださるんで、とんでもなくいい化学反応が起きつつある。
 とにかく三世代揃えられる劇団のなかに、外の息吹をドカーンと持ち込んできてくださっているスズカツさんに感謝しつつ、素晴らしい化学反応が起きることを確信しています。必ずや、この厳しい状況のなかに足を運んでくださる方々に、『夏の夜の夢』ってこんなに楽しい芝居だったんだと満足してお帰りになっていただけると確信していますし、そのためにがんばっております。
──新型コロナ、スズカツさんの演出、演劇集団円の俳優たちがもたらす化学反応によって、どんなシェイクスピアの舞台ができあがるのか、とても楽しみにしています。
(取材・文/野中広樹)

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